33話 ウイルドの森
美しく流れる渓流に、月明かりがキラキラと映っていた。せせらぎの音をかき消すのは大きな水音。近くに滝があるに違いない。
ミミたちは深い森の中の、細いせせらぎを見下ろす低い崖の上の転移していた。
「綺麗な場所ね!」
「そうだろ?ミミ、こっちだ。滝の後ろにウイルドが待ってるよ」
ニイドは子どものようにミミの手を引いた。ミミも嬉しくて、ニイドの細い手を握った。
スルトさんは呼び出したピアを頭にくっつけたまま、ごにょごにょと話しながらついて来ていた。
少し歩くと、レースのカーテンの様な繊細な滝が見えてきて、ミミは駆け出そうと足を踏み出した。でも、スルトさんに腕を引かれて、立ち止まる。びっくりして振り返ったミミが再び前を向くと、先に駆け出していたニイドの前に、知らない男の人が立ち塞がっていた。
「ハガルだ……」
スルトさんは呟くと、ミミを抱え、岩陰に潜んだ。
ハガルは、ミミたちには気付かなかった様で、腰を曲げて怯えるニイドを、ふんぞり返って見下ろしていた。
真っ青な髪に青白い肌の色、頼りない体躯だが、その顔には不敵な笑みを浮かべていた。
「やあ、ニイド!ここで待っていれば必ず会えるだろうと思っていたよ。まずは、任務ご苦労!上手くやったみたいだな。カストロの騎士団は壊滅したと聞いたぞ」
実際にはカストロの騎士団は壊滅していない。
ニイドはとても素直だ。殉職者パーティの事を話してしまうのではないかと焦る。
でも、そんなミミたちの心配はよそに、ニイドは、ハガルに曖昧に頷いてくれた。
「ははっ。じゃ、待ちくたびれたから手短に話すね」
ハガルはとてもご機嫌な様子で、ニイドを滝の方に誘った。滝の音で、声が聞こえなくなる。
ミミはニイドが心配で、思わず岩陰から飛び出た。
「……!」
でも、飛び出たミミは、すぐに引き戻される。見れば、頭をフードで隠した男の人がミミの腕を引いていた。
「オセル様?」
「チッ。静かに……クソッ!聞き逃したではないですか!」
「……あ!ニイドが!!」
気が付けば、ニイドは青い男の人と共に消えていた。オセル様はクソ!と地面を蹴る。
「転移石を使われましたか……。何て事をしてくれるんですか、あなたは!!」
「ごめんなさい!うう……ニイドが……!」
ニイドはとても怯えていた。なのに、見失うなんて!!ミミは目を擦ってスルトさんを見た。
「ミミ、心配するな。門を使ったのなら、まだ痕跡を辿れる」
スルトさんは、ミミの頭を撫でながら、うむ、と空を仰いだ。
「これは、レイハルト領……首都だな」
さすが門の竜!
「ん?待てよ、他にも……」
「おい!ウイルドが1匹もいないぞ!」
いつの間にかミミの髪の中から抜け出ていたライゾが、滝の中から飛び出してきた。滝の後ろを見て来たに違いない。
それを聞いて、オセル様が慌て始めた。
「まずい!9頭全て、レイハルトに連れて行ったのか!これは一大事だぞ!」
「ライゾ!!」
スルトさんが叫び、凄いスピードで飛んで来たライゾをキャッチした。慣れているのか、ライゾは不敵な笑みを浮かべている。
「任せろ!スルト、場所はお前が指定しろ!ミミ、法石を!」
「りょ!」
ミミはキラキラ光る法石をライゾの口に入れた。
ビカ――!ライゾが光る。
「行くぞ!」
「お、おい!待て、俺は……!!」
スルトさんがミミと、何故か抗うオセル様をガッチリ捕まえた。
――転移!!
「……ここは?」
「シッ……」
真っ暗で見えないが、反響する声で分かる。大きな建物の中だ。光るライゾの輝きでぼんやりと見えて来るのは、石の壁と鉄格子。ここは牢屋の中?向こうに松明らしき光が見えて、足音が聞こえた。
「何か声がしなかったかぁ?」
「やめろや……縁起でもねぇ。お化け騒ぎはカストロだけで十分だ。黒竜解放の指示が出るまでは、ここで待機なんだから、お互い脅かすのはナシだぜ」
「ハガル様も早くしてくれねぇと、チビっちまうぜ」
……どうやら監視がいる様子。
「向こうから鍵がかかってますね」
「牢屋の中にソーンを刻むとは、これ如何に?」
コソコソと皆で状況を把握していると、首筋に生暖かい風が当たった。
「フガァ――……」
「シ――ッ。ライゾ、静かに……」
「俺じゃねぇよ……」
「フシュ――」
「ヒェッ!」
皆、思わず口を押さえる。すぐ近くに、人の背丈程の真っ黒な竜たちが迫って来ていたからだ。その数3頭。黒竜は頭を揃えてミミたちに吠えかかってきた。
グオッ――!!
この子達がニイドの言っていたウイルドに違いない。口を大きく開けて威嚇する黒竜に、ミミは仁王立ちをして、人差し指を突き付けた。
「ウイルドちゃん!大人しくしなきゃダメだからね!いい!?」
途端に竜達は口を閉じ、頭を下げる。
「凄い……」
オセル様が思わず声を漏らした。すると、向こう側で、監視らしき人達が慌て出す。
「おい!今、女の声がしたぞ!!」
「女だと!?ちょっとお前、見てこい!!」
「まずい!ライゾ!」
スルトさんの指示に、小竜ライゾは鉄格子をすり抜けると、ふん!と鼻を鳴らした。
「任せろ!」
ライゾは、転移する時に使った法石の効果が残っていたのか、すぐ様、青年の姿になった。
「侵入者だ――っ……グフッ」
駆け付けた2人の監視の首筋を叩いて、あっという間に地面に沈めた。
「ライゾ、かっこいい!!」
「ミミ、お前、正直だな。って、オセル。怖いのか?」
振り向けば、オセル様が体を丸めて、スルトさんの後ろに隠れていた。
「違う!!私は竜族委員会の者ですよ!あなた方と一緒にいる所を見られては駄目でしょうが!!ったく、どうして私まで連れて来たんですか……」
「そこにいたからだろ?」
ライゾは小竜に戻ると、オセル様の頭に止まった。オセル様はライゾを捕まえようと、必死に頭を振っていた。
スルトさんは、ウイルドを気にしながら鉄格子の向こう側を見る。ミミも一緒に覗くと、鉄格子は並んでいて、ウイルドは分けて収容されているのが見えた。
恐らくここは、闘技場か何かで、動物の収容所の様な場所だと分かる。
「竜族委員会?……ああ、そういやそんな事を言ってたな。何か進展があったのか?」
スルト様は鉄格子を曲げて、とうとう脱出していた。オセル様も続く。
「ええ。竜族委員会は、人間を攻撃する事に賛成しました」
「何!?」
その大声に、オセル様は耳を押さえる。
「提案したのはハガルですよ。ハガルはニイドを味方につけており、ウイルドを使って攻撃させるつもりです。既にカストロが落ちたと聞いておりますが、竜族委員会としては、面倒事が一気に片付くと思ったのでしょうが……。私は、竜族委員会の指示で、ハガルを見張っておりました。……なのに、ここに連れてくるとは!」
スルトさんは、頭を搔いた。
「……すまん、オセル。しかしお前も、その……ウイルドに人間を攻撃させる事に賛成だったのか?」
「フラン様の意志を重んじる、この私が、そんな愚かな行為を支持するとお思いで?この事はウィン様に伝えております。ですから、ウィン様がウイルドから人々を護って下さるでしょう……が」
オセル様は、鉄格子の向こう側で大人しくミミに撫でられているウイルドを見る。
「必要ないかもしれませんね……」
「ふっ。分かったのなら、オセル。お前もとっとと竜族委員会なんざ辞めちまえ!」
ライゾがミミの頭の上でふんぞり返ると、オセル様はニヤリと笑った。
「そうですね。しかし、その前に、ウイルドを連れてここを出ませんか?私はウイルドが消えて、慌てふためく竜族委員会の皆様を見たいです」
「ハハッ!それはいい!お前が竜族委員会に報告しろよ?」
「お任せ下さい」
案外この2人、気が合うのかもしれない。ミミは嬉しくなる。
しかし、スルト様は渋い顔をしていた。
「しかし、その前にハガルが暴れるんじゃないか?カストロではそうだったろ?」
その時、外で地響きがし、空気を揺るがす様な竜の咆哮が聞こえた。
「おい!とりあえずここから出よう!1番近い所は何処だ?」
パラパラと落ちてきそうな天井からミミを守りながら、スルトさんが叫んだ。オセル様は頷く。
「……ここはレイハルト闘技場跡だ!ウィン様の屋敷が近い!ライゾ、お前はウイルドを移動させろ。全部で9頭だ!」
ライゾは声を裏返す。
「9頭も!?……ミミ、法石をあるだけ寄越せ。そして、ウイルドを並べろ。スルト!鉄格子を壊してやれ」
ミミは足元に、法石をドバっと出すと、隣の鉄格子へと走った。すぐに、スルトさんが鉄格子を開けてくれる。
「では私が、ハガルを抑えましょう」
立ち上がるオセル様に、ライゾが叫んだ。
「待て!その前に……ピア!!応援を呼べ!」
ピアが現れ、状況を見るなり消えた。
ピコン!と音がする。
オセルをギルドメンバーに加えますか?
ウイルドを檻から出しながら、ミミたちは頷いた。




