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過去、ミレニア帝国による和平的交渉は決裂しており、力尽くで来いとデイスカー政府から正式に通達が来ているそうだ。仮に旧ミレニア城にヒコザ達が無許可で侵入しても政治的には問題ない。いや、だめだろうとは思うが、こっそり中に入る程度なら良かろう、と結論した。故に作戦は少数で侵入、脱出とする。
目的は旧城最上階の祭壇へ到達し神剣を得る事。
我々のどちらかが敵に捕まればミッションは失敗する。戦闘で死んでしまったらそれまでだが、もし捕らえられた場合捕虜交換の材料となり、帝国は多大な損失を被るだろう。デイスカーはこれを狙っていると考えて良い。
旧城は元々ミレニア帝国の城で、その間取りはマヤが知っている。
まず調べなければならないのは、城内の兵士や駐屯している人員の数と種類だ。
マヤは公務が有ると言って帝国に戻り、数週間は戻らない。
その間ヒコザは例の丘の上から城への出入りを監視した。その結果分かったのは、デイスカーは旧城を拠点として使用していない事だった。詰めているのは立番の兵士と数名の幹部で、事務方や医療班はそれぞれ一名ずつしか居ない。そして一度だけ奇妙な団体が入っていった。フル装備の六人連れで、前衛後衛見事な構成をした戦闘集団だった。ピンときたヒコザは城下町で宿を取り、何食わぬ顔をして町で最も賑わうサロンに通い詰めた。町の住民はミレニア領だった頃から住んでいた汎人の末裔が殆どで、移り住んできたデイスカーは余り多くない。平凡な汎人であるヒコザが入り浸っても目立つ恐れは無かった。サロンには元ミレニア領だったからか、それとも大陸標準なのか知らないがここにも荒くれ者を引き付ける掲示板が有り、物騒な装備をした者達の溜まり場になっていた。
四日目の夕方、お目当ての客がサロンに現れた。旧城に入っていった六人連れだ。予めボックス席近くの物陰に隠れる席に陣取っていたヒコザは目の前にメニューを広げ反射で音を拾う。案の定空いているボックス席にその六人は座り込んだ。
「いやしかし、あれだな。みんな無事に帰って来れて良かった」
「ああ」
「うん」
「なんて言うか、ほんとにあれだな」
「ああ」
「うん」
「あれが妖魔か」
ヒコザは聞き間違いかと思い、しばらく聞き取りに集中したが、彼らが妖魔とやらと戦闘したのは間違いなさそうだった。この世界には外見の恐ろしい生物など幾らでもいるが、彼らの言う条件に合うものには心当たりが無い。実態を感じない闇色の体、魔法が利き辛い、魔法の武器でないと当たらない、空中に現れる、死んでも死体は残さない、等など。
話を聞いているとその背景もなんとなく伝わってくる。どうやら旧ミレニア城の上層は妖魔に制圧されているようだ。
デイスカーも妖魔が下層に来ないよう見張っているだけで、排除できていない。そこで彼らのような実力者を雇って攻略を依頼しているのだ。
リマップしたポンチョの迷彩で乗り切ろうと考えていたヒコザの作戦は、予想外の敵の出現で崩れてしまった。魔法の掛かった武器など持っていない。マヤの斬鉄剣なら或いは。しかし。
とにかく下層は脇に置き、上層の対策を練らねばならない。帝国へ戻り応援を頼むとか、魔法の武器を貸して貰うとか、そのものズバリ、妖魔ハンターみたいな人を紹介して貰えないだろうか。
ヒコザが妄想に耽っていると六人パーティーに客が現れた。声からすると若い女性のようだが六人より身分が高いようだ。挨拶もそこそこに無言になるので変な空気なのかと思い耳をそばだてていると、いきなり後ろから襟首を捕まれ引き倒された。予想外の攻撃に逃走を試みるが、さっきの六人パーティーが立ちはだかっていて逃げられない。エレメンタルデバイスはオフなので重力魔法しか使えない。こんな街なかで超重量を範囲で掛けると怪我人が出そうだ。取り敢えずまだヒコザの襟を掴んでいる手の関節を極め、跳ね起きた勢いで手首を折ってやった。絡んだ襟を外すためそのまま逆回転で身を翻し足裏から着地すると前衛の奴が顔面を狙ってパンチしてきた。軽くカウンターを顎へ、続き肘打ち。脇を塞ぐように立っていた後衛らしき女性に背中から体当たりして腕を掴み無理やり背負投げでハンドサインで指示を出していた女性に投げつける。革鎧の男性がナイフを抜いたので顎を蹴り抜く。唐突に頭がクラっとする。後衛の女性が何らかの魔法を使ったようだ。男女平等、ヒコザはその女性の顔面を掴み、勢いのまま放り投げる。少し斜めに円を描くように投げるのがコツだ。あと一人居るはずだが見当たらない。ヒコザは高額貨幣をカウンターに置き、サロンを飛び出した。
最後の男は戦闘に加わらず姿を隠し、ヒコザを尾行するつもりのようだったが迷彩ポンチョであっさり撒いた。
指示を出していた女性の顔には見覚えがあった。旧城に詰めている幹部の一人だ。数日を掛けてじっくり監視したヒコザには、旧城の主立った人員が街のどこから通っているのかも調べがついている。
ヒコザはすぐに宿に戻り、荷物を回収すると領事館近くのとある屋敷に侵入した。この屋敷は旧城勤めの兵士たちの宿舎になっている。兵士の宿舎にしては立番は居なかったが気にしても仕方がない。
影から影へ。立木から屋根へ移動。上からワイヤを吊るしバルコニーへ降り立つ。中の様子を探ると書類にペンを走らせる幹部女性の背中が見えた。室内は一人だけのようだ。ヒコザは少し考えてバックパックから自分の剣を取り出すと良く見えるように地面に置き、徐に扉を開け声を掛けた。なるべく明るい声で。
「こんばんは」
「なっ貴様は」
立ち上がった女幹部は胸の前に光球を浮かべるとヒコザに向けて撃ち出した。
こういった攻撃は避けてしまうのが一番楽なのだが、ジェガン師曰く対人戦で敵の攻撃は往なすのが大事だそうだ。体力を温存できるし相手の動きもよく見える。そして格の違いを見せつける為にも有効だ。ヒコザは戦士の視力で光球を捉えると飛来する一瞬で波長を読み解き同調する。そしてその光球をあたかも舞い落ちる小鳥の羽の如く手を添えそっと軌道を曲げる。跳ね飛ばすと室内が大変な事になるので自分の前で回した。光球が光の尾を引いてヒコザの前で円を描く。
女幹部は驚きに目を見張ると立て続けに光球を撃ち出した。ヒコザはこれも難なく捉えると光の尾は一層輝きを増し、遂には消えて行った。撃ち出された魔法を打ち消すのではなく制御を奪う。圧倒的な力の差の現れであった。
諦めの表情と共に女幹部に膨らんだ殺意がゆっくりと萎んで行くのがはっきりと分かった。
ヒコザはそのまま掌を相手に向け、語りかけた。
「話がしたい」
この世界で武器を置き両掌を相手に向けると戦いの意思は無いという意味になる。女幹部はちらと床に置かれたヒコザの剣に目をやるとあからさまに困惑の表情を浮かべた。
「何のつもりだ」
「戦う意思は無い。情報交換しないか」
間違いなく、ちょっとでも大声を出せば屋敷の者が駆け込んでくる。その余裕と、ほんの少しの見栄が女幹部に普段ならありえない返答を選択させた。
「良いだろう」
ヒコザは剣をバッグに仕舞うと近くの椅子を引き、座った。
+++
部屋の照明はガス灯だった。明るさはまずまずで、普段の生活には充分だろう。
部屋は広く、家具も上等なものが揃っていたが、ベッドが無かったから、仕事部屋なのだろう。
女幹部は見る限り前衛タイプではないが、先刻サロンで武力制圧し損ねた男に部屋へ侵入されているにしては落ち着いていた。恐らく先程見せたような攻撃魔法以外にも何らかの特殊スキルを擁しており、それなりの自信が有るのだろう。
「妖魔とは何だ」
「ほう。それを聞いてどうする」
「祭壇に用が有るんだ」
「なるほど。あの辺りに近づけない事も知っているのか。一体何の用事であんな所に」
「神剣が欲しい」
「ははぁ、やはりお前、ちょっと魔力が多いからって魔神エンドラになりすます気だな」
「そこまではっきりと図星を指されると傷つくな。だが一応お墨付きなんだ」
「知っているぞ。帝国の怪しい習慣だな。魔神を擁立するとその派閥が顔を利かせられるんだろう」
「エンドラとして派閥というかどの国家にも与すつもりは無い。多少の贔屓はするがどこかを悪く思ったりはしないぞ。だからちょっと教えてくれないかな」
「あのなぁ、我々が何のためにあそこに駐屯していると思っているんだ」
「と言うと?」
「エンドラが祭壇に行かないようにだ!」
「侵入を防いだのが妖魔で良いのか、君らではなく」
「むっ」
眉を寄せる女幹部にヒコザがゆっくりと語りかける。
「公式には力尽くオッケーとされている。つまり君らの守りを打ち破るか、敗退するかで我々は決着を付けなければならない。保険屋じゃないが”人で無ければそれは物”だ。妖魔は地形とかトラップとかそんな物と同じさ。実際手を焼いているのだろう?職務を離れた場所に限ってで良いから、同じ敵を持つ者同士、協力しないか。神剣を手にしたエンドラが君達から見てどんな立場になりうるか、考えて見るんだ」
「うーん、はぁ。うん、良しこれをやろう」
女幹部は机に手を伸ばし薄い本を差し出してきた。
「何で変な顔した?」
「なんでも無い。おぅこれ旧城上層のレポートじゃないか」
「そうだ。参考にしたまえ」
「助かる」
「万が一にも我々の警備は破れんがな。ふん。サロンではいきなり捕らえようとしてすまなかったな」
「いいやこちらこそやり過ぎたかもな」
「へなちょこ勇者共には良い薬さ」
「また相談に来る」
「先に手紙を寄越せ。で、貴様名前は?」
+++
ヒコザが去ると女幹部は足早に階下へ向かい、食堂の扉を開ける。
案の定、ボロボロの勇者達と旧城にもう一人詰めている幹部が飲んでいたので、今の一件を話す。
「サロンの男がエンドラだったんです?」
全員が震え上がった。
「もう来ないんですよね?この社宅は警備も居ないし」
「やばいぞエンドラには大神官が付いている筈だ」
「それっぽい女性は居なかったが」
「居たら俺達黒焦げだ」
「しかし見かけによらないもんだな」
「因みに名前とか言ってませんでした?」
女幹部が名前を教えると勇者(代表)は自分の荷物から古びた雑誌を取り出してきた。
「これ冒険者年鑑です。帝国番付が秀逸で…。非公式ですけど有名な本でして。その名前は見たことが有りますよ。怪人のとこの結構後ろにー」
「怪人って」
「有りました。白石砦のヒコザ。ええっと」
小岩族の重戦士。身長腰の高さより低い。体重かなり重い。調理器具を鎧にしている。剣の鞘は象牙色。
剣鬼ガゾルと共に行動。皆神歴七十八年茶臼族の勇者レイテンシュバッハを撃破。以後行方不明。星三つ。
微妙な空気が漂う中、あっと女幹部は声を上げた。
「あいつの剣!象牙色だった」
「マジすか」
一人カウンター席で飲んでいた男幹部が振り向きもせず、初めて口を開いた。
「レイテンシュバッハは単独でシャックルトンの砦を落としている」
「東の辺境伯が騎士団を増強して近隣と揉めた事件の切っ掛けですね」
「めちゃくちゃ強いじゃないですか」
「それを倒した、だと」
「なるほど十年くらい前、か。これ小岩族じゃなくて普通に子供だったんじゃ」
「尚更やばい奴じゃん」
「敵って感じじゃ無かったんですよね」
「ああ。普通に話ができたぞ」
「流石です。お陰で命拾いしました」
「俺達は運が良かった。ここんとこ死にそうな目に遭ってばかりだ」
ここでは勇者パーティの六人は全員が勇者の称号を持って居ます。
称号には年金が付くので全員に与えられるのです。
彼らは幾つかある勇者パーティの中でも指折りの精鋭なのですが、今回は相手が悪かったですね。




