27話 ルーン城
「いやあ、こりゃ懐かしいのぉ……何十年ぶりか!」
カストロ領のシンボルである美しき古城、ルーン城。その周りを囲む堀にかかった跳ね橋の上で、老人は立ち止まり、城を見上げていた。
「おい!ここは観光地ではないぞ!去れ!」
すぐに、この城の管理者であるカストロの騎士数名が駆けつけ、老人の腕を取ろうとする。しかし、その乱暴な手は、男性の白い手によって阻まれた。
老人のお付きの者は、見た事もないほど美しき男だった。
「手を離せ!このお方を何方と心得える!」
その有無を言わせない迫力に、騎士たちは数歩下がると、ピシッと敬礼した。
「恐れ入りますが、ご身分を確認させていただきたく存じます!」
1歩前に出た上官である騎士に、男は大仰に頷いた。
「分かりました。この御方はレイハルト領ウィン・アップル伯爵のお父上で、ティール・アップル様であらせられる。証明するものが必要か?」
老人といい美しい男性といい、その身に付けている装飾は全て1級品。服装はともかく、身のこなしは洗練されていて、とても盗賊には見えなかった。
「いえ、結構です。しかし、この城になんの御用でしょうか」
男は銀糸の髪をかきあげ、ため息混じりに答えた。
「ティール様が先日、突然何をお思いになったのか、この美しい城を見たいと仰りまして……。ティール様は老い先短い御身、最後に1度だけと言われると、断る事も出来ずに、この長旅を決断致しました」
老人は目を輝かせ、嬉しそうに喋り続けている。
「わしがこの地を訪れたのは、幾つの時じゃったか……そう、確か……20歳を過ぎた頃じゃ。あの頃、この城の城主ロイグ・ルイゼンはわしと鷹狩に行くほどの仲での……」
「ちなみにこの話は、小一時間では終わらないでしょう。……ここで御付き合いなされますか?それとも、中に入れて頂けますか?」
騎士は気の毒そうな顔で男を見ると、迷わず道を開けた。
「少しでしたら、見学を許可致しましょう」
「ありがとうございます。老体ゆえ、時間はそれほどかからないかと。あ、それと、可能でしたら、護衛を一緒に連れてもよろしいですか?」
騎士は顎に手をやり逡巡した。
「そうですね……。では、衛兵の詰め所をお貸し致しますので、お連れ様は其方でお待ちになってはいかがですか?城内部の安全はこちらにお任せ下さると助かります」
「では、そのように。お手数をお掛け致しますが、よろしくお願い致します」
アンスールは中々出来る騎士に美しい微笑みを送った。
流石ユリアスの部下だ。優しい言葉で兵力を分断し、監視まで付けられた。アンスールは、フェオとスルトに目配せすると、ルーン城内へと踏み込んだ。
「おお……おお――っ!こっちじゃ!」
ティール様は、演技なのか素なのか分からない素振りで、城の中を突き進んでいた。我々2人の後ろには、3名の騎士が少しの距離をおいて着いて来ていた。1人はあの、上官らしき騎士だ。
城の中は、ルイゼン王の統治していた時と全く変わっておらず、趣味のいい重厚かつ繊細な調度品まで、そのまま保存されていた。ただ、この場所にかつて詰めていた、官職者や使用人の姿がないだけで、こんなにも物悲しい様相になるものなのだな。
「時が止まったかの様だ……」
「貴殿もここに来たことがおありで?」
アンスールの呟きを耳ざとく聞いた上官らしき騎士が、私の横に並ぶと、話しかけてきた。
「いえ、あまりに静かで……。あなた方はここを住居としてらっしゃるので?」
騎士が城に住む事は許されない。そうと分かってはいるものの、あまりに行き届いた保存状態に、そう思わずにはいられない。
「まさか……我々は敷地内にある、かつての王国騎士の詰め所を使わせていただいております。逆に言いますと、あの建物があるが為に、この城の管理を任された次第でして」
「それは、心中お察しいたします……」
この古い城を維持するのは大変だ。騎士としての仕事に加え、建物の管理までとは!
……しかし、この騎士。よく見れば少し足を引きずっている。もしかして、前線に出れる体ではないのかもしれない。
アンスールが足を見ていることに気が付いたのか、騎士は自嘲気味に微笑んだ。
「いえ、ご覧の通り、我々に出来る事は少ないのです。ですから、これも騎士の仕事のひとつ、と諦めました。しかし最近はお恥ずかしい事に、ユリアス様がおられた時程は綺麗に管理できておりませんね。不自由な体であっても、前線に駆り出される者も多くなりました。生きていてくれれば良いのですが……」
「魔物が増えたと聞きましたが、厳しいので?」
「ええ、恐らく。前線に出た者は、この1ヶ月は帰ってきておりません。亡骸すらね。早く勇者パーティの皆様が戻ってきて下さると良いのですが。あなた方はレイハルト領からいらしたのですよね。あちらの様子はどうでしたか?勇者パーティの皆様は活躍していらっしゃいますか?」
ああ、なるほど。この騎士の聞きたい事はこれだったのか、とアンスールは内心、微笑ましく思った。
「勇者パーティの活躍は素晴らしく、レイハルト領の魔物は、ほぼ駆逐されたと言っても過言ではないでしょうね」
「ほう……素晴らしい」
だが、この情報は既に耳に入っているはず。聞きたいのはきっと……。
「どうやら男3人だけのパーティの方が、戦いやすかった様ですね。皆が存分に本来の力を発揮出来ている証拠でしょう。レイハルト領の勇者パーティの評価は非常に高くなっておりますよ」
「おお!それは良かった……!」
上官らしき騎士は後ろに控えていた騎士に笑顔を向けた。後ろの騎士たちからも笑顔が漏れる。
ユリアスは愛されているのだな……。
アンスールが思わず笑みを浮かべたその時、部屋のひとつを開けたティール様が、いきなり物凄い勢いでこちらに走って来た。
「えっ!あぁ?……ご老人!?」
ティール様の老人らしからぬ動きに困惑し、動きの止まった上官らしき騎士を、ティール様は私に押し付けると、その後ろの騎士2人の首根っこを掴み、互いの頭をぶつけ、失神させた。私は慌てて上官らしき騎士の首を羽交い締めにした!
「な……何を……!ゴホッ」
「すいません。ユリアスの部下に危害は加えるつもりはございませんので、しばらく目を閉じておいて下さいませんか?」
申し訳なく感じながらも首を絞める。しかし、さすがというか……騎士は腰の剣を私の脚に突き立ててきた。
「!!」
しかし、人の姿をしているものの、実際は、私の脚は鱗で覆われている。騎士の剣では傷1つ付ける事は出来ないのだが、驚きに私の腕の力が緩んだ隙をつき、騎士は腕から逃れた。そして、すぐさまティール様が開けていた扉の中へと飛び込んだ!
「クソっ!」
2人の騎士を引き摺っていたティール様の口から、老人らしからセリフが飛び出す。アンスールは急いで騎士の後を追い、自分も扉の中へと……!!
「!!」
扉の中は別世界だった。
そこは血の海。
折り重なる死体が、広くはない部屋全てを埋めつくしていたのだ。
「……うっ」
さすがの騎士も言葉を失い、口を押さえている。……という事はつまり、これは騎士の知るところではないという事。
アンスールは、部屋の隅に蹲る小さな背中を見つけ、この異常事態の原因を察した。同時にとりあえず、部外者であろう騎士を再び拘束した。
騎士も、今度は抵抗を忘れ、私に困惑の目を向けている。振り向けばティール様も気を失った2人の騎士を部屋の中へと引き摺ってきた。アンスールは3人を纏めて、縄をかけると扉を静かに閉めた。
「もういいですよ」
声をかければ、死体の影からぴょこりとミミが顔を出した。イースも一緒だ。……ん?ライゾはどこだ?いるはずだが?
「アンスール……。後でいっぱい叱られるから、少し待ってて!!」
ミミはすぐに死体……いや、生きているな。重症者に手をかけると、ヒールを唱え始めた。
「ミミ、こっちを先にお願い!息が弱い」
イースの声に反応すると、ミミはすぐに移動し、ヒールを唱える。
ミミの法力が尽きる事がないのは、先だってのファリアスの騎士で実証済みだ。しかし、これだけの重傷者を一体何処から連れて来たというのだろうな。全て戦士の様だが……。
アンスールはため息をついてピアを呼んだ。
「手当を手伝って貰おう。ピア、あちらのパーティを呼んでくれ」
恐らくそれで通じるだろう。何故なら、ヒールが使えるのはミミと、イグニートだけだからだ。
了解のつもりなのか、ピアが虚空から親指を立てた手だけを覗かせた。
ティール様は苦しげに顔を顰める戦士に、水を出し、甲斐甲斐しく与え始めている。アンスールも腕まくりをし、アイテムボックスを開いた。
「話は後で聞かせて頂きますよ。覚悟なさい、ライゾ。まずは……足りない物を言いなさい」
「体温を上げる物が必要だろう。あとは、水分を」
未だかつて無いほど小さくなったライゾが、ミミの髪の中から出てきて、アンスールは眉間を押えた。
「無茶をしましたね。分かりました、ボックスを……」
「それでしたら詰め所にある物を使って下さい」
後ろから声がし、アンスールは振り向いた。上官らしき騎士が、真っ直ぐにこちらを見ていた。すぐにライゾが、騎士に向かって飛ぶと、小さな体で凄みを利かせる。
「いや、この事を外の奴らに知られる訳にはいかない。悪いが、これを見たあんたも、この先、家に返す訳にはいかなくなった。諦めてそこで寝とけ」
小竜ライゾの話をどう受け止めたのか、それから騎士は、じっとこの異様な部屋の中を見回していた。
そして、再び口を開いた騎士はどこか心を決めた様に凛々しい目をしていた。
「この方達は剣闘士。モーリアン教会の地下の住民ではないですか?」
モーリアン教会だと!?
「……知らん!」
呻いたライゾに、騎士は確信を得た様だ。黙っていればいいものを!
……騎士は続ける。
「そうですね……ノースウッドに住む世捨て人が魔物に襲われ、見かねた竜が転移させてここに連れて来た。そういう事に致しましょう」
「!?」
これには、思わずアンスールも手を止め、騎士を凝視してしまった。
「世捨て人であってもこの国の住民です。我々騎士は見捨てる訳にはいきません。しかし、住民として登録されていないので、法的な援助は受けられない。ですので、申告は不要……我々は善意で面倒を見る事に致します。少し苦しい言い訳ですが……。取り敢えず縄を解いてはくれませんか?」
その時、扉がノックされ、外から声がした。
「ランベール様。報告がございます!少しよろしいですか?」
アンスールは急いで上官らしきこの騎士、ランベールの首にナイフを当て、頷いた。ランベールは嫌な顔も抗いもせず、部下に応じた。
「どうした?」
「先程、勇者パーティの皆様が転移の間に到着されました。ランベール様をお探しの様子です」
あの3人はすぐに応じてくれた様だ。ユリアスが来たのなら、もうこのナイフは不要だろう。
アンスールは騎士を離し、青い画面を開くと、パーティメンバーの欄を見せた。
そこにユリアスの名を見たランベールは、目を見開き首を縦に振ると、再び口を開いた。
「すまないが、こちらにお連れしてくれ。あの爺様が倒れた。イグニート様の力が必要だ」
扉の向こうで、え!?と声がした。
「本当に手のかかる爺様ですね。……了解致しました。本部に連絡は?」
「私が指示するまで保留にしておいてくれ。この事は外に漏らすなよ。爺様の容態次第では、領土間の問題になりかねない」
「了解致しました!すぐにお連れします!」
足音が遠ざかり、アンスールは息を吐き、目の前の騎士を見た。……機転の利く男だ。
ランベールはそんな私を通り越して、既に後ろの怪我人の方を見ていた。
「私にも手伝えわせて頂けませんか?」
アンスールはランベールの縄を解いた。
「こちらからお願いしたい。それと、謝罪を……」
「いいえ、それは必要ありません。あなた方は勇者パーティなのですから。お会い出来て光栄です」
「え?ああ、いえ。勇者パーティではないですよ……これは成り行きで……」
ランベールはアンスールに傅き、頭を下げた。
「純粋に人命を助ける心を持ち、行動出来る者。あなた方は私の知る、尊敬に値する勇者ですよ」
地下墓所から転移された45名の戦いに秀でた剣闘士は、その急所の外し方も見事で、命は全て、取り留める事が出来た。
到着したイグニートの働きもあったが、死に至る怪我を治したのは、ミミの力だった。
アンスールは、疲れて眠るミミを抱え、王の寝所へと続く廊下を歩いていた。
怪我人のほとんどが、前王の部下だった事もあり、この日の夜、ルーン城の中では、様々な想いを巡らせる元騎士の姿が見られた。彼らは皆、ミミの姿を目にすると、起こさぬよう静かに膝を着き、頭を垂れた。
アンスールは城の上階にあるひときわ美しい部屋へと入ると、ミミをそっとベッドに横たえた。
「本当なら、ここがあなたの家だったのですよ」
「取り戻すべき時が来たのでは?」
そう声をかけるのは、リオンだ。いつの間にか後ろにつけられていたらしい。……いや、リオンだけではないな。
アンスールは静かにミミから離れると、後ろで待機するパーティメンバーを見て言った。
「まだ時期早々ではないでしょうか?まずは、それぞれの領土を、統治するに相応しい者が、それを手中に収めなくてはいけませんよ」
「手厳しい。しかし、正論です。我々は我々のやり方で精進いたします」
イグニートがリオンの頭を叩き、ユリアスはニヤリと笑った。
「あまり待たせないでくださいね。ミミの行動力に、私の心臓が止まる前に……ね、ライゾ?」
「アハハ……」
「我らがお姫様は美しいのぉ……」
ティール様が月明かりを浴びて眠るミミを見て微笑む。
「ミミは世界一可愛いのよ」
「イースが言うなら、間違いない!」
「言うまでもないわ!ね、アンスール様!」
アンスールは頷いた。
「ええ……そうですね。この寝顔を見ていると、この子の願いを叶えずにはいられません。……我々も精進が必要ですね。人の闇を払う手助けを致さねばね」
その日、ルーン城は再び、かつての正義を取り戻していた。




