よろしい、ならば決闘だ
「待て長よ!」
ヒコザが上半身を起こして叫ぶ。殴られないよう座ったままだ。
「砦との約束を忘れたか」
「なんだ?」
「殺して良いのは戦いの中だけだろう」
「ん?ああ、あれは白石砦との話だ。お前は余所者だ。違うか」
「ならば名乗ろう。我こそは戦士長ガゾルが長子ヒコザ」
「な!」
デミヒューマン達が静まり返る。
「嘘をつけ!ヒ、ヒコザはこーーーーんなにちっこいんだぞ!歩く鍋だぞ。寸胴だ!大人の腰まで無いんだからな」
「何年前の話だ。その時僕はまだ子供だったんだ」
「奴は小岩族じゃ無かったのか?はぁ?、まさかガキに俺たちは・・・。確かにあいつを見なくなったのは随分前だ。よし、ならば決闘だ。勝てば自由にしてやる。デグバイア!居るか!?」
「父上、私はこちらに」
「お前はこの野郎に一度も勝てなかったな。今こそ叩きのめせ」
「心得ました。おいヒコザ!の中身?この剣を使え。さぁ外に出ろ」
「玉子みたいに言うなよ」
薄汚い剣を投げて寄越すとデグバイアと呼ばれた若いデミヒューマンはさっさと外に行ってしまった。
ヒコザは標準語に切り替えてオスカルとティファラに声をかける。
「すみません、勝手にあなた方の命を預かってしまいました。今は僕を信じてください」
「うん・・」
オスカルは小さな声で返事をした。ティファラはヒコザを見て何度も小さく頷いた。
外はやはり薄闇で、風は無かった。
「さぁヒコザ!いつでも掛かってこい。俺は強くなった。あの時の俺じゃねぇ。今日料理をするのは俺のほ・・・」
ヒコザは剣を抜くとまっすぐダッシュしてデグバイアに突きかかった。
意外にもデグバイアはその攻撃を読んでいて、外に弾くと左へ回り込み、剣を振りかぶった。口上を最後まで聞いて貰えないのには慣れていたようだ。
ヒコザは弾かれた剣をその勢いで手首で回し、小手を狙ってきたデグバイアの剣を打ち上げる。そのまま左足を右へ踏み出し、デグバイアの顔面に右の後ろ回し蹴り。そして着いた足を跳ね上げ右から後頭部を蹴り下ろす。
デグバイアは体制を崩し大股に後ずさる。口の中を切ったようだ。血が混ざった唾を吐くが、目は逸らさない。
周りに集まったデミヒューマンから歓声が湧く。
「おいおい!まだ鍋野郎は例の技を出してねえぞ!もう降参か!」
「砦の小僧に負けるんじゃねえ!」
ヒコザは息を整えると剣戟を開始した。もはやフェイントなどは混ぜない必殺の突きを矢継ぎ早に繰り出す。得意のラッシュだ。
デグバイアは落ち着いて突きを弾いているが、徐々に早くなる突きにだんだん耐えられなくなる。
「くっ、この技はもう俺には効かな・・ぐわっ!」
ヒコザの剣先がデグバイアの革鎧に突き刺さる。だが致命傷にはならなかったようだ。そのまま突き続ける。
「ぐわっイテッうっくぅっあぎゃぁ!」
体中から血を吹き出しながらデグバイアは転がった。
「そこまでだ」
長が止める。
「ヒコザよ、分かった、もうやめろ、やめてくれ。殺すな、おい!」
ヒコザはデグバイアを蹴り、剣を口に咥えて腕を取り、うつ伏せにして後ろ手を極め、襟首を引きながら背中に膝を乗せ息を吐かすと、左手で首の後ろに剣を突き刺そうとした。
周りのデミヒューマンが駆け寄り、既の所で取り押さえる。
「ふん。殺さないといつまでも僕を恨むんじゃないか?」
五人掛かりで羽交い締めにされたヒコザが剣を捨てる。
長は冷や汗を抑えながらヒコザをなだめる。
「我々は力を尊重する種族だ。今は作戦中じゃ無いんだろう? お前を戦士と認めるから落ち着け」
「ならば良い」
ヒコザは束縛を振り払うと腕を掴まれているオスカルとティファラの所へ行き、彼女らの腕を掴んでいるデミヒューマンを一瞥して開放させた。
長に荷物を要求すると、若いデミヒューマンがヒコザ達のパックを持ってきた。開けられた様子は無かった。
「では長、ここで失礼する。皆さんの正義に敬意を」
ヒコザは残った口糧をひとつかみ取り出すと長に渡した。
「まずいが食べ物だ」
「何だこれは」
「テララの携帯食料だ。ここを引っ張ると開く。開けなければ三年は保つぞ。あと乾パンとお茶もあげよう」
「面白いな。良いだろう、次は戦場で会おう」
ヒコザ達は足早に村を立ち去った。
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暗いので辺りの様子は良く分からなかったが、足元の土は踏み固められており、道を逸れると貧弱な藪になっているようだった。
「とにかく境を越えて汎人の支配地域に出ましょう。次も逃げられるとは思えません」
「汎人と言うのは信用できるの?」
オスカルはゴーグルの録音装置を入れながら尋ねる。
「話は通じます。文明を持った人々で、姿も我々と同じですから少しは安心です」
「あなたその人達の言葉もわかるの?」
「ええ。この世界の言語は一つしか無いそうですから」
「それであの毛むくじゃらと話が出来たのね」
「はい。彼らは汎人の敵ですが、あまりに長い間戦っているので、いくつかの協定が出来ているのです」
「あなた彼らの知り合いなの?」
「いいえ、断固として。唯、僕もこの辺に居たものですから、敵として名を覚えられていたようです。僕と言うより養父が」
「どういうこと?」
「僕は小さい頃神隠しに遭ってここに来ていたんです。それで戦士をしていて、彼らと数年間戦いました」
「はぁ?」
「神隠しとは極東の言い伝えで、人ならざる者の仕業で小さい子供が行方不明になる伝説です。ですから僕には武器を使った戦闘の経験が有ったのです。そのことを聞きたいのでしょう?」
「うん。強いとかそういうのとちょっと違うけど、意外だった。言葉を覚えたのもその時?」
「ええ。とりあえずはその時僕が住んでいた砦へ向かいましょう。うまくすれば助けを得られるかも知れません」
「警察とか有るの?でも私達を助けてくれるとか、ちょっと難しいんじゃない?当時の知り合いでも居れば違うんだろうけど・・・」
「ええ、もう随分経ちます。戦争中ですから、みんな死んでいるかもしれません。偉い人の知り合いは居ませんし、そも砦がまだ有るかどうか。あまり期待しないで下さい」
その後は黙って歩いた。
突かれた剣は普通、正眼の剣を少し上げ、叩き落す動作で防ぎます。これが一番速くて安全です。
デグバイアはヒコザの初撃の突きに対し剣を沈め、峰で右外へ弾き出しています。難しい技ですがこれにより弾いて上がった剣をそのままノーガードの敵に振り下ろす事が出来ます。振りかぶった形で静止した剣の先に丁度有ったヒコザの小手を狙いましたがヒコザは腕力で引き戻しつつ手首を回し剣を捻る力だけでデグバイアの剣を弾きます。剣技では右足前ですがここでヒコザは左足前に切り替え真っすぐではなく右斜め前に左足を踏み込みます。やってみるとわかりますが上段回し蹴りは少し斜に踏み込むといい感じで決まります。続けて右上段回し蹴り。
この回し蹴りを受けてデグバイアはヒコザの異常性に気付きます。自分より身長の低いヒコザから受けた回し蹴りがなぜ上から降ってきたのか。これはヒコザが叔父の道場で習った蹴り技で、威力が逃げないよう蹴りに捻りを与えて斜め上から頭部側面後部を狙う刈足と言う技です。後に語られると思いますが、そもヒコザは異常に腕力が強く、大抵の攻撃は重い一撃になります。その上訓練された技を繰り出しますのでデグバイアは見た目とのギャップで若干のパニックを引き起こしてしまいます。




