8.
――それから、エリオットはすくすくと成長した。
父親似の顔で、父親と同じように素直な感情表現をする、聡明で優しい子に育った。
一度目と同じ、いや、それ以上に思いやりがあり、愛に溢れた子だ。今回は両親共からたくさんの愛情を注がれたおかげに違いない。
「エリオットももうすぐ五歳か。君に離婚したいと言われてからそんなに経つとは、時の流れは早いな」
「ふふ。懐かしいお話ですわね」
昼下がりの午後。
アーサーとセレーナは並んで庭園を散歩をして、前方には元気いっぱいに走り回るエリオットがいた。
「シェイさんから『私のお腹にも旦那様の子供がいるので別れてください』って言われたときのことは今でも鮮明に思い出せますわ」
「……そうか」
アーサーは、先ほどの自分の発言を後悔した。
シェイのことになると分が悪いので、途端に気まずい空気を作っている。
だが、セレーナは別に彼を責めたいわけではなかった。
「あら、そんな顔はしないでください。結局彼女のお腹にいたのは庭師の息子さんとの子供だったわけですし。旦那様も私も酷い目に遭いましたね、という、今なら笑い話にできるお話です」
「本当に……。あれを聞いたときはゾッとしたよ。彼女は、私のことは簡単に言いくるめられるから君さえ追い出せば自分が伯爵夫人になって贅沢な生活を送れ、子供も跡取りにできると本気で思っていたらしい。舐められたものだ」
「邸宅から追い出された後は実家で無事出産されて、生まれた子供の髪色や目の色から誰の子供か判明したのでしたっけ?」
「ああ。彼女の父親から謝罪も含めた報告の手紙が来て、そこに子供の特徴が書いてあったのだ。茶色の髪にオレンジの瞳とな。それですぐ、邸の庭師と同じ特徴だとピンと来た。庭師を問い詰めたところ、庭師の息子がシェイと関係をもったことを話した。まあ、息子自身はシェイの妊娠を知らなかったようだがな」
「その後息子さんはシェイさんのところに行かれたんですよね? 幸せに暮らしていると良いんですが」
「この前庭師が孫に会いに行ったらしいが、息子夫婦は幸せそうだったと言っていた」
「それなら良かったですね」
二人で懐かしい人物を思い出す。
当時は嫌な思い出でしかなかったが、五年も経てば、嫌な気持ちも少しは和らいだように感じる。
「でも、シェイさんは確か前回流産されてませんでしたか? それで傷心のあまり、実家に帰られたような気が……」
ふと、セレーナは一度目の人生のシェイを思い出し、今回と違うことに気づいた。それに対して、アーサーが答える。
「ああそれは……。恐らく、前回は君が産んだエリオットを見て怯んだんだと思う。エリオットはあまりにも私にそっくりだからな。シュトラウスの血は濃く遺伝されるものなのに、シュトラウスの特徴が微塵も現れないとなれば私の子として周りを騙すのは難しい。自分の計画の甘さに気づき、咄嗟に流産したと嘘をついたのだろう。君には言っていなかったが、実際には彼女は流産しておらず、実家で普通に子供を産んでいた」
「ええ!? そうだったのですか?」
「ああ。前回も彼女の父親から聞いたから間違いない。ただ、一族の恥になるから誰にも言わないでほしいと頼まれたのだ。それもあって、君にも言わなかった」
「そんなことが……」
セレーナは驚きで絶句する。
と同時に、軽くアーサーを睨みつける。
「ほんと、つくづく昔の旦那様は秘密主義が過ぎますね」
「す、すまない……」
どこかで一度でも、彼が知っていることをセレーナに話していたら。
そんな彼女の鋭い視線を突きつけられて、アーサーはばつの悪そうな顔をして謝った。