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30話 おしゃべり

 警護を厚く……。

 体のいい言い訳が出来たとばかりに護衛と称し連れてきた暗殺を生業とする【影】は、その筋の組織の主たる者も含め、最大人数を用意した。奴らも本気だ。私自身の近衛兵と合わせれば、中々の人数となった。

 現在前線は、黒竜の出現により、かなりの混乱状態にあると報告にあった。それに乗じれば、イグニートは兎も角として、ミミなど簡単に捕獲、始末出来るだろう。

 たが、人を集めたせいで時間を食い、カストロ公がルーン城に到着した頃には日は沈みかけていた。


「お待ちしておりました、陛下。中で神官がお待ちです」

 城の大扉を開け、ランベールは慇懃に我々を城の中へと向かい入れた。先に除霊させておけばいいものを……。

 

 しかし近衛隊や影の者らを引き連れ、ゾロゾロと城のエントランスに踏み込むと、ランベールがご丁寧にも呼んで来たであろう、モーリアン教会の神官が、震え声で抱きついてきた。

 

「アーロン!!聖女は連れて来ておらんのか!……聖水……聖水が足りんのだ!」

「なにをそんなに興奮しておる……」

 モーリアン教会の地下では、共に血なまぐさい闘技を観覧し、私が要らぬと言えば、喜んで剣闘士のその腕を切り落とさせてみせたというのに。死霊ごときに今更何を怯えておるのだ。

 

「あ……アレを……」

「……ん?」

 

 日暮れの薄明かりの中、真正面に造られた明り取りの窓から伸びる光だけが、紅く輝いていた。神官の指さす先には、エントランスを飾る大階段。その一段一段に、ぶち撒かれたような血の跡があった。それも1箇所ではなく、生々しい紅の色をしたそれは至る所に塗り付けられていた。その範囲といい量といい、到底1人分とは思えない。誰がこの様なおぞましい事を……。

 カストロ公は伝令長ランベールを睨んだ。

 

「これはどういう事だ!」

「申し訳ございません。いくら掃除をしても、数時間と経たないうちにこのような有様です。上階は更に酷い状態となっております。特に、前王の執務室が……」

 ランベールの無機質な声ですら、恐怖の対象となっておるのか、神官がさらに震えた。しかし私は、どうしてもランベールの言う事が信じられなかった。

 

「誰か見に行って来い。転移石までの安全を確保出来ればそれでいい。おい、お前!」

「カストロ公よぉ。そりゃ、専門外だぁ」

 声をかけた影の者は、スっと顔を寄せ、小声で耳打ちしてきた。首筋が泡立つ。

 どうせ殺すのだ。生きていろうが死んでようが、大してかわらんだろ!役立たずめ!

 

「ふん……。ランベール、お前が先導せよ」

 苛立つまま、唸るような声で振り向けば、ランベールが軽く手を挙げ数人の騎士を呼んだ。

 数歩前に出る。

「では、我々の後ろに着いて来て下さい」

 その何気ない仕草に、更に苛立ちがつのる。


「いや、ランベール、伝令騎士だけで行くがいい。おい、お前たち!逃げぬように見張っておけ!その位は出来るだろ?」

「へいへい……」

 睨みつければ、カストロ公の後ろに控えていた不気味な影の者が、数人の肩を叩き、前に出た。

「あ――了解しやした!」

 後ろ手に手を挙げる。

 

「安全が確保出来次第、呼ぶがいい」

「かしこまりました」

 ランベールは頷くと、10名程の騎士と影5名を引き連れ、城の正面にある階段を上ると、日が落ち、宵闇に沈んだ上階へと消えた。


 不気味な静けさがエントランスを包んでいた。

 ランベールの部下であろう、足を引き摺った城の騎士が、のろのろと蝋燭を灯す音だけが、やけに響いていた。蝋燭の明かりが影を揺らす度、神官はヒッ!と息を飲む。

 

「そろそろ着いてもいい頃だろう。何も無い様であれば、我々も後を追うぞ。転移の準備は出来ておるだろうな?」

 伝令騎士は頷くと、すぐに(ソーン)を刻んだであろう壮年の男を連れて来た。引退した騎士だろう事はその欠損した腕から分かった。この城にまともな騎士はいない。

「何時でも行けます」

「そうか、ならば……」

 

 ウォッ――!

 ギャッ!!

 アアァァァ――!!


 突如、城を揺るがす様な叫び声が木霊し、近衛が動いた。私を護るよう取り囲み、剣を抜く。

「ヒェッ……!」

 腰を抜かした神官が後ずさり、私の後ろに隠れた時、上階から慌ただしい足音が聞こえて来た。


「逃げろっ!……死霊が!!」

 その数1名。後の者はどうした!?

 

 その者は、階段を転げ落ちる様に駆け下りると、足をもつれさせ、跪いた。

「他の者は?」

「全て殺られました……恐ろしく強い剣闘士が……」

 剣闘士……?

 

 唯一の生存者である近衛の言葉を遮る様に、何処からともなく冷気が漂い、その場の空気が凍りついた。

 

 後ずさる我々の前に、突如虚空から現れたのは、白い手。続いて魔法使いらしき女が、ズルりと出てきた。

 ……血まみれの私の影と、ランベールを引き摺って。


 黒装束のその女は、剣を向けたまま固まる近衛兵の前まで来ると、到底人とは思えない力で、2人を足元に転がした。女の顔はよく見えない……だが、そのニヤリとした口元だけが目に焼き付いた。

 

「……死霊なのか?」

 果敢にも近衛隊長が投げかけた質問に少女は首を縦に振ると、顔を少し上げ、今度は確実に笑った。


 不気味だ……。しかし、この少女1人くらいなら!!

 

 しかし、攻撃の指示を口にしようとした私を、近衛の1人が、無礼にも私の腕の袖口を掴んで止めた。

「う……上を!!」

 視線を女から引き離し、近衛が指さした方へと目を向けた。そこには……。

 

「まさ……か……死んだはずだ……!!」

 心臓が大きく跳ね、息が止まる。


 正面の階段に、見覚えのある面々が並んでいた。

 その数は恐らく45。彼らはボロボロの装備で血まみれのまま、思い思いに剣を構え、音もなくそこに佇んでいた。


「撤退――!!」

 近衛長の声で、ようやく息を取り戻すも、私の声は既に凍りついていた。声だけでは無い。身体も、だ。

 

 影の者らがその声を皮切りに、一目散に逃げ出した。だが、正面の扉に到着する前に、次々と倒されていく。死を味方につけた剣闘士を前に、為す術なく……。

 

 近衛兵は私を中心に一所に固まり、駆け足で扉を目指していた。引き摺られて行く感覚が不快にも、生きているという感覚を教えてくれる。

 何故、奴らの死霊がこの城に?

 ……ああ、そうか。この場所は奴らの生きがいだった……。

 

「ま……待て!置いて行かないでくれ!!」

 這うように着いてきていた神官が、突如、ウグッ!と黙った。

 振り返って後悔した。その顔はおぞましく歪み、その背には、大きな剣が突き立てられていた。

 

 マッケンリー……。

 最強の剣闘士の姿がそこにあった。血まみれだが、まるで生きているかの様に、彼は笑っていた。

 

「う……!!」

 胸が痛い。心臓が激しく締め付けられる様だ……!

 カストロ公は、近衛兵に抱えられる様に、城を後にした。

 

◇◇◇


 真夜中、ミミはテントの中で目を覚ました。

 体を起こし、キョロキョロと周りを見回すも、このテントの中はミミ1人の様だ。

 暑い布越しに薪の火が揺らぐのが見え、ミミはほっとした。

 

「そうだ。急いで黒い竜さんを治さなきゃ」

 ミミはユリアスに射られ、洞窟の中に閉じ込められている黒竜さんの事が、とても気になっていた。

 まだ小さな黒竜さんは、きっと痛さに震えているに違いない。

 

 騎士様は命令されたから攻撃をするしかなく、黒竜さんは守るために戦った。ミミはどちらも悪くないと思っていた。

 

 ミミはテントからそっと顔を覗かせてみた。でも、見張りをしてくれているティール様は、焚き木の前でうつらうつらと体を揺らしている。

「今日は忙しかったから、疲れてるのね。そっとしておいてあげなきゃ……」

 ミミはティール様を起こさない様に、そっとテントを抜け出した。


 月の大きな夜だ。森の中は明るく、所々に焚き木があり、ユリアスの部下さん達が横になって寝ているのがよく見えた。

 少し歩けば洞窟の場所は焦げ臭い匂いで直ぐに分かった。ミミは押し倒された木々の上を飛び越え、洞窟の前に置かれた大岩の前に立つと、耳をすませた。

 中から竜さんの苦しそうな唸り声が聞こえる。ミミは洞窟に入れる様な隙間がないか、手探りで大岩のまわりを探った。

「あった……」

 ようやく頭が入る位の隙間だ。

 ミミは地面に這いつくばって、洞窟の中に入って行った。


 グォォォ――グォォォ――。

 黒竜さんの息は荒い。真っ暗闇の中、声を頼りに進む。すると、先の方に明かりが灯っているのが見えた。ミミはそっと洞窟の壁に手を付き、明かりの灯る洞穴を覗いてみた。


「ごめんよ……痛いだろうに……」

 男の人の声がした。とても優しそうな声だ。

「ぼくでは治す事が出来ない。このまま死ぬのを待つだけ……」

 死ぬ!?

 ミミは慌てて暗闇から駆け出し、竜さんの前に飛びついた。


「……!?」

 同時に声の主さんは、暗闇に消える。その後ろ姿がチラリと見えたけど、でもミミは構わず黒竜さんに話しかけた。

 

「黒竜さん。じっとしててね!いい、動いちゃダメだからね!」

 アンスールは、命令しろと言った。そうすれば、どんな竜でも、耳を傾けるだろうと。

 なるほど、黒竜さんは少しだけ頭を上げ、そのまま伏せた。苦しいのもあるのだろう。とても大人しかった。

 もう1匹の黒竜さんもやって来て、一緒に並ぶ。本当に可愛い子たちだ。


 どうやら怪我をしているのは最初に見た1匹だけの様で、大きな体を横たえたまま、目を閉じた。首筋から、とめどなく血が流れ出ている。

 ミミは黒竜さんの横に座り、その鱗に手を当て、ヒールを唱えた。


 

 どれだけそうしていたのか、ミミは体を揺すられて、目を開けた。どうやら、地面で寝ちゃってたみたい。

 

「危ない所だった。法力の使いすぎ……死んじゃう……」

 長い黒髪の男の人が目の前にいて、ミミを覗き込んでいた。一瞬、イースかと思ったけれど、その瞳は綺麗な緑色。

 

「綺麗な目ね」

 ミミが口を聞くとは思わなかったのか、男の人はあからさまに体を引いた。

「……そんな事言われたのは初めてだ」

 ボソボソと呟く。

 ミミはニコリと笑った。

「目の中にお星様がキラキラ見えたの……あ!黒竜さんは!?」


 体を起こし、首を回す。少し離れた所で、黒竜さんたちは、2頭寄り添うよう丸くなりグーグーと眠っていた。

「良かった……仲良しなのね!」

「ああ、同じ時に生まれた姉妹なんだ。それより、あなたは大丈夫なのか?」


 そう言えば……。ミミは、イースとライゾが、アンスールの、仕掛けとやらに出掛けているのを思い出した。

 この男の人は、法力を使い果たしそうになったミミを、黒竜さんから離してくれたのだ。

「うん、助かったみたい。ありがとう!」

「いや、こちらこそ。竜たちを助けてくれてありがとう。君……凄いね」

「うん!ミミはイースと修行したんだよ!」

 男の人は、目を見張った。

 

「イース……確か死んだと聞いたけど?」

「死んだけど、生きてるのよ!ミミがヒールしたの!」

「ヒールで?」

 男の人は首を傾げた。けれど、ミミに少し嬉しそうな顔をした。イースもそうだけど、竜さんはミミみたいに、嬉しい時に跳ねたりしないから、とても少しの違いだけど……。

 

「君は、竜の味方なんだね」

「味方?」

「ああ、竜王の証を持った人間が、君みたいな子で良かった。ねえ、一緒にハガルの所に行こうよ。そして、竜の国を作るんだ」

 ハガル、と聞いて、ミミはドキリとした。イグニートのお父さんを殺した竜だからだ。でも男の人は嬉しそうに続ける。

 

「この国が竜の国になるんだよ。そしたら、ウイルドたちも、自由に暮らせるんだ!」

 竜の国?

「ねえ、そしたら、人間はどうなるの?」

 ミミは首を傾げた。

 

「ん?人間は闇を生んで、フラン様を苦しませるばかり。だから、ハガルは人数を減らせば、フラン様は元気になるって言った」

「人数を減らす……それはどういう事?」

「どういう事……?うーん。どうするんだろう?」

 

 男の人の腰が、グッと曲がった。ハガルが人間に対して、何をしようとしているのか、思い当たる事があったに違いない。……そうか、この人はこうやって、ずっと1人で考えてきたのかも。腰が曲がってしまう程、真剣に……。


 ミミは気が付いた。この人には、一緒に話し合う相手が必要だという事を。

 

 ミミは、立ち上がると、眠っている黒竜さんの横に行って、蝋燭立てを出し、明かりを灯した。そして、黒竜さんに背中を預けて落ち着くと、隣をポンポン叩き、男の人を呼んだ。

 

「何をするの?」

 男の人は興味を持ってくれた様で顔を上げると、ミミの隣にいそいそと座った。

 

「本を読むんだよ!フラン様が、どうして苦しんでいるのか、一緒に考えよう!」

「一緒に?……初めてだな。みんな、ぼくの言う事は聞いてくれないんだ……」

 少し寂しそうだ。

「じゃあ、いっぱい話し合おうね!」

 ミミは笑顔で本を広げ、男の人は嬉しそうに頷いた。


 それからミミは、本を読んでは、男の人に意見を聞いた。男の人は、ニイドという名前の竜さんで、とても優しい竜だった。

 ニイド……。そう、ミミの首に印をつけたのは、この竜さんだった。


「ごめんね。赤ちゃんだった君に、印を付けろと言われて、ぼく……」

「誰かに頼まれたのね?」

「ああ。竜族委員の決定だったんだ。竜族委員はウイルドにも印を付けろって言った。ぼく、それが嫌で、抜け出したんだ。……でも君、印が……カノの印に変わってる!」

 男の人は、ミミの首をじっくり見つめて、顔をほころばせた。

 

「ライゾが書き換えてくれたんだよ!ねぇ、この子たちも書き換えられないかなぁ?」

 この子とは黒竜さんたち、ウイルドの事だ。声が出せないのはとても辛いから。

 

「ライゾか。ふふっ、彼らしいね。カノはライゾが大好きでね、きっとライゾに自分のルーン石を持たせたんだと思う。そのルーン石があれば、きっと書き換えられるよ!……素敵だね。ウイルドたちの声が聞けるかもしれない……」

「うん!!」

 

 早くライゾが帰って来るといいね!

 ミミとニイドは、朝が来ても、ずっと話し続けたのだった。

 

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