特別編 第4話 下界旅行四日目〜水の街エルチェ〜
下界旅行四日目。マリアとエリーは沢登りを終え、夜の湖を見たあと、マラガの宿に戻っていた。そして、その次の日の朝、マリアよりも早く起きたエリーは布団の上でマリアの持っていたファルア第四区観光本を読んでいた。
この本、神界で出回ってるやつなんだー。この世界の人達がファルア第四区なんて名前知ってるわけないもんね。あ、そしたら、シン様達はなんで自分の世界の名前を知ってたんだろう? あ、いけない。今は仕事のこと考えちゃダメだった。
エリーはペラペラとページをめくる。あっ、これ面白そう!『魚たちと共に泳ごう』か、あーでも、水着着ないといけないのか。やだなぁ。
ちょっと日が出てきたなー。そろそろマリア様起こそう。
「マリア様、朝ですよ」
エリーは自分のベットから起き上がり、マリアが寝ているベットへと移動する。そして、仰向けに寝ているマリアの身体を揺さぶる。それと同時に、マリアの胸部についているあれがゆさゆさと揺れた。
なっ! 羨ましくない羨ましくない。ぜんっぜん羨ましくないもん。エリーもいずれ大きくなるし。今はまだ成長途中なだけだし。
マリアがうっすらと目を開ける。
「おはよう。エリー」
寝起きがいい。
「おはようございます。マリア様」
仰向けに寝ていたマリアが起き上がり、ぐーっと背伸びをする。昨日の沢登りで疲れていたこともあり、熟睡できたようだ。
「今日はどこに行こうか?」
エリーのベットの上にあった観光の本を手に取る。そしてページをペラペラとめくった。あるページが目に止まる。エリーが先程読んでいたページだ。
「ここなんかどう?」
「え、ここは、、」
「水着着れるしいいんじゃない?」
「水着が嫌なんです。」
「なーに大丈夫よ! エリースタイルいいし」
「マリア様に比べたら数段劣りますよ。」
「・・・・・・」
「当たり前でしょみたいな顔しないでください!」
「まぁいいじゃない? とりあえず行きましょう」
「水着本当に嫌なんですけど。まぁいいですよ。」
下界旅行四日目は『水の街エルチェ』へと行くことになった。2人は水着と着替え等の準備をする。そこでまたエリーの心配性が発動し、マリアがガッツリ減らす羽目になった。マリアも荷物は多い方なのだが、エリーはもっと多い。神の力を使えば解決するであろうことまで準備をしてしまう性分なのだ。
「よし! 準備出来た事だし、『水の街エルチェ』に出発!」
「また心もとない荷物に…。」
2人は門をくぐる。2人が着いた場所は大きな湊が広がる水の街エルチェの中心部だった。海の方を見ればたくさんの船が港につけられている。街中も水路が綺麗に整備されており、その景色だけでも飽きることはないであろうという気がする程だ。
「綺麗な街ね〜」
「そうですね。」
2人は海岸沿いへと向かった。入り組んだ漁港にたくさんの船が並んでる。
「早速、魚と泳げる所に行ってみましょう!」
「先に言っとくけど、エリー『子供だ』なんて言われても怒っちゃダメだからね?」
「わかってますよ。」
近くの店に入る。どうやらここが受付らしい。
「あのー魚と一緒に泳げるって聞いたんですけど、ここであってます?」
受付にたっている人に話しかける
「あぁあってるさ」
「大人1人と子供1人頼みたいんですけど」
「はいよ〜」
口には出さないものの、エリーは隣で膨れていた。
「じゃあ早速行きましょうか!」
「はーい。」
2人は大きめの漁船に乗った。ここから魚と泳げる場所に行くのに30分ほどかかるらしい。転移すれば1発なのだが、今回は人間のやり方を体験する。
エリーとマリアは水着の上からウェットスーツを着用する。神は人間と違い水の中でも呼吸ができるが、今回は酸素ボンベを使うことにした。しかしエリーにはサイズが大きい。
「このボンベ大きいですね。エリーの肋辺りまでありますよ」
「一応子供用だよ?」
「まぁ大丈夫です。力はありますから」
そういうとエリーはヒョイッと軽く持ち上げる。
「お嬢ちゃん、すごい力持ちだね」
「神族であれば当たり前ですよ」
案内人はポカンとした顔をする。ここの世界の住人は神の存在を知らない。というか、信じていない。なぜなら、女神がマリアだから。民からの信仰を集めるのも女神の役割なのにそれを一切やってない。さすがにこればかりは天使が代行することもできないため、このような状態になった。
「お嬢ちゃん、神様信じてんのかい?」
「もちろんですよ」
「そーかいそーかい神様ねぇ」
ここでエリーがマリアに耳打ちする。
「マリア様が仕事しないから、この世界の住人は神が居ることすらも信じてませんよ。」
「だって面倒臭いじゃない。『神の奇跡』とか言われんの好きじゃないのよね」
「仕事ですよ! 帰ったらちゃんとしてくださいね!」
コソコソとそんな話をする2人に声がかかった。
「着いたよー。しっかり装備確認してねー」
「はーい」
別にこんなのなくても海で死ぬことは無いのにね。けど、たまには違うこともするのを趣があっていいわね。少し胸が窮屈だけど。
「それじゃ、海に入るよー。後ろ向きで倒れてね」
本来ならば、海は簡単に死ぬ場所という認識があるため、ダイビングが初めての人間は後ろから倒れるようにして海に入ることに抵抗がある。しかし、そんな心配は必要ないため、全く物怖じせず2人は海へとダイブした。
海に入り、目を開けると、そこには息を飲むような絶景が広がっていた。この辺りには色とりどりのサンゴが自生しており、多種多様な生物の住処となっている。また、海の透明度が非常に高く、水深30m程の海でもしっかりと底が見える。
そんな景色の中を、2人は並んで泳ぐ。そのまわりには小さい小魚が沢山寄ってきた。
「魚と泳ぐなんて初めてよね?」
「そうですね。旅行に来たことすら初めてですけど」
「不思議ね〜体が浮くって感覚?なのかな?」
「あ! マリア様! あの魚見てください!」
「どれ?」
海底を指さすエリー。そこには1mほどある虹色の魚が泳いでいた。案内人の人が説明をする。
「おふたりさん、運がいいね。あれは滅多に見れない幻の魚なんだよ」
「そうなんだ! 良かったわね! エリー!」
「幻、、、すごい!!」
はしゃぎまくるエリー。子供は特別感のあることが好きだ。いつもと違った日と言うだけで勝手にテンションが上がっている。
「見てみて!あのサンゴの間から顔出してる魚! 面白いわ! 人間そっくり!」
「あれ? あれってアクアさんじゃないですか?」
「え?」
にゅるっとサンゴの間から出てきたのは、昨日マラガの湖であった水の精霊アクアだった。こちらに気づき近づいてくる。
「こんにちは、昨日ぶりですね」
「アクア、ここで何してんの?」
「少々散歩、と言ったところですかね?」
「精霊も散歩とかするんだ」
「それより、ここの海は綺麗でしょう。この世界で唯一の海です。それゆえ、沢山泳ぎや、釣り、はたまたマリンスポーツ等をやりに来る方々が多いのですよ。」
「へぇー。そうなんだー」
「ご存知なかったのですか?」
「え?、、、もちろん知ってたわよ! 当たり前でしょ?! 女神なんだから!」
「そうですよね」
アクアとマリアがはなしている間にダイビングの時間が終わる。2人はアクアと別れ、船に戻った。
「凄かったわね!」
「ほんとに綺麗でした!」
装備を外し、笑い合う2人。
「この後釣りしませんか?マリア様」
「えー、昨日したじゃない。飽きたわよ」
「ですが、昨日とは釣れる魚も違いますし、サイズも大きいみたいですよ?」
「エリーがしたいって言うんならしていいわよ?」
「したいです!」
エリーは釣りにハマったようだ。昨日あれだけ釣れたのだから無理はない。初心者にとって、インパクトは充分だっただろう。
「どうする? アクア呼んで竿なんか借りる?」
「貸してくれますかね?」
「女神だから大丈夫よ!」
どんと胸を貼るマリア。
「じゃあ、とりあえず着替えてアクアに会いに行きましょうか!」
2人は現地に溶け込むためにその場で揃えた洋服に着替える。
「よし、じゃあ、いきましょうか!」
「はい!」
「せーのっ」
「「アクアー!!」」
なんとも原始的な呼び方で2人はアクアを呼ぶ。本当の意味での『呼ぶ』だったとは、誰が予測しただろうか。しばらくすると、水面がぶくぶくとしだした。
「お呼びですか?」
それで出てくる精霊も精霊である。
「私たち、また釣りすることになったから昨日みたいな釣竿貸してくんない?」
「問題ないですよ。」
そう言って竿を取り出したアクア。話が早い。
「ありがとね!」
「いえいえ、とんでもございません。」
アクアは水の中へと潜っていった。昨日のように一緒に釣りはしないようだ。
「どこがいいのかな?」
「このまま船からやってみたいですけど、無理ですかね?」
「お金渡したら行けるんじゃない?」
「マリア様、その言い方だとものすごく語弊がありますよ。女神らしからぬ行為をしようとしているように聞こえます。」
「誰が賄賂わたすっつったよ。 普通に釣れそうなポイントに船で連れてってくれないかお金渡して頼んでみるのよ。」
「それも賄賂に入るのでは、、、、」
「神様はね、寛大な心を持ってるからいちいちそう言う小さいことは気にしないのよ!」
「寛大な心、、、誰のことですか?」
「私よ!! なんでわかんないのよ?!」
「マリア様は寛大というより、むしろ仕事をしないため何が起こってるか知らないから、反応のしようがないだけじゃないでしょうか。」
「たしかに。」
帰った振りをしてこっそりと2人の話を聞いていたアクアは、そこで納得するんかい。とツッコミを入れようか迷ったが、一応女神ではあるのでやめておいた。
船長に釣りをしたいことを伝えると、快く承諾してくれたため、2人は海釣りをすることとなった。しばらく船を走らせる。
「釣れるかなー」
「きっと釣れますよ!」
エリーは楽しみでたまらないといった様子だ。ふたりはを乗せた船は釣り場へとついた。
「じゃあ、始めましょうか」
2人は船の上から糸を垂らす。数秒後、
「マリア様!! もう食いつきましたよ!」
グイッとエリーの竿がしなる。明らかに昨日のものとは違う引きだ。
「はや!? 私はかすりもしないわよ?! しかも、すごいしなり」
「コレ多分おっきいですよ!!」
「そう見たいね!」
エリーと魚の格闘が続く。
「なかなか上がってこないわね」
「結構重たいんですよ。」
魚はガンガン引いている。
「もうちょっと、、、、」
「がんばれ!!」
「あ! 見えてきたわよ! って、、でか?! 何あれ!!」
見えてきたのはとてつもないサイズの魚影だった。全身がキラキラと輝いている。
「んー、えいっ!」
エリーが竿を振り上げた。水面から現れたのはゆうに20mは超えているであろう、巨大な鯨だった。果たして『釣り』で釣り上げて良いサイズなのか。エリーとマリアは釣りの事を詳しくは知らないので大物が釣れたと思い、大喜びしていた。
「やったわね! エリー」
「やりました!! 今日はたくさん魚食べられますね!!」
鯨は魚ではない事を、釣りはおろか、下界にすら降りたことがなかった2人が知るわけもなかった。エリーが開始早々巨大な鯨を釣り上げてしまったが、船には乗せられないので縄で引きながら港へと引き返した。
「1匹くらい釣りたかったわ。」
「すいません。」
エリーは苦笑いしながら答える。
その後、2人は地元の人間に鯨を振る舞った。地元の人々は大賑わいし、エリーは『竿でクジラを釣った少女』として、讃えられた。そしてその伝説は数百年ほど語り継がれることになった。
「こんなに大騒ぎになると、ちょっと照れますね」
苦笑いしながらマリアに言う。
「ほんとよー。女神の私より信仰されてるんじゃない?」
「そんなこと、、、あるかもしれないです」
「なっ!? まぁいいわよ。帰ったら仕事してバンバン信仰集めてやるんだから」
その後2人はエルチェの宿へと泊まったが、地元エルチェの住民は朝まで飲み明かしたらしい。
エルチェの宿。2人は部屋着に着替えマリアのベットの上で次の行き先を見ていた。
「下界は飽きませんね! 地域によって色んな特色があって。」
「そうね〜、明日はどこへ行こうか?」
「んー、こことかどうです? 『砂漠の街ヒホンで砂風呂体験!』砂のお風呂なんですかね?」
「ヒホンかー、ヒホンはくそ暑いのよね。」
「それでしたら、『平野の街テルデで乗馬体験!』とかどうですか? 暑くないと思いますよ?」
「んー、そうねー。明日の朝決めましょうか。気分が変わるかもしれないし」
「そうですね!」
エリーは自分のベットへと戻り、本を荷物の中に直し、寝た。




