プリズムきゅん!
徐々に移動距離が増えているが、旧城の侵攻は滞りなく進んでいた。
妖魔の三番手は群れを成した獣型であった。概ね狼と呼べるだろう。
数えたところその数は十八で、体の大きさはどれも同じく二メートル程である。
難敵に対し負傷を避けたかったヒコザ達は遠距離からの魔法攻撃を選択した。
まずヒコザの重力制御を試す。床の強度が心配だがミレニア城は巨大な岩をくり抜いた構造の為、少々の事で抜けることもなかろう。であれば他の魔法より環境に影響が無いと思われる。
バックアップでチャンドラが単発の魔法を使う。これは数発しか撃てないので、それ以外で撃ち漏らした個体はマヤとスターシャで各個撃破する予定だ。
ヒコザが曲がり角から進み出て、射程距離まで進む。他の者は開戦まで角の手前で待機だ。
敵がこちらを様子見している間にヒコザが重力制御を掛ける。
獣の一団が揃って地に伏せる。結合が浅い個体がその場で浅黒い霧状に変化して消えていく。しかしその内五体が攻撃に耐え、反撃に転じた。狼達は強重力地帯を抜けると揃って大きく口を開け、細く光る熱線を放ってきた。
撃ち漏らした個体を迎撃しようと飛び出していたチャンドラ達がその標的となった。チャンドラは盾で受け、マヤは躱した。スターシャは魔法で前方にプリズムを作り出し熱線を撃ち返した。撃ち返された熱線が狙い違わず発射した狼を焼き払う。敵に向かって衝撃音が走ると駆け寄ったマヤが一閃し生き残った狼の首を刎ねていた。
ヒコザが振り向く。
「やっぱり逃げちゃった。ごめんね」
「いえ、大丈夫です」
「でもみんな強いな!これなら安心して進める」
「あ、あの」
「スターシャさんどうかした?」
「すみません、黙っていて。私少し魔法使えます」
「みたいだね。いや、魔法使いが自分の能力を話す筈が無いじゃないか。問題ないよ、信じてるから」
「あ、ありがとうございます」
「さっきのはどうやったの?」
「水系です。内側に積層させるのがコツです」
「なるほど?」
その後階上の様子を見て、幾つかの観測機を設置すると、一行は町へ戻った。
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本日は領主館で定期連絡会だ。連絡会自体はこれで三度目で、今回はヒコザの踏破報告以外に旧城研究班による妖魔の検死結果が報告される予定だ。
指定された部屋の机はコの字に並べられ、正面には(恐らく)この世界初のホワイトボードが置かれていた。これは街の商業ギルド経由でヒコザが手配したもので、圧延板を使用したデイスカー職人渾身の作である。残念ながらマーカーは間に合わなかったので、こちらはチトセ本体に作って貰った。
各席には席順と肩書、氏名が書かれた図が用意され、自己紹介は適宜となっている。これは時短と共に権力で妙な圧を利かせる輩をスルーする効果を狙って採用した。
司会は本日も領主館の家令が務める。短い開会宣言の後、すぐにヒコザが指名され報告に移る。
「現在我々は第六ブロック東階段上階に至って居ります。今回戦闘になりました妖魔の数は……」
説明しながら席を見回す。今日の出席者にはヒコザの知らない顔も多い。踏破成功の可能性に現実味が増した現在、これまで懐疑的だったデイスカー議会筋やら本都貴族派閥の出席者が増えたためであろうか。
当然と言うかそんな中にはヒコザ達を否定したい勢力も居り、やたらと嘴を挟んでくる。
「妖魔の死体が消失したというが、それは過剰な火力を用いた結果と読める。消えた死体に我々には見せられない何かが隠されているのではないかと思われても仕方が無いのではないかね」
「現在までの戦闘では経験に乏しく敵の身体強度まで推し量る事が出来ません。又、現状全ての事象に優先して我々踏破隊の安全を最優先に行動しております。この件については交わした覚書に明記してあります。ご確認下さい。付け加えますと現存する妖魔の死体は全てデイスカー預かりとなっております。以上の事からご納得頂きたく願います」
「では聞くが妖魔の用いていた武器や鎧はどうなったのだ。まさか隠したりしていないだろうな」
「勿論です。その件についての詳細はそちらの研究班から報告が予定されております。戦闘後の現場は速やかに記録し旧城スタッフに移管しておりますよ、第八師団副顧問シンダリアノラ様。ご質問は一度に一つ、簡潔にお願いいたします」
他の者には見えないがヒコザの目の前には質問者の経歴と顔写真、派閥、注意すべき後ろ盾等がホロ表示されている。髪の中に潜む妖精型チトセの仕事である。本船でのアップデートで色々便利になっているのだが、一貫して発話しないのが拘りというか何というか。
司会の家令がやや強引に質問タイムを打ち切って旧城研究班を指名する。今日の説明は研究班のトップが務める。まだ若い研究者だが面倒見が良く実利的な考え方を評価され抜擢されている。尚彼ら研究班は全員臨時雇用で、本来はそれぞれ別の職に就いている。
「えー、研究班のサラガリフです。お手元の資料をご覧下さい。これまでの妖魔との会敵は全部で五回、ダラカス様勇者パーティーが二回、ヒコザ様踏破隊が三回です。うち勝利したのは後半の三回です。今回はこの戦闘で得られました現在までの知見を共有したいと思います」
資料の一ページ目には会敵の日付と人員、大まかなスケジュールが表になっている。二ページ以降はそれぞれの戦闘内容とその後の検死結果等が続いている。
「妖魔の死体と武器、鎧状の外装、何れも数日で霧散しました。身体の構成が我々とは異なり、成長を伴わない、つまり初めからあの姿で構成され存在する為と推測されます。その根拠としましては……」
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連絡会が終わり、会場を片づけているとヒコザに落ち着いた声がかかる。司会を務めてくれた家令だ。
「失礼なようですが、本日のご立派な様子を見ておりますと、本当にヒコザ様は異世界からいらっしゃったと感じます」
「そうですか?ありがとうございます」
「そちらのお国では皆様そんなにお若いうちからそれ程の教育をお受けになるのですか」
「全ての市民に義務教育が課せられます。僕なんかは全然ダメな方でして。機械とか電子とかそういったものが好きなんです」
「それは興味深いですな。いつかそのお話をゆっくり聞きたいと思います」
「いつか必ず。それに、そういったものが珍しく無い世界にしたいと思っています。もちろんしばらく先の事になりますが」
現在のテララ人はかなり微妙な立ち位置にある。正確にはテララのテクノロジーが、だ。今の所、帝国でもデイスカーでもその利用価値に懐疑的な意見が多く、積極利用の声は上がっていないので、特別な緘口令も、情報の引き出しも行われていないが、いつまでそのような保留状態が続くとも分からない。ヒコザはどちらかに傾く前に権力を手に入れなくてはならない。そうでなければ自由を奪われたり、最悪の場合は生命に危険が及ぶだろう。ヒコザだけなら戦闘を介して生き延びることも出来るだろうが、空尉や後から来た三人、そしてティファラの身を守るには、強大な力が必要だ。
ヒコザの魔法はこの時点でかなり熟達しています。
射程も伸び、床が抜けないよう上下から魔法を掛けています。
撃たれた熱線は透明盾で霧散しています。
軍用宇宙船の窓用素材なので、ビームの拡散機能があるのです。凄い熱くなりますが。




