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32話 カストロ公アダン

「父上!ただ今、戻りました」

 アダンは薄暗い部屋の中を進むと、ベッドに横たわるカストロ公アーロンを、見下ろした。

 

「そうか……。で?竜は退けたのだろうな?」

 アーロンは体を起こし、アダンを見る。歳なのか、その目に力はなく、ほんの数週間会わなかっただけで、父、カストロ公アーロンは衰弱して見えた。


 ここに来るまでの間、剣闘士の姿をした死霊が出るという噂を耳にした。父上は自分のお遊びで作った闘技場の剣闘士が、化けて出たと信じている様だとも。……全くふざけた話だ。

 

「現在も交戦中です。かなり厳しい状況だと言えます。至急増援をお願いします」

「ふっ。帰ってくるなり増援とは恐れ入った。何があったんだ?」

 しかしその口調は相変わらず辛辣で、アダンは自身の眉が自然と寄るのを感じた。

 

「凶暴な黒竜が出現したんですよ。お陰で3部隊が壊滅状態になりました。ですがその後、竜はニアホレストのダンジョンで発見され、先鋭である副騎士団長ナタン率いる第1隊を向かわせました。現在は押しとどめている様子ですが、いつまで持つかは分かりません。父上、早急に増援を募って下さい」

 この状況だ。貴族から兵を巻き上げても文句は言われないだろう。

 

「なるほど……お前は結果も聞かず、帰って来たと言う訳か、アダン。その相変わらずの腑抜けぶり、わしもそろそろ限界だ。お前を跡取りにと思っておったが、考え直さねばならんようだな」

「……!」

 戦地から戻ったばかりの自分が、何故そこまで言われなくてはいけないのか。アダンは顔に憎悪の表情をを浮かべた。

 

「なんだ?その顔は。いいか、よく聞け。前線に勇者パーティが現れたとの報告が、別筋から入って来た。恐らく今頃、黒竜は討伐済み。次のダンジョンへと向かっておる事だろう」

「ユリアスがカストロに、ですか?」

「ああ、そうだ。お前が逃げ帰って来たのは火を見るより明らか。この、馬鹿者め!!」

 

 なんと間の悪い……。

 しかし、既に分かっていてる事を、わざわざ私に報告させるとは、底意地の悪い事を!

 いつもそうだ。父上は私に恥をかかせ、叱咤する。そして最後にはこう言うのだ。

「少しはユリアスを見習んか!」

 ……うんざりだ。


「いいか、アダン。チャンスは再び訪れた。今度はしくじるなよ」

 無言で眉を寄せる私を、父は更に卑下する。

「ふん……分からんか。ミミというポーターを連れて来いと、命令しただろう。忘れたとは言わせんぞ!」

「その事でしたら、他領土に渡った為、捜索不可能だと報告済みですが。……お忘れで?」

「ふっ……その生意気な口を慎め。取り逃しておいて。お前のせいで勇者パーティに出し抜かれたではないか!」

「……!」

 私のせいだというのか?城でふんぞり返るだけの老人が、私をとやかく言う資格などないはずだ!

 

「小娘は勇者パーティに保護され、ユリアスと共に行動しておる。いいか、ユリアスにあの小娘をここに連れて来る様に伝えろ。間違ってもその場で取り押さえる様な事はするなよ。勇者パーティは強い。反発されれば二度と小娘は手に入らんだろう」

「ユリアスが素直に言う事を聞くとでも?」

「ユリアスは優しい。娘を案じて私の命令を拒むかもしれぬ。だから、お前を遣わすのだ。……これを」

 父上は懐から、小さな巾着袋を取り出し、私に持たせた。中に入っていたのは、ライドの刻まれたルーン石。


「……これは、転移石ではないですか!」

「護身用に取っておいたものだ。小娘に優しく取り入り、腕を掴むなりしてここに連れてこい。但し、ルーン城のソーンは使うな。あそこは出る」

 出る、とは死霊の事か?

 

「いいか、しくじるなよ。先ずはユリアスに……」

「ユリアス、ユリアスと何度も言わなくとも分かっています。父上、私にお任せ下さい」

「はっ!任せろだと?お前はユリアスの育てた騎士団を潰して戻って来たのだぞ!分かっておるのか?お前に期待などしておらんわ!……いいな、私の言った通りに……ッ!!」

 

 気が付けば私は、父上を押し倒し、胸を強く押していた。かつては雄々しき姿だった父も、押しつけてみればなんということも無い、ただの萎れた老人だ。

 何処にこんな力が?と思う程の抵抗を受けたが、口を塞ぎ、ほんの少しそうしているだけで、父上は静かになった。

 

 これで私は自由だ!

 なんという事もない……。こんなにも簡単な事だったのだ!

 

 アダンは父上の部屋を出ると、すぐに医師を呼んだ。私の息のかかった者だ。

「ふっ……これで勇者パーティは、ここ帰って来なくてはならなくなったな。あなたの言いつけは守りましたよ、父上」


◇◇◇


 その頃、領主に見捨てられたカストロの騎士団は、ノースウッドの森に身を潜め、密かに領主転覆の時を待っていた。


 意外だったのは、ニアホレストの民が、騎士団にとても協力的だった事。

 ニアホレストは冒険者の多く立寄る町だった為、皆、情に厚く、正義感が強かった。町の人々は戦う者たちにとても同情的だったのだ。


 騎士団メンバーは、安心して森の中に野営を張ると、徐々に騎士団を殉職?していった。そして、怪我の治療や体力の回復を図りつつ、今後の事について、話し合いを進めた。


 夕方になり、皆の治療を終えたミミは、キャンプの片隅で、ニイドと2人、抽出器をフル回転させていた。ニイドは遠慮して見ているだけだけどね!


「ミミは凄いね。どんどん法石が出来る。でも、そんなに法石を作ってどうするの?」

 ニイドの長い黒髪は、今は三つ編みされていて、ちょっと渋い魔法使いに見える。顔立ちはとても綺麗だから、もっと自信を持っていいと思うのに、いつも何故か、オドオドしている。

 

「あのね、時々虹色の石が出来るでしょ?これを竜さんにあげると、ビカ――ってなって、なんだか凄い力を発揮するんだよ!それにね、この法石にライゾがルーンを刻めば、転移石になるんだよ!」

「……ミミ、ライゾもそんなにはルーンを刻めないだろうよ」

 スルトさんがミミの後ろで、笑いを隠すように肩を揺らした。

 

 今日、ミミたちを見守ってくれているのはスルトさんだ。ティール様は、騎士団の魔道士の指南役になったらしい。手が空いたから来てくれたんだろうけど、ミミはあまりスルトさんの事をしらない。

 何だか申し訳なくて、ミミはスルト様を見た。


「スルトさんは、何の竜さんなの?」

 スルトさんは胸を張ってミミを見下ろす。

「お?俺か?俺の本当の名前はソーン。お前のよく知る、門の竜だ。まあ、最新は門を刻んでおらんがな」

「ふお!」

 ミミが跳ねると、スルトさんは、可愛いのぉと、ミミの頭を撫でながら微笑んでくれた。

 

「昔は俺も、ライゾのように世界を周り、ソーンを刻んでいたものだ。しかし、竜王の時代が終わると、俺たち竜は、空を飛べなくなった。……人間は竜を見ると怯えるから、気の毒でな。仕方なく俺は、ソーンを刻んだルーンを、人間に慣れたライゾに渡す事にしたんだ。それからライゾは、旅に出ると、俺の代わりに至る所にソーンを刻んでくれた。そして、たまにふらっと俺の所に現れては、俺を好きなことろに連れだしてくれる様になった」

「仲良しなんだね!」

「まあ、俺を面倒事に巻き込まなけりゃな。ライゾが俺に会いに来る時はいつも、奴は豆粒みたいになっておってな。お陰で俺は、ダンジョンに潜って魔物を狩るハメになったもんだ」


 話を聞いていたニイドが嬉しそうに口を挟む。

「ライゾに魔石をご馳走するんだね。ぼくもウイルドの子どもに食べさせてあげるよ」

 すると、すぐ後ろで声がした。


「俺は大人だっ!!」

「「ライゾ!!」」

 振り向けば、小鳥の様に小さなライゾがパタパタと飛んでいた。


「ははっ!これまた、小さくなりおったな!」

 スルトさんが膝を豪快に叩いて笑った。

「笑うな!!ランベールとマッケンリーの奴、俺をこき使いやがったから、逃げてきてやったぜ!ミミ、その法石をよこせ!」

 言うやいなや、ライゾは出来損ないの小さな法石を、パクリと食べた。ボフッとライゾは膨らんで、小竜に戻った。

 そしてすぐにミミの髪の中に潜り始める。どうやら疲れたらしい。

 

「ライゾ、向こうは大丈夫なの?」

 ミミは首を回した。

「ああ、貴族のヤツら、転移石を持ってやがってさ、俺たちを見た途端に、速攻転移しちまうんだ。……ったく、噂が広がりすぎて、脅かしがいが無くなったぜ」


 うーむとスルトさんが唸る。

「ライゾが昔、ばら蒔いた転移石を、貴族が買い占めておったか……。お前、どれだけ転移石を作ったんだ?」

「昔の事だ、そう言うな」

 ライゾは眠そうに欠伸をした。


 すると、大人しく話を聞いていたニイドが、体を乗り出した。

「そういえば、ファリアスの城にも沢山転移石があったんだよ。ハガルはそれを使って、ぼくとウイルドと一緒にここに飛んで来たんだ。そして暴れまくって……いつの間にかいなくなっちゃってた」


「ぬ!あの転移石は、ファリアスのバンデロに作ってやったんだぞ!それを悪用するとは、我慢ならんな」

 ライゾは片目を開ける。スルトさんも唸りながら腕を組んだ。

 

「確かに!ハガルは、カストロの騎士を襲った罪を、ニイド……お前のウイルドに擦り付けたに違いない!まことに気に食わん!」

「そうだ!そうだ!スルト、門を閉じてやれ!二度とハガルに使わせんぞ!」

 そうだな……と言いかけたスルトさんは、眉間を押した。

「そうすると、お前たちも、転移出来んじゃろうに」

「う……」

 ライゾは手?を掲げたまま固まった。

 

 その時、ミミはじぃ――っと法石を見つめていた。

「ねえ、スルトさん!これに、スルトさんのソーンを刻んだらどうなるの?」

 スルトさんは顔を上げる。

 

「……ん?何処でも門を作る事が出来るが?……ああ、そうか!それなら今ある門を閉じても、新しい門を開ければいいという事だ」

 ぽん!と手を打つ。

「よし!ソーンのルーン石を作って、皆に渡しておこう!」

 スルトさんは早速、大きな指を竜の爪に変え、法石に(ソーン)を刻み始めた。法石はとても小さいのに、次々と器用に(ソーン)の文字を刻んでいく。

 

「ミミ、中々賢いぞ!石ならここに沢山あるしな!頼んだぜ……」

 転移石を作らなくてすんだからか、ライゾはご機嫌で眠りに着いた。

 その横では、ニイドが物欲しそうに手を伸ばしていた。

「ねえ、それならぼくも欲しい。ぼく、そろそろウイルドの森に戻らなきゃ……」


「ウイルドの森とは?」

 スルトさんが厳しい目でニイドを見た。途端にニイドはオドオドと縮こまる。

「うん、竜族委員会からウイルドを隠してるんだ。ハガルに貰った場所だよ」

「ハガルに……?他にもウイルドはいたのか!!」

 

 突然あげたその大きな声に、ニイドは頭を隠した。

 ミミは慌てて立ち上がると、キッ!とスルトさんを見た。

「ミミ、ウイルド達に会いに、森に行きたいです!」

 スルトさんも慌てて声を抑える。

「お……俺も、ウイルドの森に行きたいなぁ……。なあ、ニイド。場所を教えてくれないか?」

 どんなところかなぁ……気になるなぁ……とか、不器用にモジモジするスルトさんに、ニイドはそっと頭を上げ、顔を輝かせ始めた。

 

「素敵な所だよ。一緒にいく?」

 ミミとスルトさんは揃って頷いた。


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