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白石砦

 夜は明けなかった。辺りは更に暗くなり、岩陰で短い休憩を取った後も又、黙って進んだ。若干暗闇が薄れた頃、遠くの草原に光る帯として川が見え、その向こうに石造りの要塞が見てとれた。それは左右に伸び草原を分断した長城になっており、遙か先の森に続いていた。長城の向こう側は建物に覆い尽くされ、都市と呼べるものになっていた。


「白石砦です。丁度朝ですね」

「朝?これが?まだ真っ暗じゃない」

「ここはずっとこんな感じで暗いんです」

「不便だわね」

「コートを着て下さい。もうこの辺りは監視されています。顔を隠した方がいい」


 ヒコザがサバイバルパックから取り出したタイガー迷彩のコートを裏返すと無地のグレイだった。


「できればどこかに隠れていて欲しいのですが、追手が有るといけません」


 ヒコザは自分が彼女らを裏切るのではないか、と疑われている可能性に気付いていた。もしここで置いていくと、残した二人に万一が有った場合、自分が彼女らを売ったと思われてしまうかも知れない。自分に万一が有って戻れなくなった場合も同じだし、そうなったら彼女らは不審人物として砦に囚われるか、野獣の餌になるだろう。この土地を知っているのはヒコザだけなのだ。今、この状態で彼女らを失う事だけは避けたかった。

 彼女たちもそれに気付いているのか、それとも単に心細いのか、黙って着いて歩いた。


 橋を渡り近づくと石造りの砦は遠目で見た時より余程大きかった。塀の高さは五メートル程だろうか。


「人だょ」


 門の上の見張りに気付いたティファラが驚きを漏らす。


「真っ直ぐ歩いて。今は安全の確保が優先だ」


 砦の大門は開いていて、見張りは彼らをじっと見つめるだけだった。


 入ってすぐ二枚目の塀があった。左右に敵を分断させて侵攻を妨害するようになっているのだ。

 その先で右に折れると少しだけ広くなっていた。戦闘の為だろう。石積みの塀と櫓がその広場を囲んでいた。そこを過ぎるとやっと民家と思しき家屋が見える。砦内部は石畳で歩きやすかったが、道は折れ曲がっており見通しは悪かった。

 石を積んだ粗末な家々は重く扉を閉ざし、人通りは無い。なにせ暗い。

 ヒコザは石畳の街路を無言で道なりに西へ進み、またしても行く手を阻む高い石塀の前に立った。木の門は閉じられており、脇の小窓にこちらを窺う目が有った。ヒコザは小窓に近づくと小言で開門を求め、何かを問いかけられると短く一言返した。

 すぐに木の門が半分ほど開けられ、ヒコザは二人を促し中へ滑り込む。

 門は音も無く閉じられ、横目で振り向くと武装した男たちが四人も詰めていた。彼らは三人を見つめていたが、お互い声を掛けることはなかった。

 更に進み、ヒコザは細い路地へ入る。右に折れ、左へ曲がり、下水を飛び越え、足早に他人の庭を突っ切る。オスカル達にはもう、どこを通って来たのか分からない。ヒコザはとある家の裏手に回ると、勝手口の取っ手を掴み、そのまま無言で開けて中に入った。


「じいやん!ばあやん!元気か」

「ヒコザかね!なんとまぁ」


 中に居た老婆が嬉しそうに立ち上がる。


「ただいま、ばあやん。腰はどう?」


 ヒコザは女性たちを招き入れ、自分は窓へ寄り外を窺う。


「相変わらずさね。座ったい。そちらのお嬢さんも、いらはい」

『オハヨウゴザイマス』

「ごめんばあやん、この二人は言葉が通じないんだ。こっちがオスカル、んでティファラ」

「おやおや。お前の国の子かい?遠くから来なはったね」

「今度は船で来たよ」

「船かい。へぇ。じいちゃんはお務めさ。最近じゃお城に通っているよ」

「戦士長が立番でも?それとも引退しちゃったの」

「膝があれでね。今はお城で若い人に剣術を教えてるんだよ」

「そうか。それは残念だ」

「ご飯はまだだろう?何か出すから待ってなはれ」

「ありがと。腹ペコさ」


 老婆が奥へ消えるとヒコザは窓際から女性二人を見つめる。


「ヒコザ、あたし達もちゃんと紹介してよね」

「ええ、後で主人が戻った時にしましょう。これからの事も相談しないといけません」

「ご健勝のようで何よりだわ。あなたの、ええと、どのような知り合いなの?」

「かつての保護者です。僕はじいやんばあやんと呼んでいますが血縁ではありません」

「ふうん。それで外に怪しい人物でも?」

「いません。監視は居ないと思いたいですね」

「探知機あるよ」

「ありがとティファラ。セットしてもらえるかい」

「うん。ちょっと行ってくる」


 食事は鳥のスープだった。老婆がニコニコしながらヒコザに味を尋ねていたので、これがヒコザの好物だったのだと、オスカルとティファラには分かってしまった。

 オスカルはヒコザを通訳にして、老婆にこの砦の事や、国について尋ねた。ティファラは無言で聞いていた。

 砦は三つの異種族と今なお交戦中だということ。

 攻撃はそれぞれ月に一回ほど。どの種族もあまり執拗では無いようだ。

 砦から西はほぼ安全で、商人が都市と行き来している。

 西に行くと幾つかの町があり、更に行くと王都が有るということ。

 王都を過ぎ更に行くと聖都があり、そこには王様より偉い人が居る。


「地図は貰えないかしら」

「大まかなものなら市場で手に入るでしょう。家には多分ありません」

「そう。今後の予定を立てたいわね」

「じいやんが戻ったら、彼に相談しましょう」


 夜闇が濃くなるころ、扉ではなく、奥の部屋から年配の男性が現れた。あまり背は高くないががっしりとした体格だ。


「よく来たね、お客人。ヒコザも大きくなったな」

「じいやん!元気そうで良かった」

「お主もな。船で来たというが」

「そうだ。今度は自力だ」

「ここへはどうやって来たんだ」

「着いたのが砂の塔だった。連中に捕まって鍋にされそうだったから決闘して放してもらった」

「ははっははは! よくやったと言いたいところだが、その娘さん達にもしもの事が有ったら取り返しがつかんぞ」

「袋詰めにされたんだ。もうやるしか無かった」

「そうか。砂の塔から戻った者は数える程しかおらん。回転に感謝を」

「回転に感謝を。その後はまっすぐここへ来た」

「遠かったろう。本当に無事で良かった」

「それで、しばらくの間だけど、ここに居させてもらえないかな」

「もちろんだ。お前はわしの息子だ。それでどっちが嫁なんだ?」

「ぶっ」

「なんだ違うのか。どちらも可愛らしいではないか」

「彼女たちは船の仲間だよ」

「どうだかな。お前は前の部屋を。女性たちには倉庫を片付けて使って貰おう」

「恩に着るよ」

「何を水臭い。何不自由なく、とは言えんが仕事はいくらでもある。二人には言葉を教えておけ」

耳慣れぬ方言かとは存じますが、作者の親の実家辺りはこんな感じです。


ティファラの設置した探知機は杭状のプローブで、これは往来の人を探知しないように「他人が侵入しない位置」に設置します。玄関の鉢植えとか明かり取りの窓際とかですね。


ヒコザも大概ですがじいやんも変な所から家に帰っています。

武人なので一応来訪者に警戒して帰宅した形です。

普段はちゃんと玄関から出入りしています。

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