28話 ニイド
「ハガル、イグニートは死んだか?俺はいつまで待てばいいんだ?」
堅牢な事で知られるファリアス城の中。
ファリアスの次期当主、キローガは、貴賓室のソファーにダラリと大きく体を伸ばしボヤいていた。
向かいには真っ青な髪をした青白い青年、ハガルが、これまたソファーに、ゴロリと横になっている。キローガのボヤきにそうだったなぁ……と呟く。
「カストロ公爵ももう歳だからさぁ、頭でっかちで動きがとろいんだろうけど。確かにこれは遅すぎるよな。これはもう、無視されたと取ってもいいよな?」
ここでハガルは、よっこらしょと体を起こし、後ろに立つ者を見た。ようやく動く気配に、キローガはほくそ笑む。
「ニイド、お前ちゃんとイグニートを殺せって伝えたんだろうな?」
後ろに立つ男、ニイドはビクリと震えた。
腰まである長い黒髪と深い緑の目を持ったこの細身の男は、何故かいつも悲しそうな顔をしていた。
竜だから実年齢は分からないが、見かけから恐らく壮年だろう。しかし猫背なせいか、とても年老いて見えた。
まあ、その服装が黒の詰襟という神官スタイルなのも老けて見える原因だろうけど。……いや、実際ニイドは、カストロ公に追い出されるまでの十数年間、カストロで神官をしていたらしいから、この服しか持ってないってのも有り得る話だ。
俺が見ている事に気付いて、ニイドは顔を青くした。今、ニイドとニイドの可愛い黒竜を保護しているのが俺だからだ。なんとも臆病な奴だ。
「……伝えた。竜王の証を用意して待っていろと、カストロ公は言ったよ」
ニイドが俺を見ている事に気が付き、ハガルは眉を寄せる。
「じゃ、舐められたんだな。ムカつく。……そうだ、ニイド。カストロに行って催促して来いよ。ウイルドの食事がてら、カストロの騎士団を怖がらせてこいよ」
「え……?」
「ニイド、大体お前がカストロ公に舐められだからここまで待たされてるんじゃないか。さあ、分かったんだったら行ってこい」
「う……。でも、カストロ公が竜王の証を持てば、またウイルドたちが傷付くかもしれない。ぼくはカストロ公に竜王の証を渡したくない」
ニイドは俯き、オドオドとしている。ニイドはあの醜いウイルドという黒竜を、まるで自分の子どもの様に可愛がっているのだ。
俺は思わず鼻で笑ってしまった。
「ふっ……ニイド、カストロ公にした約束なら気にするな。直ぐに処刑してやるからな。だって仕方ないだろ?俺の弟を殺したんだぞ?……あ、まだ殺してないんだったな。いいかニイド、さっさとウイルドを連れてカストロに行ってこい。イグニートをすぐに殺したくなるくらい脅して来るんだ」
ニイドの腰が更に曲がる。嫌でたまらないのだろう。
「……ウイルドを戦わせたくない」
その声は消え入りそうだ。しかし、ハガルは意地悪にも、ニイドを追い詰める。
「じゃあ、お前は何故、ウイルドたちを自由にしたんだ?お前の可愛いウイルドが何匹も殺されたのは、お前が勝手に奴らを竜族委員会の保護下から解放しちゃったせいだろ?ウイルドにとってはありがた迷惑だったかもしれないじゃないか」
「う……」
ハガルはニヤリと嫌な笑いを青白い顔に浮かべた。
「誤解するな。俺はお前を責めている訳じゃないんだぜ。手を貸してやるって言ったろ?キローガが竜王の証を手にすれば、俺たち竜の時代がくる。そうなれば、ウイルドだって自由に飛び回れるだろう?俺だって兄弟が傷付くのは見たくない。だから、ちょっと脅して来るだけでいいから……さ」
「……分かった。行ってくるよ」
ようやくニイドが頷き、俺たちから逃げるように部屋から出て行った。
キローガは笑いが出そうなのを必死にこらえていた。
黒竜が現れれば、カストロ公は攻撃を指示するだろう。黒竜は頭が悪い。恐らく攻撃されれば、なりふりかわまず、暴れ回るだろう。
これでカストロの騎士団は終わりだな。
本当にいい拾い物をした。
ハガルが行く場所を失ったニイドという黒竜を保護しようと言ってきた時は、正直面倒だと思っていたが、なるほど、こうやって使うつもりでいたのか。
しかし……。
「それはそうとハガル。竜王の証は本当に手に入るんだろうな?」
ミミという娘の消息は、ウィンの森で途絶えている。ウィンも相当強い竜だと、父、バンデロが言っていたが?
「心配するな。俺には竜族委員会がついているからな」
ハガルは伸びをして、再びゴロリと横になった。
◇◇◇
黒竜は闇に紛れて出て来ると言う。
ダンジョンの前に待機した騎士団は洞窟前に罠を貼り、その姿が現れるのを待っていた。
「そろそろか……?」
ダンジョン内の魔物を食らい、腹いっぱいになった黒竜を網に掛ける。そして全戦力で一気に叩く総力戦。それがアダン様の用意した作戦だ。……当の本人は、ニアホレストの宿屋で結果待ちだがな。
……そんなに上手くいくものなのか?
ユリアス様ならこんな時、どうしただろうか?
カストロ騎士団副団長ナタンは身動ぎもせず、その、洞窟の入り口を見据えていた。
しかし、その背後で部下たちが声を抑えて話しているのが耳に入ってきた。
「中は1匹とは限らないんだろ?しかも竜と言えば、あの勇者パーティーでさえも苦戦したって聞いたぞ」
「馬車位のサイズのが1匹入ったのは確認されてるらしい。竜はつるまないから、こうして罠を用意して挑もうってんだろけど、正直、勝てる気がしねぇ。先に真っ向から竜に挑んだ3部隊は酷い状態だったって……これでダメなら人に未来は無いわな。食われたくねぇよ……」
「竜は人を食うのか?聞いた事ぁねぇが?」
「……そういやそうだな。じゃあ、なんで俺たちは竜を討伐しなきゃいけないんだ?」
ユリアス様ならここで、皆の不安を払拭する様な軽口を叩いてくれただろう。しかし自分は、ユリアス様の補助として情報を纏め、作戦を練る役であって、皆の上に立つような性分ではない。実際、この様な場面でどう声を掛けていいのか、全く分からない。
その時、地面を伝う振動を感じ、部下たちは私語を辞め、静かに息を殺した。
ドスドス……と、次第に足音は近づいてくる。嫌な緊張だ。
と、洞窟の中からついに黒竜が姿を現した。
馬車サイズだと?それは体部分だけで、羽を広げればその3倍は下らない。
「構え――!引けぇぇぇ――!!」
私の合図で、洞窟の前の地面に張り巡らされた網が引かれた。
キェェェ――!!
黒竜はバランスを崩して倒れた。
バッタンバッタンと羽をばたつかせている今がチャンスだ!!
「投下――!!」
ほうぼうから網が投げられ、更に動きを封じる。
竜は網に絡められ、ジタバタと藻掻き始めた。
ギャァァァ――!
だが、竜は次の瞬間、雄叫びと共に火を履き始めた。
それだけで、洞窟の入り口を這う草木がパチパチと燃え落ちる。網が燃えないうちに決着をつけなければ……!!
ナタンは叫んだ。
「攻撃――!いけぇぇ――!!」
ウォォォ――!!
3方向より一斉に長槍を構えた騎士が黒竜の身体目指して突進した。
しかし、ウロコに覆われた身体は硬い。突き刺す事の出来た槍など、ものの数本だけだ。竜は網に慣れたのか、落ち着きを取り戻す。
ギェェェェ――!
雄叫びは熱を伴っている。
「腹を狙え……!!」
火を吐く竜の腹を狙うなど、死にに行くようなものだ。分かってはいるが、躊躇している暇などなかった。竜を足止めしていた網は既に消し炭と化し、竜は優雅にその体をもたげ始めていた。
ギャァァァ――!
その一声で、騎士数十人が火だるまとなった。
と、そこで、目の前の竜の雄叫びに共鳴する様に、洞窟の中から雄叫びが轟いた。
グァァァ――!
……竜は1匹ではなかった。
退散を命じるまでもなく、騎士たちは恐れおののき、後退を始めた。
しかし、竜の怒りは収まらず、更なる火球を放つ。
辺りを逃げ惑う騎士を、まるで追い払うかのように、黒竜は火を吐き続けた。
辺りは火の海。
鼻を突く焦げ臭さと、昨日まで共に飯を食った仲間の無惨な姿が、私の全ての感覚を殺していた。
「我が隊が無理なら、一体誰が……」
未来はない。そう言った部下は、黒い煙を纏い、足元に転がってきた。そして、為す術なく立ち尽くす私の方へと、黒竜は顔を向けた。
私は足元に落ちた槍を拾うと両手で握りしめ、その黒竜の口目掛けて突進した。
ギャァァァ――!!
目の前全てが赤く染まった。
……その時、1番聞きたいと願ったからか?
消えゆく意識の中、我が主、ユリアス様の声がした気がした。
「イース!!」
ユリアスは抱えていたミミを下ろすと、即座に剣を抜いた。
「りょ!」
すぐにイースが現れ、口笛の様な音色を奏でると、辺りに冷気が満ちた。熱気に揺れた空気が一気に白く凍る。
その不穏な空気に気付き、真っ黒な竜が頭をめぐらせた。
……目が合った。
そして、口を開け息を吸った瞬間を狙い、ユリアスは矢を射った。
ギャァァァ――!!
黒竜が苦しげに首を上げた次の瞬間。
勢いのまま駆けてきたリオンが、その首筋に剣を立てていた。
「リオン!洞窟の中に押し込みなさい!」
アンスールが叫ぶ。
「この巨体をか!?」
リオンは剣を首筋から抜くと、バタンバタンと苦しげな声と共に羽をバタつかせる黒竜の尻尾に飛びついた。
しかし、甲冑を着ているとはいえ、小さなリオンでは尻尾を掴むのが精一杯だ。
「任せてちょうだい!」
続いて転移してきたフェオが、すぐ様リオンのサポートに回り、2人でバタつく物置小屋サイズの竜を引き摺り、洞窟へと運んだ。見れば、洞窟内でも戦闘が行われている様子……?
「ウイルド!お座り!!暴れちゃダメ!!」
鼻先に指を突き出すミミの前で、狼狽えた様に目を泳がすのは、幼獣とはいえ、2頭立ての馬車より大きい黒竜だ。その横でティールは頭を抱えていた。
「ミミ……そりゃ犬の躾じゃ」
竜王の証を持つ者の絶対的権威。アンスールがミミに噛み砕いて説明した成果がこれだ。まあ、ミミらしくていいのだが。
ふんっ!と胸を張るミミの横に、もう1匹のウイルドを並べたところで、髪の中からライゾが叫んだ。
「ミミ、蓋をするぞ。ジジィ!ミミを!」
「全く、ジジィ使いの激しいパーティーじゃの」
ティール様がミミを抱え洞窟を出ると、スルトが何処からか拾って?来た、山のような岩で蓋をした。
「さすがスルト。蓋をするのに慣れてるな」
「最近、こんなのばかりで、些か不満なんだが?」
「そう言うな。必要とされるだけ有難いと思え」
小竜ライゾに言われれば、スルトはニヤリと笑うしかない。
「ミミ――!急げ!俺では間に合わん!」
その時、後ろでイグニートの声がした。既に治療にあたっている様だ。ミミは走る。
「ミミ、俺の部下なんだ、頼む!」
ユリアスは泣きそうな顔で騎士たちの安否を確認して回っていた。ミミは頬っぺを叩いて気合いを入れる。
「ミミ、頑張るから、騎士様も頑張って!」




