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24話 3人目の聖女

 その頃ミミは、ウィンの屋敷でお洗濯を取り入れていた。陽は傾いているけど暖かく心地よい風に、近くでウィン様が揺り椅子を揺らしている。少し離れた所では、騎士団の皆さんがイグニートから送られてきた、新しいテントを増設するのが見えた。


 ミミは赤く染まり始めた空を見上げた。

 この空の下、何処かでリオン達が頑張っているのだろうと思うと、ミミはいつも胸が苦しくなる。

 ここでの数日間は、ミミは今までで生きてきた中で1番、人間らしい生活だったと思う。でも、ふとした瞬間に寂しくなるのはどうしてだろう?


 その時、リンゴの木を縫うように、馬に乗った男の人が駈けてくるのが見えた。白馬に乗り、琥珀色の長い髪をなびかせながら優雅に丘陵を登って来るその姿は、物語に出てくるエルフのよう。男の人は、洗濯物を抱えたまま、ポカンと眺めるミミの前に馬を止めると、軽い動きで馬から降り立った。


「お前が新しい竜王か?」

 突然の質問に、ミミはプルプルと首を振った。

「はい、か、いいえで答えるがいい」

「!!」

 そうだった!

 

 ちゃんと言葉で伝える事。ミミはウィン様にも注意されていた事を思い出した。

 ミミは少しお辞儀をすると、横の洗濯カゴの中で眠っているライゾの上に洗濯物を置いて、スカートの裾を少し持ち上げ、会釈する。


「こんにちは、ミミです!ミミは竜王ではないです!」

 きちんと挨拶出来ただろうか?ワクワクと見つめるけど、男の人は無表情でミミを見下ろしていた。


「しかし、証はお前の物だと言っているが?」

「竜さんの王様なら、竜さんがなった方がいいと思うの。ミミは人間だし、みんなとは家族になりたいから」 

 ふわりと頬を染めるミミを見て、男は呆れたようにため息をついた。

「人間が竜と家族になる事なはい」

 そうだけれども!

 これは大切な事だ。ちゃんと頑張って伝えなきゃと、手を握りしめた。

 

「あのね、ギルドパーティメンバーになれば、竜さんも家族になれるの。だから今は、家族みんなで竜王の証を所有してるんだよ!ミミは竜王の証が争いの種になるのは嫌だから、誰が持つべきかはみんなで考えるのがいいと思うの!」

 ミミの言葉に、男の人は顎に手をやり、考えはじめた。

 

 ウィン様の御屋敷に来る人だから、この人は竜さんに違いない。ミミはライゾの入ったカゴを揺らして、ライゾを起こした。

「ライゾ!お客様だよ?」

「なぁにぃ!?」

 

 しかし、何を勘違いしたのかライゾは、バサりと洗濯物を撒き散らし飛び出すと、大きく口を開けた。

「ガオ――!!」

 ドォ――ン!

 

 火球が放たれる。しかし男の人は表情を変えることなくそれを薙ぎ払い、小竜ライゾを叩き落とした。

 逸れた火球が、近くのリンゴの木に当たり、ミミは青くなる。

 

「ライゾ、お前はいつから人に使われるようになったんだ?」

「…………ぬ?」

 ライゾがパタパタと男の方に顔を寄せた。男の人は明らかに嫌な顔をしていた。

「なんだ……オセルじゃねぇかっ」

「なんだとは何だ?」


 ミミは2人の様子を気にしながらも、慌てて火球の当たったリンゴの木に駆け寄っていた。幸い火はついてない。だけど、幹は焦げて傷つき、枝葉は燻っていた。まだ青いリンゴが幾つか落ちているのを見て、悲しくなる。

 ミミは傷ついた幹に手を着け、ヒールを唱えた。落ちてしまったリンゴは助けられないけど、木を元気にする事は出来るはずだ。


「こら、ミミ!植物に生命力を注ぎ込めば、大地に吸い取られるぞ」

 すぐに小竜ライゾがやってきて、ミミに教えてくれるけど、ミミはどうしても木を治してあげたかった。だって、ウィン様の大切な木だから。

 

「ぶっ倒れても知らんぞ?」

 確かに、人を回復するよりも体力が持っていかれてる気がするぅ――?あ……ヤバい。


「ミミ――!?」

 何処かでアンスールの声がした。


 

 目を開けると、アンスールの端麗なお顔がミミを見詰めていました。お空の様子は変わっていないから、ほんの少しだけ気を失っていたようだ。

「おかえりなさい――」

 ミミが言うと、アンスールはため息をついた。

 

「気が付いて、良かった……。ライゾ!法力不足になる前に、何故止めなかったのですか!」

「1回失敗してみねぇと、加減を覚えねぇだろ?」

「しかし、ミミは人間ですよ!命に関わったら……ミミ、何をニヤニヤしているんですか?」

 

 2人の喧嘩がミミを想っての事なのが嬉しくて、ミミはアンスールに抱きついた。

「ごめんなさい!でもね、きっと次は倒れる前に止められると思うの!だから、ライゾを怒らないで!」

 アンスールはミミを抱き寄せると、頭を撫でてくれた。

「……分かりました。でも次はありません。こんな大きな木を治療するなど、してはいけませんよ」

「はい……」

 

「そうね。でも私は嬉しかったですわ。ミミ、ありがとうございます」

 シュンとしたミミを横で見ていたウィン様が、優しくミミの頭を撫で、次にライゾを睨みつけた。

「ライゾはもうしばらくその姿でいてもらう事に致しますわね」

「なんだと、ウィン!手伝ったらリンゴをくれると言っただろ!?」

「あなたにあげるリンゴは、その落ちてしまった緑色のリンゴです」

「渋くて食えねぇだろ!鬼――!!」


 ……と、ここで、アンスールは何かに気が付いた様に、ウィン様の後ろに目をやった。

「ところで、何故ここにオセルがいるのでしょうか?」

 

「気が付いて頂き、ありがとうございます、アンスール様。そして、その他の皆様」

 オセルと言われた男の人は、ライゾを掴み、ポイッと後ろにやると、一歩前に出た。

「その他の皆様とはなんだ!」

 ライゾが唸る。

 

「ライゾはうるさいですね。アンスール様、竜王の証をお持ちだとか。その所有者を知りたく、こちらに伺った次第ですが……」

 オセルは長い髪をかきあげ、琥珀色の瞳でミミをチラリと見た。

「ああ、ミミに会いに来たのですね」

「いえ。この娘はギルドパーティのメンバーの皆様で、竜王の証を持っていると言いました。ですので私は、アンスール様がそれを所有していると判断致しました」

 アンスールは再びため息をついた。

 

「オセル、その事は後で話しましょう。私は今ここに着いたばかりですしね。ミミ、遅くなってすみません。途中でティール様の若返りを狙って、1つ2つダンジョンに潜って来たのですよ。ほら、ティール様をご覧下さい」

 アンスールは下の森の方を指さした。きっとミミを見つけてアンスールだけ飛んで来たのだろう。そこには、フェオとティール様が手を振っていた。でもティール様のその手にはリンゴが!!

 

 ウィン様が眉の端を上げ、アンスールはため息を着く。

「ティール様……元通りですね。ああ、ウィン。すまないが、少し客人が増えましてね。部屋をお借りする事は出来ますか?」

「ええ、勿論ですわ、アンスール様。で、どなたがいらっしゃったのですか?……ああ、スルトですか」


 何と、スルト様とその親衛隊の皆さんが、フェオ達の後ろから手を振っていた。もしかして、職を失ったから?

「かなりの人数ですね」

「相談する必要がありそうですね。今晩、代表者を集め、会議と致しましょう」

 げぇぇ――と、ライゾが呟いた。




 次の討伐依頼は海が見える丘と呼ばれる断崖絶壁にポカリと空いた洞窟だ。

 リオン、イグニート、ユリアスの3人に聖女を加えた4人で馬を馳せ向かっていた。と言っても、聖女が乗馬が出来るはずもなく、ユリアスが抱えるようにして、上手く2人乗りをこなしていた。

 レイハルト領は商人の街。道は整備されていて、この旅はとても快適に思えた。聖女を乗せていた馬車が後ろについてきている事以外は……。

 

「リルアンヌ、君もモーリアン教会の聖女なんだろ?あっちはどんな風だい?」

 ユリアスこ声がし、リオンは2人乗りがいいと、わがままを言った聖女をチラリと見た。本当にユリアスには頭が上がらない。どんな理不尽な状況だと分かっていても、優しく人に接する事ができるのだから。

 

「カストロ領の事でしたら、心配ないわ。魔物はアダン騎士団長様の指示の元、滞りなく討伐されているのだから」

「そうか、それは良かった」

 ユリアスは少し寂しそうに笑った。


「前の聖女……テスリナが急に教会に戻った様だが、何かあったのか?」

 そんなユリアスの手助けになればと、リオンが横に馬をつける。

「大した事じゃないの。ただちょっと、教会の御神体の様子がおかしかっただけ。それより、エレーンもテスリナも、帰ってきてからずっと勇者様達の悪口ばかり言ってたけど、皆さんってとても優しくて素敵なのね!来て良かった――」

「そうかい?ありがとう」


 レイハルト領に来てから最初のB級ダンジョンだ。2人乗りをしていた事もあり、入り口である古い遺跡に着いた時には、陽は陰っていた。

「今日は中に入らず、ここで野営する事にしようか」

 リオンの合図で、ユリアスはテントの準備を、イグニートは食事の用意を始めた。リルアンヌは少し休みたいと、馬車の中に入って行った。疲れる位なら、最初から馬車に乗ればよかったのに。3人はため息をついた。

 

 そう、馬車はしっかりとここまで着いて来ていたのだ。若そうな御者は聖女をエスコートし、その扉を閉めると、御者席に戻り、こちらを見ている。ローブのフードを目深に被っているので、目だけを光らせている感じが、どうにも気になる。何より、武器を何も腰に下げてないのが、逆に不気味だった。

 

 リオンはイグニートに声を掛け、見回りをしてくると野営地を離れた。

「ねぇ、君は何処で休むのかい?」

 ユリアスは御者に優しく話しかけた。御者は嫌な笑いを浮かべた。

「聖女様は勇者様と、テントで過ごされるだろうから、俺は馬車で寝ますよ」

「そうかい?馬車の方が安全だから、聖女様には馬車で寝て欲しいんだけどな」

「勇者様の側以上に安全な場所なんてないだろ?」

 御者は御者席に横になると、目を閉じた。話はおしまいと言う訳だ。

 

「気にするな、ユリアス。薪はまだあるし、リオンが帰ってくるで飯を作りながら、明日の攻略について話そう」

 イグニートが火をおこすのを手伝えと言う。ユリアスは焚き木を集める振りをしながら、そっとピアを呼んだ。

 

「なあ、ピア。アイツがアイテムボックスを持っているかどうかだけ、教えてくれないかな?」

 ピアはちょっと考えると、本当はダメなんだけど特別よ!と言いながら、こっそり御者の、たった一つのボックスの中身を教えてくれた。


「ああ、なるほど。そういう事ね……。すまないが、皆に伝えてくれないか?」

 ユリアスは暗い笑みを見せる。イグニートはため息をついた。

「分かったわ!3人とも気をつけてね!」

 そう言い、ピアは消えた。


 その晩、聖女がそのまま寝てしまった様で、馬車から出てこなかった。3人と御者は焚き木の周りでイグニートの用意した食事を食べ、早々に休む事にした。見張りは交代で、最初はリオンだ。

 リオンは焚き木を前に、甲冑を磨きながら周囲の音に耳を澄ました。


 夜も深けた頃、ふと馬車の扉が開き、聖女リルアンヌが降りて来た。

「リオン様、ごめんなさい。リルは寝てしまってたみたいです」

「ああ、何か食べるか?」

 リオンは後ろに立つリルアンヌに声をかけた。

「いえ……大丈夫」

 リルアンヌはリオンの隣に座り、リオンの顔を覗き込む。

 

「リオンは眠くないの?」

「寝てしまっては見張りにならないだろ?」

「そうだけど……」

「俺が起きていては都合が悪いのか?」

「いえ、そんな訳じゃ。あの……ちょっと散歩しない?」

「見張りを交代してからで良ければ」

「そうね……」


 それからしばらくリルアンヌは甲冑を磨くリオンの横で大人しくしていた。でも、どこかソワソワしている。隠そうとしても、リオンにはその息遣いで分かるのだ。

「次の見張りは誰なの?交代しなくて大丈夫?」

「そうだな……誰を起こそう?」

「私がどちらかを起こして来ましょうか?」

「ああ、じゃあ頼もうかな」


 リルアンヌはそっと立ち上がり、テントに向かった。チラリと馬車の方に目をやるのを、リオンは見逃さない。

 静かに……静かに、リルアンヌがテントの中に入った。途端、リオンの首に腕が回る。だが、その腕に力が入る前に、不気味な音と共に、だらりと腕が垂れて来た。同時に、転移!の声が聞こえた。テントの中にいた聖女の声だ。


「凄いな。さすが騎士団副団長様だ」

 リオンが褒めると、ユリアスはリオンの背中に張り付いていた男を横に転がし、苦笑いをした。

「やめろ、過ぎたことだ。……イグニート!連れて行かれてはないだろうな?」

 ユリアスの呼びかけに、テントの中から黒ローブ姿のままのイグニートが現れた。聖女の唱えた転移魔法に巻き込まれてはなかったようで、心からほっとした。


「問題ない。……殺したのか?」

 ユリアスが御者だった男を片付けるのを見て、イグニートが眉をひそめた。

「手加減は出来なかった。こいつはプロだ。持っている武器の種類で分かった」

「そうか……」

「さて、どうする?目が冴えてしまったんだが?」


 リオンは立ち上がると、甲冑を身につけ始めた。

「移動の疲れは取れたよ。だけど、腹が減ったな」

 ユリアスは恨めしそうに、目の前の鍋を見た。料理は手を付けずに残っている。御者が何かを放り込むのをピアがしっかりと見ていたから。3人はため息をついた。

 その時、ピアが虚空から、クルクルと回りながら飛び出してきた。


「そんなあなた達に朗報よ!ミミが差し入れを用意してくれていたのよ!ほら!」

 その腕には、大きなリンゴを抱えている。身体より大きなそれを、よくもまあ、薄い羽だけで持ち上げているのやら。リオンは慌ててそれを受け取った。ピアは次々に3人分のリンゴを出すと、それぞれに渡す。

「有難い……」

 3人は顔をほころばせた。


「ミミはこれを渡すタイミングを見計らっていたのよ。今がこの時だって、向こう側で寝らずに待っていたんだから!」

「ミミにも教えたのか?」

「ええ、パーティメンバーの皆に伝えたわよ?ダメだった?」

「大した事ではなかったのに……心配させただろうか?」

 イグニートが心配そうに呟く。

 ピアは腕を組んで憤慨した。


「これは大した事よ!イグニートの命が狙われたのだから!」

「私の命だとは限らないと思うが?」

 イグニートが言うと、ユリアスが首を振った。

「いや、状況からして、お前が狙われたのは間違いない。料理に1番に手をつけるのは、それを作ったお前だからな。必ず味見はするだろ?」

「しかし、料理はお前達も食べる予定だったではないか。入っていたのは眠り薬ではなかったのか?」


 今度はリオンが首を振った。

「ああ。イグニートは知らないだろうが、近接系の戦闘員には毒耐性があるんだよ。毒のある魔物と戦うからね。だから多少の毒なら摂取しても、眠くなる程度の症状で治まる。あの御者は、ユリアスを殺す予定がなかった様で、ちゃんと死なない程度に、毒の量を加減したようだ。その代わり、イグニートと俺に、トドメを刺す必要があったって訳だ。だが、俺が眠らなかったから……」

「……そうだったのか。と、言う事は、カストロが?」

「父上か兄上の仕業だろう……イグニート、すまない」

「いや、気に病む必要はない。カストロを巻き込んだのは、恐らく我が兄上だろうから」


 考え込むイグニートの肩をピアが叩く。

「さあ、リンゴを食べてみて!そしてミミを安心させてあげてね!これはね、ウィンのリンゴって言ってね、食べればたちまち法力や魔力を最大限まで引き出してくれるのよ!」

 それは凄い!

 3人は顔を見合わせると、リンゴを齧った。とても甘くてみずみずしい。これを用意したミミの顔の思い浮かべると、胸が熱くなる気がした。……いや、気だけではないな。


「これは凄いな!よし、潜ろう!」

 リオンは立ち上がった。

 潜るとはダンジョンの事。先程までの疲れが全て吹き飛び、何でも出来る気がしてきた。

「3人とも、程々にね。寝場所を確保したら、休む事!って、アンスールが言ってるわ」

「心得た」

 イグニートが頷く横で、ユリアスはすっかりテントを畳んでいた。そのやる気に、リオンは苦笑する。


「馬はどうする?」

「私が預かるわ。任せて!」

 ピアが胸を張ると、ユリアスが笑う。

「精霊がついているとは、本当に俺たちは運がいいな!」

「フフッ!ピアを、もっと褒めてくれてもいいのよ!」


「では、もう少し頑張るとするか。ピア、ありがとう。そして、向こうの皆にも御礼を言っておいてくれないか?」

「任せて!!」

 ピアはイグニートに頷くと、クルクルと回って消えた。

 しかし、3人の胸の中では、何かが燃え続けている。


「さて、元気を貰った分の小手調べといくか……って、ステータス見ろよ!ちょっと見ないうちに、相当上がっているぞ!」

 リオンが青い画面を開き叫んだ。最近気の滅入る事が続いて、ステータス画面を確認する事すら忘れていたのだ。


「これも竜の力かな?……ん?イグニート、お前、法力が使える様になってるぞ」

 ユリアスが横から覗き込み、イグニートのステータスを指さした。確かに今まで見た事もないゲージが増えている。イグニートは何度もそれを見返し、珍しく笑った。

「ははっ!いつの間に……!これは有難い!任せろ、ヒールなど、すぐにマスターしてみせる!」

 いつになく顔を輝かせるイグニートに、リオンは眉を寄せる。


「イグニートに癒される日が来るとはな……」

「何を言う、リオン。私はいつも料理で皆を癒していやっているではないか!」

「ハハハッ!確かにそうだな!」

 ユリアスが笑えば、いつも上手くいく気がする。

 3人は深夜にもかかわらず、意気揚々とダンジョンである遺跡へと足を踏み入れたのだった。

 

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