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 ヒコザとチャンドラはデイスカーに来ていた。

 今日も天は暗雲に覆われ、時間的には午前なのだがテララの夜明け直後の明かりしか無い。

 ヒコザとチャンドラが馬車を降りると、彼らを呼び出した例の女幹部が屋敷の車回しまで迎えに来ていた。

 屋敷は旧ミレニア城が落ち、その後、街と共にデイスカーが占拠したものをそのまま使っているようだ。見たところ庭園は整っており、小ぶりだが力強く咲き誇るバラ達にヒコザは幻想郷の借家の庭を思い出していた。

 前回この旧ミレニア城下でヒコザが潜入した兵舎代わりの屋敷と違い、かなり大きな構えとなっていて、当時も現在も領主の館として使用されているらしい。

 女幹部は困り眉を隠そうともせず、一応の歓迎を口にしたので、ヒコザは適当に用意した手土産を渡した。


「やぁ、すまないね、わざわざ」

「全くだ、本当に困ったのだぞ」

「礼はいずれな。こっちはチャンドラ。僕の仲間だ」

「ミレニアのチャンドラです。どうぞよろしく」

「ミレニア城の管理を任されている上級士官、リノリナ・フィノリスだ。今日は二人に会って欲しい方がいる。話し合いの結果までは約束できんが、悪いようにはならないだろう」

「それはありがたい」


 玄関前で使用人達を控えた初老の男と挨拶を交わした。

 この地方を統括する領主だそうだ。しかしながら彼は今回の呼び出しの主では無いという。速やかに言葉少なく応接室に案内されてしまった。上品な武装解除を求められたヒコザ達は素直に部屋のワゴンに身に着けていた武器を並べた。チャンドラの魔法剣とヒコザの脇差だ。今日はそれ以外の武器を身に着けていない。

 持ち去られるかと思っていたが、意外にもワゴンは部屋の隅に置かれたままだった。領主の彼はヒコザ達に豪華な長椅子を勧めた後、女幹部と共に扉の脇に立ち、使用人と並んで壁の花に徹してしまった。これから会うのは、どうやらかなり偉い方のようだ。


 応接室でしばらく待つと、背が高く妙に体格の良い貴族風の男が現れた。侍従らしき男を三名と、ドレス姿の若い女性を一人連れている。彼は女性と二人で向かいの長椅子に座った。侍従は三人とも彼の後ろで控えている。ちょっと人数が多い気がするが、これでも最低限の護衛なのだろう。

 ヒコザ達は立ち上がって彼を迎え、口を開くのを待った。


 貴族風の男は少しだけ目を閉じると突如、獲物に襲い掛かる鷲のように見開き、宣言した。


「デイスカー連邦東方支援軍軍団長クッカララノイアである。魔神エンドラ候補ヒコザ殿、そしてその仲間チャンドラ殿に相違あるまいか」


 その覇気に気圧されそうになるがヒコザは平静な口調に努め答える。


「はい。初めてお目にかかります。白石砦のヒコザです」

「ミレニアのチャンドラです。彼の補佐をしています」

「良くぞ参られた御二方。人員はこれだけか?」

「いいえ、当日までに私の巫女が参りますので、三人です」

「相分かった。まずは当議会の結論を伝えよう」


 ここで紅茶が出た。気を持たせる演出だとすれば最高だろう。うん、おいしい。


「我がデイスカーは一時的にミレニア城の警護を解き、そなたら一行に限り、所定の期間、通行を許可する」


 ここで礼を言いそうになったが、こう言った話には必ず条件が付くので黙って聞く。


「我らの武装は解くが、それ以外の障害には関与しない。一応の応急手当はするが、踏破に失敗した場合遭難者の捜索は行わない。良いな」

「はい。ご協力に感謝いたします」

「それと、手の者を同行させて貰う。スターシャ」


 彼の横に座っていた女性が立ち上がる。


「東方支援軍第二騎兵隊スターシャ・バンアレンであります」

「なるほど。武器は何が使えますか」

「長剣と槍、槌鉾が得意であります」

「魔法は」

「少々」


 座り直した彼女は生粋のデイスカー人らしく長身で、ドレスからしなやかに伸びた腕は良く鍛えてあった。体格に問題は無い。足手纏いにはならないだろう。チャンドラを見ると眉がへの字になっていたが、首を横に振りはしない。監視が付くのは想定内だったのだ。


「分かりました。ご協力頂く皆さんに顛末を見届ける権利はお有りです」

「違うぞ、白石砦のヒコザよ」


 軍団長閣下がヒコザの目を見据えて断言する。


「彼女は見張りでは無い。我が娘スターシャを君達の仲間として迎えて欲しいのだ。我々は考え得る上で最高の人選をした。気の合いそうな年齢、高過ぎない身分、両国の未来に掛ける情熱、そして身に着けた武技。何故か。我らの手でエンドラの顕現を成す為だ。我らとは!ミレニアやデイスカーと言った括りを超えた、君たち一行の事だ!」


 娘かよ!僕が魔神になれば良い事有りますよと取引を持ち掛けたのはヒコザだが、ここまで乗ってくるとは思いもしなかった。しかし未知の敵との戦闘が控えている。旧ミレニア城アタックが失敗した場合もデイスカーに損失が発生しない様に図らったつもりだったのだが、これでは彼らのリスクが大き過ぎないだろうか。


「良く分かりました。しかし我々が失敗した場合、最悪全員行方不明の可能性もあります。万全を期しますが、場合によっては他の者が全て倒れ、スターシャさんを逃がすことが出来ないかも知れません」

「ヒコザ殿」


 スターシャはヒコザの手を取った。


「今日から私たちは仲間です。冷たい事をおっしゃると、悲しくなります」

「は、はい。ドウゾヨロシク」


 +++


 その日からスターシャはヒコザ達の隣室に宿を取り、一緒に行動するようになった。

 山野や河原で体を動かしながら腕前を拝見すると、剣技も槍捌きも一級であった。

 魔法は戦闘用ではなく、水盆に浮かべた木の葉の動きを見て運勢を占う、と言ったものだった。正直、あまり戦闘力が高いと万一後ろから撃たれた場合怖い。あまり良い話では無いがそういった不安が少ないと、仲間として取り込み易いと言えなくも無い。


 あちらにしてもそうだ。そもそも彼女はミレニア帝国を不倶戴天の敵として育てられた軍人である。

 どうやら本物っぽい魔神エンドラ候補が現れた事により、デイスカー議会はこの数週間で急激に方針を転換し、エンドラの取り込みに逆舵を切った。かの魔神が顕現した際、その恩寵を受けられるか受けられないか、どちらが得か考えなくとも分かる。つまりこのパーティーには今後の国家情勢を左右する力がある。

 彼女はその価値を理解している筈だ。しかし個人の感情をそう簡単に切り替えることはできないだろう。諜報活動を主としてスキルを積んだキャリアならば感情を抑える術も持とうが、彼女はそう言った感じでも無く、そして若い。育ち良く、品良く、ヒコザよりチャンドラ寄りのガチ騎士系で性格も素直だった。


 見る限り、見せている表情は自然だったから、ヒコザはその素直さに賭けた。

 とりあえず、それなりに割り切っていると考え、ヒコザはあまり心配しないことにした。

チャンドラの口数が少ないのは、この町がかつてのミレニア皇都だったので、思うところが有ったのでしょう。何しろ幼少の折彼は旧ミレニア城で育っています。

この領主館も元の主も見知っていますが、何分幼かったのと、館の手入れが良く、大切にされているのが良く分かったので、個人的な気持ちはぐっと押しとどめています。

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