ギンギン団
卵の孵化装置に卵をセットしてから数日が経った。水色でまだら模様の卵にはピキピキと少しだけ割れ目が入り始めていた。もうすぐ生まれそうだった。
「ジュン、もうすぐだな」
朝、孵化装置を見つめていたジュンの後ろから、父さんが声をかけてきた。
「うん、そろそろだね」
「しかし、出てくるまでにはもう少し時間がかかりそうだな。夕方頃には、卵を割ってモンスターが出てくるだろう。……さて、朝食の時間だ。ジュンも一緒に食べよう」
「うん」
父さんは言うと、リビングへと戻っていった。
僕もひとしきり眺めてから、朝食を摂取しにリビングへと向かった。
朝ご飯を食べ終えて。
「ふー、食べたな。今日はどこかへ行くのか?用事がないなら、かおりちゃんをデートにでも誘ったらどうだ」
「今日は図書館にモンスターの育て方の本でも読みに行こうかな」
「ほう。それはいい考えだな。父さんとしては、私が直々に教えてあげてもいいんだが、自分から学ぶ姿勢は応援しないとな」
父さんはハッハと笑うと、パイプをプカーと噴かせ、新聞を広げて読みだした。
父さんは何かと言えばかおりちゃんとのデートの話を持ち出してくる。毎度毎度なので慣れてしまったが。…。
ジュンは食べ終えた食器を片付けると、服を着替え歯を磨き出かける支度を整えて家を出た。
家を出ると、隣の方から見知った声が聞こえてきた。隣の家の壁で遮って様子は見えなかったが、かおりに、何人かの男が言い寄っているようだった。
「へいへい! 君、かわいいねえ!!」
「今日、どう? 俺と一緒に、遊ばねぇ?」
「なあなあ、いいだろ?」
「僕も混ぜてでやんすねえ」
「おいらも!」
「おい、お前らはだまっとけ!」
「「へい、すいません……」」
「あの、ごめん……今はちょっと」
ジュンは黙って聞き耳を立てていた。
かおりは、困っている様子だ。
「おい、ヤスオ様の言うことが聞けねえっていうのか?」
「そうでやんす。一緒に来るでやんす」
「そうでごわすよ」
「……ほんとにごめん。仕事中だから」
男たちはかおりをむりやり遊びに誘っているみたいだ。
かおりは困っている。早く止めなければ。
ジュンは意を決して家の陰からかおりの前まで飛び出していった。
「やめろ!」
ジュンの目の前には、3人の、年齢は自分と同じくらいの男たちが立ちはだかっていた。一人は丸眼鏡をくいっと上げている勉強のできそうなひょろがり型、一人はちょっと抜けてそうですもうが大好きそうな関取型、そしてリーダーっぽく真ん中で腕組をしているのが小太りの番長型。
「はあん?」
番長型の男がジュンに詰め寄ってきた。
「お前、何の用だ?用がないなら、とっととすっこんでろヒヨッコが!」
ぺっと唾が飛んでくる。すんでのところでジュンは避けた。
「そうでやんすよ。お前に用はないでやんす」
「用があるのは後ろのかわいい子だけでごわす」
両端の取り巻きが、ヤジを飛ばす。
ポキリ、ポキリと拳を鳴らして、3人はジュンへと詰め寄ってくる。
くっ。
このままでは、ジュンはボコられそうな雰囲気だった。ジュンは喧嘩が得意ではない。むしろ大嫌いだ。
「やめて!」
端を切ったのは、後ろにいたはずのかおりだった。かおりはジュンの前に出て、言った。
「いきなり来て、こっちは迷惑なの! 帰ってちょうだい!」
毅然なかおりの態度に、3人の顔色は変わり、うっ、と一歩後じさった。
「ちっ。命拾いしたな。この子に免じて、今日のところはおとなしく引き下がってやる。だが、次会ったら覚えておけよ!」
「ギンギン団の名前、覚えておけでやんす!」
「ギンギン団、と…確かさっき考えたばっかでごわすよねえ……覚えておくでごわす! どすこい!」
「お前、余計なこと言うんじゃねえ!」バシッ。
「あ痛て。ごめんでごわす」
その言葉を残し、3人組はどこかへ消えていった。
「ジュン、大丈夫だった?」
かおりは心配そうにジュンの顔を覗き込んだ。
「かおりこそ」
「私は大丈夫よ」
かおりはあっけらかんと笑った。
「でも、ジュンが来てくれなかったら、ちょっと心細かったかも。ありがと……」
「うん」
ジュンはまたあいつらが来たら自分を頼るように、と言って、かおりと別れた。
あの3人組は、誰だったのだろうか。ギンギン団と言ったか。初めて見る顔だった。まあいいや。
ジュンは、さっきのことはとりあえず忘れて、図書館へと向かった。
図書館では、母さんの顔が見れたので安心した。
夕方まで読書に没頭し、日が暮れるころ、家へと帰宅した。
「ジュン、生まれたみたいだぞ! 早く来なさい! 最初に見た人を親と認識することもあるから、父さんは後から行くからな」
父さんは興奮気味に言った。
ジュンがモンスター小屋をのぞくと、そこには、卵から孵った水色のモンスターがいた。
そのサイズは卵と同じで、一言で表すなら、おにぎり型の水色の恐竜だった。
「ブフー」
そいつは僕を見るなり、鼻息を荒くして孵化装置から降り立ち、近づいてきた。鬼のような下唇から突き出す2本の鋭い牙を持っていた。手足は短く、2足歩行だ。
「そいつは、ブルモンだな。泡で攻撃する水系モンスターだ。なかなか希少価値の高いレアモンスターだぞ。うまく育てれば、強いモンスターになる。おめでとう。よかったな」
父さんは、入り口から話しかけてきた。
「ありがとう」
僕は言って、ブルモンを飼育小屋の区切られている一つの飼育場に入れた。
「この飼育小屋には最大で20体のモンスターが入る。エサは前にも言った通り、この棚に入っているからな。まずは水と餌を与えるんだ。朝晩の2回。忘れると、おなかがすいて最悪の場合、死んでしまうからな。気を付けて育てるんだぞ。あ、そうだ」
父さんは一度姿を消し、また戻ってきた。
「これは父さんが昔使っていたものだ。大事にしなさい」
そう言って、ジュンに渡した。
「これはブリーダー見習いがつけるバッジだ。これをつければ、街中でもモンスターを連れて歩くことができる。お前も、たまに見るだろう。これがないと、モンスターもお前も捕まってしまうからな。ハハハ」
また何かわからないことがあったらなんでも聞けよ、と言い残し、父さんはリビングに戻っていった。
なにはともあれ。
今日から僕はブリーダー見習いだ。
ジュンは卵から孵化したブルモンを見て、がんばるぞ、という気持ちになった。