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回転に感謝を

最終回です。

 ヒコザはマヤを連れ出し、銀の島上空に滞空した。二人並んでヴァジュラに座る。


 夜明けが近いので辺りは薄暗く、遠くに立派な山並みが続いているのが見える。この世界は密閉された惑星規模の外郭を回転し、遠心力でその内側に疑似重力を発生させているので、大地は遠く緩やかな弧を描いて上空に消えてゆく。


 その大陸を抱く海原はそのまま緩やかに天に昇り、天体内壁をぐるっと回って反対側の海に繋がる。海水が球の内側に遠心力で集まっているだけなのでその幅は、惑星規模で見ると内側に溜まった水のリングに他ならない。そのリングが我々の世界、リング界だ。


 整備段階に移行した人口太陽の不完全燃焼による悪影響を避けるため長年張っておいた暗雲も本日は解かれ、眼下のミレニア聖都は晴れ渡っている。尚、公式にはフォースキュービックによる天候操作は行われない事になっているので、この件は他言無用だ。今後も徐々に制御を緩め、時期を見て完全自然天候に移行する予定だ。


 十二隻の修理艦による昼夜パネルの修理が終わり、照度その他、あらゆる試験に合格した人口太陽の再稼働が決まると、キュービックは魔神エンドラの名の元にその日取りを各国家に通達した。それが今日だ。


 陽が戻る。


 闇の帳に覆われたこの世界に、再び光が戻るのだ。

 世界中の人々が、その瞬間を今か今かと待ち望んでいる。


「皮肉なものだ」


 向けられたマヤの視線をわざと受けずに、ヒコザは続けた。


「僕のルーツは天を覆って太陽を隠し、人々を飢饉に陥れた邪龍だった。それが今こうして、逆のことをしている」

「そうね」

「来たな」


 遠くの山が光に包まれる。くっきりと真横に切り取られたように明かりが差し、その光の帯がどんどん近づいてくる。遠くの湖が真っ白に輝く。森も、草原も、街並みも、すべてが輝きに包まれてゆく。


 一瞬だった。近いな、と感じたらもう、ヒコザとマヤは光に包まれていた。

 真っ白だった。上も下も、全てが白い世界。


 気が付くとヒコザはマヤを抱きしめていた。


「良かったね」

「ええ、あなたのお陰よ。ありがとう、ヒコザ」


 しばらく抱き合ってからマヤを離すと、ヒコザは懐から指輪を取り出した。


「今までありがとう。そして、これからも一緒に居たい。結婚してくれるかい」

「ええ、いいわよ」

「どっちの指にしようか」

「今日は左で」

「前のも有効なの」

「違うとは言わせないわ」

「結構」


 二人は長い口づけを交わした。



 +++



 背中を射られたリアンがどうにか歩ける程度に回復した。


 銀の島のブレインは良い仕事をして、継ぎはぎの修理艦とは比べ物にならない力を持った戦闘艦を量産し、大小揃え十分な数が揃った。恐るべきはそのコピー能力で、島の甲板から雨後のタケノコの如く船首が何本も生えてくる光景には言葉が見つからなかった。ライトが言うには鹵獲(ろかく)の危険を考慮した設計で尚、この戦闘艦三隻で統合宇宙軍全てを殲滅出来るそうだ。これが現在宇宙空間に出ているものだけで百二十隻。戦力として充分だ。


 ヒコザは全てのテラランをテララに送り返す事にした。幸い揚陸艦チトセも状態が良いし、全員の居場所も分かっている。


 エドモンドはその後ファラディーン法国に招かれ、医療を指導していた。テララへ戻れる旨を伝えると、彼は大いに喜び、惜しまれつつも帰還に応じた。


 パトリシアは桜扇(おうせん)の魔女に弟子入りしており、その魔法を伝授されていた。

 桜扇が言うには彼女は大変筋が良く、逸材を手放す事を拒んだが、結局は折れてくれた。


 オスカル空尉はすっかり白石砦の住人となっており、何故自分がテララに戻るのか理解できなかったようだ。今では複数の研究室を抱え、辺境でも指折りの大先生として名を馳せているらしい。後日、辺境伯から直々に招聘(しょうへい)があり、これまでの感謝と、帰還の必要性を説かれ、しぶしぶテララに戻ることを承諾した。


「やあ、久しぶりだね」


 ヒコザはティファラの前に立っていた。


「まぁね」


 デイスカーに問い合わせると評議会は系列の、とある施設で二人を面会させてくれた。


「準備が整ったから迎えに来たんだ」

「なにそれ。強制なの」

「どうしても、だ」


 いつになく硬質な対応にティファラは戸惑った。


「そんなこと言っても急には、色々あるし」


 ヒコザはゆっくりテーブルを回ると既に引かれていた椅子に座った。

 入口の扉脇には武官と文官と思しき男達が直立している。武官は護衛を、文官は二人のやり取りを記憶しているのだろう。魔神の建った今、デイスカーは敵ではない。悪いようにはしないだろう。


「猶予はあるよ。別れを惜しんでも良いし、再会を誓っても良い」

「戻れるの?」

「そこまで含めての責任だと思っている。唯、こっちに戻るのは一人もいないだろう」

「どういうこと?」

「まずテララ政府が僕らを手放すとは思えない。理由を付けて身柄を確保するだろう。何十年と」

「それから?」

「僕らはこちらに順応したけど、逆に言うとテララにも順応する訳だ。同じか、もっと短い期間で」

「だからと言って」

「否定はしないよ。唯これは確率の問題だ。君だってそう思っているから結婚しないのだろう」


 彼女はその時初めてヒコザが指輪をしているのに気付いた。


「あなた結婚したの」

「ああ」

「あの子と」

「そうだ」


 ティファラは無言で椅子に座った。



 +++



 某日、六人のテラランは揚陸艦に乗り込み去っていった。

 外郭外に向かうエレベーターに消えてゆく艦艇に別れを告げると、マヤは振り向かずに地上へ向かった。



 +++



 その記はこう結ばれている

 ある時節、暗雲引き、空跨ぐ白き帯は蒼天に溶けゆく

 徐々に、だがしかと、陽は我らの元へ戻れり

 ほまれ、昼と夜の訪れこれ、等しきかな



 人々に光を与えた魔神は、そうして、姿を消した。

これまでお読み下さりありがとうございました。

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