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ひらひら

「あ、ごめんこれ駄目だ」


 一目見るなりチャンドラは宣言した。


「実験は無しで」


 上階へ続く通路にそれは居た。

 汎人と比べ明らかに大きな体躯。頭部の左右に備えた角を除けば概ね人型では、有った。

 うねり、そして搾り上げられた筋肉の塊に、異界の怪物を想像しても間違いは無かろう。


 その形状からヒコザは砂の塔に居た毛むくじゃらのデミヒューマンを思い出していたが、姿勢良く長剣を持つ姿に彼らとは違った雰囲気を感じた。


 チャンドラは盾を外しスターシャに渡すと一人、”敵”へ向かって歩みを進めた。

 妖魔はじっとチャンドラを見つめたまま動かない。

 間合いの外で立ち止まり、視線は外さずにチャンドラは浅く頭を下げる。妖魔は動かない。

 チャンドラがゆっくりと剣を抜く。妖魔も長剣を構えた。

 次の瞬間、双方の中央で剣がぶつかり、異常な衝撃音が響いた。恐るべき質量と質量のぶつかり合い。上段右、左、中段防御右差し足。上段正弾かれ、上段防御、下段防御、翻って中段左。続いて…


 この戦いを例えるなら何だろう、とヒコザは思った。消音機の無い高回転型レシプロエンジン。離れて見ている自分達の耳がおかしくなるほどの爆発が連続していた。


 歩法で回る円が三周目に掛かる頃、どちらともなく後ろへ下がる。

 妖魔は立ち止まったまま、大きく両腕を広げた。

 ぱら、ぱら。

 雪のように。花弁のように。

 見上げると光の届かぬ頭上から、何かがゆっくりと、舞い落ちてくる。

 それは文字だった。

 恐らく異界の。

 見たこともない言語の、ひとひら、ふたひら。そしてもっとたくさん。


 チャンドラは魔法の詠唱を始めた。距離が有ってヒコザ達には聞き取れなかったが、一般的に、余程大きな術式でなければ魔法の行使に詠唱は行われない。

 ヒコザはぽんと軽くスターシャが渡された盾を叩くと、自分はマヤを庇い、屈んで自分の透明盾に隠れた。スターシャも倣って手にした盾に隠れた。


 妖魔が両腕を振り下ろすのとチャンドラの詠唱が終わるのはほぼ同時だった。


 舞い散る文字のカケラがチャンドラを襲う。チャンドラは除けもせず、その場で片膝をつき剣を捧げた。その背後に眩しく輝いた巨大な手のひらが現れると、妖魔もろとも通路の空間に舞う文字を押し返した。一瞬、耐えたかに見えた妖魔だったが、力なくその場に倒れた。


「素晴らしい使い手だった」


 駆け寄ったヒコザ達に、チャンドラはぽつりと言った。

変な話ですが、皆さんは寝る前に暗い中目を瞑むっているとき、何か見えませんか。

目をぎゅっと瞑ったときに見えるような濃淡の染みとかそんな奴です。

血流の圧力らしいのですが、私はそんな説明ではあり得ない模様を見る事が有ります。

日によって違い、同じものを見ることはありません。中でも印象的だったのは野球帽のマークみたいなアルファベットをちょっと重ねたような文字が舞っている様子です。

ひらひらと舞い踊る様子がとても幻想的でしたが、光源が無く、完全に目の中でだけ舞っていました。

乱視と近視なので普段は良く見えないのですが、この光景ははっきりくっきり見えていました。

脳は疲労しないと聞きますが、そんな事は無く、疲れるとバグるのではないかと思って居ます。

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