あああ心のオアシスが
四人だって?
この部屋にはラシック閣下と自分を除けば、マヤ、カナン様、ハリハル嬢の三人しか居ない。
ハリハル嬢の正体が皇帝当番だと判明した訳だが、他に居るのはメイドだけだ。
ヒコザはメイドに視線を向ける。マヤ達は敢えて視線を伏せているようだ。なるほど。
メイドは頭のカチューシャ?ブリムと言うのか?をそっと外すとヒコザに近付き、深く頭を下げた。
「初めましてヒコザ様。皇帝当番をしておりますチャンドニ・エウロスと申します」
「初めまして。どうぞお掛け下さい」
メイド改めチャンドニ様はハリハル嬢、いや、こちらもハルハル様か、その隣に座った。
ちょっと離れて座ったので、その関係は察した。
「えーと、すみませんが少々混乱しております。それぞれ自己紹介と行きましょう。まずは私から。オハラ・ヒコザ、テララから来ました。白石砦の者ですが、今は転露の国で修行中です。エンドラとなるべく武芸を修めている所です」
皆小さく頷くだけで質問は無かった。隣のマヤが口を開く。
「オハラ・マヤ・ミレニア。大神官としてヒコザのサポート。当番としてはレヴナントと呼ばれています。テララではヒコザの妹なので、名前にオハラが付きます。主な担当は対外政策と軍事と人事」
向かいのチャンドニ様が口を開く。反時計回りらしい。
「チャンドニ・エウロス。スペクター。資源と環境等が担当です。ご承知の通り私も独自にエンドラを立てています。本日ご迷惑をお掛けした者は既に候補から降ろしました。この件においては今現在皆様に従事すると言う事で罰を受けておりますので、どうか平にご容赦願います」
ちらとラシック閣下の顔を覗き見ると困り眉だった。笑いを堪えているようにも見える。
ヒコザは小さく頷いてから、了承を伝えた。
「では私かな。プリモア・ハリハル。レイスです。財務と労働、福祉あたりの案件を担当する事が多いです。ラシック様にお聞きしましたが転露の国はお食事が美味しいとか。是非別の機会に詳しくお聞きしたいです」
マヤがちょっと反応したが、放って置く。
「うわぁどうしようこのメンバーだと私が一番薄いんだけど?ゴーストのサンチー・カナンです。何でもやるけど国際裁判とか農耕水産、港周りかな。うちの領地が西で田舎なもんでそっち系が強いんです」
ちっとも薄くないので安心して欲しい。
「む、わしもかね。ラシック・ミレニア。マヤの父の弟だ。流通と貿易の相談役とミレニア領の街を幾つか総括している」
この位偉くなると自己紹介など滅多にしないだろうに、閣下には申し訳ない事をした。後で謝ろう。
「さて、と」
ヒコザは無礼を承知で口調を変えた。積極性と自信を示す為だ。
「折角揃っているのだから、ここで少し僕の目的を話しておこう。簡単に言うと環境改善と外宇宙対策の二つだ。この中で日照問題やテララとの軍事衝突について対応しているものは居るか」
誰も頷かない。
やはりキューブ任せというか、技術的に手が届かないのだ。
「これまでの歴史を見るとキューブは神の如くこの大地を見守ってきた。それがいつの頃からか地上へのキューブの介入が激減し、遂には夜が明けなくなった。キューブの本拠地は高空に浮かぶ銀の島と呼ばれる浮遊要塞と伝えられている。僕はそこへエンドラとして乗り込み、状況を把握し対策を講じようと考えている」
チャンドニが口を開いた。
「派閥として対抗できる案件では無いと理解した。その上で問うが、キューブを刺激して危険は無いだろうか」
「言葉は通じるのだろう? いきなり戦争になったりはしないさ」
「だと良いがな。しかしヒコザ様も独自の戦力は確保したほうが良いだろう」
「キューブに対抗できる部隊を作るのは難しいが」
「そこまでは言っていない。が、エンドラとなればそれは帝国の神だ。君が負けたら帝国は滅ぶ。絶対にそうならないようにして欲しいのだ。話がまずい方向に流れ出したら結局は武力が物を言う、場合もある。素早く動かせる戦力が手元にあれば、事態を収めるのに役に立つから作っておけという話だ」
「解った。逆に僕が軍事力を持つことに反対の者は?」
「その剣がミレニアに向かないのであれば」
マヤの言葉に他の全員が頷いた。
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この日の夕食についてヒコザは思い出したくない。
宮殿の奥で密やかに開かれた宴はマヤパパ主催であったからだ。
挨拶もそこそこ、ミレニア領主である彼にヒコザは褒めちぎられた上、その何倍も釘を刺された。
その辺は冗談として、話はテララの情勢に始まりヒコザの現在に至るまでを仔細に渡り尋ねられ、可能な限り正確に答えた。
同席した皇帝当番達や賓客も興味が有ったのか静かに聞いていたようだ。
話の中で、ヒコザが実は前に一度、この世界に渡っていたと語るとチャンドニの上席に座っていた女性が話に入ってきた。
「その件ですが、当時担当していたのは私です。チャンドニの母でカンチャーナと言います。政治的判断でヒコザ様を辺境へと移しました。この判断は間違っていませんでしたが、ヒコザ様には大変なご苦労をお掛けしました事、お詫びいたします」
ヒコザは少し考えてから、こう答えた。
「白石砦に嫌な思い出など一つもありません。幼少期にあそこで過ごせたことが今の自分を生かしています。カンチャーナ様には感謝こそすれ、謝って頂く事など何一つございません。どうか頭をお上げ下さい」
要らない子として砦に移された身として傷付かなかったと言えば嘘になる。しかし帝国にも事情があったようだし、今回船で来て問題なく身寄りを頼ることができたのはヒコザが砦で育てられたからだ。そもそも、まさか当事者から謝罪を受けるなど考えてもおらず、この采配には驚くばかりだ。
敵対派閥の中心人物をプライベートな宴に招待するなど、マヤパパの懐の大きさには圧倒されてしまう。
ヒコザは今後の行動に間違いの無いよう、心して掛かろうと気合を入れ直した。
エンドラに武芸は必須ではないのですが、そうなる為には色々と難局を乗り越えなくてはならない為、ここでは当面の課題である戦闘力の向上を挙げました。




