38話 葬列
近衛隊長のヴィクトルがカストロを離れてから2日後の事。
カストロの公爵家では、盛大なミサが執り行われる事となった。
カストロ公の突然の死。そして、本来すぐに執り行うはずのミサが遅れた事に、参列した貴族達は戸惑いを隠せない様子。
しかし、カストロ公アダンは時間を稼ぐ必要があった。ルーン城内にある永遠の転移石を使えない今、いくら馬を馳せても、ヴィクトルがファリアス城に着くには3日かかるからだ。
ルーン城……。忌々しい事に、あの城には本当に何かが巣食っていた。父上も使っていたカストロの影たちの死がそれを証明した時、アダンは迷わず城を捨てた。永遠の転移石は貴重だが、父上がそれに準ずる転移石を幾つも隠し持っていたからだ。だが、ヴィクトル如きに数に限りのあるそれを使わせるのは勿体ない。
アダンは、父上の遺体の浄化期間をおくとして、埋葬を遅らせる事にした。幽霊を見たと騒ぐ貴族たちは、それを当然の事の様に受け止め、今日に至る。
招待客の殆どは貴族だ。皆、地味な服装に身を包み、厳かに置かれた父上の棺に、少しの距離を取り、祈りを捧げていた。その中に、若き騎士の姿と、幼少期を脱したばかりのような小さな女を確認したアダンは、ともすれば綻んでしまう顔を引き締め、近づいた。
「ユリアス、久しいな。お前の活躍はこの首都にまで聞き及んでいるぞ」
国の貴人の葬儀に勇者パーティが顔を出さないのはまずい。ふたつの葬儀を同時に行えば、人数を割って来訪せねばならない。
1人では来ないとは思ってはいたが、勇者リオンではなく、ポーターであるミミが同行してくるとは運がいい。リオンがこのカストロを毛嫌いしているのは分かっていたが、案外子供らしい事をするものだ。
しかし……。
勇者パーティは聖女を断り、現在男3人だけで行動していると聞いた。さぞかし荒んでいる事だろうと思っていたが。
日々魔物討伐に勤しんでいるというのに、ユリアスの顔には、疲れが微塵も見えない。あの奴隷の様だった娘までが、女性らしく見える程に。まあ、ユリアスが大事に食わせてやっているのだろうが、最初に見た時よりも明らかに肉付きが良くなっているのは確かだ。
これが前王の娘……。父上はこいつを捕まえる為に、私を犬のように扱ったという訳だ。
「お褒めの言葉、有難く頂きます、団長……いえ、今は陛下でしたね」
「ふっ。私はお前の兄なのだぞ。敬称など要らぬ」
ユリアスは御礼を言い、チラリと棺を見る。
「病だと聞きました。誠に残念です」
疑わない事はいい事だ。アダンはユリアスに頷くと、隣にいる娘に目をやった。
薄桃色の髪を美しく結い、綺麗な身なりをしているが、無表情で挨拶のひとつもない。
ユリアスが気が付き、娘を小突くも、諦めた様にこちらを見た。
「緊張している様ですね。元々口数は少ない方で……ミミも、突然の訃報に驚きを隠せない様でしてね。ああ、報告が遅れて申し訳ございませんが、勇者パーティのリオン、イグニート両名は、イグニートの父上であらせるバンデロ様の葬儀に出席しており、葬儀には参加できませんでした。お悔やみ申し上げあげますと、代弁を賜っております」
「こちらも同様の返答を頼む。ユリアスと……ミミであったな。良く来てくれた。後ほど一緒に食事でもどうだ?」
「いえ、兄上。俺はまだ討伐の途中で……」
「ユリアス、逃げる事は許さんぞ。たった2人の兄弟だというのに、お前は今後の事を私一人に押し付けるつもりじゃないだろうな?父上を安心させる為にも、今夜は共に語り明かそうではないか。それにミミ。勇者パーティの事は私が引き継ぐ。故に、報告は必須。必ず顔を見せる様に」
私は父上とは違う。それを示さねば、ユリアスは私から全てを奪いかねん。
「かしこまりました」
ユリアスはミミをエスコートし、後ろに下がる。頃合だと判断した私は、神官にミサの開始を促した。
◇◇◇
その頃、イグニートはファリアス城の前から教会へと向かう葬列に参加していた。遠くから見るだけにしようと立ち寄ったのだが、変装していたにも関わらず、領民やファリアス兵に見つかり、道を空けられ……気が付けば棺を担いでいた。
葬列の中ほどをゆく、ファリアス領主バンデロの豪華な棺には、沿道から沢山の花が降り注いでいる。棺を肩に抱えるイグニートは、それを不思議な気持ちで見ていた。
「この棺の中には何が入っているのだろうな……」
「今はよせ、イグニート」
隣でリオンがイグニートの脇腹を小突く。背が足りず、彼の肩に棺の重みはない。だから分からないのだろう。この棺は軽すぎる。
「頭のない死体か?」
「辞めろ……」
「あれから何日経つ?腐食しているとしても、骨になるには早すぎる……」
「イグニート……頼むから辞めてくれ」
「ふっ。お前がキローガと会うのを止めるのが悪い」
キローガはこの葬列の先頭を、黒馬で率いているはずだ。そして、その隣にハガルという竜が、人に化けて並んでいる事も確認済み。
「イグニート、お前は死にたいのか?」
リオンが厳しい顔を向ける。降参だ。
今日は気配を辿るのが上手いユリアスがいない。同日カストロでも、領主でありユリアスの父親のアーロンの葬儀が行われているからだ。
だからか、リオンが今、最大限に気を張っているのは分かる。しかし、キローガに言いたい文句の数々は、一体何処に吐き出せばいいのだ?
「ミミに会いたい……」
父上の見送りは、この領土を見下ろす丘の上で、仲間に見守られながら終わらせた。それでも義理でファリアスまで来たのは、兄であるキローガに一言文句を言う為だった。いや、二言三言……時間が許す限り罵りたい。なのに、周りは勝手にお節介を焼く。
……早くこの茶番から抜け出し、ミミに会えたら、どれだけ救われるだろう。ファリアスからなら、ミミのいる場所は遠くない。
「俺も会いたいな」
リオンも呟く。
「ああ、俺も」
お前は誰だ。
後ろから声がして振り向けば、そいつは人混みに紛れてしまった。だが、気持ちは軽くなる。
私は1人ではない。不測の事態に備えて、誰か護衛をつけると、竜が言った。ああ、竜とひと括りにするのは良くないな。アンスールだ。……ふっ、お節介な竜め。
しかし、それがどれだけ心強い事なのか、知ったのは、ごく最近の事。
「まさか自領の、しかも父上の葬儀で私を襲おうなど、そこまでキローガも馬鹿じゃないだろう……な?」
そう呟いた私の前に、短剣の煌めきが見えた。
きゃぁぁぁ――!
その時、悲鳴が上がり、棺を囲む人垣が割れた。そこに現れたのはまだ歳若い青年。私を見据え、ナイフを胸の前にセットしたまま、まっすぐに突っ込んで来る。その手は震えて見えた。
「イグニート!!」
リオンが動き、私は肩を下げ、担いでいた棺を転がすと、それを盾にしゃがみ込んだ。棺の中から死体が転がり出て、青年はたたらを踏む。
頭がある。やはりこの死体は偽物だ!
わぁぁぁ――!!
きゃぁぁぁ――!!
辺りは大混乱。リオンがその青年を取り押さえようと棺を乗り越えた時。
背中に打撃を受け、息が詰まった。同時に感じるのは……熱?
ズンと体の底から何かが込み上げてくる。
「イグニート様!!」
ああ、この声、モンペイだったか……息が……出来ぬ……。
目の前が赤いと思ったら、火に巻かれていた。追っ手の侵入を防ぐ為か、我々を囲むのは魔法の火だ。魔道士とは……やられた。
だが、見る限り、燃えているのは、ばらまかれたミイラだ。どっから出した?
棺桶をぶちまけた私が言うのもなんだが、人を着火剤に使うとは悪趣味にも程がある。……と、私はここで気がついた。こいつは茶番だと。
しかし、分かったからと言って、非常事態には変わらない。私の頭は、何かあれば、そう言えと繰り返された言葉を、吐け!と告げている。しかし、転移石は懐から出せたものの、口から溢れる血が、転移の二言を拒む。
そうこうしている間に、モンペイとリオンが火をくぐりぬけ、私を刺した相手に反撃を始めた。奴らに転移を頼みたいが……相手も強い。2人を相手に一歩も引けを取らない。
更に、男は私の体を盾にし、反撃を防ぎ始めた。
「イグニート!当たったらすまん!」
いやリオン。私も我慢強い方だが、痛いから辞めてくれ……。しかしこの男、相当な手練……。くっ……もう無理だ……。
「モンペイ、連れて行け!イグニートが!!」
リオンが叫ぶ。私は重たい腕を上げ、転移石をモンペイに差し出した。モンペイは石ごと私の手を握り、口を開ける。私は咄嗟に男の腕を取った。
「転移!!」
モンペイが唱えた。
「イグニート!?」
リオンは慌てて男から手を離すと、しっかりと私の目を見た。リオンならこれで悟ってくれるだろう。
イグニートは安心して暗闇に落ちた。
◇◇◇
ミミはその日、朝から落ち着かず、ウィン様の屋敷のリビングでひたすら抽出に勤しんでいた。
今日は2つの葬儀が行われているのだ。
ひとつはカストロ公爵家。ユリアスと、ミミの替え玉として、嫌がるライゾが姿を変えて参加してくれている。護衛としてイースもスタンバってて、完璧な布陣だ。
そしてもうひとつの葬儀。イグニートのお父さんである、バンデロ公爵様の葬儀だ。
こちらにはリオンが一緒に参加してて、護衛としてモンペイさんがついて行ってる。遠くから見るだけだと話していたし……きっと、大丈夫!!
ミミは不安を振り払う様に、首を振ると、抽出器に素材を入れた。
今日の素材はウィン様のリンゴの種。目標はパーティーメンバー全員分の永遠の転移石だ。
ミミは今、自分に出来る事を頑張る事にしたのだ。
転移の文字をライゾに刻んで貰うには、ライゾのステータスを同時に上げる必要がある。だから、転移石1個を作る為には、光り輝く法石が2個必要だった。
パーティメンバーは今、何人だっけ……?
……と、その時、いきなり目の前の空間が歪み、イグニートが転がり出て来た。
血が出てる!しかも、その体の上には、剣を持った男がいる!
一緒に転移してきたのか、モンペイさんが見知らぬ男に飛びつき、剣を持つ腕を抑えた。ドタバタと激しい攻防戦が目の前で始まった!
「ミミ!下がれ!」
モンペイさんの焦った声!
でもミミは一瞬躊躇うも、真っ直ぐにイグニートに駆け寄っていた。
息はある!だけど、出血が!!
「ヒール!!」
ここはゲームの世界だけど、コンティニューは出来ない。殺した相手に経験値が加算されるだけだ。ミミは焦った。
「ぐっ!!」
背後で誰かが倒れる音がした。敵か味方か、ミミの背後に、男が立ち上がったのが影で分かった。でもミミは、ヒールを辞める事が出来ない。だって、イグニートが!!
沈黙に冷や汗が流れた時、ポツリと男が呟いた。
「……これは?」
「カッ……ハ……」
その時、イグニートが苦しげに血を吐き出した!
「イグニート!!」
ミミはヒールを唱えながらも、その顔を横に向け、背中をさすった。怪我は深いが、上手く急所は外れている。そこさえ治せば、回復は早い。
ぜーはーと荒い息を繰り返すイグニートはやがて、自らゴロンと仰向けになった。息を整え、口元を拭い始めるのを見て、ミミは息を吐く。
もう大丈夫だ。ミミはイグニートの胸に手を当てたまま、後ろを振り向いた。
モンペイさんが転がるその横に、ガッチリとした体躯の男の人がしゃがみこんでいた。
男は既に剣を捨てていて……その首筋には、氷の剣が突き立てられていた。
そう、イースが来てくれたのだ!!
「ミミ、ごめんなさい。遅くなって」
「イース!イグニートが!!」
途端にミミの目からは涙が溢れ出す。イグニートを失うかと思って……怖くて、怖くて……。
イースはそれを見ると、男の髪を凍らせた。
「ミミを泣かしたわね。万死に値する!」
「待ってくれ……」
「私に命乞いをしても無駄よ。裁くのは私じゃないから。今に皆が来るわ。それまで、このへらず口が凍らずにいれるといいけど」
「ひとつでいい、教えてくれ。俺の抽出器がどうしてここにあるのかを……頼む」
男は必死の形相でミミの出したままの抽出器を指した。
俺の抽出器?……もしかして、この人があのお爺さんの息子なの?
ミミはこの抽出器を貰い受けたお店のお爺さんの事を思い出した。お爺さんは息子に謝れなかった事を後悔していた。なのに、今ここで、凍らせてしまったら……きっとお爺さんは悲しんでしまう。
「イース、待って」
ミミはイグニートの息が落ち着いたのを確認してから手を離し、男に近づいた。
男は何もしない事をアピールする様に、両手を軽く掲げている。それでもミミは、警戒しながらも、抽出器を守る様に男の前に立った。
「この抽出器はね、イースリットで親切なお爺さんに貰い受けたの。これ、貴方が造ったんでしょ?」
男はイースの冷気に凍え始めたのか、震えながら首を縦に振った。
「オヤジから貰い受けたのか。じゃあ、組み立てたのは?……あんたか?」
男は疑うような目でミミを見る。
「うん!ミミ、頑張ったの!」
それでも半信半疑のようだ。
「なあ、これはちゃんと機能したのか?何が抽出出来た?」
「だいたいは砂だけど……」
「やっぱり砂か……」
ガッカリと肩を落とす。
「でもね、魔力のこもった物からはいい物が抽出されたんだよ!」
男は身を乗り出した。
「いいもの?……いったい何が?」
「法石よ!」
「法石……それは本当か!?」
男は明らかに飛び跳ねた。その弾みで、イースが首に当ててた剣が刺さり、血が吹き出す。でも、そんな事はお構い無しに、ヒャッハー!とばかりに飛び跳ね始めた。
「やっぱりそうか!!法石が出来ると信じてた!!」
「ちょっと、ミミ。この人、大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも!イース、押さえて!」
このままでは出血多量で死んじゃう!!
でも、男は次の瞬間、血まみれのままミミの両手を取り、ブンブン振りながら泣き始めた。ミミは慌ててヒールを唱える。
「ありがとう、嬢ちゃん。あんたのおかげで、俺は救われた!」
イースも慌てて男の腕に飛びついた。
「ミミ、ヒールしなくていいからっ!ちょっと、あなた!ミミから手を離しなさい!さもないと、今すぐここで凍らせてあげるわよ!!」
「ああ……好きにしろ」
男はそう言うと、急にしおらしくなり、ミミの手を離した。ほうと息をつくと、夢見るような目で抽出器を見た。
「これで思い残す事はもう何もない。ようやく……死ねる」
ドスンと座り込み、片手で顔を覆って、嗚咽を隠した。
「勝手にうちの屋敷で死ぬ事は許しませんよ」
ここでようやくウィン様が部屋に入って来て、後ろの騎士に指示を出した。一緒に入って来たのはクリストスさんで、慣れた手つきで素早く男を床に押し付けた。
「殺してくれ……」
男の目からは、とめどなく涙が流れていた。
クリストスさんは呆れたように首を振る。
「覚悟は素晴らしいが、その前に色々と聞かせて貰うぞ。大人しく言う事を聞けば、楽に死なせてやらんこともない」
「……好きにしろ。だけど、最後に一言謝罪を言いたい。イグニート様。急所は外したつもりだが、痛かったろう。本当に申し訳なかった」
◇◇◇
「ふっ……あの男、ヴィクトルと言ったか。本当に成功させたのか?」
ファリアスの首都の街の真ん中には、ひどく焼け焦げた跡が出来上がっていた。その火力の強さといったら……竜の咆哮を超えるかもしれない。
ハガルは青い髪をかきあげ、嫌な匂いのする幾つかの死体を足で蹴った。
流石、カストロ公爵が片時も離さなかった近衛隊長。平民出の男が隊長に抜擢されるくらいだ。剣が達者だとは聞いていたが、実は魔法の方が得意だったという訳か。
魔法の火は何もかも焼き尽くすまで消えないからな。
「これじゃ、どれが誰だか分からないじゃないか」
「持ち物で判断すればいい」
死ねばアイテムボックスの中身がその場にぶち巻かれる。兄であるキローガは、それを知ってか、黒馬から降りると、近くにしゃがみこんでいるリオンに近づいていき、その肩を叩いた。
「リオン、それは?……何を拾った?」
キローガの芝居めいた言動を、キローガは笑いを隠そうと口元を隠しながら眺める。
リオンは呆然としている様で、素直に握りしめていた物をキローガに差し出した。……焼け焦げたビンだ。見ればその辺に幾つも転がっている。
「これは!我が弟が命より大切にしていたスパイスのビン……ああ!なんて事だ!!イグニートが!!」
そう言いながら、キローガは地面に膝を着き、大仰に嘆き始めた。
「父上だけでなく、弟まで……」
頭を抱え、地面に拳を叩きつける。
すぐにその芝居は、遠巻きに見ていた人々の間に、動揺を伝え始めた。嘆きの波は、さざ波のように広がっていく。
「まあ!何という事でしょう……イグニート様まで……」
「ああ!嘆かわしい!!」
これは面白くなった。
ハガルは内心ほくそ笑みながら、リオンの肩に手を乗せた。
「勇者リオン殿、話を聞かせて貰おうか」




