ぺ!
私がミレニア帝国を去ってから一年が過ぎようとしていた。
デイスカー議会は下級貴族の三男と異邦人である私達を亡命者として受け入れ、数日間の拘束を経て市民権を与えてくれた。
「ティファラ、何か気になるのか」
夕食に誘ってくれたクレアストールが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
「んーん、結構色々あったな、と思って」
最初、彼は騎士団への就職を希望していたけれど、軍警は無理との事で今は消防の仕事に就いている。立派な公務員だし体も鍛えられると本人は喜んでいた。
私はと言うと、テララの技術を記録するため、とある大学の研究室に所属している。とは言え、私自身の持つ技術など高が知れていて、ほんの数週間でネタは尽きてしまった。向こうもそれは承知していて、生まれの違いからくる発想の差異を研究に生かすよう指示されている。給料は安いが仕事もきつく無いので取り立てて問題は無い。
そう言えば持ち込んだ異世界機器も評価されなかった。銃器は弾切れで撃てない。無線機は受信機が無い。医薬品は量が少なすぎる。金属製品を鋳潰ぶそうとすると全く溶けないか若しくは蒸発する。ARゴーグルは文字が読めないので使えない。極めつけにヒコザから奪ったゴーグルには盗難防止措置がされていて、これが大いに問題となった。あの時は、ゴーグルが外れなくなったと深夜に呼び出されて見に行くと、そこではベテラン研究者が瓶底メガネにつるっぱげで隔離されていた。盗難と認識したゴーグルは使用者の視界をブロック。強化繊維のバンドで犯人の頭部をガッチリ拘束。追跡マーカーとして頭髪の削除を行ったようだ。何故か頭頂部にひと房だけ、ちょっとだけ毛が残っていて爆笑を禁じ得なかった。ごめんねおじさん。泣かないで。テララの極東にこんなパーティー眼鏡が有るのを思い出し、流石ヒコザだと感心した。悪い意味で。軍用であるARゴーグルは非常に丈夫で、技術者達は様々な工具で切断を試みたが歯が立たず、装着者に怪我をさせずに外す事は出来ないと判断したそうだ。私は自分のゴーグルで同期し、凡そ三時間掛けてパスを外すとゴーグルは外れたが、その後両方のゴーグルが起動しなくなった。
「そういえば明日、彼が来るんだったな」
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翌日は国を挙げて休日となっており、私達は議会から要請され、式典に参列していた。
何を祀っているのか知らないが異常に荘厳でやたら広い神殿の前庭に、議会の偉い人達が並び、末席に私とクレアストールも立った。そろそろお時間です、と誰かが誰かに報告する声が聞こえる。デイスカーはミレニア帝国と比べ寒いが少し明るい。前庭は広くそこへ続く道も平坦で遠くまで見通せるが、それらしい馬車は見えなかった。
何かの振動音。
ごく低い、巨大な戦艦か恒星艦の離陸のような音が聞こえた。ふと空を仰ぐと雲を割って輝く船底が現れ、それは続いて二つ、三つと増え、全部で十二隻の巨大な航宙艦が降下してきた。
あ れ は な ん だ
テララの艦船では無い。決して。形的には概ね船の形をしており、それが空中や宇宙を飛ぶ艦艇だとわかる。しかしスラスターの類が一つも付いていない。あれは何をどこから噴射して飛んでいるのか。そもそも宇宙軍の艦船は光らない!むしろ光ったら駄目だろう!つまりあれだ、そう、宇宙人。そうだ、それに違いない。
それらは高空で高度を保つと、中央の一隻から小型の船が離艦し、神殿に向かってゆっくり降りて来た。これも光っている。周りの大人達はひたすら感激しているが大丈夫なのか。やばいものが来たのと違うのか。小型艇は前庭の上空に音も無く停止し、やおらおもむろにハッチを開いた。空中で、だ。
ハッチから男がちょこっと顔を出すと中に戻り、今度は女性を抱えて出てきた。彼はそのまま飛び降りるとふわりと降り立ち、進み出ていた代表者と挨拶を交わす。二人とも金糸の黒服で、帯剣していた。
ヒコザだ。そして私にはわかった。仮面を付けているが、あの女はあの時、ヒコザと別れるきっかけとなったあの時、ヒコザと一緒に居た子だ。
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「やぁ、元気にしていたかい」
歓迎パーティーの席で、ヒコザは変わらぬ笑顔で私の前に立った。
「それなりに」
私はわざとそっけない態度を取った。それはそうだ。自分達は彼らから逃げ出したのだから。本来なら合わす顔なんて無い。今日だって逃げ出すべきだったのだ。そこを議会がどうしてもと言うから来てあげた。彼は少し傷ついた顔をして、話を進めた。
「必要なものは無いかい?僕に用意できるものに限るけど」
脱走兵に軍用機器は渡せないと言う訳か。いらんけど。それにしても有難い申し出ではある。彼の人の好さにはため息が出る。
「帝都のデザートでも頼んで欲しい訳?」
「必要なら」
「いらないよ。他に話は?」
「ふむ。上の艦隊は見たろう?あれを増やしたら君達をテララに戻そうかと思うんだ」
「はぁ?」
「前に、どうして僕らがテララに戻れないかは話しただろう?この世界が知れると侵略されてしまうからだ。つまりこの世界を守れる軍事力さえあれば、知られても問題無い」
「勝手だね」
「すまない。数年で整うから、それまでに答えを考えておいてくれ」
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ヒコザはデイスカーから銀の島に戻ると十二隻の艦船を再点検し、人口太陽の配光板修理へ送り出した。
キューブ達とマヤも一緒に管制室で発艦をモニターしていた。ヒコザは手にしたお茶をくるくる回しながら小さく息を吐いた。
「再稼働までまだしばらく掛かるけど、とりあえずは良くやったと思いますよ」
「そうだな。次は備え、だ」
「ええ。人口太陽自体は無限稼働だから良いとして、今後もこう言った事態に対応できるようにしないといけませんね」
「まずは人を増やさないと。スカウトに行ってもいいかね?」
ライトの視線はマヤに向いていた。
「本人が良いと言えば。但し雇用条件は明確に提示して頂きます」
「無論だ。それにキューブになれと言う訳じゃない。地上勤務だ」
「と言うと」
「やって欲しいのは地下の方だ。連絡通路が幾つも遮断されていてね。まずはそれの復旧だ。あとあの海賊船が開けた穴も直さないと」
「となるとキューブの設備を扱う事に?一般には難しいですね」
「心当たりが有るんじゃないのかい」
「ええ、まぁ。テララ製の優秀なAIが一機稼働しています」
ここしばらく、揚陸艦チトセは特別な指令も無く、艦体の保守を優先している。活動も人型機動体の歩いて行ける範囲に留め、後日テララに送り返す時にリング界やエイトゥーラ大陸の情報をなるべく持ち出さないよう、配光板修理には関わらないようにしていた。
「一度話をしたいな。うまい手が思いつくかもしれない」
生きている人をキューブに採用するのは中々難しいです。
知能と素養、あとはシニカルで達観した性質を備えていると良いですね。




