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貴方の奢りならよろしくてよ

 私はデイスカー議会よりミレニア旧城の管理を預かる司令官、名をリノリナフィノリス。本日は休息日である。


 魔神候補が旧城アタックの期間中、司令官の私が休息日を得られることが非常に奇妙に感じるであろう。実は奇妙なのはヒコザの方だ。あの候補は綿密な攻略スケジュールを立て、妨害工作をするかも知れない我々に提出し、律儀にもその通りに侵攻している。妖魔も予定通り二体だけ倒すとスケジュールに余裕が有るにも関わらず真っすぐ帰還してきた。


 このエンドラ候補は帝国を後ろ盾に本来は敵対するデイスカー議会に承認を受け、予定通りに旧城を踏破しつつある。彼らは今の所誰も怪我をせず、体調も万全だ。まさかと思うが帝国所属の彼が本当に神剣を得てしまうと帝国が魔神を得ることになるが、その辺は逆に今、応援して後の交渉を有利にすべしとの議会の意見である。分かって欲しい。創生神が気まぐれで自分の作った世界に遊びに来てしまうのだから、お迎えした地元民はそれはもう大変なのだ。


 で、何故か今、テーブル向かいの席にその魔神候補ヒコザが座り茶を啜っている。私の隣には東方支援軍軍団長クッカララノイア将軍の娘スターシャ様、そしてヒコザの横に勇者ホトフルの四人で時間調整も兼ね市内のカフェで休憩中だ。他の勇者や私の同僚も誘ったのだが、皆青い顔をして辞去していった。その中でスカウトの彼だけは興味を抑えきれず同行を承諾した。彼だけはヒコザと戦闘していない為、その恐ろしさを実感していないのだろう。顔面鷲掴みでぶん投げられた子も居るのだ。私は自身の役職もあるし、一応ヒコザとは既知の仲だ。食事代を出すという彼の提案を断る理由は無い。


「今日はマヤさんとチャンドラさんは来ないんですねぇ」


 ホトフルが特大の地雷を踏みに行った。流石勇者。真似できない。

 スターシャ様がぴくっと反応する。そっちかよ。

 ヒコザは笑顔を崩さず丁寧に答える。


「宮殿に用事が有るらしくて、ごめんね」

「いえそんな!流石ですねぇ」


 何が流石なのか。

 まぁ無難な返答で助かった。馬車で一か月くらいは掛かる距離だから、実際に行き来するのではなく、市内に帝国の派出所でも有るのだろう。聖都からは普通に手紙も届くし、別に違法ではない。


「ヒコザさんって白石砦の方なんですよね?話に聞いたことは有りますが実際、どんな所なんですか」

「工業地帯だから電気が有るよ。時間帯指定だけど一般家庭で電灯が使える」

「辺境と聞きましたが意外ですね」

「砦の向こう側に畑が作れないからね、工業でやっているんだ」

「なるほど。敵の侵攻は激しいんですか?」

「三種族で襲ってくるね。でも一度には来ないから大部隊は必要ないよ」

「そうなんですね。ヒコザさんも防衛に?」

「小さい頃に。育ての親と一緒に魔法使いと戦ったことも有るよ」

「へぇ、やっぱりそうなんだ」


 やめろ!やっぱりって何だやっぱりって!ヒコザが冒険者年鑑の帝国番付に載ってるとか絶対言うんじゃないぞ!分類が怪人とか知られたらやばいって。因みにこいつのパートナーは女帝と巫女と剣士で三か所載ってるぞ。言わんけど。


「そういえば、こっちに僕の仲間が来てると思うんだけど、聞いた事無いかな」


 良かった、ヒコザから話を逸らしてくれた。しかし仲間って誰だ?


「ここは情報統制もしていない元帝国の町だ。普通に連絡を取れないのか」

「いや、そうではなくて、えっと、僕らは三人で遠い所から船に乗って来たんだ。白石砦では近くに暮らしていたんだけど、その内の一人がデイスカーに亡命したんだ」

「穏やかじゃないな。まぁそういう話は中央だな。少なくとも私の管轄では聞いた事が無い」

「うちらも無いっすね」

「そうか。スターシャは」

「テララ人のお話は聞いた事が無いです」

「ふうん。元気で居てくれると良いんだけど」


 その日の午後訪れた交響楽の催しは中々の圧巻で有った。これは私の希望で来たのだが、同行者諸君は喜んでくれただろうか。音楽というものはある意味刷り込みが大事で、実の所気に入っている曲は感動しやすいが、初見では何てこと無い場合も多い。自分のお気に入りを勧めても不発に終わる度合いが大きいのはその為だ(旧城管理局調べ)。素養の有るデイスカーの二人は素直に喜んでくれたが、ヒコザはどうかと様子を見る。彼はデイスカーの文化に精通していない筈なのだ。感動も薄いだろう、とちらっと見ると、これが案外気に入った様子だった。箱織り台(テララで言うピアノに似た楽器)のソロでは身を乗り出さんばかりの集中を見せていた。ふふ、分かるじゃないか。


 夕食後、解散の予定だったが全員同じ宿と言うこともあり、エンドラの固有魔法、重力制御を見せて貰うことになった。良いのか?本人が良いというのだから良いのだろう。宿に許可を取り、四人で裏庭に集合する。そこそこ良い宿なので裏庭も広い。

 ヒコザが小石を空中に浮かべ、瞬時に重力を反転させる。低い衝撃音と共に小石が空中から消え去る。地面には小さなクレーターと小石大の穴が空いていた。


「え」


 予想と違った。

 ちょっと小石が浮くとか、良くて池の水面を歩けるとか、そんな物を想像していたのだ。殺傷力高過ぎだろう。エンドラは神剣を得るまでは普通の人間と変わらない筈だが、なんだこれは。

 ヒコザは続けて立ったまま前屈姿勢を取ると、微かな風の音を纏いながら空中に浮かんだ。


「バランス取るのが難しくてね」


 担がれた死体のような格好で上昇するヒコザ。ちょっとシュールな絵面である。

 高度を取ると姿勢を戻し、遠くの山へ向かって飛行を開始した。一瞬で視界から消えてしまう。


「なるほど」


 勇者ホトフルは地面に空いた穴を覗き込みながら言った。


「あんな魔法食らったら背骨から折れますわ」

「だなぁ」


 私も同感だった。

 やはり前屈姿勢で戻ってくると、ヒコザはそっと着地した。


「どうですか。他の魔法で代用できるとは思うんだけど、ま、こんな感じ」

「いや良く分かった。凄いな」

「ありがとう。練習したんだ」

「ところでその、その力は何に使うんだ」

「ん、何か意味が有ってこの魔法という事では無いと思うよ」

「ふむ」

偶々(たまたま)エンドラが重力制御に長けていただけ。僕は身近を、できればこの世界ももう少し良くしたいから、そのために役立つと良いかな。皆も手伝ってくれると嬉しい」


 いいとこ持ってったな!だが許す!がんばれ!

アタックパーティーが休みなのでスタッフも休みです。

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