間違ってないけど違うよ?
今度の旅は随分楽だった。なにしろ相棒が頼りになるのだ。一緒に居るのはかの剣聖の弟子チャンドラ・エウロスである。軽い気持ちで誘ったらあっさり同行を承諾してくれた。ヒコザは妖魔対策として旧ミレニア城攻略を手伝って貰おうと思って声を掛けたのだが、彼はその前工程の転露の国へも行きたいと言い出した。
彼はともかく腕が立つ。剣の腕では東国五本の指に数えられ、帝国貴族の魔力も備える超一流の魔法剣士である。身に纏いしは先祖伝来魔法の鎧、腰に差したるは岩をも切り裂く魔法剣。弱い筈が無い。無い筈、なのだが。
転露の国まで後僅か、二人は旅の途中のピバークで木の棒を使った乱取り稽古をしていた。その魔法剣士の彼は今、大の字でぶっ倒れ何やら抗議している。
「おかしいだろ絶対」
旅の間にヒコザとは大分打ち解けて、お互いそれなりに手の内を見せていた。
その結果がこれである。
「別におかしくない。チャンドラの動きが読みやすいだけさ」
「ぐぬぅー。狙って柄頭を打ち合わせるとか有り得ねぇ」
「逆手に持ち替えたの見てなかっただろ。それに片手剣は抜きやすい」
一見遊んでいるようにも見えるがヒコザは決して相手を見くびって奇策に走っているのではない。チャンドラは新しい技を見せるとあっという間に合わせてくる尋常ならざる才能を持っていたので、剣技に劣るヒコザは常に何か新しいトリックを仕掛けなくてはならなかったのだ。実の所それすらもう見切られ始めており、優劣逆転はもう目前だった。
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「あんたねぇ、ここ自分ちじゃないんだから、ちゃんとしなさいよ」
「お、おぅ」
「フルーツ牛乳の瓶はここ、お酒の瓶はこっち、間違えないでって言ったでしょ」
「あ、ああ」
「ヒコザちょっと、このお坊ちゃんの面倒ちゃんと見てよね」
「悪かった」
転露の国で二人は以前世話になったワンダの実家である宿屋に逗留していた。偶々帰省していたワンダも手伝いで居たのだが、上級貴族のチャンドラも面識有るヒコザの友人として同等の扱いをされてしまい、宿のロビーでその作法を厳しく叩き込まれていた。ワンダの姿がカウンターの奥に消えるのを見送ってからチャンドラが口を開いた。
「おっかねぇな。知り合いって言ってたけど」
「前にここへ連れてきて貰ったパーティの一人だ。あれでセンセらしい」
「へぇ」
「学校なんて貴族だろうが何だろうが教え子は等しいからな」
「そういうものか」
ヒコザが遠く離れたテララでの学生生活に思いを馳せていると、ワンダが私服に着替えて戻ってきた。腕には酒瓶を抱えている。
「あたし今日上がったから一緒にどう」
「いいね、是非」
意外にも答えたのはチャンドラだった。素早く立ち上がり椅子を引く姿は紳士らしい。ワンダはちゃんと自分のグラスを持って来ていた。
「ワンダさんとヒコザは付き合い長いの」
「左程でも無いわね。最初はヒコザが白石砦から逃げ出したのを私らで助けた感じ」
「逃げた?何から」
「金髪美人」
チャンドラの目が冷たい。違うんだ。
「なるほど」
「納得するなよ。それはマヤだ」
「実はヒコザはなぁ、聖都でもな、名家のお嬢様を色々と」
「うわぁ何それ聞いても大丈夫なの」
「もちろん秘密だ。ここだけの話だがな、ヒコザはとある高貴なお姫様に自分好みの制服を着せて博物館デートしてたんだ」
「ええ!それ絶対アウトな奴じゃない」
「信じるなよ」
「じゃどうしてそうなったの」
「いや、騙されたのは俺のほうで」
「人のせいにしたらダメです」
「ひどいです」
「あと俺の姉ちゃんもメイド服着せられたって言ってた」
「なぬー。おいエンドラやりたい放題か」
「信じて?」
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今回の目的の一つは精霊村で妖魔の情報を手に入れる事だ。幸いアポ無しで村長に会う事が出来た。
長様は変わらず少女のような姿で、今も物理的に透けそうな肌をしている。他の精霊たちもそうだが今一つ重さを感じない。まずは長様が挨拶を延べ、一通り話し終わってからヒコザが口を開ける。
「長様のお陰でテララの同胞は人間界に戻れました。慣れぬ土地ではありますがそれぞれの生活を始めようとしています」
「体裁は良い。皆申せ」
「二名は落ち着き先を検討中ですが、一名は離反しました」
「そういうことか。気に留めておこう」
「恐れ入ります」
「それで、今日の用向きは」
「ミレニア旧城にて妖魔と呼ばれるものが出現しております。これらは敵対しておる故、この討伐に付きお知恵を拝借したく存じます」
「詳しく申せ」
「相対したのは私自身ではなくデイスカーの兵士で御座います。彼らの言によりますと妖魔とやらは空中に出現し肉体を備え魔法も剣も効き辛いとのこと。こちらの鎧は爪で裂かれ口より吐く炎で焼かれるそうです」
「厄介だな。しかしそれらの話を我らに聞きに来たとは、さすがはお主だ。なんと肝の座ったことだ」
「恐れ入ります」
「ふん、そっちの男もそのつもりで連れているのだな。やけに腕が立ちそうだ」
「いえ、彼は旅の仲間であり友人です。ここへは単に同道したのみ。我らの友人である精霊の村で、彼の剣も私の剣も決して抜かれる事は無いでしょう」
「良く申した。その我らに近しき者、妖魔の話を詳しく聞こうではないか」
隣に座っていたチャンドラは最初、物珍しさから上機嫌だったが、今は真っ青な顔をしていた。要するに自分たちは妖魔と精霊を似た者として考え、まさかその当人に討伐の方法を聞きに来たのだ。もしそれぞれが異なる存在であれば大変な失礼であるし、万が一同じ存在であれば唯では帰して貰えないだろう。
「チャンドラ、大丈夫だ。言い辛い事は先に言うに限る。それにここは俺たちを無下に扱ったりはしない」
「なに、分かっているさ。そんな心配はしていない。もうちょっとソフトなやり方が有った気がするだけだ」
「大事な仲間の身を危険に晒しはしないさ」
「それはお互い様だ」
「恩に着る」
話が長くなりそうな気配を察してか、ここでお茶が配られた。
精霊達は例の戦闘艦事件で避難していた駐屯地から本来の居留地に戻っています。村ですが規模は立派な町かそれ以上になっています。
長の屋敷には実体化した戦士たちが集められ、かなり物々しい雰囲気です。
これは、精霊はいざって時には別次元に退避できる種族なんだけど、そんな気持ちで辺りを収めている訳ではない、という不退転の決意の表れとしてそうしています。来賓へのアピールですね。




