18話 衝突
「スルト様!!起きてくだせぇ!!」
「頼む!!レイハルト側の門を開けてくれ!!」
「このままじゃ、俺たち捕まっちまう!国外逃亡者は打首なんだ!助けてくれ!」
スルトの寝所の前には大勢の冒険者が詰めかけていた。それでも中まで押しかけないのは、一重にこれまでのスルトへと信頼があったからこそ。
しかし、このままでは、冒険者諸共、スルト様までファリアスの騎士団に捕まり兼ねない。
スルトの洞窟の守り手であり、スルト様の世話をするモンペイは、親衛隊たち共に、外の声を聞きながら、必死にスルト様の寝所の扉を叩いていた。
「ぶち開けてやりましょうか?」
少しふざけた人の声に振り向けば、今夜、滞在を許した勇者パーティの責任者がこちらを見ていた。
「この扉は竜であるスルト様仕様で、人には開ける事が出来ない。怪力が自慢の俺でもな!」
モンペイが答えると、赤毛の女性?が前に進み出て、扉に手をかけた。
「問題ないわっ!開けるわよっ!」
ガコッ!!
扉は、その枠ごと取れた。
呆気に取られた親衛隊を前に、勇者パーティの皆さんはスルト様の寝所にズカズカと入って行く。
「ほら!しっかりせんか、スルトよ!!」
1番年長者らしいシルバーグレーの紳士が、ベッドに丸くなる大きなスルト様の肩を揺すった。しかしスルト様の目は虚ろで、頭を抱えますますベッドに蹲る。
「門って、私が開けちゃう事は出来ないの?」
どう考えても、男であろう可憐な赤毛の彼女に、モンペイは首を振った。
「門は大岩なのです。貴方がいくら剛腕でも、体格的に抱えるのは無理でしょう」
その時、外がにわかに騒がしくなり、叫び声が轟いた。
「誰かが門を開けやがった!騎士団が来るぞ!!」
「剣を取れ!迎え撃――つ!!」
「やべぇぞ、水が流れ込む!俺が行くから、カーリニン、後は頼むぞ!」
モンペイが踵を返すと、ファリアス公爵家の三男、イグニート様が動いた。
「私も行こう」
しかし、赤毛の彼女?がイグニート様を押さえた。
「ダメよ、イグニートちゃんは大人しくしてて!私がいくわ!!」
「これは厄介な事になりましたね……」
代表者が厳しい顔をする。
しかし、その声は突如、柔らかく弾んだ声へと変わった。
「ミミ、良かった。戻ってきたのですね!……なぜまた濡れているのです?」
振り向けば、甲冑姿の勇者様が頭までびしょ濡れのミミを抱えて入ってくる所だった。
「ミミ様!!」
我々は喜んで道を開けた。
ミミは床を水浸しにしながら、スルト様の大きな顔の横に立った。息を詰めて見守れば、外の音が鮮明に聞こえてする。
水だ――!!川が溢れたぞ!!
騎士団が村に!近づくな!流されるぞ!
外は大混乱だ。モンペイはミミに祈った。
「ミミ、頼む。急いでスルト様を癒してくれ」
親衛隊のみんなも両手を組んで祈った。
ミミはみんなに頷くと、両手で1輪の花を掲げ、スルト様にさしだした。
「ミミ、お花を持ってきたよ!スルトさんにあげる!!」
白い花を大男に差し出すその姿は、確かに癒しだ。
しかし、思っていたのと違う。ヒールはどうした!
モンペイは頭を抱えた。
「ミミ、違う……」
皆がガックリと肩を落としたその時、スルト様が、もそりと動いた。
「花……だと?」
何処か夢見る表情だ。
「うん!ミミ、アクアステラを持ってきたよ!」
「しかし、白くはないだろ?私はあの子に、何色にも染まらない白いアクアステラを手向けたかったんだ」
スルト様は両手で顔を覆った。ミミはスルト様の頭をなでなでする。
「大丈夫よ、顔を上げて見て!真っ白でしょ?」
すると、スルト様が顔を上げた。そして、満面の笑みを見せた!まるでおもちゃを貰った子供のように!
「おお!!!白いアクアステラだ!!!」
ミミはそっとスルト様に花を持たせてあげた。スルト様は、ありがとうと、涙を流した。
すると、勇者パーティの年長者がぽん!とスルト様の肩を叩いた。
「ほら、スルトよ。お前さんはミミに礼をせねばならんじゃろ?まずはやる事をやれ!」
「……どういう事だ?」
スルト様は花をアイテムボックスへと消し、目を擦った。
「今、この洞窟にはファリアスの騎士団が押し寄せておる。狙いはこの子、ミミかもしれん。お前さん、この可愛い恩人を死なせてもいいのか?」
ガバリ!とスルト様は立ち上がった。
「なにぃ!?ファリアスだと!?イースを殺した奴らが、今度は俺の洞窟で、この娘を殺すというのか!!」
許さぁ――ん!!
その声は洞窟中に響き渡った。
スルトは部屋の壁を突き破ると、冒険者を押しのけ村の方へと走り出した。
水が出てるじゃねぇかっ!!何しやがる!!
ここは俺の家だぁぁ――!
出て行けぇぇ――!!
それは人間戦車。騎士団をつまみ上げると、投げ捨て蹴りあげる!!
勇者はミミの目を覆った。
「これで光が見えてきたぜ。ミミ様、もう一度、風呂なんてどうですかい?」
モンペイは丁寧な口調でびしょ濡れのミミへと手を差し伸べた。幼いない聖女に、戦など見せられない。
「俺ももう一風呂浴びるかな!」
青髪の青年がモンペイの手を弾き、勇者に目配せすると、ミミを引っ張って行った。
モンペイは苦笑いをすると、スルト様の親衛隊を並ばせた。
「明日、もう一度、礼をさせて頂きたいが、今は助けて欲しい」
皆が頭を下げると、パーティの責任者である美しい男が頷いた。
「分かりました。……しかし、ファリアスの騎士の命は保証出来ませんが、いいのですか?イグニート」
◇◇◇
ファリアス・バンデロ公爵の死去が伝えられたファリアス城内では、新しい領主となるであろう、次男キローガが騎士を集め、逃亡したマルス魔導師をバンデロ公爵閣下殺害容疑で追うよう命じた。
しかし、騎士団長クリストスは、その時の状況から、マルス魔導師のバンデロ様殺害はないと考えていた。
何故なら、バンデロ様の護衛騎士の死体が地下牢で見つかったからだ。
地下牢にはその時、カストロ公爵より処分命令の出ていた勇者パーティ離脱者、ミミの仲間だけが入っていた。
確かにマルス魔導師が、ミミやその仲間と一緒にいる所は目撃されており、ミミの仲間となっている可能性が高い。だがバンデロ公爵の護衛が何故、その地下牢で殺されていたのか。
理由など、考えなくても分かる。バンデロ公爵の頭を牢獄へと引きずった跡が、廊下に赤赤と残っていたのだから。
首を抱えた敵を、我らが騎士が地下牢まで放っておく訳がない。即ち、運んだのは我が国の権力者。そして、護衛騎士が全て殺されたというのに、たった1人で地下牢から生きて戻って来た人物。ハガル魔導師が犯人だろう。
我が部下である護衛騎士は、口封じの為にハガル魔導師に殺されたのだ!
その人物、ハガル魔導師は今、キローガの後ろで、何がおかしいのかニヤニヤとこちらを見ている。私が不審を抱いているのが分かっているのだ。
これは、疑うな。従え。という事。
従わなければ、我々の命はないかもしれない。ハガル魔導師は邪魔者に容赦はしない。
更に言えば、キローガ様は既にマルス魔導師を犯人だと公開している。反論すれば、反逆者として処分されてしまうのだ。
「逃走場所は分かってるのだろ?ハガル」
キローガ様が首を後ろに回した。
「ええ。犯人は1人ではない。あの人数だ。転移するにも限界があるだろ?まだ領内にいるよ。そして、ファリアス領内から逃げようと考えている。ならば、場所は1つ。スルトの洞窟だね」
「スルトの洞窟?聞いた事が無いな」
「冒険者なら誰でも知ってるよ。レイハルトへの抜け道さ」
ハガルの言葉に、キローガ様は立ち上がった。
「何!?抜け道だと!?我が国の武力がレイハルトに漏れていると言うことか?」
「その通り。ご聡明であられる。」
ハガルはニヤリと笑った。
キローガ様はふむ、と鼻の穴を吹き広げ、我々に向き直った。
「では、逃走中の輩諸共、そこを潰すのだ!皆殺しでも構わんぞ!!」
「団長は、本当に犯人がマルス魔導師だとお思いですか?」
移動中、最も信頼出来る部下の1人が馬を寄せてきた。クリストスは曖昧に首を振った。
「恐らくマルス師ではないだろう。だが、違うと言ったところで、何も変わらない。我々はただ、言われた事を迅速にこなさなければならない」
部下は怒りを露わにする。
「私は騎士団に入ったばかりの頃、マルス師に大層お世話になりました。若い騎士は違うかもしれませんが、我々騎士団は、マルス師に育てられたのですよ?!」
「私がそれを知らないとでも?」
クリストスは手網をきつく握りしめ、歯を食いしばっていた。自分の不甲斐なさに胸が張り裂けそうだった。
部下はクリストスを見て、頭を下げた。
「失礼致しました」
「お前達が出来ないのであれば、私がマルス師を取り押さえよう。私にはお前達の命を守る義務があるからな」
「申し訳ありませんでした……騎士団長」
しかし、スルトの洞窟と言われた場所に来てみれば、入り口など何も無い。……と、冒険者が川の中から次々と這い出て来るじゃないか!
「入り口を押さえよ!」
クリストスが川底に扉を見つけた時、嫌な予感がした。
キローガ様が出した兵は300。しかし、この狭い扉だと、洞窟に入った途端に叩かれてしまう。
だが、我々は勢いに任せ、中へと突入するしかなかった。何故なら、我々に気が付いた冒険者らが、扉を閉め始めたからだ。
「直ちに突入しろ!!」
重装兵を中心に部隊を投入していく。最初は扉を閉めようともがいていた冒険者らも、我々の数を知るや否や、諦めたのか、扉はそのままに、逃走し始めた。
我々の目的は、マルス魔導師。逃走する冒険者はそのままに、我々は突入を急いだ。
中は恐ろしく大きな洞穴だった。洞窟の中だというのに、村と呼べるものまで出来上がっている。
突入部隊は、冒険者の反撃にあい、激戦中だった。しかし、我々には優秀な魔術師がいる。
「撃て――!!」
クリストスの合図で火の玉が村へと放たれた。
……美しい場所であった。
そう後世に語り継ぐ為、その場所を目に焼き付ける。冒険者は千々に散り、一気にこちらが有利となった。……しかし、それもつかの間。
奥の方から、スルトと思われる巨人が飛び出してきて、騎士団を蹴散らし始めたのだ。
更に悪い事には、洞窟の中央を走る川の水位が上がり、村が浸水し始めた。村だけじゃない。洞穴全ての足場が少なくなりつつある。
「スルト様――!先に大岩を除けてくだせぇ――!!」
これにはスルトもまいったのか、川の下流へと駆けて行った。恐らくそこがレイハルトへの道なのだろう。冒険者も続き、我々は、一気に追い立てた。
しかし、その直後、撤退したと思われた戦力が、しっかりと補われている事がわかった。
奥にある最も豪華である建物の中から、屈強な戦士たちが現れた。見れば、魔導師も従えている。
その中にマルス魔導師の姿も見え、我々は息を飲んだ。
「攻撃しろ!捕まえるんだ!!怯むな!!」
そう言いながらも心が沈むのを抑えられない。
我々はずっと心の底で、マルス魔導師がこの場所にいない事を願っていた。師を知る者はみな、そう思っていたに違いない。
しかし、騎士団の皆にも、守らなければいけない家族がある。ここでマルス師を故意に見逃せば、この先、大切な家族が無事に暮らしてゆける可能性は皆無だ。
ハガル魔導師は気に入らない者は全て、排除する。
我々はそうやって死に追いやられた者たちを何人も見てきた。強要され、我々が直接手を下す事すらあったのだから。
クリストスは、救う事が出来ず、闇に葬ってきた死が、今、自分たちに降り掛かっているのを感じていた。
「行くぞ――!!」
おおぉぉぉ――!!
クリストスは剣を抜くと、先陣を切って突撃した。せめて、部下たちが罪悪感に苛まれないようにと……。
その頃ミミは、お風呂場の壁をよじ登っていた。
ライゾが、ミミは危ないから出るなって、浴室に鍵をかけちゃったからだ。
「ミミ、そんなとこから何処に行くつもり?」
イースが心配してくれる。でもミミには、行かなきゃいけない理由があった。
「ミミは知ってるの!襲って来た騎士様たちが、イグニートと一緒に鍛錬していた人だって事!怪我人も沢山いたし、治さないとイグニートが悲しむと思うの!」
「ミミ、でもせめて服を着て。それじゃ捕まっちゃう」
「警察いないから大丈夫!!」
「……それは危ない人って意味?」
風呂場の壁は湯気で滑る。案の定、ミミは足を滑らせて湯船に落ちた。
「ミミ――!!」
イースが叫ぶ。
すると、盛大に水しぶきを上げ、落ちたミミを心配して、ライゾが敷居をぶち抜き飛び込んできた。
「どうした!ミミ――!」
それから、湯船から救出されたミミは、イースに服を着せられ、ライゾにお説教をされていた。
「いいか?ミミ。お前は人……竜を頼るという事を覚えた方がいい。自分で全てどうにかしようとするな!」
ミミは首を傾げる。
「どうして自分1人で出来る事を、誰かに頼むのか分かりません!」
「お前は相談という事を知らないのか!?」
強い口調に、ミミはビクビクしてしまう。ライゾは眉間を押した。
「……ああ、知らんのだろうな。悪かった。お前は今までずっと、1人でどうにかしないと生きていけなかったんだったよな。だがミミ、それは本来、とても悲しい事なんだぞ?」
ミミは首を振る。
「ミミ、悲しい事なんてなかったよ?何があっても夜になれば、モーリアン様が星を降らせてくれたから!」
「辞めろ。こっちが泣きそうだ……。いいか、ミミ。今、お前は誰かの力になりたくて行動しようとしているだろ?お前はそれが、自分にも向かっているとは思わないのか?」
「ミミに?」
首を傾げたミミに、ライゾは優しく問いかける。
「そうだ。俺たちはお前の力になりたいと思ったから、ここにいるんだ。お前が誰かの力になりたいと願うようにな。……なあ、ミミ。お前の望みを叶える手伝いを、俺たちにもさせてくれよ」
ミミは驚いてぴょこっとした。
「ライゾの望みはミミの望みが叶うこと……なの?」
「ああ、そうだ。さあ、言ってみろ!」
ミミはぴょこっと立ち上がった。
「ミミ、イグニートの国の騎士様を助けたい!」
「ふっ!そうきたか……了解した。最善を尽くそう。お前の願いが叶った時に、共に喜びを分かち合えるようにな!」