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ダイエットし、しておいて良かったわ

 扉はトンネルの床より高い位置に有ったので、水がつく前に閉じる事が出来た。


「謎の気密構造が役に立ってしまいました」

「笑えないぞ、ヒコザ君」


 そう言いつつオスカルは安堵の笑みを浮かべる。ヒコザに渡されたブランド物らしいバッグを胸に抱いている。


「と、とりあえず落ち着こう。船はこの扉の向こうにある。いつか水が引いたら戻れるだろう」

「そうですねぇ。戦闘艇って丈夫ですもんね」


 ティファラは楽天的なコメントをしたが、その眉根はきつく結ばれていた。装甲は頑丈だが、宇宙船が耐水構造ではない事を知っているからだ。

 彼らは装備を点検した。個別のパックには口糧十日分、水、浄水器、シュラフ、無線機、フラッシュライト、ファーストエイドキット、ティッシュペーパーなどが入っていた。

 他に箱ごと持ち出した口糧が五箱。

 三人が今着ている地上服は一般的なアサルト装備で、色は濃いグレイ。市街戦用だ。電気泳動式迷彩なのでプログラムすれば色は変えられるが、プリセットは灰、草、砂の三色だけだ。化繊なのですぐに乾くのが有り難い。

 ゴーグルは視界にマップやテキストを表示する高度戦術AR機材だが、指揮もマザーとのリンクも無い今はちょっと便利な情報端末でしか無い。これは体温で発電するペルチェ式で充電の必要はない。操作は視線指示と奥歯に乗せられたコントローラーを併用する。

 ヒコザが扉に耳を当てる。低い振動音が徐々に無くなり何も聞こえなくなると、扉の取手から小さな音がした。おそらく完全に水没したので自動でロックが掛かったのだろう。機械式とは興味深い。


「さて、どうします?」


 ヒコザの質問はオスカルに向けられていた。


「無線が通じないな。水のせいかな?船のマザーと通信できれば良かったのだけど。さてさて、とりあえずヒコザ君、アサルトパックを出して頂戴。有るのでしょう」


 ヒコザは表情を固くした。


「君の考えていることはわかるよ。緊急事態でのパニック。そして諍いと同士撃ち。有りそうな話。だけどね」


 オスカルはヒコザからパックを受け取ると地面に座り、拳銃と弾倉を並べた。


「私に自決の道を妨げる権利はないんだ」


 ヒコザ達ははっと息を呑んだ。

 オスカルはそれぞれに銃を選ばせ、弾倉と一緒に与えた。オスカルは小口径の拳銃を、ティファラは小型の機関銃を選んだ。

 ヒコザは使い慣れた大型自動拳銃を選び、製造番号の一部がゾロ目なのに気が付いて少し気分が落ち着いた。


「残りは君が管理してね。さて、それはそれとして。ここに超音波探知機があるのは幸いだね。ボットは持ち出せなかったけど、役に立つ機械があるのは良いことだ。食料が尽きる前に地上へ出ましょう」

「地上・・・、ですか」


 細かい事だが、大地とは呼べない不毛の惑星表面は地上ではなく地表が正しい。ヒコザが遠慮がちに指摘する。


「上は真空で何も無いと思いますが」

「うん、でもさ、それじゃつまんなくない?」


 セルンの地表に出て救援を待つ。これが行動の全てである。宇宙服は脱いでしまったので気密の保たれた深度まで上がり、宇宙軍に無線で連絡を取る。議論の余地は無かった。先の見えない行軍の始まりである。しかし目的地が地上となれば話は変わる。目的は逃避から探索へと変わり、彼らの意識も前向きに変わる。オスカルが考えたのはそういうことだ。


 +++


 テララに比べると重力が弱いのが幸いして、彼らは体力に余裕が持てた。

 意外にも地下洞窟では水に困らない。濁っているものが多いが、流水はどこにでも有った。

 食料は口糧を切り詰めるしか無かった。生物の痕跡が全く無いこの鍾乳洞では、狩りも採集も不可能だ。

 飢え死ぬ前に早く、上へ、上へ。


 進行は困難を極めた。まず天井が低くなった。腰を屈めた状態で三日進む。そのまま道が水没している。水中に探知機は機能しないので、ヒコザが潜って先を調べる。エアボンベなど無いので息が続くまで潜る。途中洗面器程の大きさの空気溜まりを水面に見つけ、息をついて更に潜る。水中に何か恐ろしい物が居そうで心臓が縮むが、この洞窟に餌になるものが居ないことから、そんな存在は有り得ないと結論して、進む。このような淡水で本当に恐ろしいのは冷水による心臓麻痺だ。ヒコザは強力な軍用ライトを頼りに水中を進む。


 登りはもっと厄介だった。ある時は水が滴って石灰が堆積した道がつるつるに滑り、ザイルとペグを大量に失った。

 体より狭い穴など本当に困ったが、誰一人引き返そうとは言わない。

 力任せに抜けるが、この先道が続いているかどうかもわからず、素直に喜べない。

 ティファラの浄水器が壊れた。ヒコザのグローブが破れた。オスカルの無線機を中継器として置いてゆく。

 ヒコザのシュラフが水に濡れてしまう。ティファラとオスカルのティッシュが尽きる。口糧の箱が軽くなるが、もう残りは数えたくない。

 暗闇の中で、機材も食料も体力も、全てが消耗していく。いつか出会うであろう行き止まりに怯え、同時に、見えない追手の影に恐れる。


 探知機の結果から最も有望だと思われた鍾乳洞をニ週間ほど進んだ頃、洞窟の壁に案内プレートを見つけた。壁面に銀色のプレートが打ちつけてあったのだ。書かれていたのは、縦に四本、横に四本、斜めに三本、といった妙な記号だ。ティファラが言うには、南太平洋で発見された遺跡にこのような文字が記されていたそうだが、その言語は解読できていない。立派な異文明の痕跡ではあるのだが、トンネル周りの施設の件が有ったので隊員達はそれほど驚かなかった。しかし少なくとも、誰かがここを通り道として使用していた痕跡となる。これはこの探索に大きな自信をもたらした。


 更に五日進むと、先遣隊はついに建造物に辿り着いた。洞窟の行き止まりに例の与圧ロック付きの扉を発見したのだ。構造的には例のトンネルの退避通路と同じだ。扉の向こうは唐突に竪穴の底で、金属の梯子が上に向かって伸びている。梯子はステンレスにしか見えない金属で、一本の長さが約八メートル。人が二人立てる程度の小さな踊り場で次の梯子に切り替わっている。若干の腐食が見られるが使用には問題無さそうだ。踊り場で仕切られているので先は見えないが、探知機によるとどうやら何百メートルも続いているらしい。彼らは意を決して登る事に決めた。


 進行は遅々としているが、いつでも踊り場で休憩できるのでさほど苦痛ではなかった。しかし普通に考えれば暗闇での梯子登りは非常なストレスだ。何か有ったときのことを考え各員は少し離れて登っているのだが、特に女性たちは闇が恐ろしいらしく、近づく度にやたらとおしゃべりしていた。このような状況ではお互いの会話が精神安定の助けになるので、効率は良くないが、ヒコザは二班制を申し出て、女性たちを一緒にさせておいた。

彼らの戦闘服は現代で言う一般的な作業着と大差有りません。耐火や耐薬品の機能はインナーにあります。

色を変えるには胸元のコントロールタグを使用します。瞬時に切り替わる訳ではなく、二十分程掛けてゆっくり変化していきます。プリセットの色以外は情報機器とオンラインで接続し、プログラムしなくてはなりません。

変色機能は少し破れた程度では問題なく機能しますが、ピンポイントでコントロールラインに縫い針を刺してしまうと破損する場合があります。取扱説明書を良く読んで調整して下さい。

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