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34話 空撃

「おいっ!竜だ!!」

 誰かが叫んだ。

 見上げれば、夜空を黒く塗り潰す様に、大きな羽を広げた黒竜が、獲物を探すように旋回しているのが目に入った。

 

「馬鹿な!!こんな街中に!!」

 たまたま買い出しに来ていたモンペイは、自分の運のなさを呪った。

 

 ここはレイハルトの首都。それも、街のど真ん中にある宿屋街だ。宿屋の1階は酒場となっている事が多く、夕刻の時間となれば冒険者が、わんさかといるのが常。

 

「逃げろ――!!」

「避難しろ!!」

 カストロ騎士団の壊滅が噂される中での襲撃だ。屈強な冒険者でも、相手にしようなんてバカはいない。

 

 だが黒竜は、逃げ惑う冒険者を嘲笑うかのように咆哮を上げ、しばし空中に停止すると、狙いを定め、真っ直ぐにこちらに降下してきた。

 

 しかし竜と聞けばじっとしていられないのも確か。

「女子どもを避難させろ!……こいつは、俺が!!」

 モンペイは剣を握り、黒竜の着地地点を目差し、駆け出した。


 少し走ると、開け放たれた広場に出た。拳ほどの氷柱が、そこら中に散らばり、瓦礫を覆っていた。

 確かこの場所には露店が立ち並んでいたはず。人々が楽しそうに食べ物を片手に闊歩していたのを記憶している。

 しかし今、露店は氷の粒に押し潰され、跡形もなく消えていた。


 無惨な光景に戸惑うも、モンペイは逃げ遅れた者がいないかと顔を巡らせた。

 その時、すぐ上で咆哮が聞こえ、モンペイは夜空を仰いだ。

 

「何故このような事をする!!」

 ダダダ!と、すぐ横に氷柱が降り注ぎ、体を翻しながらも、モンペイは同じセリフを叫んだ。竜ならば話が通用するはずだと思ったからだ。

 

 だが、その黒竜は俺の知る竜たちとは違っていた。

 何度も何度も俺の周りを滑空し、その大きな口から雹を吐く。まるで楽しんでいるかの様に。


「聞こえているのは確かなんだが……」

 すぐ真横を黒竜が滑空し、通り過ぎる。その風圧でよろけながらも、モンペイは黒竜の腹めがけて剣を投げた!即座に軌跡を目で追う。

 ……と、振り返れば黒竜は消え、そこに人が立っていた。


「あっぶな――。羽に当たったし……」

 ぼんやりと見えてくるのは、月明かりに白む青の髪。それは真っ白な顔を際立たせる為にあるが如く、不気味に揺らめいて見えた。

「……!!」

 

 突如、剣が飛んできて、モンペイはすんでのところでそれを避けた。これは俺の投げた剣だ。と、言う事は、こいつがあの黒竜という訳だ。

「ハハッ!これも避けたか。優秀な人間だね。どこでそんなに鍛えたの?」

 

 カストロにある教会の地下だが?

 だが、そんな事を教えてやる義理もない。モンペイは、目の前の男から目を離す事なく、ズリズリと下がると自分の剣を拾い、構えた。


「バカだね。竜族の俺に、そんな剣なんて通用しないのに。さて、冒険者さん。何処から刻んでやろうか?」

 自身のその手の人差し指を、竜の鋭い爪と変えた男は、モンペイの方へとゆっくりと歩いて来た。そして、大きく振り被る。

 

「うっ……!!」

 骨が砕ける不気味な音がし、モンペイは膝を着きかけた。いなそうと立てた剣は、腕ごと持っていかれていた。……なんて力だ!!

「ほぉ――。中々我慢強いね」

「腕を落とされたのは2度目なんでね」

 思わず正直に答えて後悔する。即座に拾い上げた右腕付きの剣は、構える間もなく、左手ごと落とされた。


「ハハッ!これで使える手は無くなったな!」

 嫌な笑いで俺をこき下ろすと、男は興味を失った様に踵を返した。

「あれぇ?ウイルドが出てこないなぁ……」

 

 ……と、ここで、どこに隠れていたのか、冒険者たちが、方々から一気に押し寄せて来た。

「「うぉぉぉぉ――!!」」

「殺れぇ――!!」

「スルト様の仇――!!」

「待っ、待て!!こいつはヤバいって!!」

 だが、俺の警告など聞く輩なら、とっくの昔に逃げていただろう。冒険者らは、仲間が薙ぎ払われるのも構わず、黒竜を数で押し始めた。俺は膝から崩れ落ちる。

 

「ふっ……俺、まだ死んでないんだけど。だが、流石冒険者、中々やる……」

 てか、俺。スルト様じゃないんだけど……。

 スルトの洞窟の常連客だったのかな。引きこもりのスルト様の代わりに俺が動いていたから勘違いしたのか?まあ、どちらにせよ、律儀なヤツらだ。

 

 願わくば、ヤツらの命が少しでもこの地に残ります様に……。


「ミミ、また腕を無くしちまった」

 真っ暗闇に落ちる意識の中、愛らしく微笑むミミの姿だけが、いつまでも脳裏に輝いて見えていた。

 


「い……痛てぇ……」

 それからどれだけ経ったか……。頬を叩かれる感覚でモンペイは覚醒した。

 

「頼むよ神様……もうちっと優しく……」

「モンペイ!!寝ている場合では無いぞ!急げ!」

 目を開ければむさ苦しい男の顔……いや、すまねぇ。お前はクリストス。……元ファリアスの騎士団長様が、何故ここに!?


 無理やり腕を引かれ立たされる。……腕!?

「あ……腕が生えてやがる」

「何を言っている!退避しろ!巻き込まれるぞ!!」

 

 かなりの血を失ったからか、ふらふらしながらも、モンペイはクリストスに引っ張られ、歩いた。引き摺られながらも周りを見回せば、怪我人が自分と同じ様に、ファリアスの騎士団に引き摺られていた。その中に、ヒールを唱える小さな女の子の姿が見えて……思わず涙が込み上げた。

「ミミ……」

「泣いている場合ではないぞ!」

 その直後、今までいた場所に雷が落ち、地面が、空気ごと揺れた。ってか、まともに見ちまって目がやられた!見えねぇ……。

 

「直視するな!馬鹿者が!」

 怒られながらも連れていかれた場所は、少しはまともな瓦礫の後ろ。何故かその建物だけが、この広場にポツンと残っていた。屋根はないがな。

「すげぇ……」

「モンペイ、動けるなら皆の世話を頼む」


 そう言い、クリストスは再び、稲光の中に飛び出して行った。

 辺りを見回せば、ゴロゴロと冒険者が転がっている。……大丈夫か?死んではなさそうだが。

 

 ここでようやくモンペイは落ち着き、空を見上げた。

「おったまげたな……」

 澄んだ星空には、竜が2匹、もつれ合うあように戦っていた。1体は黒竜。そしてもう1体は、とても優雅な……。

「ウィン様が来て下さったのかぁ」

 

 レイハルトの守り神。

 かつてそう言われた竜は、俺たち冒険者や、捨てられたファリアスの騎士団を自らの屋敷に匿ってくれた。そして今、このレイハルトをも、見捨てはしなかった。

 

 稲光を纏わせ、優雅に空を滑空すると、黒竜を追い払うかのように、体当たりをする。直後、雷が黒竜に直撃した。

 だが、黒竜はよろめくも、再びこの場所へと戻ろうとしている様に見える。そう、ここにミミがいるからだ。

 ミミが前王……竜王さまの娘と聞いた時にゃ驚いたが、今ならそれも納得だ。これ以上の護衛はいねぇ。

「ウィン様……頼む。ミミを助けてくれ」

 

「大丈夫だ。来ているのはウィンだけではないぞ。モンペイ、無事で何よりだ」

「スルト様!!」

 モンペイは、その雄々しい姿に思わず抱き着きかけるも、すぐにその手を引っ込めた。スルト様の後ろにミミの姿が見えたからだ。


「ミミ!……ミミ――!!」

 ドォォォ――ン!!

 雷が再び落ち、体が自然にミミに吸い寄せられた。

 彼女だけは失う訳にはいかねぇ!!

 だが、それは周りにいる誰も同じで……。

 

「おおう……。お前らは下がってろ。俺ひとりで十分だ」

 モンペイは、ミミを抱き寄せると、さっきまで呻きながら転がっていた冒険者たちを、ミミから突き離した。

「はぁ?」

「スルト。てめぇ、後から来た癖にいい所だけ持って行くなよな」

 

 お前らさっき、スルト様の仇――!!とか、言ってなかったか?俺がやられたから、駆けつけてくれたんだろ?……ってか。

「俺、スルト様じゃねぇし!!」

「「……へ?」」

 

 スルト様は豪快に笑った。

「ハハッ!それだけ元気がありゃぁ、大丈夫だな。お!オセルが復活したぞ。これでハガルも諦めるだろう」

 

 再び空を見上げれは、3体目の竜が空へと駆け登るところだった。まるで星を纏ったような、金色の竜だった。

「すげぇ豪華な竜様だな」

「ああ」

 

 だが、冒険者が呟く目の前では何故か、瓦礫と化したレンガや石が次々と浮かび上がっていくという超常現象が起き始めていた。

「おい!何だ!?」

「……!?」

 狼狽える俺たちに、スルト様は困った様に頭を搔いた。

「あ――。オセルの奴、だいぶ怒ってるな……皆、伏せろ!!」

 

 ガガガガ――!!

 レンガは宙に浮かび、上へと引き寄せられていく。俺たちを残して。

 

「オセルは土魔法が得意でな」

 スルト様のプチ情報は、突如巻き起こった竜巻に消えた。これで残っていたこの建物も綺麗さっぱり片付いたな!なんて魔法だ!!

 

「すげぇ豪快な竜様だな」

 瓦礫は竜巻と共に宙を舞いながら空へと吸い込まれていった。砂煙が酷く、モンペイはミミを抱えたまま伏せた。

 

 風が収まった所で空を見上げれば、竜巻は真っ直ぐに空に向かっており、3体の竜が絡み合っている所に直撃しそう!

「竜が巻き込まれちまうぞ!!」

「ウィン様が!!……ん?」

 

 バサリ!!

 次の瞬間、突如目の前に巨大な赤い竜が現れた。

 他の竜の3倍はあろうかという赤い竜は、地響きを残し飛び立つと、恐ろしい速さで空を駆け上がり……次の瞬間には夜空に消えていた。

 竜巻もいつの間にか夜空へと巻き上がり、消えている。

 ――何もなかったかのような静寂が訪れた。


「どうなった?」

「モンペイさん。重い……」

 小さなミミの声がして、モンペイは慌てて体を起こした。解放した途端にミミは俺に抱きつき、ありがとうと礼を言う。なんという可愛らしさだ!!

 

 これにはキョロキョロしていた冒険者らも目尻を下げてこちらを見ていた。

「礼を言うのはこっちの方だ。ミミ、また世話になったな」

 モンペイは、再びくっ付いた両の腕を撫でた。


 その時、瓦礫さえも消えた広場に、先程の、でけぇ赤い竜が静かに降りて来た。その大きな両手には、ウィン様と金色の竜を持っていて……。

 3体の竜は、慄く冒険者らの前で、人へと姿を変えた。

 

「「ウィン様!」」

「スルト様!」

 それと……ああ、この美しい男性は!

「オセル様?」

 ウィン様の屋敷で見かけた事のあるこの人もまた、竜だったのだ。


「みんな――!!」

 ミミが慌てて竜の皆様に駆け寄り、怪我をしていないか確認するように、3人の周りを回っていた。その可愛らしい姿に頬が緩むも、気付けば皆、自然と感謝の意を込める様に、膝を折っていた。

 

「なんの真似だ?」

 金色の髪をかきあげ、オセル様が冒険者らを前に、不機嫌そうに眉を寄せる。俺は皆を代表するように立ち上がると、頭を掻いた。

 

「あ――俺たちはあんた達のお陰で生きている。礼を言いたいんだが……上手く言えねぇんだよ!ともかく、ありがとうよ!!心から礼を言わせて貰う!!」

 途端にフッとオセル様は笑った。

 

「竜が人を守るのは義務です。……だが、礼を言われるのも悪くないですね。そうでしょう?ウィン様」

 あれだけの戦いを見せたというのに、一寸の乱れのないドレス姿のウィン様は、ポカンと俺たちを見つめるものの、すぐに恥ずかしそうに様に目を逸らした。

 

「私に出来る事はここまでです。ですが、レイハルト領主に、あなた方の活躍について話を通しておきましょう」

「活躍……」

 我々を憂う姿の美しい事よ!何も出来なかった俺たちを気遣ってくれるとは!

 

 ウィン様はすぐに真顔に戻ると、俺たちの後ろを見ていた。

「それに、あなた達が無事だったのは、私たちだけの力ではないのですよ。ここにいるミミもそうですが……隠れてないで、出てきなさい。ニイド」

 ウィン様の視線の先には、グシャリと潰れた屋台があった。その地面に落ちたテントが、モゾりと動く。

 

「ニイド!」

 ミミが嬉しそうに駆け寄り、声をかける。すると、中から黒髪の男が出てきて、ミミの後ろに隠れた。酷く暗い表情の男だ。

 

「ニイドは束縛の竜。ですが、1度大切に思ったものは必ず守ります。ハガルの雹がこの場所に降り注がなかったのは、ミミがここにいたからですよ。よく守ってくれましたね」

 ウィン様が近くと、ニイドという男は、さらに縮こまってしまう。しかし、ミミがその手を握ると、明らかに嬉しそうに顔を上げた。


「ミミがぼくを追って来てくれたから……」

 ミミは嬉しそうに何度も頷く。

「うん!ニイドがみんなを守ってくれたのね!ありがとう!!でも、何で隠れていたの?」

「ハガル……怖い」

 ニイドは震えると、空を見上げた。釣られて皆も空を見る。……綺麗な月夜だが?


「まさか、あの黒竜……生きてるのか?」

 恐る恐るウィン様を見ると、ウィン様はため息をついた。

「竜は殺し合う事が出来ません。ですので、恐らくファリアスに逃げ帰ったのでしょう。暫くは大人しいとは思いますが……」

 マジか……。


「お――い!大丈夫か――!!」

 ここでようやく救助らしき衛兵隊が駆けつけたようで、声が聞こえてきた。

 

「遅せぇよ……」

 モンペイが呟くと、冒険者らが笑う。

「レイハルトは冒険者がいねぇと何にも出来ねぇんだよ!だからな……報酬は期待できる!!」

「勿論、その報酬は、うちの領土に落としてくれるんだろ?」

「「領主様!?」」

 なんと、衛兵隊を連れているのは領主、その人だった。


 それから領主の指示でテキパキと冒険者の救助が始まった。

 

 辺りを見渡せば、酷い有様だ。だが驚く事に、死人は出ていない。それに、怪我人は……。

 小さなミミは、怪我人に寄り添い、治療を施していた。天使以外の何物でもない。モンペイは両腕をさすり、神に感謝した。

 

「この度は我が領土、並びに領民に冒険者。全てをこの様な形で救って頂き、ありがとうございました」

 その声に振り返れば、領主様がウィン様の前で騎士がする様に恭しく膝を着いていた。

「この様な、とは?」

 ウィン様が訝しげに領主を見下ろしている。

「あなたが指示して下さったのでは?」

「違いますわ。私は応援に呼ばれただけですわ。あの子にね」

「あの子……」

 

 領主は、引き寄せられる様に、怪我人にヒールを施している小さなミミの所に行くと、そっと膝を着いて顔を覗き込んだ。

「あなたが指示を?」

 ミミは可愛く首を傾げた。すると、その髪の中から、小さな青い竜が顔を出した。ライゾだ。

 

「そうだ、ミミを敬うがいい!そして二度とミミを狙う様な真似はするなよ!……まあ、皆を連れて来たのは俺だがな!!」

 胸を大きく張る様子が微笑ましい。

「ライゾ。そうか、お前が……。ハハッ!」

 どうやら領主様とライゾは知り合いだったらしい。領主様の笑い声に一気にその場が和んだ。


「ライゾ、転移石なら高く買取るぞ?」

「ハッ!もう金は必要ないんだよ!俺は勇者パーティのメンバーになったのだからな!」

「なんと……!!」

 驚愕したのは、領主様だけではない。今まで竜が勇者パーティに加わる事などなかったからだ。


「ハッハ――!いいか、みんな聞け!ここにいる竜は皆、勇者パーティだぞ!敬え――!!」

「マジか――!竜が勇者パーティの一員とは!!」

「やった――!これで我が国は安泰だ!」


 モンペイは驚愕に声を失う領主と、喜びに湧く冒険者らを見て苦笑するも、気分が浮き立つのを感じていた。

 そうか、俺は勇者パーティの皆さんのお世話をしてたのか!!


「さて、俺も急いで買い出しを済ませて帰るかな」

 クリストス率いる騎士団と、竜の方々のいる、あの屋敷へ。

今の俺の家は、あの場所なんだからな!

 ニヤニヤと笑い、立ち上がったモンペイの頭の中にピコン!と音が鳴った。


『リオンのギルドパーティに加わりますか?』

 

「ん?リオンって……」

 勇者様じゃねぇか!!

 

 変な汗が吹き出してきやがった。恐る恐る頷けば、少しの後に再び音が鳴った。

『モンペイがギルドパーティに加わりました!』

 やべぇよ!!俺も勇者パーティじゃねぇか!!


 モンペイはその場で気を失った。


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