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26話 闘技場

「全く浄化出来ていないではないか!聖女は何を遊んでおる!お前たちの育成にどれだけ金がかかったと思っておるのだ!」

 カストロ公爵アーロンはモーリアン教会の地下の聖堂を訪れると、真っ先にその御神体の横でぐったりと項垂れる聖女4人に向かって罵った。

 

 御神体と呼ばれるのは、自ら光を発する棘のある石の事。

 これは、女神モーリアンの涙と呼ばれる物で、15年前、突如この教会の横にあった聖堂に降ってきたのだ。専門家の話によると、この石は恐ろしく濃度の濃い法力の塊であり、水に浸せばその法力の結晶が、花のように次々と咲くと言う。そして、その花びらを食した者は、体の内に法力を蓄える事が出来るという事も分かった。


 しかし、いくら法力があっても、使えなくては意味がない。その為にカストロ公はモーリアン教会の地下に闘技場を作り、法力の多い子供を集め、能力を鍛えると同時に子供の精査をしてきた。そして優秀な子供には法石の結晶を与え、法力を蓄えさせ続けたのだ。

 その集大成として、素晴らしい聖女を排出する事ができ、ようやく使い物になってきたというのに……。


 目の前の人工的な泉に浮かぶ法石の結晶は、花が枯れるが如く、無惨に萎れていた。その中央に沈む御神体もしかり。そこに以前の輝きはなく、闇を吸い込んだかのように真っ黒になってしまっていた。

 御神体にいったい何があったというんだ……。

 カストロ公は唸った。


「聖女はこれで全てか?」

「はい。勇者パーティに貸し出していた者も全て、連れ戻しました。全力で御神体へと法力を込めております。しかしその成果は芳しくなく……申し訳ありません。御神体は益々禍々しく、この様な姿へと成り果てました」

 神官は顔を覆った。

 法力が足りなくなったというのなら、この教会の聖女を呼び戻せば解決するのではないかと思ったのだが……。

 

「以前と何か変わった事はないのか?」

 神官らは皆、首を振る。

 誰もがため息をついたその時、静まった聖堂に聖女の声がやけに響いた。そう、心臓に突き刺さるような痛みと共に。

「ミミよ!ミミが呪いをかけたに違いないわ!!」

 聖女は神官らに取り押さえられた。しかしカストロ公はすぐにそれが正解だと分かった。

 

「ミミ……か……」

 そうか、あの娘が教会を後にしたから……いや、違うな。竜王の証がここから離れたからではないのか?


「あの娘……」

 地を這うような声を絞り出したカストロ公に、神官は震え上がる。

「何故、まだ見つからぬ!!そうだ……お前!3人目!!」

「ヒッ!」

 

 カストロ公の指さす先、3人目の聖女リルアンヌが息を呑んだ。

「お前は私が与えた任務を途中で投げ出し、帰ってきたと聞いたぞ」


 先日、ファリアスの次男……キローガに持ちかけられた簡単な仕事を、この娘はこなせなかった。

 そう、イグニートの暗殺だ。 交換条件は、竜王の証の所有権。

 キローガは、自分の弟さえ殺してくれれば、私をこの国の王にすると言ったのだ!なのに……!!


 キローガは、ミミの居場所を特定しているという。

 聖女さえ失敗してなければ、私は今頃、王になっていたかもしれないのだ!!

 

「御神体を癒せぬ聖女にもう用はない!前線に送れ!」

「い……嫌ァァァ――!」

 聖女は頭を抱え叫び、膝を着いた。それを容赦なくカストロの騎士がひっ捕らえる。

 

 アダンの報告によれば、魔物はノースウッドの森から溢れ、人の住む地域をも蝕み初めているという。今は、騎士団の働きでどうにか抑えられてはいるものの、人間にどうこうできる問題ではないレベルにまで、魔物は育っていた。

 私が王になれっていれば、竜の力で全て追い払えたはずだ。この聖女には、罪を償って貰わねば!

 

「カストロ公爵様!お慈悲を!今、前線は死体の山だと言うではありませんか!私は聖女です!!そのような場所には……!!」

 金をかけ、育ててやった恩を忘れたのか?キィキィ喚きおって!


「聖女が行けば、その分、死体の数は減るであろう?……いや、お前だけでは無い。そいつも、そいつも連れて行け!!」

 カストロ公は1人目の聖女エレーンと2人目の聖女テスリナを次々に指さした。

 聖女がいなくなってからの勇者パーティの素晴らしい活躍ぶりは、このカストロまで届くほど。つまりは、聖女が無能だったと言う訳だ。

 

「嫌よ!!私は勇者様を救ったのよ!!」

「テ…テスリナは呼ばれたから帰って来ただけで……!!」

 この耳につく声……うんざりだ!


「うるさい!どちらも途中で帰ってきたではないか、この役立たずが!連れて行け!!」

「嫌ァ――!!」

「離して!!誰か!」

「嫌よ!お願い!!」

 聖女らは、騎士に引き摺られ、小さな扉の中へと連れて行かれた。残る1人の聖女を置いて……。


 聖女達の金切り声の残る聖堂の中、表情一つ変えずに立つ聖女。その容姿は、ほかの者と比べれば平凡で目立たない。だが、その目付きは、ほかの者とは少しばかり違っていた。

 

「お前が最後の聖女か?名は何と言う」

「フォールンですわ。カストロ公爵様」

 その媚のない物言いが、何故か信用出来た。

「来い。特別に見せてやろう。この闘技場、最後の闘いをな……」

 カストロ公は聖女の肩を抱き、聖堂を後にした。

 


「最後の闘いか……不味いな」

 誰もいなくなり、ロウソクの明かりだけが揺らぐ聖堂内で、ライゾの呟きが響いた。

 同時に泉の後ろからぴょんと飛び出したのは、ピアだ。


 周りを見渡し、誰もいない事を確認すると、いいわよ――っ!と声をかける。すると、この場所に誰よりも詳しい男、モンペイが顔を出し、聖堂の正面にある扉に駆け寄った。

 たまたま近くでミミたちの話を耳にしたモンペイは、ぜひ役に立ちたいと同行を申し出てくれたのだ。


「かたじけない。こちらです、ミミ。行きましょう」

「聖女たちは大丈夫?」

 ミミは小竜ライゾを肩に乗せたまま立ち上がると、不安気に聖女たちの連れ去られた小さな扉を見つめた。その扉の先にあるのは、方向からして恐らく墓所……。声がしなくなったという事は、大人しくさせられたという訳で……。


「自業自得だ。ミミ、今は本来の目的に集中しろ……って、お前……!」

 ミミはいきなり泉の中に、ザブン!と飛び込んでいた。これってもしかして!?

 

「ライゾ!これ、星の欠片だよ!黒いけど間違いない!どうして……」

 半泣きだ。ライゾはため息をついた。

「星の欠片は人の心に敏感なんだよ。近くにある優しい心には光を現し、荒んだ心には闇を現す。この場所にはもう、優しさなんて、欠片も残ってないんだろうよ」

 ライゾの言葉に、モンペイもうんうんと頷いた。

 

「分かるなぁ、それ。ミミがいた頃は、ワシらは甲斐甲斐しく世話してくれる可愛いミミに、いつも感謝してたもんだ。それが無くなったとすれば、こうなるのも仕方のねぇ事だ」

「……だ、そうだ。ミミ、その欠片は諦めて行くぞ!ここはまずい。こんな場所でうだうだしてる場合じゃねえだろ?」

 ミミは渋々頷いた。

「分かった!……でも……ちょっと待って!」

 

 ミミは、枯れた泉に頭まで浸かりながらも、星の欠片を両手で優しくすくい上げた。そして、その黒いトゲトゲにキスをする。

「今までありがとう。星の欠片さん。ゆっくり眠ってね……」


 するとどうだろう!いきなり泉の水がグルグルと巻き上がり始めたではないか!


「ふおぉぉ――!!」

「あ、またか……」

 ライゾがケッ!と火を吹く中、水は天井まで到達すると、いきなりミミ目掛けて飛び込んできた!

 ザブン!!

 ふあ!!


 音が止まり、ミミが目を開けると、両手の中には光り輝く星の欠片がチョンと乗ってあった。

 黒くない!!ミミは嬉しくて、バシャバシャと水溜まりの中で跳ねていた。

「こら、ミミ、やめろ!冷たいだろ!」

「ミミ、急いでこっちに!今の音で人が来るかもしれん!」

 ミミは慌てて星の欠片を泉の中に放とうと……水がない!!枯れたアクアステラの花ごと全部、ミミが吸い込んじゃったみたいだ。


「どうしよう、ライゾ……。これはみんなのだから、置いていきたいのに」

「……馬鹿か!!ここに置いたら、また悪用されるだろうが!持って行け!」

「そうだぞ、ミミ。ここに戻せば、また黒くなるだけだ。それじゃあ、その石が可哀想だろ?」

 何だか2人が必死に説得してくる。ミミは渋々頷いて星の欠片をアイテムボックスに仕舞った。途端にモンペイに引っ張られ抱えあげられた。

 人の足音がする!モンペイは聖堂の入り口に走った。筋肉マッチョの肩はゴリゴリ硬かった。

 

「こっちだ!急げ!!」

「モンペイ、お前、意外に役に立つな!」

 ライゾが続き、3人は聖堂から脱出した。


◇◇◇


「今日、ここで最終試合とする!デスマッチだ!勝ち残った5名については、誉ある我が騎士団に召抱えよう!」

 

「最終試合だと……!?」

「勝てば騎士になれるのか!?」

 ザワつく地下牢の中、年長のマッケンリーだけは鉄格子の向こうから冷めた目で、その人、カストロ公を見据えていた。

 

 ここに集められている剣闘士の数は現在45名だ。それを一気に5名になるまで片付けようと言うのに、我らが主はとても楽しそうだ。

 命をなんだと思っている!!

 周りの牢を見れば、命が終わったとばかりに諦めに肩を落とす者と、あわよくば生きてここを出れる!と、目を輝かす者とが、気まずい視線を交差させていた。


「最終試合は今夜半に行う事となった!各自腕を磨いておけ!」

 そう言い放ち、カストロ公はこれで片付くとばかりに、晴れ晴れとした表情で地下牢を去って行った。

 別れを言う時間をくれたと言う訳だ。

 

 それでも労うつもりなのか、夜にはいつもよりもいい酒が鉄格子越しに振る舞われ、否応なしに気持ちが高ぶった。……何かの薬物が入っているのだろう。まあ、これもいつもの事。


「マッケンリー様。皆と話しましたが、我々に前衛をお任せ下さい。卿だけでも生きてここを出るのです!」

 この部屋の住人は5名。全てかつてのロイグ・ルイゼン王に仕えた部下であった者達だ。この牢屋に押し込められたのは8年前。それまでは、鉱山で強制労働をさせられていた。とうに忠誠心など捨てていいものを……。

 

「この老いぼれの為に命を捨てる事はない。それに、カストロ公の事だ。5名は3名に、3名は1名にと心変わりするかもしれぬ。どの道、生き残った者は、ここを出た途端に絞首場へと連れて行かれる事だろう」

「マッケンリー様。それでも我々は、貴方の為に闘い、名誉ある死を望みます」

 

 これから行われる試合は、デスマッチ。これまでの試合は膝をつけば終わりだったが、今日は最終試合だ。それは、共に戦てきた仲間をも手にかけるという事。

 この者らは、せめて苦しまずに死にたいという事なのだろう。ならば私のすべき事は1つ。

「では私は、部下の名誉を護る為に、最後まで立と……ん?何だ?」


 その時、パタパタとコウモリの様な生き物が、牢屋の明り取りの窓から飛び込んできた。コウモリではないな……これは、竜だ!かなり小さいが。


「お!お前は見覚えがあるぞ。ロイグの後ろにいつもいた奴だ……マッケンリー!そう、そんな名前だったな」

小竜は私の座る骨組みだけのベッドに止まると、私の顔を覗き込んできた。

「喋った!マッケンリー様!これは!?」

 部下が小声でたずねてくる。

「ああ、ライゾ……様だ」


 この小竜、以前、ルイゼン王の肩にとまっていたのを見た事がある。あれから15年以上は経っただろうに……育っている感じはない。それが何故ここに?

 

「ライゾ様か……いい響きだ。久しぶりに様など付けて貰えたわ、気分がいい!いいだろう、助けてやる」

 小竜のくせに、この態度のデカさは昔から変わらないらしい。

「ふっ……」

 私の後ろで部下がたまらず吹いた。この小さな体で何が出来ると言うのだろうか?

 

「まあ、助けるのは、お前らが死んだ後、だがな」

 小竜は気にすることなく、ニヤリと笑った……気がした。私は懐かしく思い、こんな時だと言うのに、少しだけ気分が上がるのを感じた。

 

「死んだ後……祈りでも捧げてくれるのか?」

 皮肉を言うと、小竜は逆に顔を引きしめた。

「まあ……それは今までの犠牲者にでもしてやれ。いいかよく聞け。そして周りに広めろ。……もし、生きたいのならな!」


 それから小竜は、我々に死ぬ程痛いが、全員が敵に気付かれずに生き残れる、唯一の方法とやらを説明し始めた。

 この小竜、最終的には、ここにいる全員を纏めて転移させるつもりらしい。


「馬鹿な!いくら竜と言えども、全員を転移など!」

「俺の話を信じるかどうかは、闘技場に入っている客の中にいる、お前の部下を見てから決めればいい。……お?そろそろお前らの墓を掘り終えたらしいぞ!いいか、これはミミの望みだ。ミミを悲しませる様な事だけはするなよ」

 小竜は厳しい顔?でそう言い残し、また、コウモリの様に、明り取りの小さな窓から、出ていった。

 

「ミミ……」

 この教会で唯一、我々に優しい言葉をかけてくれた少女。死なせてくれ!と叫ぶ部下に寄り添い、共に涙を流してくれた少女でもあった。彼女が側にいれば、怪我だけでなく、体の中から癒されたと言うから、聖女はミミなのだろうと、仲間は皆、心の中でそう思っていた。

 口に出さなかったのは、ミミの境遇を知っていたからだ。なのに、いつの間にか姿を見なくなって、心配していたのだが……。

 

「ミミが助けを呼んでくれたのでしょうか?」

「分からない。だが、彼女に再び会えるのなら、死ぬ前に感謝だけでも伝えたいな……」

 


 それから程なくして、我々は地下の闘技場の中にいた。45名も入れば、地下に造られた高い塀に囲まれた小さな闘技場の中など、ようやく身動きが取れるかどうかの間合いとなる。

「……いつもより深いな」

 墓を掘った……か。なるほど、証拠は全て、埋めてしまうつもりなのだろう。

 観客はいつもと同じ、上級貴族連中の様だ。今日は遥か上の方から、オペラグラスで我々を見下ろしていた。

 

「マッケンリー様……」

 部下の声に気付き、その視線を追えば、そこに見覚えのある顔があるのが、チラリと見えた。

「モンペイ……」

 そう、かつてこの闘技場の闘いに敗れ、両腕を失い、捨てられたはずの我が部下が、そこで手を大きく振っていたのだ。

 

「回復……するのか?あれだけの怪我を?」

 落とした手をくっつけたというのか?モンペイはそれを主張するかの如く、手を開け閉めして見せていた。

 

「マッケンリー様、どう致しましょう」

 控えの間で、話のわかる奴には竜の寝言を伝えていた。そしてその手順も周知させた。ただ私が頷きさえすれば、それは実行される。


「女神モーリアンに命を託そう」

 マッケンリーは頷いた。


◇◇◇


「全員、埋めろ!!」

 闘いの終わった闘技場の中は、かつてない酷さだった。最高の盛り上がりとなった試合に満足した観客たちも、血の海に沈む死体の山には気分を害し、早々に立ち去った。

 

「勝ち残ったのはやはり、マッケンリーでしたな。騎士にするので?」

 悪い顔をする神官に、カストロ公は頷いた。

「殺せ」

 神官が手をあげれば、矢が射られた。


「ふっ……はははっ!」

 これでこの、地下墓所(闘技場)を閉鎖出来る。証拠は全て、埋めてしまおう。墓守と共にな。

 後はミミを捕まえるだけだ!

 

 先程、リルアンヌを尋問したところ、別の聖女……テスリナが、勇者パーティとミミが、未だに繋がっている事を吐いた。あの女、やはり逃げ帰っできていたというから、呆れる。

 

 ……だがいい。これで竜王の証が手に入る!勇者パーティの事なら、私の可愛いユリアスが全て教えてくれるはずだからな!

 カストロ公は、振り向きもせず、闘技場を後にした。

 

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