とったどー
勇者達が詰めるオフィスエリアに戻り神剣を披露すると、一行は歓喜の声に包まれた。
この反応はヒコザにとっては意外だった。旧城詰めの衛士を始め、文官、研究員、ポーターさん、出入りの営業、施設管理の職人さん、幹部職、そして勇者達。彼らは請われたり、雇われたり、辞令を受けたりして集められた、言わばお仕事で来ている人員だ。ミレニア帝国が神剣を得ると言う政治的に決して宜しくない結果にも関わらず、皆が笑顔で讃えてくれたのは本当に嬉しかった。
領主館には十二日間留め置かれた。その間に催された宴が四回、会談は七回、その他非公式な立ち話が何回か。そして地元の職人との情報交換を多数行った。話した相手の名前と要件はメモ帳に記録してある。デイスカー首都へも招聘されたがこれは断った。流石に帝国聖都への報告が先である。ティファラの件もあり、身の回りが落ち着いたら伺わせて貰う事とした。
いつもなら先に聖都に戻るマヤが、今回はヒコザに付きっ切りだった。それが自然だと思うのでヒコザは何も言わなかったが、マヤは何か思う所が有るのか、不思議と手を繋ぎたがった。チャンドラも一緒だし、体裁良くスターシャも聖都駐在の辞令を受けたので、四人一緒に聖都に向かう事となった。尚スターシャ付のスタッフは人数が多過ぎる事も有り(五十人位いた)既に聖都に向けて発っている。
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四人が聖都に着いた翌日、朝は神事との事で、神殿のエンドラ座像に一時退いて頂き(これは木製で分解できた)、その椅子に剣を持ったヒコザが座り、聖都の要職者が首を垂れるという行事が行われた。これは黒地に金刺を纏ったマヤが斎主を務めた。スターシャも列席し、まるで別世界へ行ってしまったかのような友人達を複雑な想いで見つめていた。
午後はスターシャの謁見が控えていた。
聖都にデイスカーの貴人が招かれたのは戦後初、十数年振りだそうだ。神剣獲得に尽力し、それも今後は聖都駐在とのことで、例外的にスターシャは女帝に謁見を求められたのだ。控室には勤めを終えたマヤが付き添いで来てくれていたし、謁見の間では大臣達と並んでチャンドラも見守ってくれていたので、スターシャは落ち着いて口上を述べる事が出来た。女帝の更に上座、薄いヴェールの向こうに黒服の男が鎮座しており、それがヒコザだと分かるとうっかり口元が緩みそうになった。
午後から貴族向けの宴が催された。ヒコザの神剣獲得を広めるための宴だが、スターシャ達一団の歓迎と今後のデイスカーへの国交の再開に配慮した内容となっていた。宴の中、スターシャの周りは武官が多かったが、その内貴族の子女が立ち代わり入れ代わり、挨拶の言葉を交わしていった。中に異彩を放った女性が三人居て、チャンドラに確認するとそれは最も位の高い貴族に連なる方々だと教えてくれた。つまり四人の女帝の中身、という事だ。四人目はどこかしらと何気なく見回すと、ヒコザと連れ立ったマヤと目が合った。
翌日、スターシャは貿易に関する会合に参加した。出席者はミレニア領主や数人の大臣(と称する女帝含む)、辺境伯、隣国大臣等だ。仮にデイスカーと限定的な貿易が始まるとし、その際の交易と関税の骨子を作ろうという話だ。もちろんスターシャ個人はそこまでの権限は持たないので基本、提案は持ち帰りとなるが、実の所スターシャのスタッフには大臣クラスがごろごろしているので大概の話はできる。彼らの協力を得て色々と案と数字を出し合ったが、スターシャとしてはこの一言で全てだった。
「エンドラ様は皆の生活を良くしようとして下さっています。帝国も、デイスカーも、です。この言葉に間違いは無いのです。ですから、初めから最も良い政策を取るべきではないでしょうか。私からは関税無し、つまりは自由貿易を提案します」
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チャンドラ・エウロスは剣聖と踊っていた。剣闘の揶揄ではなく、本当に踊っていた。
観衆は誰も居ない。道場の地下深く、地底湖に祀られた祠の前で剣聖達が舞うものである。
これにてチャンドラは剣聖拝命を完了した。神剣獲得の武勇が評価されたのである。
道場に戻ると宴が用意されており、皆で新しい剣聖の誕生を祝った。
折りたたみのテーブルに白い布を掛けただけの宴席に、心づくしの料理が並ぶ。
席には道場の門下生と一緒に剣聖やチャンドラの親戚や友人も着いている。
門下生には騎士やその見習いが多く、人数は僅かだが才を見込まれた商人や学生も居た。
剣聖セルベリオス・ミレニアはマヤの祖父なのでミレニア領主であるマヤパパも当然居るし、ミレニア派と仲がよろしくないエウロス派重鎮であるチャンドラの両親や姉も来ている。小さい道場ではないが、いやはやどうして、友人枠のヒコザにとって中々の圧である。
ヒコザの名は一般には公開されておらず、魔神として顔も知られていない。今日は貴族の方々に合わせたビジネスライクな装いを、格下に見せるため着崩している。貴族にも一般市民にも両対応を狙い、まぁどこかの商人の三男坊みたいな印象を作って来てみた。上座側の隣には同じく目立たない格好でスターシャが座っている。尚マヤは上座でマヤパパががっちりガードしている。もちろんチャンドラはお誕生日席だ。
宴が進むとヒコザに興味を持った門下生がヒコザに話しかけてきた。メガネの似合うイケメンである。イケメンは滅べばいいのに。
「ええと、お初にお目に掛かります。ダキシーニと言います。道場の者です」
「初めまして、ヒコザです。おめでとうございます。チャンドラさんにはお世話になっています」
「ありがとうございます。師範のお知り合いでしたか。今日は中々凄い方が来ていらして」
「ええ、本当に」
「大先生や師範が大貴族だとは伺っていたんですが、まさかここまでとは思っていませんでした」
「あーわかります。領主様とか来ちゃってますもんね」
「そうなんですよね。一応うちでも精一杯の準備はしたんです。とはいえやはり庶民の」
「何を言っているんですか。精一杯、それ以上のもてなしはありません。貴族の方々も喜んで下さっていますよ」
「そうなんですかね」
「おいしそうに食べているじゃないですか。事実おいしい」
「ありがとうございます」
「これも何かの縁、ダキシーニさんは普段は何を…」
ダキシーニは聖都騎士団の所属で、剣の腕に自信は有るが将来的には軍を纏める職に就きたいと考えているようだ。
ヒコザは今後起こるであろう技術革新の可能性を示唆し、軍略が大きく変わると説明した。
「一日の移動距離が大幅に伸びるとしましょう。そうなればどうなります」
「多角的な戦略となりますが、そうなると兵站が間に合わなくなります」
「よくそこに目が向きましたね。すばらしい。で、兵站の再編成となる訳ですが、ここで最新の…」
ヒコザがスターシャに目を向ける。
「調理機ですね!」
「そう。今後は天然ガスを圧縮して運ぶ事が出来ます。これを調理の燃料に使います」
「なるほどそんな事が」
「乾パンと干し肉も悪くは無いですが、現場で手早く火が使えるのは大きいと思います。資料が整い次第、異邦人保護局が情報を開示しますが、製造はデイスカーが先になりそうです」
「へぇ、するとこれはあの、エンドラ案件なのでは」
「そんな呼び名なんですね。別に怖いものではないですよ。上手に利用して国力を上げて下さい」
「はい。そうします」
彼のメガネの奥がきらめいた。
下手に関税を設けてしまうと結局税率の低い国を通して関税逃れをしてしまいます。
密輸でなければそれで良いのですが、それに伴い輸送コストが増えその分価格が上がるから無駄じゃない?って話です。




