23話 レイハルト城
馬車は豪華な城の正面にある、整えられた庭園を抜けると、隣に建つ邸宅の前に止まった。同時に中から使用人が溢れ出し、綺麗に整列した。
「おかえりなさいませ」
馬車の扉を開けた執事の声に合わせ、全員がお辞儀をする。リオンは慣れた様子で、執事に兜を渡しながら馬車から降りた。そして振り向くと、馬車の中へと手を伸ばす。
まるで北部の雪の様な白い手が現れ、リオンの手を握った。馬車から降りて来たのは、黒ローブの娘だ。そのチラリと見えるその容姿の端麗さに執事は息を飲んだ。
「リオン様。その御方は、まさか……」
「客人だ。粗相をするなよ」
「かしこまりました。オロン様は執務室でお待ちです。すぐに向かわれますか?」
「ああ、そうするよ。話が終わったら、またすぐに出るから、お前は何も用意する必要は無い」
リオンはそれだけを告げると、イースを連れて邸宅へと入って行った。
しかし入った途端に、リオン!と呼び止められ、振り向いたリオンは、ガタイのいい男に甲冑ごと抱き寄せられた。リオンは恥ずかしそうに振りほどこうとガチャガチャ藻掻く。常人よりも力の強い、タンク役としての素質に目覚めたリオンにとって、こういったスキンシップは苦痛でしかなかった。力加減が難しいのだ。
「ふふっ、そう嫌がるな、我が麗しき弟よ。甲冑姿で父上に会うつもりか?父上をがっかりさせてはいけないよ?」
「ゼロス兄様……挨拶だけのつもりですから。すぐにまた出ます」
レイハルト家長男のゼロス兄様は、父、オロンの最愛の正妻の生き写しであるリオンを、いつもこうやって揶揄う。
「うーむ、それは残念。お前らの活躍が全然耳に入って来ないから、もう諦めたのかと思っていたんだが。リオン、お前は次期当主となるべく生まれた男だ。そろそろ御家に落ち着いたらどうだ?」
「諦めてはいませんし、活躍する気もありません。ついでに言うなら、落ち着くつもりもありません」
「それはどういう意味かな?」
リオンは、ふむ?と顎に手をやり、首を傾げたゼロス兄様を押しのけて邸宅に入ると、レイハルト領の領主である父、オロンの執務室へと急いだ。
「活躍するつもりは無いとは、面白い事を言うんだな」
ユリアスが苦笑いを浮かべている。
「兄の言う活躍とはつまり、竜の討伐だ」
「素直に受け止めればどうだ?人助けだって活躍だろ?」
まるで窘めるようなユリアスに、リオンは冷めた目を向けた。
「俺が今まで1度も領民の出す討伐依頼を受けた事がないとでも?貴族が体を張って人助けなど、と褒められるどころか異端児扱いだ!しかも、兄上たちはこの領土を継ぐつもりはないらしい。俺以外の子は皆、側室の子だからと、身を引くつもりでいるんだ。……まだ父上も健在だと言うのに、全くふざけた幻想だ」
「いい兄上たちじゃないか」
「それは認めるが……俺は器じゃないと言ってるのに……」
ひときわ豪華な扉の前に来ると、リオンはその扉を叩いた。中から老齢の執事が顔を出し、中へと促す。
「リオン!!」
中に入るなり、父上であるオロン・レイハルト公爵が抱きついてきた。反応が兄と同じである。血の繋がりを感じる瞬間だ。
「そのままで来たのか?リオン。そんなに早く私に会いたかったのか?」
「……はい」
がっかりさせたくない一心で、リオンは渋々頷いた。だが、それが分からない父ではない。
「可愛いヤツめ。さあ、客人を紹介してくれ!」
3領土の貴族は、舞踏会で共に顔を合わせる事が多い。互いに知らない仲ではないだろうに、イグニートとユリアスはしっかりとした挨拶をすると、ソファに並んで座った。
そしてオロンの目はイースへと向かう。
「君がミミかな?」
「初めまして、オロン・レイハルト公爵様」
イースは否定も肯定もしない。しかしリオンは、イースに疑いの目を向けさせたくなかった。
「父上、彼女は……」
「いや、いい……リオン、私に話をさせてくれ」
そう言うと、オロンはイースを手を取り、自分の隣に座らせ、向き合った。
「単刀直入に話そう。私はお前の持つ竜王の証が欲しい。理由は沢山あるが、1番の理由は、竜王の証をカストロやファリアスに渡したくないからだ」
イースは無表情のまま、口を開いた。
「王になりたいってハッキリ言えば?」
その一言で、オロンが明らかに憤怒の表情を見せた。
「……馬鹿な娘だと聞いていたが。失礼、お嬢さんは噂とは少し違う様だ」
「父上、この娘はミミではありません。皆が勝手に勘違いを!この娘はイース。竜です」
リオンが慌てて身を乗り出す。オロンはリオンを見て、ため息をついた。
「……そうか。ならば、この話は聞かなかった事に」
「そうね。でも、私はこう思うの。竜の王様の証なら、竜が持つべきだなんじゃない?って」
イースはどんどん攻める。ミミの為なのだが、見ている方は心臓に悪い。オロンは呆れた様に首を振った。どうやら、勇者パーティのメンバーの連れて来た美しい竜に付き合う事にしたようだ。元が商人である父、オロンは美しいものに弱い。
「それでは駄目なのだよ。人間の力では魔物を全て駆逐できない。これは竜王の統治が終わり、竜の姿を見なくなった15年という月日で、嫌という程分かった。人的被害は勿論、魔物に蝕まれ、住めなくなった土地も多い。魔物を生み出すという魔王の討伐など、夢のまた夢だ。……我々人間には竜の力が必要なのだ。竜王という存在が人でなければ、竜は人など歯牙にもかけないだろう?」
「竜を敬えば、竜は人の手助けをしたはずよ」
オロンは苦笑する。
「カストロはじめ3領主は、竜王の証が先王の死と共に失われたと思ったのだ。そして、それは都合のいい事だと思っていたんだ。竜の介入がなくとも、魔物など人間だけで駆逐出来ると思っていたからな。だから、人による新たなる統治の晴れやかな出発として、前王の象徴である竜を、忌むものとしたのだよ」
「それは間違いだったのね」
「ああ。認めよう」
「だからって……竜の討伐を指示すれば、過去の繰り返しになるとは考えなかったのかよ……」
リオンの憤怒にオロンは頷いた。
「それはカストロ公爵の独断だ。私は今も竜を敬っているつもりだぞ、リオン。ウィン・アップル伯爵がいるだろ?彼女は竜だが、必ず舞踏会には招待しておるはずだ」
後ろにいる執事が、間違いありません、と腰を折った。
「竜との関係が悪くなればなるほど、我々人間の生活は苦しくなるだろう。だが、竜王の証が手に入りさえすれば、これ以上悪くはならないはずだ。これで私が竜王の証を欲しがる理由が分かったかな?お嬢さん」
「あなたは竜を使役しようとしている」
イースはまっすぐにオロンを見つめる。オロンはちょっと気圧された様に狼狽えた。
「使役ではない。友として迎えるのだよ。ただ、ちょっと願いを聞いて貰うが、竜にとっては大した事ではないだろ?」
「友、ね。ならば何故、ウィンは独りだったのかしら?」
イースは無表情のまま、立ち上がった。オロンは慌ててその手を引いた。
「竜の屋敷に好んで行く者などおるか?……ああ、恐れ多いと言う意味でな」
イースは不機嫌そうにその手を振りほどくと、オロンを見下ろした。
「人はもう少し竜について知るべきだったわね。リオン、そろそろ私は帰るわ。ミミが待ってるから」
「ミミだと!?彼女は今、何処に隠れているのだ!?」
叫ぶオロンを置いて、イースは部屋を出ていこうとする。しかし執事が扉の前に立ち塞がり、イースに手を伸ばした。
だが、その手はリオンの手によって防がれる。見れば、イグニートとユリアスも立ち上がっていた。
「我々も、そろそろ失礼致します。リオン、もういいのか?」
ユリアスが気を使ってくれるのを有難く感じながら、リオンは厳しい顔をするオロンの方へと向き合った。
「父上。竜王の証については、俺に任せてはくれませんか?」
「リオン、お前は竜にたぶらかされているのではないか?まあ、お前が竜王になるのなら、それでいいが……」
「父上、それは有り得ません。しかし、俺にはまだ、やる事があります。その為にも、これまで以上に力をつけたいと……」
オロンはリオンから顔を背け、ソファーにドカりと座った。
「分かっておる。だが、私も歳だ。急いでくれよ」
その顔はとても疲れて見えた。リオンはそんな父をチラリと見ると、静かに部屋を後にした。
「リオン!」
しかし屋敷から出た所で、再びゼロス兄上に呼び止められた。
「馬が必要なんじゃないか?」
有難い申し出に、リオンたちが馬小屋へと向かうと、そこには4人の異母兄弟が、揃ってリオンに手を振っていた。
「兄上方……どうして……」
兄弟は皆、それぞれが商売をはじめ、忙しい毎日を送っていると聞く。なのに……。
「可愛いリオンを手ぶらで行かせる訳には行かないだろ?」
「さあ、いい馬を揃えた。持って行くがいい!」
「俺たちは戦いはからっきしだからな。御家の事はしばらく任せておけ。リオン、そっちは頼んだぞ」
「我が国を守ってくれよ、リオン」
リオンはこの時、初めて家族というものを感じた。
それぞれ、違う考え方、生き方をしているが、平和を望むのは皆同じだ。
「父上を頼んだ。行ってくるよ」
リオンは執事から兜を受け取ると、涙を隠すように被り、馬を受け取った。
次に帰ってきた時には、いい知らせを持って帰ろう。そう誓わずにはいられなかった。
「勇者様――!」
その時、タイムリーに聖女が到着したようで、美しい馬車から手を振る娘の姿が見えた。
灰褐色……いや、薄い青の髪をした、可愛らしい聖女が、止まった馬車から飛ぶように降り立ち、駆け寄って来る。
リオン達の前で立ち止まり、綺麗なお辞儀をする。
「初めまして!リルアンヌですわ!よろしくお願い致します!」




