とんでもねぇあたしゃかみさまだ
風呂の後、ヒコザが調度品の説明をしようと女性部屋に顔を出すと、オスカル空尉が堰を切ったように喋り出した。
「全てが解からないわ。一つずつ説明してくれるかしら。ここはドコ?私は誰?あんた神さま?」
彼女は薄緑色の藁を編んだ枕が気に入ったらしく、しっかりと抱きかかえている。ティファラはというと、テーブル代わりの木箱に乗せられたお菓子に心を奪われていた。与えられた部屋は倉庫より武器庫に見えるが、充分に広く、彼女たちは一応の寝床を確保したようだ。
「ここが帝国の属領だという話はしましたっけ。で、聞きたいのはテララから見てここがどこかと」
「うん」
「うーん、どこなんでしょう」
「分かんないの?」
「はい」
何故か笑顔で返すヒコザ。オスカルは思案顔だ。
「まずは我々の立場から考えてみましょう。私は誰、と聞かれれば我々は、コホン、ワレワレハウチュウジンダ!」
「もう一度やって?」
「宇宙人がこの街に侵入してはいけない法律は無かったと思いますが、身元を明示できないのはまずいですね」
「スルーなんだ」
「宇宙人に人権はありません。異邦人が無事なのは無事を保証する出身国が有るからです。つまりは害を成せば出身国が面子を掛けて報復するという事です」
「ウルトラマンって大変なのね」
「恐らく住所と職業は得られますが、我々には出生地と戸籍が有りません。聖都の異邦人狩りがこの地まで及ぶとは考え辛いですが、当局に目を付けられたら逃げた方が良いと思います」
「私たちには敵が居るのね。おじさまが言っていたようにここに住むことは出来そうだけど、いざ何か有ったらどうしようもない」
「そういうことです」
「もっと銃の訓練を積んでおけば良かったわ。ここ以外の国って無いの?」
「国はたくさんありますが、全て聖都の影響下にありますから、移る意味が無いでしょう。更に外であれば、ヒトの支配する地域は聖都の更に向こうに有ると聞きます。デイスカーと言ったかな。そこと聖都は敵対関係です。日が昇りますが、とても寒いと聞いています」
「日が昇る?良いじゃないそれ」
「そうなんですが、聖都を抜けなくては行けません。それ以上は情報が無いので判断がつきません。辛うじて我々が生きられそうなこの砦で様子を見るのが良いと思います」
「ふうん。いいわ、とりあえずはここに住まわせてもらいましょう。そのうち状況も見えて来るだろうし」
「ティファラはどうだ?」
「うん。それでいいよ。どうせ帰れないしね」
「そうだね。いつか帰れると良かったんだけど」
「探査艇の水が引けたら帰れるよー、ね?」
「その話なんだが、僕は覚悟を決めないといけないと思ってる」
「なん・・で?」
「この世界を守るためだ。もしこの世界がテララに知られたらどうなると思う?」
「うーん、軍事介入して直接支配かなぁ。深宇宙艦には隕石も音波も効かないだろうし。見たところ中世期程度の武器しか無いでしょう、ここ。二ヶ月で落とせるんじゃないかな」
「ティファラはその手引をするつもりかい?」
「ボクはテラランだからね。でもしないよ。ヒコザに殺されたくないから」
「僕はそんなつもりで言ったんじゃないよ」
「それぞれ守りたいものが有るよね。ヒコザは幼い頃ここに居た。ここに心がある。住めば都ってヒコザの国の言葉だっけ。それでいいよ」
「すまない」
オスカルは話が落ち着くまで待ってお茶を注いだ。冷静を装って話を続ける。
「さて、と。ねぇ、ここって異星だよね」
ティファラが餅状のお菓子を包んでいる大きな葉をめくる手を止める。
「うーん、あのヘタレの毛むくじゃらが人類と出会った初の宇宙人ってことですねぇ」
「うわー。なんか残念」
「いえ、それ以前に僕がここに来ていますから、初邂逅は聖都の人達になる筈です」
「そうなんだ。あれ?でもさ、そんな良くわかんない渡来方法が有るならもっと先に来てる人も居るんじゃない?」
「無いとはいえませんね」
「調べてよ」
「はい、いずれ」
「で、どうやって来たわけ?あなた」
「前、の事ですよね。まだ小さかったので良くわかりませんが、気がついたら大きな部屋で、たくさんの大人に見守られていました」
「そこが聖都?」
「その時は。現在その聖都は侵略されていて、遷都しています。で、彼らは僕に用は無かったようで、程なくこの砦に移されました」
「ふうん。空間転移とかあり得ないわけだけど、それにしてもわざわざ昏睡状態で移送したにしては、雑な扱いね」
「そういうものですか」
「ヒコザ君はロマンチストだね。連続しない物質間の転移は不可能よ。ある日、誰かが、君を運んだ、に決まっているじゃない。で、こんな辺境に捨てられた」
ヒコザは黙ってしまう。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったのだけど」
「いいえ、自分でも分かっていたことです。僕は招かれた客では無かった」
「いいじゃない、今のあなたは立派よ」
「ありがとうございます」
ヒコザは簡単な辞書を作ると、女性たちのアサルトゴーグルにそれを写し、発音を教えた。
状況適応型AIの学習が進み、日を追う毎にHUDに表示される発声候補が最適化されていくだろう。
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オスカルはじいやんに頼まれて司令本部へ蔵書館の整理に行っている。日給制だそうだ。
この仕事なら会話も少ないし、本人の教養の高さも役に立つだろう。
司令本部は正門側の一角を専有しているちょっとした城で、白石砦軍の拠点としては最も大きい。
敷地内に政府機関も集中しており、資料の名目で雑多な図書を保管している。
異邦人狩りの目が心配だが、辺境の自治政府である白岩砦と聖都の高官は折り合いが悪いらしく、却って安心だとじいやんは言っていた。
ティファラはいよいよ腰痛が酷くなってきたばあやんに付き添い、医療院を手伝っている。
家業の関係で製薬に詳しく、本人の希望も有って、怪我や病気の治療をする仕事が良いらしい。
ヒコザは金属加工の工場で働くようになった。
じいやんは元戦士長として体格に優れるヒコザに戦士の道を望んだが、ヒコザは突然の徴兵により工業科の高等部を卒業できなかった悔いが有った。そして僅かな知識だったが、この世界に工場勤めを通じてテララの教育を下地とした貢献が出来れば良いと考えた。
砦には公共電源が備わっていた。工業団地毎に蒸気発電が整備され、小さい地域の電力を賄っていた。夜だけの国に明かりは必要だったのだ。工場はそこそこ近代化され、再資源化が徹底された社会制度もあり、鉄、銅、亜鉛、錫は手に入ったから、真鍮や砲金も使えた。
手に入らない材料もかなり有った。チタン、アルミ、ステンレス、レアメタル全般、それと価格の都合で貴金属。原油が無いのでプラスチック、ナイロン、合成ゴムは作れない。硝石も無いため火薬が存在しない。その為武器は未だに剣や槍、弓が主流である。
宝石は割と安価に流通していた。ガーネットやトルマリンはキロ単位で出るし、水晶などは溶かされてガラス板に加工されている。エメラルドやルビーは加工が難しい為高価だが、原石は余っている。ダイヤモンドは加工できないので捨てられていたが、ある時期から工業用途として王家が引き取っていた。
ある日、ヒコザの勤めていた工場に試作型ボウガンの部品作成が依頼された。数は二百で、鉄のブロックからの削り出し加工だった。
回転砥石でゆっくり研磨する作業で、熱を持ったら水に浸けて冷まし、また削る。社員総出の気の遠くなる手作業だった。
三つ目の加工で飽きたヒコザは工具の改造を提案する。
「湿式にしましょう。水を掛けながら加工するんです」
「ダメだ。俺達が濡れちまうじゃねえか」
工場長が却下する。
「横向きにするんです。横へ飛ばせば自分には掛からないでしょう。切り屑も自分に飛びませんし」
「いや、横向きになんか持てねえだろう。見えねえし」
「見るのは横からです。保持は固定する台を作ります」
「部品の方を固定しちまったらどうやって砥石に押し付けるんだ」
「砥石を逆さにして上から降ろします。裏に捨ててある孔開け盤を使いましょう。あれなら上下します」
「前後左右もか?回転砥石丸ごと振るなんて重すぎで無理だ。それに多軸は難しくて作れねえ」
「左右は摺動台に乗せれば良いと思います。人が乗れますよね、あれ。前後は何か流用できませんか?」
「軸付きの台がそのまま使えるな。だが錆びちまう。使い捨てできるほど安いもんじゃねえ」
「当面は油で冷やしましょう。水より冷えますし。ただし火気厳禁です。油を掛けるポンプを探して来ますね」
加工機が完成すると鋼を冷ます時間が短縮され、更に切り屑が流されて研削時間も半減される事がわかった。部品の製作は予定工期の半分で終了した。
彼らが使用しているのは成型砥石です。
多孔質なので水や油に浸けるのが生理的に嫌なのかも知れません。
掛ける油は工場なので難燃性の油を在庫していた、事にしておいて下さい。
アセトンとか燃えませんしね。




