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閑話:海賊リアンと遠い海

 ちょっと拝借のつもりで店先のヴァナナを頂いたのが運の尽き、リエンは衛兵に追われる身となった。逃げ込んだスラム街から出られなくなってしまったリエンは地元の非合法組織に取り入り、海賊の出納係だった経験から盗品を捌く仕事で食い扶持を凌いでいた。言葉遣いは怪しいがこの辺りでは珍しい黒髪黒目に、誰もが勝手に遠方の出身と合点した。


 ある日リエンの下に地元では割と大物の盗賊から盗品の首飾りが持ち込まれた。美しい品だ。大ぶりなルビーを飾る透明な添え石が何か、誰にも分からないと言う。水晶でもトパーズでもアクアマリンでもサファイアでも無い。リエンには心当たりがあったので、その正体がすぐに分かった。ダイヤモンドだ。しかし本物だろうか。


 リエンは二つの理由でこの世界に偽ダイヤは存在しないと考えた。

 こんな原始的な世界で人造ダイヤやモアッサナイト、キュービックジルコニアが生成できる訳が無い。そしてそもそもの話、模造品どころかダイヤモンドそのものが流通していないから、偽ダイヤの需要が無いのだ。


 石止めを緩め、一つだけ取り出してみる。テララの流行と違い、先端の尖った洒落た爪だ。

 他の宝石とは明らかに違う硬度。面の向こう側にダブりの線が無い。何よりこのひんやりとした手触り。間違いなくダイヤモンドだ。透明度は中の下で安物の部類だ。尖角は凡そ九十度、面の数五十七のブリリアントカットでカッティングは一級品。少しちぐはぐな印象を受けた。


 聞くとそれらしい鉱石は産出しているそうだ。だがその硬い鉱石を研磨する技術が無いので、全ての原石は工業用試材として聖都の王家が買い取っていた。それが何故こうして製品として出回っているのか。恐らく最近渡ってきたテララ人の誰かがその研磨法を王家に売ったのだろう。この首飾りはそいつが謀った貴族か大商人相手の新商品見本なのだ。忌々しい。だがそのお陰でリエンは今、新たな最高級宝石が世に出回るタイミングに出くわしたのだ。今の所真贋はリエンにしか分からない。精々利用させて貰う。


 依頼主の盗賊にこの新しい宝石はダイヤモンドであると告げ、鑑別は自分にしかできないと伝えた。ルビーより硬いとは教えたがそれ以外の特徴は黙って置き、単純に綺麗だと説明した。


 ダイヤモンド。その輝きは全ての者を虜にする。流通のどこかに食い込めれば大儲け間違いなしだ。しかし今の身では日の当たる場所は歩けない。真っ当な身分を繕う為に金が要る。だがそれさえ得られれば大金持ちになれる。金さえあればきっと、この地獄のような闇の世界から、きっと、故郷に、帰れる。


 それからはとにかく宝飾品系のゴロツキに渡りをつけて回った。荒っぽい連中ばかりで手が焼けたが、隠して持ち込んだ拳銃やその他近代兵器、薬品、そして地元民の思いつかない卑怯な手で着実に界隈を制圧していった。そうしていつしか彼女は業界の大物に一目置かれる存在となっていた。


 その立場を利用して調べると、肝心のダイヤモンドはやはり聖都流出で、昨今に始まりある程度の個数が放出されていた。盗んだり奪ったりして減ってもいるが、今の所数えられる程度しか流通していない。

 この界隈に居ればそれなりに噂も流れてくる。そのうちに、高位貴族だけを集めた内覧会の情報があった。


 誰しも内覧会を襲うような馬鹿な真似はしない。狙うのは輸送中だ。酔狂な貴族が商品の持ち帰りを望む可能性もあるから、襲うのは搬入前だ。リエンは有りっ丈の金をばら撒き情報を買い漁った。搬入が馬車三台に分かれると知り、三台同時に襲う計画を立てた。何れか一台を襲えば騒ぎとなり、その他馬車は襲撃できないだろうからだ。一台分では望んだ成果が得られない。世に存在するダイヤモンドの個数を減らし、手元のダイヤの価値を上げる所までがリエンの策だ。故に欲しいのは内覧会に出展される全ての宝飾品である。


 リエンは先頭と最終は人に任せ、自分は信頼の置ける手勢と共に最も安全な二番目の馬車を襲う事にした。時間を合わせ三台同時に襲撃すると先頭は会場に近い位置となり、人の目に触れ易く逃走が難しい。最終は出発地の資源局が近く、又、会場の護衛が一緒に移動する可能性もあり、敵の数は事前情報より多くなるだろう。金を出しているリエンが危険を負う事は無い。


 当日。幸い他の盗賊が同じ目標を狙っている様子は無い。

 時間は朝と昼の中間だがどうせこの世界は年中夜だ。悪いことをするには絶好の環境である。

 リアンの居る第二地点は街路が途絶え、四方が空き家と畑になっており襲撃に都合が良い。

 盗賊達が潜む空き家の前を一台目の輸送馬車が通る。金属鎧の騎馬が四方を囲んでいる。襲撃は長弓の一斉射から始めるから、軽鎧の御者は最初の死者となるだろう。無感情な目で見送る。


 鐘の音を合図にする計画だった。


 二台目の馬車が予定より早く襲撃位置を通過するのが分かった。

 時計を持っているリアンには正確な時間が分かっていたのだ。

 その場合は馬車に追従し鐘を待つ事になっていた。

 ふん、とリアンは鼻を鳴らした。面倒くさい。畑に出ては見つかってしまうではないか。


「やれ」


 リアンは短く命令した。

 戸惑いを見せる盗賊達にもう一度命令した。

 傍に居た盗賊は屋根の上に合図を送ると短剣を抜いた。

 空き家の屋根上から馬車に向かって矢が降り注ぐ。騎馬は四、一台目と同じ構成だ。

 襲撃を受け馬車は猛然と加速するが、車輪が路面の穴に落ち、そして跳ね、荷台の荷物をぶちまけた。御者は何か叫んでいたが馬車は止めず、護衛の騎馬に囲まれたまま走り去った。


 馬を射る予定だったが騎馬が邪魔で当たらなかった。しかし上手いこと荷は頂戴出来たので良しとする。

 落としていった荷物は小ぶりな木箱が二つ。二つとも箱が割れ蓋が飛んでしまっている。そこからまろび出ているものは思っていたものと違っていた。


「鉄工所で使うアレじゃないか」


 散乱したそれは地味な色をした素焼きの円盤であり、宝飾品ではなかった。

 見ると確かにキラキラと光った粒が埋め込まれている。しかしこれは、テララでは二ドルとかそのくらいで売られているものだ。

 ダイヤの原石を削った時の削りカスを再利用して作ったのか。今日の内覧会は工業用途の説明会だったとでも言うのか。


「撤収だ」


 リアンは憎しみを込めて、散らかった木箱を蹴り飛ばした。



 +++



 アジトに戻ったリアンを迎えたのは、リアンの椅子にふんぞり返った悪党の親玉だった。


「ようリアンさん、失敗したんだってな」


 親玉、その左右、扉の横、恐らく窓の下。話をするだけにしては、多い。


「耳が早いな」

「面倒見が良いんでね」

「どういう事だ」

「あんた合図より早く襲っただろう」


 リアンは言葉に詰まる。


「それがどうした」

「同時にやらないとあぶねぇ、そういう話だった」

「馬車が通り過ぎそうだったんだよ」

「そうかい。それで他の奴らぁ、死んじまった」

「何」

「……ら、どうするつもりだったんだい」

「ちっ」

「どうするつもりだって訊いてる」

「くそが」


 親玉が顎をしゃくる。部屋の手下達、それから隣の部屋からも盗賊が押し入ってくる。

 リアンは電磁障壁を展開した。半径一メートルから外側は痺れて動けなくなる旧大戦時の歩兵兵器だ。腰の拳銃を抜き親玉に向けたが、彼は銃の存在を知っていたのか机の下に逃れていた。ふんと鼻で笑い机ごと撃ちぬいた。ぎゃーと映画のような悲鳴が響く。続けて体の痺れで短剣を手から落とした盗賊達を一人ずつ撃ちぬいた。二階だから良く見える。窓から外へも発砲し、三人撃ち殺した。


 引き出しを開け予備の弾を取り出すとロッカーからロープを取り出した。

 入口から大声が聞こえてくるので扉を閉め、脇の戸棚を倒してバリケードにした。

 もう一度窓から外を確認し、ロープを垂らして下に降り、橋に向かって走った。走り出した瞬間、背中に焼きごてを押し付けられたような痛みが走った。長弓の矢が突き立っていた。咽かえり吐く息に血が混じる。だが立ち止まる訳にはいかない。ともかく橋だ。橋を越えれば、スラムから出れば、町の警備兵が助けてくれるだろう。しばらく投獄されるが、盗賊に殺されるよりましだ。息も絶え絶えに、リアンは走った。目の前に、懐かしい南シナ海が見えた、気がした。



 +++



 異邦文化保護局に身柄が渡された時既に意識も薄く、完全に動けない状態だった。エドモンドが駆けつけた時にはもう体力が尽き掛けていた。幸い一命を取り留め、リアンは今も収監されている。

ブリリアントカットは最近のカットなので、もうそれだけで年代が知れます。年代物はもっと素朴なカットをしています。

テララではカルテルが幅を利かせていたのでダイヤ=高額となっていますが産出量が少ない訳ではありません。

ダイヤはダイヤで研磨します。


引っ掛かりへの心配から背の低い石をご希望のお客様がいらっしゃいますが、どんなに高価な石でも決まったカットによる高さ、そして下方に窓が無いと決して光りません。色石で窓無しを作ると真っ黒けで、本当にがっかりします。

昨今立て爪は流行りませんが、石を奇麗に見せる性能は高く、今どきのデザインリングを寄せ付けません。尚現代の立て爪は鋳造で強度が低く実用に値しないのも流通しない一因かと思います。


とりあえず今はビルマ(ミャンマー)の政情が悪く、ルビーもサファイアも出回りません。十数年前から日本に入るのは味噌っかすだけなので今は買わない方が良いでしょう。エメは昔からちゃんとしたものは伝説級で、売り物のあの緑は油で染めています。超音波洗浄機に掛けると本来の薄緑になります。

若い女性に人気のアクアマリンもあれ、本物でしょうか。自分の知るものとは色味が全く異なるのですが。

スピネルやジルコンはいっぱい取れるのでお手頃です。色味もたくさん選べて良いですね。欠けやすいので取り扱いにはご注意願います。ルビーやサファイアは頑丈です。エメは欠けます。ダイヤは超頑丈ですが叩き潰すと爆発して粉になるそうです。やった事有りませんが。

ご存じかと思いますが念のため、キュービックジルコニアは宝石ではなく合成石です。1個10円くらいです。


ぶっちゃけハンズの合成ルビーやサファイアは生成縞こそ入っていますが色が良く、凄くイイ石に見えます。肉眼で見ても分かりませんが顕微鏡で見ると一発で合成と分かる辺り、良くないですか。真っ黒けやうっすうすの安物を買うより余程楽しめますよ。エメはまだ合成に成功していません。流通しているのは緑色のキュービックジルコニアだと思います。


おっと本作品はフィクションです。はい。

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