20話 ウィンの森
――夢を見ていた。
スマホを見つめる私は、『竜王の証』を誰に渡すべきか、真剣に悩んでいた。
ユリアス・カストロに渡せば、カストロ騎士団を心より愛する彼は、信頼を築いた騎士団を率いて3領土を統一。
チャラい容姿とは裏腹に、真摯な態度に惹かれた竜を仲間に加えて、王にまでのし上がる。
イグニート・ファリアスに渡せば、彼の魅力を知ったファリアス騎士団が心服し、3領土を統一する力となった。そのカリスマ性に惹かれた竜もまた従い、嫌がる彼を、周りが王と定めた。
リオン・レイハルトに渡せば……。
ミミは目を開け、体を起こすと、キョロキョロと辺りを見回した。
鬱蒼とした森の中だ。天を仰げば、小さく切り取られた薄桃色の空が見えた。いつの間にか夕暮れ時だ。
渓流に沿ってキャンプがはられ、冒険者達が火を炊き体を温めていた。ミミも薪の前に敷かれた、もふもふ毛皮の上に横たわっていたみたい。
首を回せば、奥のそそり立つ岸壁の前で、スルト様とフェオの2人がかりで、大洪水の洞窟の前に大岩を押し込み、蓋をしていた。マッチョな冒険者たちと甲冑を脱いだ小さなリオンとで、岩を集め囲み、どうにか水流を抑えている。中がどうなっているかなんて、想像するも恐ろしい。
ミミは怖くて自分の体を抱き、震えた。
「ミミ、泣かないで。大丈夫よ、みんな無事だったんたから……」
乾いた枝を抱え、森の方からイースが帰ってきた。ミミの横に座ると、薪に枝をくべる。
「誰かが、洞窟内に流れる川の水量を操作する為のダムを、壊したらしいな。フェオがハガルの匂いがしたと騒いでいたよ。……ミミ、気分が悪いのかい?」
ユリアスがミミの肩にキルトを掛けてくれた。
ミミは首を振ってユリアスを見上げた。
「みんな無事だったのよね?」
「冒険者は皆、無事脱出したようだ」
「騎士様は?」
「……全員は無理でも、助かった者は多いはず」
ユリアスが下を向いた。息が出来なくなる。
「ミミ、あの人達が自分で選んだ道よ。多分、罪悪感に耐えられなかったのね。ハガルの指示なんだろうけど、竜を祀る神殿を壊したのは騎士団よ。まぁ……私達が埋められたのは悲しい事故だったけど」
イースが優しく言ってくれるけど、涙は溢れてくる。
その時、後ろのテントが崩れ、這い出すようにイグニートが現れた。
「ミミ!!ミミ――!!」
ミミの前に膝を着いたかと思えば、泣きそうな顔でガバッと抱きしめられた。イグニートらしからぬ行動にユリアスが目を丸くした。
イグニートはそのままミミの肩で泣き始めたようだ。
悲しみが溢れてくる。ミミはイグニートの背中を優しく両手でポンポンした。
硬くて冷たい。岩に抱きつかれているようだと思った。でも、その心が温かい事をミミは知っている。
「ミミ――!聞いて――!」
続いてピアが、崩れたテントから這い出て来て、何故か嬉しそうにフラフラと浮遊し、イグニートの頭にとまった。男泣きに揺れる頭を楽しんでる様子に、ミミは首を傾げた。
「どうしたの?」
「あのねミミ、ライゾが魔石くれ――!って叫んでるの!みんなに感謝されてるけど、ちっちゃくなっちゃててさ。マスコット扱いで笑っちゃった!」
みんな?……そうか!ライゾはミミの望みを叶えてくれたのだ!!
「ライゾが助けてくれたのね?」
ミミは胸がいっぱいになる。
「勿論よ!竜は約束を違わない。全員連れて転移したの!!ミミ、ライゾに何か食べさせたでしょ!?」
ミミはニヤリと笑った。
そう、ミミはライゾにこっそり法石を食べさせていた。ライゾは訝しんだけど、スター状態のライゾなら1度見ていたから、絶対効き目があるからと、頑張って説得したのだ!
「凄いよ、ライゾ!素敵!!」
ミミはイグニートをはじき飛ばしてぴょんと跳ねた。でも、すぐにイグニートに抱き潰される。
「シッ!ミミ、騎士団は死んだ。そうしておきたい。頼むからこのままで」
この事は内緒……。
だって、これ以上、騎士団の皆さんをハガルの好きにさせたくないから。イグニートの配慮に、ミミはワクワクした。この先、騎士団の皆さんがイグニートの力になってくれるって知ってるのはミミだけだ。
「じゃ、みんなに事情を話してくるわね!あっちの人達、何も持ってないから大変なの!すぐに行ってあげなきゃ、みんな凍え死んじゃうわ」
ピアが言うなり、アンスールの方へと飛んで行った。
ピアの声は私たちにしか聞こえないから、説明はピアに任せて、ミミはイグニートの胸の中で、良かった……と呟くと、今度はキリリと顔を引きしめ、イグニートと顔を突合せた。
「イグニート、私にもできる事があったよ!嬉しい」
「ああ、心からの感謝を……!ミミ、頑張ったな」
イグニートの心底ほっとした顔に、ミミは嬉しくて抱きついた。
「ミミ、これからも頑張るよ!ちょっくら皆を癒してくる!」
イグニートは無言で頷くと、ミミをそっと押して送り出してくれた。それがミミの力になる!
「怪我人はいない?ミミ、治すよ!!」
ミミは立ち上がった。そして、出発まで冒険者のキャンプをまわって治療に勤しんだのだった。
それから事情を聞いたミミの仲間達が集まり、すぐに移動する事になった。但し、勇者パーティとはここでお別れだ。マルス魔導師……ティールとイグニートが一緒に行動している所を見られたくないそう。
確かに、2人が手を組めば、ハガルが警戒するだろう。だってみんな強いから!
「兄を倒し、領土を継ぐには、私はまだまだ経験不足。勇者パーティとして事を成した後には、必ず、迎えに行くと誓おう」
イグニートはミミの前に膝を折り、誓ってくれた。
それは騎士団のみんなの事だよね!
「イグニート、ミミ、頑張って騎士団のみんなを元気にするからね!」
「……ああ。頼んだ、ミミ」
イグニートは苦笑すると、ミミの頭を撫で、アンスールに目配せした。きっと、これからの事を話し合ったのだろう。
勇者パーティは今日はここに泊まり、明日からはリオンの故郷であるレイハルト城を目指すと言う。
「ミミ、また離れ離れだが、いつでも心は一緒だと信じている」
リオンが手を差し出した。まだびしょ濡れのままだけど、みんなの為に頑張るリオンはとても綺麗だと思った。
また会えなくなる……。そう思うと、ミミは我慢出来ずにリオンに抱きついた。好きがいっぱい溢れてくる。
リオンも優しくミミの背中に手を回してくれる。
「ミミ、濡れるのに……ありがとう。これで後悔せずに旅が続けられるよ」
後悔?
「リオンはミミに触れなかった事をずっと後悔してたって事だな。ま、俺もだけどね!」
ユリアスが後ろからミミの頭を撫でまくった。
ミミはくすぐったくて思わずくすくすと笑った。
「!!」
「ミミが笑った!」
2人は何故か頬を染め、ミミをもう一度ぎゅっと抱きしめた。
「では、我々は移動します。スルト、世話になりましたね」
アンスールの声に振り向けば、大きなスルト様がこちらを見ていた。
「ああ、俺の家を水没させやがって。本当に迷惑な奴らだ。……だが……」
スルト様はミミの前に来ると、大きな手を差し伸べた。
「嬢ちゃんはミミといったな。白いアクアステラを探してくれた事、感謝する。黒い髪のあの娘は、暗い色の髪を大層気にしておったから、俺はその髪に似合う、何物にも染まらぬ花をどうしても用意してあげたかったんだ。あの子はファリアス領の神殿に埋まっているから、手向けるのはまだ先になりそうだが、必ず届けようと思う」
ミミはリオンから離れると、スルト様の手を両手で握った。
「スルト様の、あの子に安らぎが訪れるように。ミミ、祈るよ」
「ああ、ありがとう……」
スルト様は顔を赤らめた。
「私ももうちょっとここに残るわっ!岩が壊れそうで怖いから。後でみんなを追うわねっ!」
フェオが手を振り、ハガル様は踵を返すと、後ろ手に手を振った。
「さあ、目障りな奴らめ!後は任せて、とっとと行くがいい!!」
スルト様はツンデレね。
「では!行くか。ライゾのいる場所のソーンはウィンの森の入り口じゃ。何度か行った事があるワシが転移石を使おう。さあ、手を!」
ティール様が老木の様な杖を掲げた。アンスールがミミをしっかりと抱え、それを握る。ミミはアンスールの後ろに控えてたイースの手を、ぎゅっと握った。
「では!」
冒険者と勇者パーティのみんなが爽やかに手を振るその後ろで、スルト様が振り向くのが見えた。
なんか叫んでる。
「ちょっと待て!!そ……その娘は――!?」
――転移。
「なんか言いたそうだったね、スルト様」
「気のせいよ……」
「そうですね。まあ、大丈夫でしょう」
転移先はとってもファンシーな森の中だった。果物のなる木や、野いちごの茂み。うさぎが立ち上がり、こちらを警戒していた。
と言えども、もう夜だ。アンスールは松明を、取り出し、魔法で火を付けた。
「お――い!こっちだ!」
胸程の高さの生け垣の向こうから手を振るのは騎士様だ。上司っぽい人に殴られ、慌ててこっちに駆けてきた。
「聖女様、この度は我々の為に貴重な転移石を使って頂きありがとうございます!お疲れ様の所、誠に申し訳ありませんが、こちらは多数の怪我人がでており、どうか……」
「ミミ!こっちだ!」
小竜ライゾが呼んでいる。挨拶はアンスールに任せてミミは駆け出した。
「ライゾ!ありがとう!!」
「おうよ!フェオは……いないな。イース、ちょっと手伝え。こいつらテントも何も持ってねぇんだよ!確か持ち物に予備がなかったか?」
皆、話しながらも、足早にライゾに続く。
「ミミ、ワシの椅子をここに出しちょくれ」
振り返れば、ティール様がおじぃちゃんに戻っていた。その手にはリンゴが!!
ライゾが、ぷはぁと火を吐いた。
「ジジィ、食いやがったな。ウィンに怒られても知らねぇぞ」
「テントの予備はともかく、騎士の様子をまず見せてください」
アンスールが合流し、みんなで生け垣の向こうの森の中に移動した。
ライゾの話によると、ここはウィンという竜の家らしい。今は留守らしく、勝手に入ったら怒られるからって、騎士団のみんなは、庭の向こう側にある川辺りに移動していた。
「聖女様……!!」
「聖女様がいらした!!」
ミミ達が近づくと、騎士団のみんなが膝を着き、頭を垂れた。
「聖女様、この度は命を助けて頂きありがとうございました!!」
「ふあっ!」
見事に統率された動きに、ミミは固まった。でも、よく見れば、苦しそうな騎士様も沢山だ。しかも皆、びしょ濡れのままだ。
「酷い状況ですね。まずは体を温めなければいけません」
アンスールがため息をついた。ライゾがパタパタと飛びながら騎士様の頭をポコポコと殴って回る。
「火は着けたけどさ、こいつら聖女様が来るまでは、服、脱がねぇって、濡れネズミのまま痩せ我慢してやがる」
ミミは慌てて両手を組んで懇願した。
「ミミ、筋肉も服だと思います!だから、上着は脱いでも大丈夫!!しっかりと乾かして、休んでください!」
「有り難きお言葉!!では、皆、感謝を込め、解散!!」
「ふあっ!」
余程寒かったのか、騎士様達はいそいそと薪の前で服を脱ぎ、乾かし始めた。
ミミが目のやり場に困っていると、しっかりとした体躯のおじさんがミミの前に膝を着いた。
「聖女様、こちらへ。怪我人を集めております。どうか、彼らを助けてやってください」
ミミは後ろに立つ、アンスールの顔を伺った。いつか、力の使い過ぎを注意されたからだ。
「ミミはまだ幼い。法力を使えば消耗しますし、彼女の命にも関わります。それを理解した上で、無理な回復を望まぬよう、お願いします」
説明してくれたアンスールに、騎士様は頷いた。
「騎士団長クリストスの名において、ミミ様の体を最優先とする事を誓います。ミミ様、御安心を」
騎士様は頭を垂れると、ミミの手を取り、軽く額に付けた。
「ミミ様。この度は我が部下の命を救って頂き、本当にありがとうございました。我々はもうファリアスには戻れません。ですが、いつでもミミ様方のお役に立ちたいと願っております。どうか、お忘れなく」
ミミはちょっと照れてフルフルと首を振った。
「私ね、ずっと自分のできる事を隠していたの。知られれば面倒な事に巻き込まれそうで怖かったから。でも、イグニートがね、運命に歯向かう勇気を持てって教えてくれたんだよ。だから、ミミ、頑張ったの。騎士様達が助かったのは、イグニートと、ライゾのおかげなんだよ!」
「ま、俺様が1番偉いんだかな!」
ライゾが飛んで来て、小さな胸を張った。
騎士様は何故か胸を押さえて目をつぶっていた。
「運命に歯向かう勇気……部下に伝えます」
「さあ、ミミ。みんなを助けに行っておいで」
アンスールが優しく肩を押してくれる。
「うん!!」
ミミは大きく頷いた。




