なんというか騎士団の宣伝も兼ねてると言いますか
闇夜に紛れその全貌は垣間見る事が出来ない。旧ミレニア城である。
遥か古代より亡霊の名を持つ四人の女帝により統治されてきたミレニア帝国、その象徴たる岩窟城。その巨大さは一つの街を内包して尚広大。卓越した建設技術により、管理者不在の今ですら換気は元より給排水や燃料供給まで絶える事無く行われている。
最奥には魔神エンドラが顕現する祭壇が有り、何千年かに一度現れる魔神の現身がそれに触れ神剣を得る場となっている。神剣を得た現身は魔神と相成り、万難を廃し、全ての民に豊穣を賜うとされる。先の戦争により現在はデイスカーの支配下となったミレニア城だが、数多の難儀を憂うデイスカーの配慮により、この度、ミレニアの巫女が擁する魔神候補を受け入れそれを支援する運びとなった。
折り悪く城の上層は妖魔の巣窟と成り果て只人の侵入を阻んでいる。しかしてこれも試練、その魔力を如何無く発揮し魔神はその手ずから神剣を得よう。
とまぁそんな訳で、と、小さめのメモ帳に記したヒコザは立ち上がる。
先日まで自分の侵入対象だった施設に堂々と立ち入るのは妙な気分だった。同行しているのはミレニア旧城の現在の管理者であるデイスカー地域司令官と、腕が立つという触れ込みの勇者パーティー、数人のキャリーさん、そしてヒコザの仲間達である。
正門は黒色の木材で出来ていた。巨大な門は現在は使用されておらず、門自体に作られた通用口を潜ると(屈まないと通れなかった)ガス灯の連なる巨大な空間に入った。
恐らく花壇だったのだろう。広々とした石畳の左右に小さなレンガの長城が続いていた。遥か高い天井を透かし見ると、一定の間隔でパラボラ状の反射鏡を備えた妙な機械が吊ってあった。植物を栽培する為の光源だろうか。
しばらく歩くと二階へ上がる階段を備えたホールに辿り着いた。城が巨大すぎてここまでは中庭の扱いのようだ。
二階は縦横に通路が走り、広大な空間に数多存在した首都各局のオフィス跡を繋げていた。
現場では下からの階段に隣接する数部屋と水回りを一纏めにした範囲を警戒下に置き、安全を確保していた。これまで妖魔が階段に近付いた事は無く、会敵はいずれも上階へ向かった時に限られているそうだ。勇者パーティーはここで守りを固めるとの事。
確保しているエリアには管理する文官達も勤務しているそうだ。それなりに人が生活しているので、ここまで戻れば食料などを補給出来ると言う訳だ。挨拶もそこそこに同行者と別れ、ヒコザ達は奥へ向かった。
戦時下を想定して階段同士は離して設計してあるそうだ。通路を進み、上階への階段に向かう。司令官リノリナフィノリスから城内の地図は渡されていたが、そもそもマヤとチャンドラはこの城に住んでいたので道に迷う心配は無かった。今日の道順もマヤが決めている。不思議な事にスターシアはエンドラの巫女は女帝が拝すると知らないようで、彼女はマヤに対してごく普通に接していた。名前もさん付けで呼んでいる。マヤの身分などいずれ分かる話だし、チームも円滑なのでヒコザは黙っていた。
長い廊下の彼方に上への階段が見えた。接敵予想ポイントである。
ヒコザは背負っていた盾の覆いを外した。チトセの搭載するナノプリンターで作って貰った透明な盾だ。アーモンド形で手首の側が短く、戦闘艇の窓に使える素材で高い強度を持っている。ヒコザは自分の剣技ではイレギュラーな存在から身を守る事が出来ないと剣聖から教わった。相手が未知の敵で、乱戦の可能性も考慮し防御重視の装備を用意してきた。同じくチトセに作らせた真っ黒な部分鎧も身に着けている。
チャンドラも盾を構える。こちらは代々受け継がれてきた名品で、木のフレームに金属が張ってある少し長めのカイトシールドだ。ヒコザも一度持たせて貰ったが見た目と違い異常に軽かった。チャンドラは魔法が掛かっていると言っていたが、それがどんな魔法なのか本人にも分からないらしい。しかし盾というものは酷使すると表面の金属ではなくフレームの木材が割れてしまい使用できなくなるので、長年使える程丈夫な盾はずっしりと重い。それを対策する魔法なのではなかろうか。剣は例の魔法剣で、スターシアによると伝説の武具の一つで氷の巨人を倒した逸話が有るとか。
スターシアは槍を持っていた。長時間行動に槌鉾は向かないのでそこそこの品質で軽めの槍を用意したそうだ。替えの穂先も持ってきたらしい。妖魔には効かないので本戦では知り合いから借りてきた魔法剣を使うそうだ。その剣は拵えからして尋常ではなく、宝剣と呼ぶにふさわしい。確かめるまでもなく高い戦闘力を持っていた。
鎧はデイスカーの特注品で形状は騎士団の物に似せているが材料から製法まで最高のもので誂えているそうだ。全員がそうだがインナーと兜とブーツはヒコザの用意した宇宙軍謹製を使っている。尚スターシアは兜を事前に職人に渡し鎧と同色に塗装。金属の飾りを取付け、所属の騎士団名と序列、そして何かの花のパーソナルマークをペイントしていた。
マヤはヒコザと同じくチトセに作って貰った軽鎧を身に着けている。こちらはほぼ全身を覆う形で蛇腹状に薄い金属が連なっている。デザインはミレニア風で、羽織っている年季の入ったクロークと併せ遠めに見れば違和感は無い。武器はいつもの斬鉄剣。彼女は魔法も投げ物も持たないが、このメンバーで正面への戦闘力は最も高い。但し妖魔に攻撃が通じれば、の話だ。
遮蔽物が無い真っすぐな通路。連なるガス灯は突き当りまでまぼろに照らしている。
壁に窓は無いが、代わりにシンプルな漆喰のレリーフが刻まれている。意味が無い事に意味があると、良く分からない解説はチャンドラだ。ふと前方に違和感を覚える。
「なるほど、これね」
ヒコザはハンドサインで皆を止め、自分は一人で歩き続けた。
いつ現れたのだろう。それまで何も無かった筈の通路の奥に影のような一つの塊、妖魔が在った。
更に近付くとそれは犬頭の人型を形成し、威嚇するような呼吸音を発した。
「君達は姿を持っていないんだね。だから影響された何かを身に纏う。この場合はあの凶暴な亜人だ」
影の手が伸び槍に変じるとそれはヒコザに向かって詰め寄りその槍を突き出した。人の間合いではない。尋常ではない素早さでそれはヒコザを貫いた、かのように見えた。
「穂先が風を切る音が聞こえたよ。つまりは物理だ。であればやり様は有る」
半身を逸らしたヒコザの前で、その影の様な姿は断ち割られた。
ヒコザの剣は薄っすらと纏う風の波動を放っていた。
携行可能な最大の火器を使用する案も有りましたが、現場が岩窟構造の為崩落の恐れがあり、却下されました。




