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ホラー短編シリーズ

妻から聞いた話

作者: リズ

 私の妻は介護士として介護施設で働いている。

 お年寄りの方を相手に仕事をしている手前、様々な出会いがあり、そして突然お別れしなければいけなくなる。

 そんな職場なのだそうだ。


 大変な仕事だよなぁ。


 介護士でない私の、妻の仕事に対する感想はこんなものだ。

 

 まあ、私の事は良い。

 今回の話には関係ないからね。

 

 ともあれ妻と一緒に過ごしていると「今日職場でこんな事があってさあ」という滑り出しから妻の職場での愚痴が始まる事があるのだが、その日は愚痴とは少しばかり話の内容が違った。


 人の死が起こりうる職場故に怪談話によく聞く現象。所謂、怪奇現象らしき物に妻は遭遇したと言うのだ。

 

 夏といえばホラーだよなあ。


 ホラー好きな私の為に話を考えてくれたのだろうか?

 などと思いながら私は冷えた麦茶片手に妻の話を聞いていた。


 お亡くなりになった方の部屋からコールが鳴っただの、廊下の電気が明滅するだの、勝手にトイレの扉が開くだの。


 割と聞く怪談話だったし、妻もその話をし始める前に「病院にありがちな怪談話しみたいな物だけど」と前置きしていた。


「業者の人呼んで見てもらっても、故障とかは無かったんやけどなあ」


 こんな話をしている妻だが、霊感などは本人曰くまるで無いし、なんならそういった霊現象、怪奇現象の類は全く信じていない。

 

 この科学の世の中にそんな物が在るはずもない、という思想の持ち主というわけでは無い。

 どちらかと言えば「例え霊がいるとしても、私が信じていないからそれは居ないのと同じ」という考えらしい。

 

 頼もしい妻だ。


 そんな妻が「あ、でもアレだけはホンマによう分からん現象やったなあ」と思い出したように話を再開した。


 以前働いていた別の介護施設での事らしいが、その日妻は同僚2人と夜勤をしていたそうだ。


 時折起こる誰も居ない部屋からのコールや、廊下を横切る白い人影に妻は「またか」と思いながらコールの鳴った無人の部屋に行ったり、見えた白い人影を追いかけていったそうだ。


 同僚には「先輩には無視して良いって言われてるのに良く見に行けるね」と言われたが、妻は「いや、普通に誰か徘徊してるかも知れんやん?」と言いながらその日も怪奇現象に付き合わされていた。


 妻からしてみればいつもの事、夜勤も順調にこなし、利用者の方に異常は無く。

 徘徊しているご老人もいなかったそうで、妻と同僚の方は交代で仮眠を摂る事にしたのだとか。


 しかし、妻が仮眠室でウトウトし始めた頃。


「ごめん! ちょっと起きて!」


 と、同僚の方に体を揺すって起こされたらしい。

 話を聞くと、見回りに行ったら人の居るはずのない食堂から話し声が聴こえてくる。

 怖いから一緒に確認してほしい。との事だったので「誰か起きたんかな? 真っ暗やのに危ないなあ」と消灯して非常灯しか灯ってない廊下を懐中電灯片手に2人で食堂に向かったのだそうだ。


「電気点けんかったんか?」


「夜間は基本的に消灯しとかなあかんからなあ、その光で目を覚ます利用者さんもおるし」


 私の言葉に妻は応えると、再び体験談の続きを話し始めた。


 結局、食堂に人影は見当たらなかった。

 しかし、確かに話し声は聞こえる。

 話し声というより、妻には一方的に何かを語り掛けている様に感じたらしい。


 この時既に、同僚の方は腰を抜かしたのか出入り口の扉から動けなくなっていたそうだ。


 だが、妻は物怖じせずにいつもの調子で食堂に入っていった。

 その声に聞き覚えがあったからだそうだ。


「なんや、ラジオやん」


「え? なんやあ、ラジオやったんかあ」


 妻の言葉に同僚の方も安心したのか、食堂に入ってきてそう言うと「もう、びっくりしたわあ」と笑ったらしいが、ラジオの声を聞いた途端、同僚の方は顔を蒼くし声を震わせて言ったらしい。


「え? 待って? なんでラジオ体操流れとるん? まだ夜中の2時くらいやで?」

 

 今もやっているのだろうか。


 子供の頃、夏休みの早朝に聞いたあのラジオ体操の音声と音楽が小さく流れていたそうだ。


「あー、あれやん。CDに録音したやつやん」


 妻の話しだと施設内では激しい運動が出来ない為、時折1番広い部屋である食堂でラジオ付きのCDプレーヤーを使い、ラジオ体操をしていたという話しだった。


「なんや、そういうオチかいな」


 私の言葉に妻は首を横に振る。


 CDプレーヤーにせよラジオにせよ電源が無ければ音は流れない。

 妻はラジオ付きのCDプレーヤーの停止ボタンを押したが、反応せずに音は流れ続けていたそうだ。


「なんや、故障か? ごめん、電源コード抜いてくれん?」


 妻の言葉にコンセントの位置に近かった同僚は頷き、コードを懐中電灯で照らしたが、電源コードはコンセントに刺さっていなかった。

 

「電源、刺さってへん」


 同僚の言葉に妻は「ほな電池か」と思ってCDプレーヤーの電池カバーを外したが、そこに電池は入っていなかった。


 こうなると流石に妻も混乱したらしい。

 

「嫌、流石にコンセントも繋がってないし、電池も入ってないのはお手上げやと思わん?

 なんならCDも入って無かったわ」


「マジか、それ結局どないしたんや?」


「いやまあ、爆音で音流れとるわけじゃなかったからなあ。タオル乗せて音聞こえんようにして仕事に戻ったわ」


 その後、夜勤が終わる前に妻は気になって件のラジオ付きCDプレーヤーを見に食堂に行ったらしいが、音は止まっていたそうだ。


 今もそのラジオ付きCDプレーヤーはその介護施設にあるのだろうか。


 転勤したから分からん、妻はそう言って笑って話を終えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 流れて来るのが4時間の時差で流れるラジオ体操で、それをタオルで隠して気にしないってところが、いかにも現場感があって、ユニークな話でした [一言] 中国古典の怪奇物語(聊斎志異を除く)に収ま…
[良い点] 奥さん強い、頼もしいっ でも何か怖さが少し残って良かったです 夫さんも知りたい事つっこんでくれて、読みやすかっです
[良い点] コンセントが入っていなくて電池式という訳でもないのに音が鳴るとは、不思議ですね。 危機的な状況ではないけれども、理屈では説明出来ない奇妙な現象が起きている。 本作における奇妙な現象は、まさ…
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