卵を貰う
目を覚ますと、視界の先には父親の顔があった。
「おはよう、ジュン」
ジュン?ああ、僕の名前か……。
ジュンは重いまぶたを擦りながら、昨日の晩ごはんなんだったっけと思いだしていた。
「ジュンも今日で10歳だな」
父さんはちょび髭が生えていて、長いまつげが特徴的だった。父さんはタバコのパイプをふかしながら言った。
ジュンも遺伝でまつげが生まれつき長かった。
「今日からお前もモンスターを飼うことが許される。おめでとう」
「むにゃ……うん。ありがとう」
「商会には、私から連絡しておいた。あとでモンスターの卵を取りに行くといい。お前も私のように立派なブリーダーになれるといいな」
「そうなれることを願うよ」
父さんは街で知らない人はいないほどの有名なモンスターブリーダーだった。訳あって、辞めてしまったけど。今は、……何もしていない。
父さんが部屋から出ていくと、僕は自室のベッドから起き上がり、服を着替えて出かける支度をした。
トットットット。
リビングでは父さんがテーブルの椅子に座って新聞を読んでいた。
「来たか。さあ、朝食を食べなさい」
キッチンでは母さんがエプロン姿で自分のお弁当を作っており、朝食はすでにテーブルに並べられていた。母さんは街の図書館に勤めていて、これから出勤だ。
父さんは、ずっと家で新聞を読んだり本を読んだりしている。
何も予定がないから、のん気なものだ。
「さあ、行っておいで」
僕は朝食のトーストを食べ終えると、父さんに見送られて家を出た。
「ジュン!」
家を出ると、隣の家の幼馴染のカオリがほうきで外の掃除をしていて、声をかけてきた。
カオリはいつも三角巾を頭に着けていて、よく家の手伝いをしているみたいだった。
「早起きなのね。今日はどこかに行くの?」
カオリは世話焼きで、いつもジュンの行き先を訪ねてくる。
「今日は10歳の誕生日だから、モンスターの卵をもらいに行くんだ」
「そう、ジュンも10歳になったのね! ジュンのお父さんは街でも有名なブリーダーだもんね。ジュンもとうとうブリーダーの道を目指せるのね。頑張ってね」
「うん。ありがとう」
ジュンはカオリと別れると、商会へと向かった。
「ほう、来たか」
木造のぼろっちい商会を尋ねると、中には白髪で背の低い老齢のおじいさんがいて声をかけてきた。
このおじいさんはロクシ丸という名前で、みんなからロクじいの愛称で親しまれている。
このロクじいの商会では、モンスターの飼育や卵の仕入れなどを主に行っている。また、モンスター関連の餌の購買やアイテムの買取なんかもやっている。
「話は聞いてるぞ。こっちじゃ」
ロクじいはジュンを呼び、店の奥へと連れて行かれた。
店の奥には、大事そうに皿の上に載せられたまだら模様のキレイな卵が置かれていた。
「これがお前の新しいモンスターの卵じゃ。持っていけ」
ジュンは卵をもらおうとして、お金を持っていないことに気づいた。
「代金なら、いらん。いつもお前の父親には世話になっているからな。……というのは嘘じゃ。代金ならもう貰っとる。母親に借りた金らしいがな。安心せい。ガハハハ」
ジュンは父親に尊敬の念を抱きそうになったが、嘘だと言われなにかもやもやした気持ちになったまま卵を受け取った。
「かつてはブリーダー界を風靡した男も、今は働きもせず放浪、か。きっと事情があったんじゃろうが……。その分、お前にかかる期待は、相当なものじゃろうな。ガハハハ」
ロクじいは笑って、僕を店から追い出した。
僕は卵を持って家に帰った。
家に入る前に、またカオリに会った。
カオリは手を振ってきたが、ジュンは両手を卵で塞がれていたので、手を振り返すこともドアノブを開けることも出来ずにいると、カオリがそれを察してドアノブを開けてくれた。
家に入ると、中では父さんが待っていた。
「おかえり」
それだけ言うと、父さんはリビングに戻っていった。
「ああ、そうそう。モンスター小屋は勝手に使っていいからな。モンスターの餌はまだ残っているから、それを使っていい」
リビングから顔を出した父さんはそれだけを言うと、またリビングに戻った。