10話 竜との誓約
「ミミは余程疲れていたようですね。しかし、これで話が出来るな。ちょうどいい」
水色の髪をした少年と共に、銀糸の髪をなびかせながら坑道の横穴へと入って来た男に、リオン達はミミを抱えたまま警戒した。
「私はアンスール。今現在ミミとパーティを組んでいる者です。ミミの前で戦いたくはありません。お前たちもそうなのでは?」
しかし、そう言いながら、アンスールがおもむろにアイテムボックスから薪を出し、野営の準備を始めたので、リオンたちは武器の側で戸惑っていた。
「ライゾ!」
「ハイハイ。火だろ?」
青い髪の少年は、瞬きをした一瞬の隙に薪に火をつけて、リオンたちの前で薪の番を始める。
アンスールはここで、リオンの方に来ると、何処からかブランケットを取り出し、リオンに抱き抱えられたままのミミへと手を伸ばした。
「ここは寒い。ミミに防寒具も与えない人間に任せる訳にはいきませんね」
だが、リオンはミミを離したくなかった。この気持ちがどういうものなのかは分からないが、腕の中にいるミミが、ただひたすらに愛おしくて堪らなかったからだ。だから、思わず子どもの様に言い訳をしてしまった。
「ミミには沢山の装備や日用品、食べ物も持たせていたんだ。なのに、何一つ使わなかった様だ。家族の様なものだから、遠慮は要らないと言ったのに」
「家族を知らぬ者に家族を語ってどうするのです?態度で示すべきでしたね」
アンスールの反撃にリオンは苦い顔をすると、仕方なくミミを差し出した。
アンスールは泣き疲れたミミを受け取ると、優しくブランケットに包む。そして「フェオ、擬態を解きなさい」と静かに後ろの男?に声をかけた。
途端に綺麗な女性?の姿が、大きな竜へと変化した。
流石に驚いたリオンたちだが、その体が出口を塞いでしまった事に気付き、諦めた様にため息をつくと、警戒を解いた。
アンスールはフェオのフサフサの毛の中にミミを優しく置くと、今度は鍋を取りだし、湯を沸かし始めた。
「我々が何者か気が付いているのでは?」
アンスールは夕食を作るつもりなのか、野菜や肉を適当に鍋に放り込んでいる。
リオンはミミの横に腰掛け、幸せそうにその頭を撫で始めていた。代わりに、イグニートがアンスールの横に座り、バックパックから何かを出すと、その鍋に入れ、答えた。
「ああ、検討はついていた。まずはライゾ。恐らくは、我が国のシンボルとなった、旅の竜ライドではないだろうか。そしてあなたは知識の竜、アスク。アンスールという名は、人として過ごす時の名だろ?アスクのルーン石は、全てあなたの手による物だと聞いた事がある。そしてフェオはフェイヒューではないか?この街の守り神となった富の竜であり、精霊の王。……あなた達は我々人間の味方か?それとも敵か?」
アンスールはイグニートにスプーンを突きつけた。
「それは、今からお前たちのとる行動で決めさせて貰います。しかしお前たちがこの私、アンスールより先に、フェオに会えた事は、幸運だったと思っていいでしょう。私ならば、お前達を見つけた途端に、食いちぎっていたでしょうからね。私はお前たちが武器を捨てるまで、お前たちをミミを人として扱う事無く置き去りにした、不届き者だと思っていましたから」
ここでようやく安心したのか、リオンはミミから離れると、アンスールの横に座り、顔を覆った。
「俺はミミを守るつもりでパーティに入れた。なのに、今では、もっと上手いやり方があったのではないかと後悔しかない。ミミが生きていてくれて、本当に良かった。保護してくれて感謝する」
辛そうな声だ。
「上手いやり方ですか……それを言うなら、私にも責任がありますね」
リオンに同調する様に、アンスールは急に大人しくしなると、鍋をかき混ぜながら話し始めた。
「今から15年前の事です。私は友人であり、この国の王である男から、生まれたばかりの女の赤子を預かりました。諸侯らの動きが活発になり、王は自分の最期を悟ったのでしょう。後継者を持つことが出来なかった王の最後の願いを、私は断ることが出来ませんでした。……しかし、人間の子は人間に育てられるのが望ましい。女なら尚更だ。そう思った私は、その赤子を、私を祀る神殿の神官に預ける事にしました。神官は、その子を聖女として育てると、私に誓いました。」
「……では、ミミは前王の娘だと言う事か?」
リオンは暗い顔をあげると、目を瞬かせた。
「間違いありません。ミミはしっかりとその証を持っており、その事で、私は目覚めたのですから」
「では、神官が裏切ったというのか?」
離れた所で聞いていたユリアスも、薪を囲むように座った。アンスールはユリアスをチラリと見ると、恐らく、と頷いた。
「我々竜族は前王との誓約で、共に争わぬ事に決めていました。それを取り持ったのはこの私。私はこの国の体制が変わっても、人の我々への友情は変わらないものだと思っていました。だから、ミミを預けると、安心して眠りについたのです」
イグニートがなるほどと、唸る。
「教会はアンスールの姿が見えないのをいい事に、古い信仰対象であるアンスズを祀った神殿を、ミミ諸共処分しようとしたんだな。ミミは幸運にも逃れた様だが……」
「幸運ではないぞ。こいつは神殿の中にある物を全て、自分のアイテムボックスに収めていたんだぜ。お陰で神殿はすぐに鎮火しただろうよ!」
ライゾが面白そうに言うから、リオンとイグニートはため息をついた。
「「さすがミミだな……」」
しかし、ユリアスは頭を抱えていた。
「なるほど、これで話が見えた。父はずっと竜を恐れていた。恐らく、竜王と称えられた前王を殺したからだろうが、恐れるがあまりに、竜をこの国から排除しようと考えたに違いない」
「なんと愚かな!そのせいでどれだけの命が失われたというのか!これまでの勇者パーティだって……」
声を荒らげたリオンに、ユリアスは顔を覆った。
「俺は、到底敵わない相手に部下を駆り立てる事が苦しかった。だから騎士団を逃げ出したんだ。なのに原因が我が一族にあったとは……」
イグニートは辛そうなユリアスをチラリと見ると、更に鍋へと何かを投げ入れ、アンスールに睨まれながら口を開いた。
「恐らくカストロの公爵は、勇者パーティのメンバーとなったミミの事が気になり、神官にその素性を聞く事になったのだろう。神官にとってはいいお払い箱だが、カストロ公爵にとっては、たまったものではない。騎士を総動員してまで、ミミを消そうとした理由が分かったな」
沈黙が続き、鍋から美味しそうな香りが漂い始めた。
アンスールが、そろそろかと鍋を下ろした時、リオンが突然に姿勢を正した。
「アンスール、あなたにお願いがある。ミミを安全な所に連れて行ってくれないか?」
アンスールは皿を並べながらリオンをじろりと見た。
「ほぉ?竜に願い事とは。対価はあるのでしょうね?」
「何が望みだ?」
リオンは真剣な顔で体を乗り出す。
「では、言わせて頂く。我が望みは、我らを生みし竜、天使フラン様に、永遠の眠りをもたらすことです」
「天使フラン?それはおとぎ話に出てくる竜ではないのか?」
眉を顰めたリオンに、アンスールはフン!と鼻白んだ。
「フラン様の事をお前たち人間は、魔王、と呼んでいるはずです。ですがそれは、人が勝手に付けた呼び名。お前たちはフラン様の神聖なる行いまでも歪めてしまったのです。フラン様は今もお前たち人間の生み出す闇を1人で請け負っているというのに」
「知らなかった……すまない」
リオンは、小さく呟いた。アンスールは聞こえただろうに気にすることもなく、何かのスープをリオンに差し出した。リオンがありがとうと受け取ると、アンスールは続ける。
「フラン様は生きている限り、お前たちの生んだ闇に焼かれ続けるでしょう。ですから、その苦しみを断ち切るのは、この先、闇を請け負うお前たちでなければならない」
「俺たちにそれが出来ると?」
皿をよこせと言わんばかりに、ユリアスが体を乗り出した。
「分かりません。ですが、これはミミの願いでもあります」
皿を受け取ったまま、ユリアスは止まり、断れる訳ないよな……と呟く。
真っ先にスープに口をつけたイグニートがそれに頷いた。
「やるしかないだろう。どの道、俺たちは勇者パーティという役目から逃げられない」
リオンはほんの少しだけ思案すると、アンスールを真っ直ぐに見た。
「受ける代わりという訳ではないが、ミミは俺たちのパーティからは外さない。これだけは了承してもらえないだろうか」
アンスールは、ふっと笑った。
「まあ、いいでしょう。……そうですね、我々もかつては神と呼ばれた存在。パーティとやらに入れさえすれば、我々の得た経験値も、メンバーに等しく分け与える事が出来る様に、絆の強化をしてあげましょう。これは私からの祝福。……まあ、その……パーティとやらに、我々も入れるがいい!」
「もう入ってるぞ?」
思い切って言い放ったアンスールの言葉に、ライゾが顔をあげると、おかわりを要求しながら軽く言った。
「なにぃ――!?」
アンスールは途端に、今までの尊厳ある態度を打ち崩した。
「やっぱ、アンスールはちょっと抜けてるよな……」
ライゾの呆れ顔に、アンスールの人となり?が見えたようで、リオンらは苦笑した。恐らくこれが、アンスールの魅力なのだろう。
「ギルドメンバーは互いを傷つける事が出来ない。だから我々はあなたの横に座る事が出来たんだ」
リオンが真面目に説明するのを、アンスールは苦々しく受け止めた。
「根性のある人間だと思っていましたが、そういう事だったのですか……」
「まあ、これもミミが繋いでくれた縁だ。仲良くしようではないか」
イグニートがアンスールに握手を求め、手を差し出した。アンスールは軽く握ると、すぐに弾く。
「これは絆の強化の為です。お前の名を真っ先に聞いてあげましょう。小生意気な魔道士め」
「イグニートだ。食材のチョイスは悪くない。後で調味料を分けよう」
「ユリアスだ。あなたが許してくれるのであれば、私も参加したい」
ユリアスが伸ばした手を、アンスールは握る。
「間違いを正そうとする者を拒むほど奢ってはいないつもりです。そして……その小さき者が我々のリーダーという訳ですか?」
「リオンだ。皆、俺のわがままに付き合わせる事になるが……」
リオンは皆を見渡す。
「俺たちの意思だ。そうだろ?」
アンスールと手を結んだリオンに、ユリアスが真剣な顔でイグニートを見た。
「ああ」
リオンは安心したように頷き合う2人を見ると、食事を持ってミミの側に行った。
「なあ、俺も入ってる事を忘れるなよ!!」
ライゾは寝るつもりなのか、ゴロリと転がり手を振った。
「勿論です、ライゾ。そうですね……フェオ、あなたもどうです?」
アンスールがフェオの前に鍋を持っていくと、フェオはそれを器用に爪で引っかけ、中身を口に流し込んだ。
「ん――私は……どうしよっかなぁ」
爪を口に当て、首を傾げる様子は、可愛らしくもある。
「魔物を食うのを辞めた訳ではないだろう?」
アンスールは空になった鍋を受け取り、ボックスへと消した。
「辞めたわ。だってぇー、久しぶりに教会に行ったら、私とはかけ離れた姿の女神像が崇められてたのよぉ。ストしたくなる気持ちも分かるでしょ?」
「ストライキしてたのか……それで魔物被害があんなに……」
ユリアスが頭を抱える。
「うーん。でも、その可愛い子がキスしてくれるなら、考えてもいいわ!」
フェオはすぐ側にいる、美しいリオンを見た。
「そうか……では、僭越ながら私が……」
イグニートがゆらりと立ち上がるから、途端にフェオはブルりと震えた。
「嫌ァァァ――!何か怖い!」
「ハハッ!イグニート、お前、そんなキャラだったのか……」
ようやくユリアスがいつもの調子を取り戻し笑った。
それぞれの頭の中にピコン!と音が鳴り、皆が頷いた。
フェオは照れた様にモゾりとリオンを見ると、赤茶げた顔を更に赤く染めた。
「まあ、家族になったからには、私も祝福してあげるわ。精霊の王である私は、実は、世界の倉庫の運営もしてるの!ピア、出てきなさい!」
「はぁーい!フェオ様!!」
小さな精霊ピアは虚空から出てくるなり、ミミの鼻の頭にキスをした。そして、可愛らしい羽根をパタつかせ皆の周りを一回りすると、リオンの頭に止まった。
「これが精霊か……はじめまして、だな」
リオンが目だけを上を向け、嬉しそうに笑った。ピアはリオンの頭の上から顔を覗き込み、微笑んだ。
「ピアと申します!以後お見知りおきを!」
フェオは微笑ましい光景に顔を弛めると、可愛く首を傾げる。
「ピア、この人達のアイテムボックスと、ミミのアイテムボックスを繋げてくれる?壊れてる今なら簡単でしょ?」
ピアは、パァァと顔を輝かせた。
「ええ!そうしてくれると、修復も楽でいいわ!」
「頼んだわよ!……ふふ。これであなた達はどこにいても、ピア通じて繋がる事が出来るわね!」
フェオの計らいに、皆の顔も綻んだ。
「ありがたい!」
しかし、フェオは急に顔を曇らせると、リオンに顔を近づけた。
「誰か来たわ。あなた達を探してる」
リオンは慌てて立ち上がると、薪を囲む仲間たちの方へと駆け寄った。
悟ったユリアスが小声でアンスールに伝える。
「今、このダンジョンの入り口の警護は、私に手助けを求めできた俺の部下……いや、ミミに世話になったらしい騎士が、内密に行ってくれている。あなた達を見かけ、ここを教えてくれたのも彼らです。しかし、彼らも騎士団。隠すにも限界があるのです。今、出ていけばすぐに足がつき、追われる。出来ればここから転移して欲しい」
アンスールは頷いた。
「分かった、ライゾ!」
「……やだよ。俺、やっと大きくなれたんだぞ!飛べばまた小さくなっちまうじゃないか」
しかし、アンスールに睨まれ、ライゾはうんうんと頷いた。
「分かったよ!!」
リオンはそれを見ると、アイテムボックスから目立たない色だが、上質な装備とマント、そして使いやすそうな短剣を取り出し、アンスールに押し付けた。
「装備?ミミのか?」
驚くアンスールに、リオンは頷いた。
「ああ。ルーン石も用意してある。ユリアス!」
ユリアスはミミに駆け寄ると、眠ったままのミミの腕に優しくリボンを巻き、その頬にキスをした。リオンが苦笑いをする。
「今、出回っているルーン石は少ない。持っている事を知られれば、命が狙われかねない事を忘れないで欲しい。あと、アイテムボックスに入っているものは全て、使っていいって事を伝えてくれ。……魔王を倒し、勇者の役目を終えた暁には、必ずミミを迎えに行く。だから、ミミを頼んだ!」
リオンの言葉を、アンスールは鼻で笑った。
「ふっ、誰に言っておる!」
「すぐそこに来たわよ!」
フェオは起き上がると皆を急かす。アンスールはミミに駆け寄り抱き上げると、フェオの背に飛び乗った。ライゾも続くと、叫んだ。
「行くぞ!」
次の瞬間、彼らは消えた。
……もう一度、触れておけばよかった。
リオンはそう思った。ミミに再び会えるのは、いつになる事だろう……。
しかし、勇者の役目を終えれば、リオンたちの地位は上がり、ミミを守る事も出来るだろう。
リオンはミミを抱きしめた時の温もりを忘れぬよう、自身の手を握りしめた。
「……そうか、これが愛か」
リオンはこの時初めて、自分の気持ちに気がついたのだった。