2.
――しかし、セレーナはすぐに意識を呼び戻される。
「ちょっと! 聞いてるんですか!?」
ハッとして、目を見開いたセレーナ。
「まさか目を開けたまま寝ていた訳じゃないですよね!?」
先ほどベッドの上で死んだはずの自分が意識を取り戻し、なぜかソファに座っている。
そして目の前には……昔一度だけ会ったことのある女性。
「…………シェイさん? なぜあなたが目の前に?」
セレーナは頬に手を添えながら、首を傾げる。
この状況の何から何まで、理解が追いつかない。
「それに、今も変わらずお若いようで」
アーサーの幼馴染だというシェイはセレーナと同じ年齢。そして、彼女と最後に会ったのはもう十年も前なのだ。久しぶりに会うというのに、シェイはあの頃の輝きをそのまま放っていた。
シェイは幼馴染という立場を利用して、頻繁に邸宅へ出入りをしていた。しかし、結婚した男性のところへ頻繁に会いに来るのは些か問題である。
そのため、一度セレーナからアーサーに釘を刺したことがあったのだが、アーサーには響かず、その後もシェイは何食わぬ顔で邸宅に訪れていた。
それを見たセレーナは、自分は二人の関係には口出しできないのだと悟り、諦めていた。
そんな彼女が十年ぶりに会っても若く美しい姿なので褒めたものの、彼女からの返答は予想外だった。
「……? 私が奥様と話すのは今日が初めてですが?」
「え? ……私たち、十年以上前に会っているでしょう?」
「一体何の話ですか?」
今度はシェイが首を傾げた。
本気で心当たりがなさそうな顔をしている。
そこでセレーナは更なる違和感に気付いた。
……お腹が出ている。自分の。
このお腹は、エリオットを妊娠していたときに見ていたものだ。
(一体何がどうなっているの? なぜ私はまた妊婦に――)
「まあとにかく。私が言いたいのは、奥様には離婚していただいて、その座を譲って欲しいということです」
混乱しているセレーナとの噛み合わない会話は一旦切って、シェイは無理やり本題へ戻した。
「離婚……?」
「今、私のお腹にもアーサーの子がいます。この子こそ、シュトラウス家の後継となるべきなのです」
そこでふと、セレーナは思った。
この会話には覚えがある。
シェイのふてぶてしい態度。それから、こちらも妊娠しているというのに自分が妊娠したから夫人の座を明け渡せという謎の言い分。
「……話がよく分からないのだけれど」
「アーサーが愛しているのは私です。彼も、政略結婚で無理やり作らされた子より、愛する私との子を後継としたいに決まっています!」
「……旦那様と、いつから?」
「奥様がここにいらっしゃる前からです」
(ああ、嫌だわ。一言一句同じじゃない)
この日のことを、セレーナはよく覚えている。
何度も何度も夢に見ては、悪夢のような現実に苛まれてきたのだ。
こちらが発した言葉も、あちらから出てくる言葉も、全く同じ。
間違いない。
セレーナが唯一本気で離婚を考えたあの日が、再現されている。
(再現……というよりは、私の意識が過去に戻った、という感じかしら? だって私、死んだわよね?)
手の感触は紛れもなく本物。
念のため軽く、スカート越しに自分の太ももをつねってみたが、痛みもある。
これが夢でなければ何なのか?
死んで、魂だけ十年前に戻ってきた――いわゆる『回帰』をしたということだろうか?
肯定的に捉えるならば、神様がくれた二度目の人生……とか?
(だとしたら、もう少し前に戻してほしかったけれど)
何も一度目の人生で一番最悪だった日に戻さなくても、とセレーナは残念がった。
十年前、セレーナはお腹の子のためを思って離婚は思いとどまった。しかしその代わりに、シェイを離れに住まわせていた。
本心は邸宅から即座に追い出したい気持ちでいっぱいだったのだが、この時アーサーが留守にしていたため、精一杯理性を働かせて踏みとどまった結果だ。
アーサーの子を妊娠しているという彼女を、セレーナの独断で無闇に追い出して後々面倒なことになっても困る。追い出すにしても、アーサーの許可を取る必要があると判断したのだ。
そんなことを思い出しながらも脳裏に浮かんだのは、離婚しなかった後の末路。
どうせ夫婦仲が改善されないのなら。
あんな最期を迎えてしまうなら。
……いっそ今、離婚した方が良いのでは?
「私と結婚する前からこれまでずっと、旦那様とそのような仲だったと?」
「ええ」
シェイはふふん、と勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
どれだけ愛し合っていても結局夫人の座についているのがセレーナなので全くもって勝ってはいないのだが、シェイにとっては、アーサーから長く愛されていることが自慢なのだろう。
(二度目ともなると、驚きも動揺もないわね……)
自身の冷静さに、セレーナは感心する。
そして、冷静だからこそ出せる決断もあるというものだ。
「……分かりました。離婚しましょう」
今度はセレーナが勝ち誇ったような笑みをシェイに向け、アーサーとの離婚を宣言したのであった。