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1.

短編を書いてたら思いのほか長くなってしまったので、区切って投稿します!

約2万字の全9話です。

よろしくお願いします(*^-^*)

「……それは、私の子か?」


 テーブルをはさんで向かいに座っているのは、アーサー・シュトラウス伯爵。


 セレーナが彼と結婚して約一年。

 ようやくお腹に子が宿り、夫に嬉しい報告ができると思っていたところ。それなのにまさか、そんな言葉が返ってくるとは思わなかった。


 たとえ彼が『白銀の氷騎士』という異名を持つ、無表情・寡黙・冷血漢という三拍子揃った男性(ひと)だとしても。

 戦場では無慈悲な姿を見せる騎士団長様でも、自分の子ができたと聞いたときくらい、多少は顔を綻ばせてくれるかと思った。

 ……だが、そんな様子は皆無。

 むしろこちらの不貞を疑ってくる始末。


 セレーナは、ふう、と一息小さく吐いて、アーサーに聞き返す。


「旦那様は、私が浮気をしたとお思いですか?」

「……いや。そういう訳では」

「ではどういう訳でしょう? 私は、旦那様以外とそのような行為はしておりませんわ」


 部屋の空気は一気にピリついた。


「…………そうか」


 アーサーからは、その一言しか出てこなかった。

 どんなに待っても、それ以外の言葉は出てこない。


 彼にとってはその程度……いや、むしろ子供は欲しくなかったのかもしれない。


 セレーナはこのとき、父親の分も自分がこの子に愛情を注いであげようと心に決めたのだった。



 ――それから十年後。


 最悪の空気で妊娠報告をしてから八ヶ月ほどで、セレーナは無事に男の子を産んだ。

 生まれた子には「エリオット」と名付け、もう九歳にもなった。

 輝く銀髪とブルーサファイアのような青い瞳を持って生まれて、アーサーによく似た顔立ちをしている。だけど、アーサーとは違ってよく笑う優しい子に育ってくれた。


「母上、無理しないでくださいね」

「大丈夫よエリオット。ありがとう」


 このところ体調があまり良くなく、静養しているセレーナの元へエリオットが見舞いに来ていた。


 しかし、夫であるアーサーはこれまで一度もセレーナの見舞いに来たことがない。

 彼の場合、戦場に赴いていて家にいないことが多いということもあるが、家にいたとしても見舞いに来ないのだ。思い返せば、セレーナがつわりで苦しんでいたときも、労りの言葉すらかけたことがなかった。


(つくづく、この子には救われてばかりだわ)


 これまでどんなに辛いことがあっても、天使のような息子の笑顔を見れば癒される。

 セレーナにとって、エリオットは唯一の心の支えになっていた。


「……父上も呼んできましょうか?」


 エリオットなりに気を遣ったのだろう。

 夫婦仲が冷え切っている様子を息子に見せてしまっていることも、こうして気を遣わせてしまうことも申し訳ない。


「いいえ。私はあなたの笑顔が見られるだけで十分よ。私の可愛いエリオット」


 セレーナはエリオットの頬を、痩せ細った手で優しく撫でながらそう言った。

 母から愛情深い眼差しを向けられたエリオットは、嬉しそうに微笑み返していた。


(ああ……神様。どうかこの子の未来をお守りください。私の短い命でよければ差し上げますのでどうか……)


 無理やりにでも笑顔を見せて、息子に心配かけまいとしていたセレーナだったが、実を言えば、このとき体はほとんど病に侵されていた。


 薬で多少痛みを緩和することはできても病の完治は難しいだろう。

 そう、医者にも匙を投げられた状態だった。


 このことを知っているのはアーサーだけ。

 まだ幼いエリオットには告げないことにしたのだ。


 ……つまりアーサーは、妻の命がもう長くないことを知りながら、それでも見舞いに来ていないということになる。


(特別期待はしていなかったけれど、まさかこんな扱いを受けるなんてね。彼にここまで嫌われるなんて、知らない間に何かしてしまったのかしら? ……まあ、今更考えても仕方ないことだけれど)


 日に日に体が弱っていき、ベッドから起き上がることも難しくなる中、セレーナはそんなことを考えた。

 エリオットのおかげで幸せな余生を送れはしたが、それでも夫婦仲には遺恨が残る。


 ……もしもあのとき、彼と離婚していたら?


 まだエリオットがお腹の中にいた頃、お腹の子のためにと踏みとどまったが、一度だけ。セレーナは本気で離婚を考えたことがある。


 アーサーとセレーナは、貴族によくある政略結婚だった。

 お互いの顔は釣り書きでだけ見て、実際に会ったのは婚約が決まってから。

 だから、たとえ彼から愛されずとも、貴族の結婚はそういうものなのだと腹を括っていた。それでも、離婚するべきかと考えさせられたことが一度だけあるのだ。



「母上、嫌です! 僕を置いていかないでください!」


 ぼんやりと意識が遠のく中、頭にはエリオットの叫ぶ声が響く。


(ああ……本当に、死ぬのね私)


 もはや息子の頬を撫でる力も残っていないことに気づき、セレーナは自分の死期が来たことを悟る。


「エリ、オット……」

「母上!」

「父上を支えて……優しい、立派な大人に……なるのですよ」


 掠れ声になりながら最後の一言をエリオットに残し、セレーナはゆっくりと目を閉じた。

 そうしてセレーナは、三十歳という若さでこの世を去ったのだった。

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