ボウケンノトビラ
「どうしたんですかぁ?急にまじめな顔しちゃって」
ティファラはのんきだ。空尉が表情を崩す。
「うーん、これって人類初の異星文明との接触かもしれないんだよね。これが遺跡なら問題無かったんだけど、もし生きている宇宙人と出合ったらどうする?」
「なるほどー。軍には対異星人のマニュアルって無いですもんね。宇宙船を運べる施設が稼動してますからぁ、何かが居る前提で考えるのは賛成です」
「うん。あと、これが何かの実験で、軍が我々を担いでいる可能性を検討するのもやめよう」
「それは最初に考えましたぁ。取り敢えず捨てないと話が進みませんからねぇ」
「じゃ、基本方針を決めよう。異星人と我々は友好的であるべきか」
「もぉちろんです!」
ティファラが即答する。空尉がヒコザの目を見て待っているので、彼は少し考えてから頷いた。
「それは何故だ、ティファラ?」
「お互いにとって有益だからでーす」
「本当にそうか?」
「えぇー」
「そうだ。まだ分からなくて良いんだ。だから温和な人類代表として友好的でありたいとしておこう。どうだ」
彼らは眠くなるまでその会議を続け、その後仮眠を取った。
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トンネルを戻るか、壁の扉を進むか。この議論はあっさり済んだ。
生存率を考えると船を運べる可能性がある後方のトンネルを戻るべきなのだが、仮に土砂から出せたとしても、あいにくこの船は後方へ飛行するようには出来ていない。
それにこのトンネルに長く滞在すれば、この大規模な拉致を行った者と出会う可能性がある。三人の自由を強制的に奪った事実は友好的とは言い難く、突然の邂逅は避けたい。むしろ逃げるのが賢明だろう。所持する最も強力な武器である我が探査艇が既に、無力である事が証明されているのだから。
・・・などと真面目に話し合ったが、本音を言えば皆、扉の先が気になって仕方が無かったのだ。しばらくは船をベースキャンプにし、往復しながら少しずつ調査を進める予定を立てた。
とりあえず軽く覗くつもりで三人は扉の先に進んだ。
通路は水平に進み、ちょっとした小部屋で行き止まりになった。またしてもしっかり閉じられていた与圧ロックを開けるとホール状の自然洞になっており、幾つかの鍾乳洞が闇に向かって延びていた。
オスカル空尉は超音波探知機を覗きながら呟いた。
「なるほど。これはしばらく地底探検になりそうだね」
「楽しそうですね、隊長!」
ティファラは目を輝かせている。
「おお!いいねその呼び方。盛り上がる」
「戻って情報を整理しましょう。必要ならマップ作成ボットを仕立てないと」
ヒコザの表情は冴えない。
「やって頂戴。ところでこれは地震?」
それには応えず、ヒコザは元来た道を走り出した。
トンネルは浸水していた。透き通った水に流木などは混ざっておらず、これはやはり地上が遠いことを表すのだろう。水かさはどんどん上がってきている。
ヒコザは腰までの水をかき分け船に戻ると格納庫からサバイバルパックを二つ運び出し、追いついてきたティファラに投げた。
再び格納庫に戻り自分用のパックと口糧を箱ごと持てるだけ持ち、マザーに省電力モードと自分が出てからの施錠を指示し、短く別れを告げてから女性達の私物を掴んで船外へ飛び出した。
「空尉殿!ティファラ!扉へ!」
右肩に黄緑のカエルが描かれたピンクのひざ掛け毛布を抱えたヒコザから、オスカルが口糧を受け取る。
ふいに船体から電子音が鳴るので振り向くと上部硝煙弾射出口から黒い弾体が発射された。ぽん、と気の抜ける軽い音だったので、ヒコザはつい、放物線を描いて飛んでくるそれをキャッチしてしまった。手に取ると何かの入った筒で少し重かったが、ヒコザはそれをポケットにしまい、扉へ向かった。
ヒコザがチトセになんと告げて別れたのは記録に残っていません。当時の人々は命令を明確にする為AIは冷淡に扱うよう教育されていますが、後の資料から思いやりのある言葉だったと推察できるそうです。
避難時は貴重品も大切ですが家族のアルバムを持ち出すと良いと聞いたことがあります。預金通帳は復旧出来るかもしれないが思い出の写真は取り戻せないとのこと。
口糧や水も大切ですが、ヒコザは彼女たちの私物を優先しました。それが例え一枚のひざ掛けでも、今後の為、例えば心の支えになるならばそれに越した事は無いと考えたのです。もちろん、今現在を生き延びる事が最優先ではあります。




