13話 悲報
転移先は、元いた場所、ティール爺様の部屋だった。スター状態のライゾは……小さくなってない!青年ライゾはガッツポーズを決めた。
「うっお――!すげぇ、いいタイミング!俺様を褒めるがいい!」
「ヤバい人だったね!フェオとティール爺様は大丈夫かなぁ……」
「ミミ、自分で行動出来るようになりましたね。最近よく喋りますし、頑張りましたね」
「あのね!ユリアスがそろそろご飯だから、連絡したいってさ!」
「会話下手くそかァァァ――!」
その時、バァ――ン!と扉が開き、フェオが入ってきた。
「「フェオ!!」」
「ワシもおるぞ」
「ティール爺様!」
みんなが揃ってる!ミミは嬉しくてぴょんぴょんした。
「アンスール、捕まったと聞いたが、無事で何よりじゃ!」
ティール爺様はアンスールを見て安心したのか、揺り椅子にドカりと腰を下ろした。アンスールは爺様の前にひざまづく。
「ええ、ライゾ達が助けに来てくれましたよ。もしや、ティール様も?」
頷くティール爺様にアンスールは頭を下げた。
「……巻き込んでしまって本当に申し訳ありません」
ティール爺様はふぉっ!と笑った。
「アンスール、謝る事はないぞ。お前さんに何かあれば、それは、竜族全体の危機じゃからの。……しかし、ワシらよりもライゾの方が早かったようじゃな。言いつけは破ったが、良かった……と言うべきか?」
「ええ、確かにライゾの転移がなければ、私とて無事ではなかったかも知れません。しかしライゾ?またミミから魔石を貰いましたね?」
ジャムの鍋をこっそり開けていたライゾとミミは、ビクリと振り向いた。
「いいじゃねぇか!クズだから残してたんだろ?」
「ミミ、魔石よりも、アンスールの方が大事だと思うっ!」
「……ありがとうございます」
アンスールはふわりと笑った。
「アンスール聞いて!でもね、ファリアスの騎士が、私たちに剣を向けたのよ!ティール様が転移石を使ってくれなかったら、私、殺されてたかも!怖かったんだからぁ――」
クネクネと体をよじらすフェオに、アンスールは驚きの声をあげた。
「ティール様に剣を!?……ティール様、ここは早々に移動した方がよいかと。実は我々は地下牢でハガルと遭遇致しまして……」
ティール爺様は眉を顰めた。
「ほう、ハガルが?ワシが眠っている間に、ファリアス領に勝手に入ったという事か?」
「ええ。ハガルはファリアスの騎士を従えていました。ファリアス家に取り入っている可能性があります。ここは様子を見るためにも、1度この地を離れた方がいいかもしれません。ミミ、荷造りを手伝っておあげなさい!」
え?え?今から?と困惑する爺様の前で、慌ただしくアンスールは片付けを始めた。ミミは頷くも、アンスールの腕を引いた。
「アンスールあのね、でもその前に、埋めなきゃいけないものがあるんだよ!」
ミミはそう言うと、フェオが片付けようとしていたタライに、ついさっき拾った頭をゴトリと出した。
「イヤァァァァ――!」
フェオが、めっちゃ叫び、みんなが振り向いた。
「ぬあ!?」
「ミミ!?」
「ぎゃぁぁぁぁ――!!ミミ!何てものを持ってきたの!?」
驚愕するみんなに、ミミは頑張って説明した。
「あのアブナイ人、この人を投げたんだよ!ミミ、埋めてあげないと可哀想だと思って持ってきたの!」
アンスールは頭を抱えた。
「ミミ……。凄い、としか言いようがありませんね。しかしその落ち着きよう、この様な死人を見るのは初めてではありませんね?」
そっとタライに布をかけるアンスールに、ミミは頷いた。
「うん!教会の地下に戦いのプロ集団がいてね、いつも死と隣り合わせの決闘をしていたの!ミミたちはいつも、その人達のお世話をしてたんだよ!」
「そりゃ闘技場だな!カストロじゃ禁止されてたはずだぜ」
ソファに座って、その辺に散らばる本を積み重ねていたライゾが鼻で笑った。
アンスールは呆れたようにため息をついた。
「モーリアン教会……デタラメですね。なるほど、レベルの高い聖女が育成される訳だ。ミミ、事情は分かりましたが、このお方にも御家族がありますよ?」
「バンデロ……。これはバンデロ・ファリアスじゃ……」
気が付けば、ティール爺様がタライの布を取り、その顔を拝んでいた。
「……ワシらを襲ったのは、バンデロではなかったんじゃな……」
その声は涙の気配がした。
ライゾもタライを覗き込む。
「ああ、本当に……俺に転移石を作れと煩く付きまとってた、ファリアス領主じゃねぇか。見た事あると思ったぜ」
爺様は両手で顔を覆い、頷いた。アンスールは、労るように爺様の肩を叩くと、ピアの方を向いた。
「ならば、イグニートに父親の悲報を知らせなくてはいけませんね。ピア。頼めるか?」
「了解よ。ミミ、保存する為にも、もう一度バンデロ様をボックスに仕舞って。イグニートも会いたいでしょ?」
ピアはくるりと回ると、虚空に消えた。
イグニートのお父さん……。
ミミはイグニートを想いながら、両手を組んで祈りを捧げると、バンデロ様をアイテムボックスに仕舞った。
その時、フェオが何かを感じ取ったのか、ブルりと身震いをした。
「いやん!何か来るっ!!これ絶対ハガルの気配よ!!アイツ、擬態してても匂いでわかるもの。すぐに逃げましょ!」
アンスールは慌て始める。
「ミミ、急いで支度を!……ティール様、今はハガルと戦う訳にはいきません。この領土で何が起こっているのか、しっかりと、見極める必要があります。急ぎ離脱を」
しかしティール爺様は俯いたまま首を振った。
「ワシは長年暮らした家を離れとうない。ここでハガルを足止めしようぞ」
「ダメ!!」
ミミはティール爺様の手を引いた。
「ミミ、お爺様の物、全部、持てるよ!だから、一緒に行こう!」
ティール爺様はここでようやく顔をあげて、微笑んだ。
「……優しい子じゃの。しかし全部を持っていく事は……お?まさか!……凄いの!触るだけで仕舞えるのか?」
ミミはティール爺様の前で、どんどん荷物を消していった。椅子にテーブルに本にジャムの鍋……。ティール爺様は顔を輝かせて立ち上がった。勿論ミミは、爺様の座っていた揺り椅子も、クッションごと消した。すぐに部屋は空っぽになった。
「お片付け、終わったよ!!」
胸を張ったミミに、ティール爺様は涙を忘れ、両手を広げた。
「……まじか。ジジィ、感激の抱擁!!」
アンスールがミミを引き寄せた。ティール爺様の腕が虚空を抱く。
「ライゾ!何人まで行けますか?」
「全員連れて行くぜ!距離は出ないが、逃げ場のないここよりかはマシな所に連れていってやる!今日は調子がいいから、大舟に乗ったつもりでいろ!!」
きゃあ!とフェオがライゾの腕に絡まった。
「ライゾーちゃん!いきなり頼りがいのある男になったわねっ!!」
「そうか?……へへっ!ほら、ジジィ掴まれ!アンスール!ミミを!」
アンスールはミミを抱える様に抱きしめると、ライゾの肩を掴んだ。
――転移!!
◇◇◇
ここはイースリット東のダンジョンの中。ミミの存在を感じながらの討伐は、驚く程順調に進んでいた。しかし……。
「イグニート、大丈夫か?」
ピアの消えた虚空を見つめるイグニートに、リオンは声をかけた。もっと気の利いた言葉があっただろう。だけど、突然の訃報に、リオン自身もかなりのショックを受けていた。ファリアス領は、これから大変な局面を迎えるだろう。
「少し1人にさせて欲しい。リオン、ミミに買っておいたクッキーを渡しておいてくれ」
暗がりに消えるイグニートの背中にリオンは頷いた。この辺りの魔物は全て倒したはずだ。少しなら離れて大丈夫だろう。
「イグニート、遠くに行くなよ。はぁ……こんな時はミミが側にいてくれたら、と思うよ。喜んでクッキーを食べる姿が見たかったな」
ミミはいつでも楽しそうだった。
ふと、リオンは時計花の横にちょこんと座り、うとうとと体を揺らすミミを思い出した。
あの時の俺は、何故、見ているだけで胸がいっぱいになるのかと、疑問に思っていたものだ。あの時、どうしてミミを抱きしめなかったのだろうか……。今では後悔しかない。
「ねえ!どうしてミミなの?あのクッキーって私の為に買ったんじゃなかったの?」
今、時計花の横に座るのは、聖女テスリナだ。その腕はしっかりとユリウスの腕に絡まっていた。……生贄だ。
「いや……そう!お供えみたいなものだよな!」
ユリアスが適当に、誤魔化してくれた。ありがたい。
「お供え……なにそれ。テスリナ、もうあの子の事は忘れていいと思いますわ。あの子死なないし、適当に何処かで生きてるわよ!」
「適当に……か」
確かにミミ位の歳でも1人で生きていく事は可能だろう。ただし、ミミほどの容姿であれば、本人の望まない生になる確率の方が高い。ミミをおもちゃとしか考えてない彼女にとっては、ミミがどうなろうと、どうでもいい事なのだろう。
「それより、テスリナ、ユリアス様の事がもっと知りたいですわ。カストロ騎士団では、その剣の腕で大変ご活躍をされたと聞いておりますわ。それなのに今は弓と短剣とは……勿体ないですわ。テスリナ、今度お父様に、ユリアス様に映える素晴らしい剣を用意する様、お願い致しますわ!」
ユリウスの拳が強く握られる。限界の様だ。ユリアスはテスリナの腕を振りほどくと、立ち上がった。
「テスリナ、そろそろ寝る時間じゃないのかい?毛布を、出してあげよう」
それでも優しい言葉をかけられるユリアスは凄いと思う。
「まあ!ユリアス様もアイテムボックスをお持ちなのね!素晴らしいですわ!!」
テスリナは立ち上がると、再びユリアスの腕に絡まった。ユリアスはため息をつく。
「うん、まあね。もっと早くに持ちたかったけどね。……そうすれば、クッキーだけじゃなくて、もっと美味しいものも、幾らでも食べさせてあげられたのにな」
宿屋では何が怖かったのか、ミミは食事に手を伸ばす事すら出来ていなかった。ユリアスも気にしてたんだな。
「ミミ、ちゃんと飯、食わせて貰ってるだろうか……」
リオンの呟きに、ユリアスも同調した。
「アイツら、人外だし……心配だよな……」
「またミミ!?」
テスリナは頬をふくらませた。
◇◇◇
ここはマルスの丘より南に下った草原地帯。ファリアス領、最南端の地だという。
本当は転移でファリアス領を抜けたかったらしいけど、スター状態のライゾの魔力も底を尽きた様で、全員をここまで転移させただけでも快挙だと、ライゾはめっちゃ褒められていた。……ちっちゃくなってたけど!
ここまで来れば暫くは安全だろう。ミミたちは、神殿っぽい建物の廃墟を見つけ、野営する事にした。
「ミミ――!!クッキー貰って来たわよ!って、豪華な食事ね!」
ピアが戻ってきた時には、ミミたち一行は星空の下、人数が増えた分だけ賑やかに薪を囲んでいた。
少しだけ前世の料理の記憶のあるミミが、イグニートの調味料を借りて味付けをしたおかげか、いつものスープも美味しくなり、皆の顔にも笑顔が戻っていた。
「これで魔石があれば最高なんじゃがの……」
クッキーを貰って飛び跳ねるミミの横で、ティール爺様がボソッと呟くのをミミは耳にした。
やはり竜のご飯は魔石なのだ!ミミはティール爺様の横に座って、そっと抽出器で作った結晶を差し出した。
「あの……よかったらこれ……」
「ミミ……これは!!」
途端に爺様が元気になった!
その声も50歳くらい若返った感じだ。ミミは嬉しくてぴょこぴょこした。
「爺様が元気になった!!」
みんなも驚いたのか、爺様の手の中を覗く。
「まあ凄ォ――い!こんな純粋な法石は見た事ないわ!」
「ミミ、これはどうしたのですか?」
嬉しくなったミミは、抽出器を出して結晶を作って見せた。
「ミミ、みんなのご飯をつくりたかったの。でも、全部これになっちゃうみたい」
ティール爺様が、ふむ、魔石か!と頷く。
「ミミ、魔石と法石は元は同じ物なんじゃよ。法石に闇の力が宿った物を魔石と言うんじゃ」
「じゃあ、これも魔石になるの?」
「闇に晒され続ければ、魔石となる。多少、時間はかかるがの」
「ジジィの多少は、人間で言う10年位だよ!」
ライゾの補足にミミは肩を落とした。
「これは皆のご飯にはならない?」
ティール爺様は顎に手をやる。
「……分からんの。法石は大変貴重じゃ。口に入れるなど考えもせんかった」
「ミミもルーン石が貴重だと言う事は知っているはずです。ルーン石はすなわち、法石にルーンを刻んだ物ですから」
アンスールの丁寧な説明に、ミミはなるほどと手を打つ。すると、フェオがミミにウィンクをした。
「ミミ。法石はね、星の欠片の近くでしか取れないのよ!だから、私、星の欠片を人間に渡したくなかったの。だって、アイツらが強くなったら、私たち、襲われちゃうじゃない?」
そうか!だからフェオは、ミミに星の欠片をくれたんだね!
「しかし、何故ミミの石ころから法石が出来るのでしょうか……」
アンスールの問いには、ミミの肩に止まるピアが答えてくれた。
「あら?気付かない?ミミの拾う石には法力が込められているのよ!」
アンスールは思案顔だ。
「ああ、精霊には我々の感じられないものも見えるのでしたね。私にはあまり感じられませんが、ミミの石ころにはそんなに沢山の法力が込められているものなのですか?」
「ええ、明らかに多いわよ!ミミにはきっと見えてるのよ!ね?」
アンスールはミミの両肩をガバリと掴んだ。ピアが驚いて転げ落ちた。
「ミミ!あなたには法力が見えるのですか!?」
「分からないです!ごめんなさい!」
びっくりして謝るミミに、ゴロンと横になった少年ライゾが手を上げる。
「おい!ずっと普通に見えてる物が法力かどうかなんて、分かるわけねぇだろ!」
ライゾに言われ、アンスールは慌ててミミを離した。
「ああ、怖がらせてすいません。興奮し過ぎました。ミミ、もう大丈夫ですよ。ただ、羨ましかっただけですから」
涙目のミミの頭をアンスールは撫でてくれた。ミミは、アンスールに抱きついた。
「でも何となくわかるわぁ。ミミの目には、この世界はとても美しく映っているのよね?」
フェオの優しい声に、ミミはコクリと頷いた。
「うん!あのね、ここにある石もお花もみんな、お星様みたいに輝いてるよ!!」
眠そうだったライゾの目が輝いた。
「ほぉ――。それって普通か?」
「ううん。この場所は他のところよりもずっと綺麗よ!!」
ライゾは飛び起きた!
「マジか――!!ミミ、採取するぞ!一攫千金だ――!」
「お――!!」
「ミミ、ほどほどにね……」
この世界はとても綺麗なの!
「イグニートと、イグニートのお父様にも届きますように」
ミミはそう祈りながら、柔らかな光を湛えた小さなお花を星空に掲げた。