2話 パーティメンバー
ここは首都郊外の酒場の個室。宿屋も兼ねており、冒険者も多く集う人気店だと言う。
ミミは、狭い部屋の大きな丸テーブルにつき、辺りをキョロキョロと見回していた。
正面には派手な舞踏会衣装を着たユリアス様とエレーン。左右に全身甲冑姿のリオンと、頭からすっぽり黒ローブのイグニート様が座っていた。もちろん、ミミも灰色のワンピースのままだ。
勇者パーティは、今夜、決起会という名の舞踏会に呼ばれていた。でも、衛兵が素性の知れないミミを会場から追い出した為に、腹を立てたリオンがミミを連れて退場。イグニート様が後を追うと、ユリアス様が気分を害したと退出した。エレーンは泣く泣く皆に従って付いて来るしかなかった。
ミミはその時の事を思い出して、ふわふわと頬を緩める。
リオンはミミをパーティメンバーだと言い切り、ミミの腕を乱暴に引っ張ってた衛兵を突き飛ばして、ミミを助けてくれたのだ!
「恐れ入ります。大したものは出せませんが、なんなりとお申し付けください」
太った店主が、この変わった一行の来店にも動じず、にこやかにオーダーを取りに来た。
「とりあえず、俺とイグニートはエールを。皆は?」
リオンが言う。
「俺もそれで。君は何を飲む?」
ユリアス様がミミに聞いてくれた!ミミは嬉しくて即答する。
「エール!!」
「あ、君、喋れるんだ……でも、エールは子どもには毒だ。果汁飲料を頼む」
むう……。
「で?お嬢様は何にされますか?」
気を利かせた店主がエレーンにオーダーを聞く。エレーンが不服そうに店主を睨みつけた。
「ワインはあるかしら?」
「申し訳ありません。ワインは……」
「エールしか選択肢ないなら聞かないでくださる?」
エレーンがピンク色の髪をクルクルと指先に絡ませながら、ぷいと顔を背けた。
「すまないが、あとは適当に食事を見繕ってくれ。それと、上の部屋の用意も頼む」
ユリアス様は苦笑いで店主に金を握らせ、追い払った。
2階は宿だ。今日はここに泊まれるのね!ミミはぴょこぴょこと喜んだ。
チッとエレーンに舌打ちしながら、部屋を出ていく店主を見送ってから、ユリアス様がまず、口を開いた。
「さあ、自己紹介といこうか。ちなみに、パーティメンバーは敬称を省くぞ。戦いの中、混乱を避ける為だ。普段から慣れる為、皆もそうするように」
皆が頷いた。
「では、ユリアスと呼ばせて貰うが……皆、お互いの素性は知ってるだろう。今更何の紹介をするんだ?」
イグニートが空腹に響く低い声で言った。にこりとタレた目を窄め、人好きのする笑顔を浮かべてユリアスが身を乗り出す。
「ま、そう言うなよ。皆が耳にしてるのは噂話だろ?俺、噂話って嫌いなんだよね」
そして、聞いてくれ、と自分から自己紹介を始めた。
「俺はユリアス。20才だ。御家の事はご存知の通り。騎士団副隊長を任されていたけど、人を率いる様な性分じゃなくてね、辞めてきたよ。参加目的は単なる好奇心さ。あと……得意なのは短剣と弓だ。……ってところかな」
リオンがガシャンとテーブルに身を乗り出し、兜にこもった声で叫んだ。
「辞めてきたのか?本当に!?」
「ああ、ギルドメンバーになったんだ。そう言う事だろ?ミミ、教えておいてあげるよ。同じパーティメンバーでも、ギルドパーティのメンバーってのは繋がりが深い。騎士団や教会の様な組織という括りで考えられがちだが、小さいものは家族に等い。遠慮なんかしなくていいからね」
家族!!ミミはブンブンと頷いた。なるほど、だからユリアスは加わる時に緊張してたのね!
「だが、お前は家族に嘘はつくというのか?短剣に弓だと?確か、騎士号は長剣で取ったと思うが?」
イグニートの訝しげな問いに、ユリアスは口の端を上げた。
「仕事の為に持たせられたが、長剣はどうにも苦手でね。……じゃ、次はイグニート。確かお前、18だろ?歳の順にいこうか」
話を振られたイグニートは腕を組んでふん!とふんぞり返った。よくいる魔術士の様な軟弱さは欠片もない。
「話す事などない。私は強くなりたいだけだ。ただし、道中の食事は私が用意する。これだけが条件だ」
「了ー解!助かるよ。次は聖女様か?」
ユリアスはサラッと流し、エレーンを見た。
「はい。エレーンですわ。18です。モーリアン教会の4人しかいない聖女の1人ですの。転移魔法は勿論出来ますし、皆を癒す為に全力を尽くすとお約束致しますわ」
エレーンは頬を赤らめながら3人の男性を見た。特にユリアスを見る目は執拗だ。
「エレーンはギルドメンバーではなく、臨時のパーティメンバーって事になっている。家族ではないが、頼らせて貰うよ、よろしく頼むな!リオン、次は君だ」
ユリアスは軽くニコッとエレーンに笑い返すと、兜を未だ被ったままのリオンを見た。
リオンは少し恥ずかしそうに兜を脱ぎ、周りを見回した。ミミもだけど、エレーンが食い入るように美しいリオンを見つめていた。
「あーリオンだ。17だ。参加目的は人々を助ける為……というのは建前で、なぜ魔物が増え続けるのか、その真相を知りたいからだ。それと……実は今、少しユリアスに感謝している。俺は口下手だから。以上」
ふっとユリアスが笑う。
「可愛い事を言ってくれるね。だがな、リオン。真相を追えば、竜にぶち当たる。そしてそれが勇者パーティの敗因となるだろう。……ま、これが最近の流れだな」
「俺たちが竜に殺されるというのか?諸侯に、の間違えだろう?」
「あはは。お前とは気が合いそうだな。じゃ、最後に君だ。俺の聞き逃しでないといいが、さっき初めて君の声を聞いたよ。喋れるなら、名前を聞かせて欲しい」
ユリアスはミミを見た。その好奇心に満ちた瞳に、ミミは背筋を伸ばした。
「お前も知らないのか?」
イグニートの投げかけに、ユリアスは頷く。
「ああ、昨日、モーリアン教会の外で見つけたばかりでね。で?名前は?」
ミミは聞かれた事が嬉しくて、元気に答えた。
「ミミ!」
「ミミね。歳は?」
「15!」
「……意外に大人だった。他は?何か言いたい事はないのかな?」
首を傾げるミミ。
「何でもいいんだが……」
「喋りたくないのか、喋れないのか……」
その時、隣に座るイグニートの手が、ミミの顎に手を添えられ、ミミは優しく上を向かされた。温かい感触に、ふっと少しだけ首が軽くなった気がして、ミミはされるがままに目を細めた。
「束縛のルーン。魔法で隠されているが間違いない。自分の意思ではろくに喋る事も出来ないだろう。誰に付けられた?」
ミミは首を傾げる。
「なるほど……ミミは何も知らない様だ」
イグニートが猫にするようにミミの首を撫でるのをみながら、ユリアスは眉をひそめて、深々と椅子に腰掛けた。
「家畜の様に肌に直接刻むとは恐れ入った。これでは消せないな」
「モーリアン教会で見つけたと言ったよな。他にもミミの様な者がいるのか?」
リオンがエレーンに厳しい目を向けた。
「ミミは捨て子よ。他の事は知らないわ」
エレーンは顔を背ける。でも、リオンは追求を辞めない。
「聖女なのに?なあ、聖女なら消す事も可能なんじゃ……」
「リオン、首は最も繊細な場所だ。傷つければ命が危ない。危険な事は辞めておこう」
ユリアスがリオンを止めた所で、店主が料理を運んで来た。リオンは渋々といった様子でエレーンから視線を外した。
どのくらいのお金を持たせたのか、すぐにテーブルの上は食事で埋まった。並べられた早々、料理に手を付ける面々に戸惑っていたミミだけど、イグニートが食べろって言ってくれたお陰で、ようやく手を付ける事が出来た。その料理の美味しい事!!
なんて幸せなんだろう!
しばらくすると、エレーンはお酒がまわったのか、ご機嫌な様子で隣のイグニートにしなだれ掛かり、ウットリとその顔を堪能していた。フードを取ったイグニートは、黒い目が印象的な、目を離せないような野性的な魅力を持っていた。イグニートは気にする様子もなく、1人でお酒を煽いでいる。その前では、リオンとユリアスが顔を寄せ合い、静かな声で何かを話していた。
「なぜ止めた」
「聖女が必ずしも聖人であるとは限らない」
――その昔、知恵の竜から聞いた話を記そう。
この話は、神の使いである天使フランが、女神モーリアンに恋をしてしまった事から始まる。
フランはいく年も女神に愛を囁き、女神の関心が自分へと向かうの願った。
しかし、女神様の愛は皆のもの。自分にだけ注がれるはずもない。
恋が叶わぬと知ったフランは、天界から下界へと身を投じてしまった。
しかし、フランの落ちた世界は人々の生み出す闇で溢れていた。
フランは女神モーリアンの手助けになればと、聖なる身体を闇に捧げた。
しかし、闇に蝕まれ、地獄の苦しみを与えられ続けたフランは、何時しか竜へと姿を変えてしまう。
哀れに思った女神モーリアンは、今も天界から星を垂らし、フランを慰めているという――。
天から星が降ってくる。
ミミは天使フランを想い、流れ星に祈りを捧げると、大好きな本を閉じて謎空間に消した。
ユリアスは竜に会えば負けると言った。でも、ミミの持つ本に出てくる竜は、姿を変えた天使フラン様だ。
人々を闇から救おうとする天使フラン様が、人と戦ったりするのだろうか?
あ……また流れ星……。
今日は幾つの星が降って来るだろう。
ミミは答えを探す様に両手を夜空に向けると、納屋の外に積んであった藁(明日のお馬さんの朝ごはん)に体を埋めて目を閉じた。
それから少しして、ミミは近くにいるお馬さんの嘶きで目が覚めた。
藁の中から宿屋の方を見れば、怪しげな男が3人、店の裏口を開け、中へと入って行く所だった。
みんなが危ない!知らせないと!と、起き上がるも、それはすぐに杞憂だと分かった。
「ぎゃぁぁ――!!」
みんなの部屋のある2階の窓が、ビカッって光り、窓から1人、また1人と怪しげな男が放り出されたからだ。そして、残る1人が宿屋の裏口から飛び出して来て、上を見上げていたミミの前を通った。
「「!!」」
目が合った途端、剣の鈍い光が見えた。でも、次の瞬間にはその男の顔は、恐怖に歪んでいた。
次に起こりうる事を予測して、ミミはその場から急いで退いた。
不自然に横向きに倒れていく男の人の首には、長い剣が刺さっていた。
「居たぞ!!」
叫んだのはユリアスで、事切れた男の人を隠す様に正面からミミの両肩を掴んだ。
「大丈夫か?」
ミミはこくんと頷いた。あ……お礼を言わなきゃ!ミミは両手を組み、微笑んだ。
ありがとう。と唇を僅かに動かす。
途端、ユリアスの眉間がグッと寄った。
「笑わなくていい。……抱きしめてくれれば!」
怖い顔をしていると思ったのに、ユリアスは次の瞬間には両手をばっと広げた。でも、すぐに頭を小突かれ、頭を押さえた。
いつの間にか、後ろにリオンの美しい姿が見えた。
甲冑を取り払い、夜着姿のリオンは、頼りない青年に見える。でもその手には、血で汚れた長剣が握られていた。
ああ、そうか。リオンは2階の窓から、自分の長剣を投げ、ミミを助けてくれたのだ!
「剣を使うな!剣を!!」
ユリアスは立ち上がり、大袈裟に騒ぐ。リオンはユリアスを押しのけてミミの前に膝をついた。
「騒ぐな、柄当だ。……ミミ、どうしてこんな所に?」
リオンに顔をのぞき込まれ、ミミは答えに困った。だってミミは、エレーンに宿屋から追い出されたからだ。
宿屋に空き部屋は2つしかなく、ミミとエレーンがひとつの部屋に押し込まれたのは、仕方のない事で、ミミが追い出されたのも仕方のない事だ。これをどう説明すればいいのか、ミミには分からなかった。
黙り込むミミの頭にユリアスが手を乗せ、ポンと叩くと、やれやれといったふうに首を振る。
「聖女に聞けばいい事だ。しかし、俺達も甘く見られたなぁ……これしきの戦力とは」
騒ぎを聞きつけたのか、真夜中だと言うのに、辺りには人が集まって来ていた。カンテラの、灯りが眩しい。
その時、睡眠不足は判断力の敵だとか言いながら、イグニートが涙ぐむエレーンをくっ付けてやって来た。
「リオン、終わったのならもう寝るぞ!」
ユリアスは苦笑いを返す。
「ああ、どうぞどうぞ。後はやっとくから先に寝てくれ。もう大丈夫だとは思うが、イグニート、お前は一応、エレーンとミミの部屋で寝てくれよ」
頷くイグニートに、ミミは慌てて首を振った。エレーンの目がとても怖かったからだ。
「ミミはこちらで預かろう」
リオンが言うけど、ミミは首をふって納屋の前に行くと、藁の中に大人しく埋まって手を振った。
「猫かよ……」
唖然とするリオンに、ユリアスはぷッと吹いた。
「ミミ。楽しそうだけど、今後はなるべく皆と固まって休んだ方がいいだろう。リオン、連れて行け」
ユリアスは藁からミミを引っ張り出すと、リオンに押し付けた。
そして宿屋へと戻るエレーンとイグニートを見送りながら、リオンに耳打ちをする。
「なあ、リオン。彼女を首にした方がいいと思うんだが?」
リオンは頷かない。
「今回は恐らく店主の仕業だろ?死人には聞けないから定かじゃないが。ユリアスが優しく諭せば、彼女も次はしないんじゃないか?」
「甘いな……」
ミミはその夜、生まれて初めてベッドで眠った。
隣のベッドには、月明かりを浴びてキラキラと輝く金糸の髪が、流れるように波打っているのが見えた。
リオン……。ミミは横になったまま見つめる。
今のミミではおこがましくてその髪の毛の先にすら触れられないけれど、いつかその隣に並べるようになりたい。
流れ星を捕まえる位、難しい事だろうけど。
ミミは落ち着かない広いベッドの隅で、リオンという星に手を伸ばし続けた。




