少年の心赴くままに
ヒコザは一人、白石砦に降り立ち、司令部へ向かって歩いていた。
銀の島の、惑星管理メンバー増員について、ヒコザにはチトセを推す気は無かった。確かに寿命が無く面倒も起こさず知能が高い自立型人工知能は大いに助けとなるだろう。ライトは何らかの方法でテララへ帰還する予定の揚陸艦本体には干渉しないでその基礎構成を確保するつもりのようだが、果たしてそれはチトセ自身に悪い影響を与えないだろうか。
AIの本質はその嗜好と記憶だ。ヒコザは自らの髪に手を入れ妖精メカを手に取る。いつぞやの緊急時、艦を去る際に渡された嗜好性データのバックアップが込められた退避ボット。銀の島のブレインが眠り続けている今、キュービックのライトが求めるのはこれではなく、揚陸艦の最奥に据えられた集積回路の方だ。恐らく彼はAIにとって、これまで育んできたこの個性が本体と呼べるものであるとは、理解していないのだろう。そしてそれらは不可分であるのだ。
揚陸艦チトセは数年内に本国に戻さなければならない。ここはやはり一般人の中から信用できる性格と信頼できる性質を備えた人物を探し出し、教育し雇用すべきだ。チーム的にもある程度の人数は揃っていた方が良い筈で、チームがしっかりしていればAIの負担も軽くなる。うまくすれば、現在ブレインの役を果たしていないサブのAIでも運営出来るようになるかも知れない。
白石砦に辿り着いたヒコザはオスカル空尉や知り合いの戦士たちと旧交を温め、日が暮れると(ずっと夜なのだが)町で一番大きなサロンへ出かけた。
時間が早いせいか知り合いは居なかった。とりあえずカウンターで夕食を取る。念の為角向こうの背後を取られにくい位置を選んで座る。無いと思うが不意打ちで襲ってくる勇者パーティーが居ないとも限らないからだ。店の者に骨なしチキンを頼む。実の所結構な割合で小骨が入っているが、まぁ御愛嬌だ。
客席が半分ほど埋まった頃に、店の前で馬車が停まる音がした。普通は裏の馬車止めに回るものだ。気になったヒコザが様子を見ていると、少し顔色を悪くしたエンティーが武装したまま一人で入ってきた。彼はヒコザを見つけると挨拶も無しに連れ出した。砦でとある戦士に連絡を頼みエンティーを呼び出したのはヒコザなのだが、ちょっと思っていたのと様子が違っていた。
表に停まっていたのは懐かしいエンティーの荷馬車で、御者台にワンダ、荷台にはガルバンキングと幾つかの荷物、そして毛布に包まれ横になって目をつむっている銀髪の少女。軽く手を上げるだけで挨拶を済ましたヒコザが荷台に乗ると馬車は静かに走り出した。その少女に見覚えは無かった。
汎人領側の町外れに馬車を止めるとエンティーは馬を降り、荷台のフックにカンテラを下げると挨拶もそこそこに話しを始めた。
「見ての通り厄介事だ。すまない。昨日ワンダに依頼された迷宮探査で未踏破域に入ってね。とある部屋に入ったんだ。妙に精巧な石碑が有って、キングがそれに触ったら麻痺したように動かなくなってしまったんだ。トラップの類だろう。でもほんの少しでキングは回復して、体に別条は無かったんだけど」
「そいつが部屋に倒れてたんだ」
前より少し背の伸びたキングが割り込んで何故かドヤ顔をする。
「へぇ。何をやったんだい」
「知るもんか」
要するにキングが古代遺跡の謎トリガーを引いたようだが、さて、詳しく聞いてみよう。
「部屋に入った時には居なかったわ。間違いなく。でね、私達は彼女の言葉が分からなかったの」
と御者台から回ってきたワンダが大変なことを言った。
言葉が分からない?この世界は結構な野蛮な種でも同じ言葉を話している。例外は無い。どんな遠くに住むどんな種族とでも話す気さえあれば会話が可能だ。それが伝わらないとなると。
「異世界人、か」
「テララ人なの?」
「そうとも限らない。所持品を見せてくれ」
「身に着けているものが全てだ」
「ふむ、剣と軽鎧か。彼女は何故寝ているんだい」
「喋ったのは最初だけで、そのあと倒れてしまって、この状態だ」
「なるほど。顔色も悪くないし、起こしても問題ないんじゃないかな。気付け薬は有るかい」
「ああ」
エンティーがウェストバッグから小さな瓶を取り出し、しかめっ面も隠さず蓋を取り、倒れている少女の鼻の下を潜らせる。
三往復もさせただろうか。少女の目がぱっちり開き、ほえっと変な声を出したかと思うとやにわに起き上がる。ちょっと咽るがすぐに立ち直り、辺りを見回す。エンティー、キング、ワンダと見て、ヒコザを捉えると驚愕の表情を見せる。
「agnizam ezan!」
少女は何事か叫ぶと荷台を飛び降り、腰の剣を引き抜くとヒコザに斬り掛かった。
「うん、そんな気がしてた」
ヒコザは既に装備していた透明盾で剣戟を裁く。
頭部を狙った上段を盾で左へ受け流す。
喉への突きを盾の平で真っすぐ受け、返す右からの横薙ぎ胴を踏み込んで背中で体当たりを入れる。
少女は吹き飛び馬車の荷台に落ち、またもや気を失った。
「軽いな」
「ヒコザ?」
「えーと、なんかすまん」
女性相手でも容赦のないヒコザに苦笑いのエンティー、言葉が見つからないワンダ。キングは無表情だった。
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謎の少女は荷台で動かなくなってしまったので、状況を整理する事にした。
「あの感じではテラランではないね。では仮に、その遺跡が転移門だとしよう。設置したのは過去に存在した偉大な魔道士、と考えたい所だが、実際はキューブだろう」
「フォースキュービックか?あの?」
「そう。ま、そうでなくともああ言ったものはコストが掛かる。だからコストに見合った明確な使用用途が有るはずだ。ここでは長距離移動としよう。すると門は大陸の各地に有ると考えられる。真ん中と端っこに数カ所だ」
「妥当ね」
「因みに転移門の情報、例えば噂話とか聞いた事が有る人は?」
誰も頷かない。
「では推測を続けよう。言語の共通化が図られる以前に人類が移住していて、その後大陸と断絶した地域の存在も、無いとは言えない。例えば大陸の周りには島が有る。その内、遥か昔に通行が途絶えた地域が有ったかも知れない」
「言葉が通じない説明になるな」
「実際、テララは遠すぎて転移は厳しいよ。なんとなくだけど、その転移、回転方向にするんじゃない?」
「ありそうだ」
「そうするとどこから来たのか絞れそうだ。しかし問題はそこじゃない」
「もし一方通行だったら」
「有りがちね」
「全ては仮説だ。でも予想が立っていれば答え合わせの時、理解しやすいかもしれない。おっと通信だ。早かったな」
ヒコザは少し離れ虚空を見つめ一人で喋っていたが、しばらく話すと帰ってきた。
「えーと、そうだな、うん、僕の仲間から回答が有ってね。まず遺跡は転移門で間違いない。普段はロックが掛かっていて稼働しないんだけど、キングには使えたようだ。で、今、管理者がもっと硬くロックしたので、もう動かないはずだ。因みに設置したのはフォースフォウ。キューブじゃ無かったね」
「なに?だれ?」
「詳しくは話せないんだワンダ。僕にも転移門の位置や使い方は教えて貰えなかった。転移元も分かっているそうだが、ロックしたから彼女を転移門で送り返す事は出来ない。聖都まで来てくれれば彼女の国に送ってくれるそうだ」
「どなたか存じないけど助かるわ。あの姫様?」
「違う。彼女は宮殿に戻っている」
「へぇ」
「良し、端末に翻訳が降りた。-akattiahoruf -ussio!」
「端末?」
「便利だろ。僕らのと似た物をこっちの世界で作って貰った。君らの宿に行かないか。自己紹介もまだなんだろう?彼女が目覚めた時に渡す手紙を書いておこう」
その日はワンダ達に彼女の面倒を頼み、解散となった。
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翌朝合流すると、ヒコザは名刺大のカードを一束、ワンダに渡した。
「使えそうな単語をカードにして書いておいた。道中で役に立つだろう」
「あら助かるわ。意外と豆ね」
「慣れたもんさ」
ワンダはカードをめくり、食事やトイレなど頻度の高い、そして恐らく昨晩苦労したであろう単語を使いやすい様に抜き出していた。
例の少女は大人しく荷台に座っていた。唯その視線はひと時も外れる事無くヒコザを捉えていた。
剣帯を外されたからか、昨日の戦闘で敵わないと悟ったからか分からないが、とりあえずヒコザを襲っては来なかった。
エンティーが馬を引いて来る。
「ヒコザも来てくれるんだよな」
「ああ。暇になったから顔を見せに来ただけだから。急ぎの用は無いよ」
「食料は調達しておいたから、このまま出よう」
「了解だ。経費は聖都で異邦人保護局と交渉するから任せてくれ」
「頼む。あと言葉を伝える役もな」
今日はキングが御者台に座り、ワンダが荷台に乗った。カードを使って状況を説明するつもりなのだろう。
ヒコザも昨日調達した自らの馬に跨ると、一行に出発を促した。
なにしろずっと暗いので景色が見渡せず、旅としては今一つ面白みに欠ける。しかも善人か悪人か分からない人物を護送中だ。ヒコザはあまり楽しくなかった。
「なぁ、僕を知っているのか?」
少女の側へ馬を寄せ、思い切って話し掛けてみた。激昂する可能性も有ったがワンダが抑えてくれるだろう。
「やはりお前は話せるのだな、この汚い魔人め」
「魔人って何だい」
「とぼけるな。汎人はそういった魔力を持たない。お前は魔人だ」
「なるほど。君達は魔力を持たないの?」
「なぜ聞くのだ。当然持つ者もいる。私も魔法使いなのだぞ」
「そう。魔の力を使うから魔法でしょ。僕とどう違うんだい」
「これは神から授かった清き聖なる力だ。お前らの邪法とは違う」
「違わないよ。神力や仙術でなければそれは魔法だ。君は神族かい」
「それは、もちろん、違うが」
「僕もその魔人?では無いよ。この世界は魔神が創生したんだ。だから彼の愛した君達人類は魔の力、魔法を得た。君が君の敵や目の前の僕を嫌うのは勝手だけど、世界の成り立ちを否定するのはやめて欲しいかな。それは現にこうして君の目の前に在るのだし。ちょっと暗いけどね」
「お前は悪を成さないとワンダが言っているから、今はお前を討伐しないが、信じろと言うには恐ろしすぎる存在だ」
「うーん、もしさ、何か後ろめたい事が有るならこうして再び君の前に現れたりしないと思わないかい」
「それは分らぬ」
「じゃあ考えてみて。僕の名はヒコザ。昨日君達が居た、白石砦の者だ」
「それは聞いた」
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数日の旅を経て馬車は聖都の異邦人保護局に辿り着いた。
宮殿から連絡が行っていたのか、局の門には数人の局員が迎えに出ていた。
「異邦人保護局を代表してご協力に感謝します。お疲れでしょう、どうぞ中へ」
皆制服なので分かりづらいが、ベテラン職員に見えて彼が局長だ。そして何故か女性職員に混ざって制服を着たマヤも居た。ヒコザと同じ端末を彼女も持っているので、翻訳機能でこっそり職員のフォローをするつもりなのだろう。
女性職員達は寄ってたかって姦しく、異邦の女性を取り囲み、テンション高く連れ去って行った。
残された我々は会議室へ通され、各々付いた担当とこれまでの詳細を語るのであった。
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「さてキング。折り入って頼みがあるんだが」
ヒコザは保護局の屋上にキングを連れ出した。周りには誰も居ない。
「なんだよ、俺様に頼みって」
「キング達の任務は無事終わった訳だね。でだ。僕が彼女の話す言葉を翻訳できる機械を持っているのは知っているね。それのお陰で彼女の国まで護衛して着いて行く依頼が来ている事も」
「そうだな」
「この役目、やりたくないかい」
キングの目が一瞬光るが、わざとらしく遠くを見る。
「ま、まぁ、な」
「しかしこの役には高い信頼と実績、そして高い能力が必要だ。そして翻訳機」
「その機械以外なら完璧なんだがな、俺は最強だから」
「そうだろうとも。だからこの機械を譲っても良いかと思っている」
「お前良い奴だな。知ってたけどな。で、どこからが頼みなんだ?」
「銀の島のブレインを稼働させてくれないか」
「何の事…だ」
キングが白目を剥いて後ろに倒れそうになった。ヒコザが慌てて抱え、そっと地面に寝かせる。
ヒコザは懐から透明なカードを取り出してキングのおでこに当て、一つの文言を述べた。
「我々は助けを求められた時以外ガルバンキングの人生に干渉しない事を約束する」
カードに了承の文字が浮かんで消えていった。
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フォースフォウが実験的に作成し、コスト高の為廃棄。その後遺跡化していた転移門が突如稼働し、偶然近くに居た冒険者を吸い込み、アームス島から帝国辺境まで転移させてしまった。
管理者であったキューブは端末のログから即座に原因を究明。長期の放置によりエネルギーが充填され転移門の稼働に足りた事、開錠にはブレインのIDが使用されていた事が分かった。履歴には残されていなかったが、ライト達三人は、彼らが復活した際、使用されたモジュールが四つ有ったのを思い出した。そしてブレインが休眠する際にその四体目の素体を使い、自ら地上へ降りていた可能性に思い当たった。
素体がブレインの記憶を持たず、のんびり楽しくやっているであろう事は想像に難くない。恐らく人生を全うしたら戻るつもりでいるのだろうが、それを待っていてはエイトゥーラがテララに征服されてしまう。キューブ達とヒコザは話し合い、素体の人生は自由にさせる条件で銀の島のブレインを説得し稼働させる方法を模索していた。転移門の稼働ログからブレインの素体がガルバンキングと知ったヒコザは、ブレインを説得し承認を得ようとありふれた記憶媒体を手にキングに接触したのだった。
意識を取り戻し、体を起こすと、やはりキングはブレインの記憶を持ち合わせていないらしく、倒れた原因に心当たりは無いと言っていた。ヒコザは既に設定を済ませていた端末をキングに渡し、二人は会議室に戻って行った。
キューブの作った情報端末は少し大きめのイヤーカフタイプです。
主に音声情報を伝えます。
装着した側に寄っていますが映像を投影することも出来ます。
//最終回直前に新キャラを出してしまいました。どうしましょう。




