卵を孵化させる
ジュンはまだら模様のキレイな卵を抱えたまま、玄関を上がってすぐ左に隣接している元ブリーダーの父さんが仕事場として使用していたモンスター小屋へと移動した。
モンスター小屋は長年使用していなかったため薄汚れており、部屋の角には蜘蛛の巣が張られていた。
地面には杭でモンスターを飼育する仕切りが両端に設けられており、土の上には香ばしい匂いのする藁が敷き詰められていた。
「ジュン、卵はその奥に設置してある孵化装置に置いておきなさい。コードを挿せば電気で熱が発生して、数日後には卵が孵るだろう」
ジュンが振り返ると、モンスター小屋の入り口に父さんが立っていた。
「は~い」
ジュンは返事をすると、奥に設置された孵化装置に卵を乗せた。
「コードを挿すのを忘れずにな」
父さんはそう言って、再び去っていった。
ジュンは垂れ下がっているコードを壁際のコンセントに挿すと、一仕事終えたとばかりに額の汗を拭った。
「卵が孵るのは数日後か。。」
やることもないのでリビングに行くと、父さんは『老後の生き方について』の本を読んでいた。裏には図書館のラベルが貼ってある。どうやら図書館から借りてきたらしい。
「よおジュン。順調か?」
父さんはタバコのパイプをぷかーとふかしながら聞いてきた。
「それなりかな」
「そうか。卵が孵るまで暇だろう。隣のカオリちゃんをデートにでも誘ってみたらどうだ?」
「そのうちね」
父さんの真面目とも冗談ともつかないセリフに、ジュンはひらりと躱すような言葉を返した。
「父さんの若い頃は女の子たちをブイブイ言わせていたもんだ。母さんはその女の子たちの1人で、あの頃の母さんは本当に引っ込み思案だったんだ。でも勇気を出して手紙を書いてくれて、そこから父さんと母さんの文通が始まったんだよ。それから・・・」
いきなり父さんが母さんとの馴れ初めの話を長々と話し始めた・・。
ジュンは聞いていられず、途中で抜け出してぶらりと外を歩き回ることにした。
あの卵の中身はどんなモンスターなんだろう・・などと考えごとをしながら日がな一日歩きまわっていたら日が暮れてしまった。
家に帰ると、母さんがすでに図書館から帰宅していて、晩ご飯の用意を始めていた。
トントンと小気味よい音とグツグツといい匂いが家中を満たしている。
「いただきまーす」
家族3人で晩ご飯を食べ、ジュンは眠くなってきたので風呂に入ってすぐに就寝した。