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36話 竜王の証


 ――竜王の証について記そう。

 その者はある日突然、窓から現れた。

 美しいと言うのも憚られるほどの神々しさ。快活そうな佇まいと赤い瞳で、優しい笑みを湛えたその少女は、王である私の前に軽く降り立った。

 

「人の王よ、我が主の望みを叶え下さい」

 胸に手を置き、恭しく膝を折る。

「望みとは?」

「この国に竜の拠り所を造って欲しいのです」


 聞けば、この世界の竜は皆、堕天使となったフランから剥がれ落ちた(ことわり)であるという。璞に刻まれたばかりのそれは危うく、闇に触れれば変化してしまうかもしれぬとの事。

 

「理は普遍。本質を曲げることのない竜が、変化とは如何に」

「理は受け取り方によって変わるもの。闇多き世界で、竜の本質が歪曲して伝わってしまわぬよう、拠り所を造って欲しいのです」

 

 平和の訪れた今、城に現れる竜は数多となり、我々に知恵を授けてくれる事もしばしば。その知恵を世界に広めるのに、なにを躊躇する事がありましょう。

「分かりました。できる限りの事をすると約束しよう」

 

 少女は嬉しそうに頭を垂れ立ち上がると、再び窓から出て行った。

 窓の外を見れば、天へと帰る美しい赤竜。陽が再び登ったかのような、清々しい気分であった。


 少女の望みを叶えるべく、私は訪れた竜に神殿を与えた。各所に与えた神殿に竜が住めば、魔物が遠ざかり、その町は栄え始めた。すぐに人々は竜を讃える様になった。

 竜にも安らぎが訪れたのだろう。感謝の証として我に自らの名を刻んだルーン石を与えてくれた。


 そしてそれが24を数えた時、ルーン石は1つの宝石となった。

 これが、後に竜王の証と呼ばれる事となる。

 

 魔は彼方へと遠のき、国は栄えた。

 竜と人との調和が成され、闇は彼方へと去っていた。

 


 ウィン様の屋敷で休んでいたミミは、パタンと本を閉じ、ほうと息を吐いた。

 目が覚めたらここにいた。日は高くなっていて、枕元には読めと言わんばかりにこの本が開いてあったのだ。

 平和そのものの日常が戻ってきて、ミミは嬉しくなる。でも……。

 

 竜王が亡くなり、新しい王となったカストロ公は竜を敵だと認定し、攻撃したのだ。

 お家である神殿を追い出された竜さん達はどんな気持ちだったのだろうか。旅好きのライゾはともかく、きっと皆、寂しかったに違いない。イースは命を落としてしまう程に……。胸が苦しくなる。

 

「ミミ、本を読んだ?」

「イース!!」

 音もなく現れたイースに、ミミはベッドから体を乗り出し、抱きついた。イースはミミの気持ちが分かったのか、頭を撫でてくれた。

 

「さあミミ、疲れが取れたのなら、いらっしゃい。今から面白い事が始まるわ」

「面白い事?」

「ええ。会議が始まるの」

 


 イースに手を引かれるがまま階下に降りれば、1番広いダイニングが解放され、食事の準備がされているところだった。その椅子の数の多い事!お客様が来るのね!

 

 使用人のいないこの屋敷には、女性はほとんど居ない為、全てスルトさんの寝所にいた親衛隊の方たちが賄ってくれていた。今も配膳をしてくれるのは元管理人のカーリニンさんだ。ミミは慌ててお手伝いを始めると、気になっていた事を聞いてみた。

 

「オセル様は大丈夫だった?」

 回復したオセル様は、穢れを払うからとスルト様に連れて行かれたらしい。

「ああ、風呂を嫌がる位には回復してたぞ。だがスルト様の手にかかりゃ、オセル様の抵抗も、赤ん坊のように一捻りだったな」

 体力落ちてるのに捻っちゃって大丈夫なのかな?

「今は大人しく寝てるぜ。そりゃそうとミミ、誰が来るのか知ってるか?」

 椅子の数もさることながら、用意されたら食べ物の量も中々だ。でも、カーリニンさんも誰が来るかは知らない様子。

 

「ミミも知らない。でも、イースが会議だって……」

「ミミ。来たわ」

 1番端のテーブルに座って待っていたイースが呟いた。途端に、ダイニングの扉が、バーン!と開く。

 

「イング様が来てやったぞ!竜王は何処だ――!!」

 金色のクルクル巻き毛の天使の様な男の子が、両手を広げ、立っていた。可愛い!!……と、ミミが尊んだ途端、後ろから押されて、地面に膝を着いた。

 後ろから押したであろう、緑の髪をした若い女の人が、転がるイング様とやらを見下ろした。

 

「ごめん。見えなかった……」

「ラーグ!てめぇ、ちゃんと前を見て歩け!!……っとと……」

 イング様が起き上がった途端、今度は次にやって来た白銀の女性に押されて転がった。

「あ、イング!ごめん、小さいから蹴っちゃった!」

「エオー!てめぇまで!!」

 

「キャハッ!イング、何やってるの?ウケる!」

 今度は、ピンクの髪をした、ギャルっぽい女の子が、怒るイング様の背中をバンバン叩く。

「マナ!笑うな――!!」

 

「さあさあ、入り口を塞いでないで、席に着きましょうね」

 そう嗜めながら、大人の女性が入ってきた。恰幅のいい安心感のある女性は、ミミを見るなり、ニコリと笑った。

「世話になるわね。私はベルカナよ。ベルと呼んでね。そしてこの子達が……」

 ベルの後ろには青い髪の落ち着いた若者が2人、着いて来ていた。どちらも長い髪をしている。

「ジェラとユルよ」


 薄い青髪色のジェラさんが女性のようで、濃い青髪のユルさんは男性に見える。2人はチラリとミミを見てから、スっとテーブルに着いた。

「緊張しているの、大目に見てあげてね」

 そう言い、ベルさんは皆を席に座らせた。これで8つの席が埋まった。


 もしかして、この方たちは皆、竜さん!?

 ミミは目をぱちくりする。

 なんて素敵なの!!

 お腹が空いていたのか、皆、すぐに食事を始める。

「おい、使用人!飲み物をよこせ」

 イング様に呼ばれ、ミミは配膳を急いだ。そして、皆のお腹が満たされた頃。


「ミミ、そんなに動いて大丈夫ですか?」

 優しい声に振り向けば、アンスールが部屋に入ってくるところだった。

 ミミはアンスールに飛びつく。ちょっと離れていた間に色々ありすぎて、会いたい気持ちが積もっていたのだ。

「アンスール!!それにフェオも!!」

「わしも忘れちゃ困るぞい」

「ティール様!」


「おいおい、使用人。アンスール様に何と無礼な!!」

 立ち上がるイング様にアンスールは居丈高に言い放った。

「イング、竜は礼には礼を尽くすものです。まだ寝ぼけているのですか?」

「ふふっ。食事の礼を罵倒で返すとは、確かに寝ぼけてますね。そうでしょ?イング」

 お母さん的な役目なのか、ベルさんが窘めると、イング様はぷくりと脹れた。可愛い!!

「イング。この子に無礼を働けば、私とて許しませんよ」

 それにウィン様も加わって、イング様は顔を真っ赤にして、ウグッと黙った。これでダイニングテーブルには12人の竜さんが揃った!

 

「誰か、悪いけど、オセルを急かして来てくれるかしら?ウルがしつこくって困ってるはずだから」

 ウィン様の言葉に、ミミが踵をかえすと、もうすぐそこには逞しい男の人が立っていた。

「しつこいとは、誠に遺憾だな。詳しい話を聞いていただけだ」

 厳つい顔をしたその人は、ミミをチラリと見下ろすと部屋へと入って来て、空いた席についた。

「俺はギューフの方がしつこいと思う!」

「あれはしつこいと言うより、鬱陶しいのよ」

 イースがボソッと呟いた。

 

「やあ!私を呼んだかい?」

 皆が頷いた時、大仰に両手を広げ、入ってきたのは、ラベンダー色をした髪の優男だった。ミミを見つけると、目の前に片膝をつき、両手を握る。

「可愛いお嬢さん。私を席までエスコートしてくれないか?」

 皆が頭を抱える中、ミミは空いた席にニコニコ顔ののその人を引っ張って行った。この人がギューフさんに違いない。……これで14人!


「連れて来たぞ!」

 振り向けば、ニイドとスルトさんが、オセル様を支え入ってくる所だった。オセル様の顔色はとても良くなってて、ミミは嬉しくなる。

 17人!竜さんは24人だと本に書かれていたから、後は……。数を数えるミミの髪の中から、ライゾが顔を出した。

「俺が加われば、18だな。ここにいないのは6名。行方不明のカノは除くとして、5名が反乱竜って訳だな」

 

 反乱竜!

「少し前までは、我々が反乱軍でしたがね」

 皆が席に着くのを見て、アンスールが立ち上がった。

「これより竜族会議を行います」

 すぐにウル様が手を挙げる。

「おい!その前に飯を食わせてくれ。オセルが食料庫ごと城をぶち壊したせいで、昨日から何も食ってないんだ」

「分かりました。では、食事をしながら、今までの経緯を話しましょう」


 よく食べる竜さんのお世話をしながら、ミミはアンスールの話を聞いた。新しくこの屋敷に来た竜さん達は、住処である神殿を追われた後、オセル様の造った城で眠りについたらしく、その後の人間たちの行いについてはよく知らない様子だった。


「皆、揃って眠りについちゃったから、人間は相当苦労したようね。放っておいた私たちも悪いわ」

 肯定的に捉えるのはベルさんだけで、他の竜さん達は皆、追い出された事を根に持っていた。


「私たちを追い出した人間に、慈悲なんていらないと思う。だから、ハガル達が何をしようと、私たちに止める権利はないわ」

「竜を攻撃したのよ!ウイルドが何匹も殺られたんでしょ?イースだって!なのに、今更助けを求めようなんて、勘違いも甚だしい!」

「私たちの家だった神殿も燃やされたのよ!私たち……私も、私を信じた神官たちが中にいるにも関わらず!しかも、助けてやった神官も、私達を追い出したわ!人間なんか大嫌い!!」


 3人の女性の意見を聞いて、ウル様がイースを見た。

「イース。お前の意見を聞きたい。お前は人間に殺されたんだろ?」

 皆が注目する中、イースはおもむろに立ち上がった。

「ミミ、ご飯はちゃんと食べた?」

 部屋の隅で、立ちすくんでいたミミは、急に自分に光が当たって、驚いてプルプルと顔を降った。イースはみんなの目などお構い無しにミミの所に来て、手を引いた。

「こっちに来て一緒に食べましょ……」

「イース!今は使用人の話じゃないだろ!」

 のんびりした様子に、イング様は声を荒らげた。イースはキッと睨みつける。


「私はミミとご飯が食べたいの。ミミだけじゃない。ここにいる人間たちと一緒にね。そうでしょ?ニイド」

「うん。ミミは頑張ればご飯が美味しいと言ったよ。ぼくは皆と一緒に美味しいご飯が食べたいから頑張って皆を守ったんだ。ぼくはここに居たくない」

 ニイドは背筋をしっかり伸ばし、しっかりとした口調でそう言うと、ミミの所にやって来た。ミミはアワアワとするも、ちゃんと伝えなきゃって顔を上げた。

 

「ミミ、竜だから、人間だからってのは関係ないと思います!一緒にいたいと思う者を守る!そして守る為に戦うんだと思うの!みんなもそうじゃないの?」

「そう思ってたわ。でも、信じてた人間も私を追い出したわ……悲しい顔をしながらもね!」

 ジェラさんかな?ずっと抑えていた気持ちを、吐き出す様に口にした。横でユル様も目を伏せた。このふたりは、とても人間が好きだったのだろう、ミミは胸が痛くなった。

 でも、それはきっと……。

 

「あのね、人間は弱いから竜さんを守れないって思ったんだと思うの。だから、攻撃される前に追い出さなきゃいけなかったの。だって、自分達人間が傷つけられば、竜さん達は黙っていないでしょ?そうすれば、竜さんを巻き込む戦いになっちゃうから……」

「私達を守る為に追い出したっていうの?矛盾してるわ!!」

 

 ここでイースは自然と冷気を放ち、悲しそうに俯いた。

「賢い人間なら分かったはず。竜を追い出せば、自分の街がどうなるか。また以前の様に、魔物に怯えながら過ごす日々が来る事くらい、誰だって想像出来るわ。でもね、だからといって、新しい大臣の政策に逆らえば、竜にも刃が向けられるのよ」

 ますますイースの声は小さくなる。

「……それでも私は、神殿を潰そうとした騎士団を追い払おうとしたの。でも、敵わなかった。私の神殿の人達は、私を庇って一緒に地下に埋められたわ」

 ミミは背伸びをして、イースに抱きついた。イースは、ほっとした様に、ミミの肩に顔を埋めた。

「イース。もう大丈夫。今度はぼくも守るよ。ミミの大切な人はぼくも大切」

「ありがとう、ニイド」

「だからミミ、イースも一緒にご飯食べよ?ぼく、お腹がすいたよ」

「そうね。ミミ、いきましょ」


 ミミはニイドイースに引っ張られてダイニングを後にした。後からカーリニンが追いかけて来る。

「ミミ、昼は軽く済ませて、夜に取っとかないか?実はな、昨日の夜の襲撃から護ってくれた、このダンナの歓迎会をしようって話が出ててな。えっと……ニイドさんって呼んでいいか?それとウイルドって言ったか?あの竜の子たちの名前はないのか?」

 ニイドは恥ずかしそうにミミを見た。

「ミミ、ウイルドに名前が欲しい」

 ミミはイースを見る。

「名前って付けられる?」

「そうだな……。ウとイとルとドでいいんじゃないか?」

 ライゾが出てきて適当な事を言う。イースが眉をひそめた。

「全部で12頭いるんですけど?」

 グッ……と、ライゾは黙ると、ミミに振ってきた。

「ニイド、ミミが付けてくれるぞ!」

「!!」

 ニイドは嬉しそうにミミの手を取った。

「ミミ、名前を付けて!!」

 

 ミミが決めていいの?恐る恐る頷けば、イースも笑う。だからミミも嬉しくて。

「うん!ミミ、頑張るよ」


 その夜、ウィン様の御屋敷のお庭では、ガーデンパーティが開かれた。

 

 主役はニイドとウイルド達。ウイルドの名前はみんなに募る事になり、騎士団の人達と、スルト様の親衛隊の人達が、お酒を片手に、楽しそうに頭を捻ってくれている。ミミは勿論、ニイドも混ざって一緒に考えるの!

 

 ふと見れば、長い会議が終わったのか、屋敷からウィン様が出てくる所だった。ミミは誘いに走る。

「皆も一緒にご飯をたべよ!」

 ミミが手を引くと、ウィン様は頷き、後ろを振り返った。

「どうです?皆さんも」


「勿論、お酒は残っているのでしょうね」

 アンスールが応え、スルト様が笑う。

「酒好きのモンペイに任せたから、浴びる程飲んでも足りない事はねぇな!」

「まあ、素敵!ね、オセル様はいける口かしら?」

 フェオが舌なめずりすると、オセル様は慌ててミミを捕まえた。

「ええ。その前にミミ、まだお礼を言ってませんでしたね」

 

 オセル様はまだフラフラしてて、ミミは思わず手を取ってヒールを唱える。心配でオセル様の顔を見れば、その顔に苦笑いの様な魅力的な笑みを浮かべていた。

「ありがとうございます。ミミ」


「オセル様が笑ってるわ!!」

「マジで!?」

「本当に!?ちょっと見せて!!」

 出てくるタイミングを待っていたかのように、竜さん達がミミを取り囲み、それだけで大騒ぎになった。


「さあ、皆、そのくらいにして、ちゃんと言う事があるでしょ?」

 ベルさんが手を叩き、皆、頷き合うと、ウル様が真っ先にミミに顔を近づけた。

「俺たちは竜王……ミミに従う事にした。だから……」

 チラッと外をみる。

「交ざっていいか?」

「勿論!!」

 ミミは大きく頷いた。


「やった――!!」

 真っ先にイング様が飛び上がり、その素直な反応に皆が笑いだした。

 

「お――!また仲間が増えたのか?」

「大歓迎だ!!」

 満天の星空の元、ウィン様の御屋敷ではその日、笑い声が何時までも響いていた。

 

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