シュイーンと溜めてこうズバッと
長様の話は彼らの成り立ちから始まった。
彼ら精霊族は異次元からの侵略者改め移住者だ。
次元の壁を超え、現れたのがあの村の中を漂う光の点で、意識も薄く質量も備えていない。
そもそもあちら次元で姿を備えていない朧な存在で、こちらに来て雰囲気に馴染むとこちらの世界に倣って人型を取る。ちなみに先日、今の人口の千倍まで自由に増やして構わないとミレニアの女帝に書面を貰ったそうだ。
彼らは我々が魔法を使う時のやり方とは異なった方法で次元を渡る。我々は異次元との圧力の差で生じる爆発エネルギーを取り出しているが、彼らはもっと穏やかなエネルギー交換を行っているそうだ。我々汎種にも爆発としてではなく、別の形で異次元に穴を開ける魔法は存在し、桜扇の魔女や、かく言うヒコザも扱える。但しこれを使うとこちらの身が危ういので(また存在が点になる恐れがある)、ヒコザには事実上使用不可能だ。
思えばあの時の点になった感じが、彼らがこちらへ来た姿、光の点に近いかもしれない。
するとヒコザが金色のドラゴンになったのと同じように、彼ら精霊も強大な力を持つ存在になりうるのだろうか。
「無いとは言えぬが無いだろう。お主と違って我々はこちらに何も持っておらぬ。日々こうして過ごすので精一杯だ。お主、地底湖の土地神と戦ったと言ったがそれはテララから移ってきた名の有る神族だ。万を超える齢を経た超生命体である。そんな者の移行した超々高次元で存在を失わなかったお主は、これまた神族か何かである。唯人である我らと一緒にするでない」
また長は自分達以外にも異次元生命体が存在する可能性を挙げた。
元の次元で遥か昔、別の生命体と戦闘が有ったそうだ。
「昨今は聞かぬが、お互いの空間が干渉するのではないかと言われている。今回の妖魔がそれとは言わぬが、我らに似た存在も無数に存在するのだ。それとな、例の女帝に我らの存続を許された折に、そのような異次元からの侵略者があれば知らせるよう言われておる。我らにはこの付近しか分らぬが、聖都には速やかに伝える故、お主、どうにかするが良い」
そのような事例に対応出来る能力は持ち合わせていない。万一の際は地底湖の天女にでも頼むとしよう。肝心の戦闘について尋ねる。
「魔法でぶっ飛ばしたと聞いている。我々同士でもそうだ。概念だけ話そう。こちらでは物理的に戦うこともできるが、それはお主らの方が詳しいだろう」
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精霊村を辞するとヒコザ達は地底湖へ向かった。
手土産を渡すとおばば様は扉を開け、二人を通してくれた。今回おばば様は同行しなかった。
暗闇の中に目の粗い砂浜が広がり、遥か遠く広がる湖面をふんわりと光る岩々が照らしていた。
「お主が珍しい」
ふと眼前に姿を現した天女はふわふわ漂いながら嬉しそうに目を細めている。
「久しぶりだね。こっちは仲間のチャンドラ」
「初めまして」
「ほう、ヒコザ分かっているな。私の為に美形を貢ぐとは」
「上げないよ仲間だし」
「違うのか。ではそなたが私に尽くしてもいいのだぞ」
「だめだよ。天神様が賽銭をねだったら変だよ」
「仕方ないな。今日は何用だ」
「ええと、屋島姫は元は川の神様だよね」
「おお、よく知っていたな」
「屋島って海の島じゃなくて川の中州の事だよね」
「その通りだ」
「地元にそんな地名が有って、別のとこだと思うけど、同じ意味かなと」
「お主大和人か」
「そんな所。今はそんな呼び方はしないけどね」
「そうか、妙な縁なのだな」
「それで、流体にまつわる力を借りたいんだ」
「言ってみるといい」
「僕らの乗ってきた船を回収したいんだ。地下で水没してしまってね。その水をどけて欲しいんだ。もしくはその方法とか手掛かりを教えて欲しい」
「む、む?もしかしてそれはチトセと言うのか」
「そうだよ。さすが神様だね」
「おう、まぁな。で、そのーそれなんだが」
「?」
天女は地底湖に向かって叫んだ。
「チトセちゃん!上がっておいで」
程なく湖面から勢いよく船首が飛び出し、湖面に揚陸艦がその船体を晒した。
ヒコザはエレメンタルデバイスを素早く操作し、水に対する斥力を持つ防壁を張り、迫る波を弾いた。
扉は高い所に有るし誰も来ないようにロックしておいたから通路へ水は入らなかったと思うが、念のため後で確認しよう。
チトセがゆっくりと近付いて来て、砂浜に乗り上げるようにして停まった。
「こんばんは。良い星空です。ヒコザ伍長」
「冗談が言えるようになったか。また会えて嬉しいよ」
「屋島姫にお世話になっております」
「そうかい。仲良しなのかな」
「はい。お互い睡眠を取らないので良い話し相手になっていると思います」
「お!そうか言葉も教えて貰ったんだね。屋島姫、ありがとう」
「うむ。いやな、水脈の異常を見に行ったら瀕死のこの子を見つけてな。つい連れ帰ってしまった。勝手な事をしてすまぬ」
「現在自己修復を行っておりますがまだ飛べません」
「構わないさ。ゆっくり養生してくれ。重ねて礼を言うよ、屋島姫。ありがとう」
ヒコザの髪の中にいた妖精メカはパタパタと羽ばたき艦体の中に消えた。情報のマージを行うのだろう。
「中は大丈夫かい?装備を補充したいんだけど」
「問題ありません。ハッチを開けます」
ヒコザが入ろうとするとチャンドラと屋島姫が遠慮していたので、一緒に来るように言った。
「チャンドラ、渡すものがあるから来てくれ。屋島姫もチトセの事をもっと良く知った方が良いんじゃない」
異世界の戦闘艦に興味が無い筈もないだろう。ちょっと腰が引けていたがチャンドラはヒコザに着いてきた。
屋島姫は身長が大きすぎたので(その体は物体を通過するのだが)、するっと140cmくらいに縮んだ。
チトセが「やーちゃんかわいい!」とか言っているのが聞こえた気がするが、はて、テララの艦操AIはそんな喋り方をしただろうか。状況がイレギュラーだし、柔軟な対応が売りの日本製陽子コンピュータだ。自由にさせておこう。
艦内の食堂に移動し、とりあえずお茶にした。ここは天井は低いが十人程座れるテーブルが有る。
チャンドラはヒコザと同じものと言うのでコーヒーを、屋島姫はチトセお勧めの紅茶にした。淹れるのはヒコザなのだが。
コーヒーは適当に、紅茶はチトセのレクチャーを受けながら、なんとか美味しそうに淹れる事が出来た。
「チトセ、作業用じゃなくて、個人的なボットを用意したらどうだ」
「了解しました、ってえ!良いんですか?」
「素が出てるぞ。プリンターも使え。それと空尉からコードA4の許可を貰ってきた」
「何という事でしょう」
ヒコザはチトセに精霊村に現れた海賊船の話をした。
妖精ボットから情報は渡っており、ヒコザはすぐ要点に入る事が出来た。
「チトセがキューブ達の捕獲対象になるとまずいから、飛べるようになってもしばらくは地表に出ないでくれ」
「了解」
「さて、我がテララからミレニア帝国へ親善の贈り物をしたい。船のプリンターでメートル原器は作れるか?」
「物理的な方ですか?プラチナが無いので原器は無理ですね。普通にレーザー測距で良いと思います」
「趣が無いが今はそれでいい。用意してくれ。であれば事務用の物差しと工業用のスケールを何種類か適当に。それと25mmのマイクロメーターを幾つか作ってくれ」
「了解。提言を一つ」
「なんだ」
「戦争になりませんか」
「メートル法を押し付けて気分を害される心配はしなくて良い。こっちもメートルなんだ」
「なるほど。興味深いです」
「測定精度が上がったせいで帝国の技術が飛躍的に進歩して戦争が起こる可能性は無くは無いが、それはテララにとって脅威か」
「いいえ、全く」
「なら良いだろう。僕や帝国も戦争の意思は無いから、起こり得ないのだけどね」
「キログラム原器は用意しますか」
「それは又の機会に取っておこう。今回のは海賊船の詫びだからね」
「精霊村には良いのですか」
「あそこは帝国の傘下に下った。問題無い。誰か訪ねて来たら親切にしてやってくれ」
「了解。ではA4権限によりナノプリンターの複製を開始します」
「やってくれ。屋島姫、水と砂と湖底の泥や何かを貰うけどいいね」
「良かろう。水の濁りは気にするな、何しろ水流の神だからな」
「ありがと。希少金属が取れるとありがたいが」
「欲しいものが有ったら取ってきてやるぞ」
「そういえば精霊村に殲滅機を埋めておいたんだ。回収できる?」
「土の中か。まぁ雨の日にでも取って来よう」
「チトセ、殲滅機を受け取ったら修理しておいてくれ。AIは換装すること」
「それが適当かと」
「手が空いたらチトセは屋島姫に能力の開示を。責任は僕が取る。チャンドラは倉庫に」
ヒコザは倉庫で陸戦装備を取り出し、チャンドラに作戦服を見せた。
「本来、軍の装備を流出してはまずいんだが、我々も背に腹は代えられない。現地協力者として武装を強化してくれ。なぁに、ちょっと頑丈なだけで、戦闘力は君の魔法程じゃない」
大きさに制限はありますがナノプリンターで作れないものは有りません。
但し印刷には時間が掛かりますので、チトセはまずナノプリンター自体を増産しました。
莫大な電力を消費しますがチトセは水から発電できます。




