論文に哲学記すべからず
既にオスカルは、新しく来たテラランの三人がサイオニクスの才能を持っているか調べていた。
幾つかの質問に始まり、カードの絵柄当てやロウソクの着火、三面図の読み取りなどを行った。
専門家として、エドモンドとリエンに才能は無いと結論した。これは二人がセルンの防御機構に対し全くの無力だった事からも推察できる。パトリシアはその時手動で海賊船を操作していたらしいし、検査の結果もサイオニクスの才能を否定するものではなかった。
早い段階でデイスカーに渡ってしまったティファラに魔法使いの才能があったのか分からないが、今の所テラランで魔法が使えるのはヒコザだけだ。ヒコザの話ではパトリシアには才能があるそうだから、彼女はきっと魔法が使えるようになるのだろう。エドモンドとリエンに魔法を教えるという話はしていなかったから、こちらの基準で魔法の才能は見いだせなかったと思われる。
これらのことから、サンプル数がとても少ないが、今の所一つの仮説に行き当たる。
”超能力者は魔法が使える”
テララに魔法は存在しなかったのに、である。
この世界にだけ存在する何か、が魔法を魔法足らしめている。それは何か。
先日ヒコザに会った時、彼はその答えを口にしていた。
「ええ、それはそうですよ。この世界は魔神の加護に満ち満ちていますから。もちろん神々のも、ね」
恐らくそうなのだろうが、これは答えになっていない。
テララではその存在を観測する事すら困難なサイキックが、この世界では風を起こし、材木を切断し、水面を固定する。何なら空気を爆発させたり花瓶を宙に浮かせたりできるらしい。その現象を起こしている何か。それが知りたいのだ。タキオンでもいい。ダークマターでもいい。一体全体なんなのか。説明できる魔法使いは居ないだろうか。オスカルの監視を兼ねて付けてくれた助手は魔法が使えるが、使えるだけで理解していなかった。この研究にはもっと高位の魔法使いが必要だ。しかし今の白石砦にそんな人材は居ない。帝国に戻ったらヒコザか、あの保護局の女の子にでも強力な魔法使いを紹介して貰おう。ちゃんと連絡先は交わしてある。
遠くで鐘が鳴る。古い教会によくある陰鬱な音色ではなく、もっと軽い、あっけらかんとした音だった。
同席しているファラディーンの騎士がゆっくりと立ち上がり、ちらりとこちらに視線を寄越す。お仕事のお時間ですよ、と。
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ヒコザは内心頭を抱えていた。
今日の午後は街で宝飾の道具を見たり試作用のクズ宝石を仕入れたりする予定だったのだが、ヒコザの行く先は、どうにも同行するお姫様の近衛が先回りして環境を整えているようで気を使ってしまう。ハリハル嬢のゴツい同僚達だけならともかく、カナン様の近衛騎士までも撒くのは骨が折れるし、もしそんな事をしたら彼らの昇給に響くかもしれないので、今日は大人しく宮殿に戻ることにした。
夕方には宮殿に戻れとマヤから指示が出ていたので正直に正門へ向かったのだが、ハリハル嬢が袖を引いて通用門を教えてくれた。使いやすそうな槍を構えた立番が両側に着いていたが、こちらには視線さえも向けなかったので、軽く会釈をして中へ入った。誰何されなかったのはカナン様が一緒に居たからだろうか。ずっと気になっているのだが、二人共どうしてもヒコザの前を歩こうとしない。マヤとは別の家だろうが、カナン様は最上位の貴族の筈だ。ハリハル嬢だって、恐らく只者ではない。どうにも気が引けて仕方がない。
門の内側で待ち受けていたメイドに上質だが飾り気のない部屋に通された。奥は空けてソファに掛ける。
カナン様もハリハル嬢も自然に座っていた。これで解った。ハリハル嬢も貴族だ。
メイドが紅茶を入れ終わるとハリハル嬢が口を開いた。
「ヒコザ様、本日は無理なお願いをしまして申し訳ございませんでした」
「いいえ、お陰で楽しかったですよ」
「そう言って頂けると助かります」
おっとっと。こういう場であったとしても、身分の低いものが先に口を開いてはまずい。そうなるとハリハル嬢の正体が大分絞られる。
ノックの音が響いた。
現れたのは簡素なワンピースに着替えたマヤだった。
「おかえりヒコザ。早かったね。みんなもお疲れ」
「マヤ。そっちこそお疲れだ。仕事はもういいのか?」
「ええ、今日は上がったわ。これから叔父様も来るけど良い?」
「ラシック閣下か。勿論だとも。幻想郷で会って以来だ」
今日の博物館の出来事など話していると再びノックが響く。ラシック・ミレニア閣下だ。ヒコザは立ち上がって迎え入れる。
「やぁヒコザ君久しぶりだね」
「ご無沙汰しております。どうぞそちらへ」
奥のソファに案内すると手にしていた封筒を渡してきた。
「借りていた写真だ、ありがとう。しかしどういう事なんだい、我が帝国の皇帝当番が四人とも揃っているなんて珍しいね」
オスカルの言う「あの保護局の女の子」とはマヤの事です。




