くらえ!乙女のブレインクラッカー
暗雲に遮光が差し、薄紫に見えなくもなかった。テララの月よりか細い光で、畑は弱々しい作物を支えていた。一足ごとに、畑は村に、村は町に、町は城塞へと変わって行った。
敵地である。
町では言語も通じるし、今のところ衛兵に通報されても居ないが、ヒコザは足早に街門を通り抜ける。
銃、剣、作戦服、そして旅の装備一式。これからミレニア帝国と勢力を二分する、デイスカーの重要拠点に単身押し入るには、心許ないとしか表現が浮かばなかった。
旧ミレニア城。
ヒコザがこの世界で生きるために、どうしても手に入れなければならないものが、この巨大な岩山をくり抜いて作られた要塞に、有る。
ま、慌てる事はない。
小高い丘の林で空き地を探し、茶を沸かした。薄明かりを背負って聳える奇っ怪な城を眺める。
がさり、と草を踏む音。
こちらを驚かせないようにわざと音を出したのだろう。振り向くと旅装束のマヤだった。
「やっと見つけた。ヒコザ、何で一人で行っちゃうのよ」
「よう、久しぶりだな」
「あんたねぇ、他に言う事が有るでしょう」
「悪かったよ。テララの三人は届けたし、通訳も手配した。手紙も残しておいただろう」
馬車の旅を終えたヒコザは三人をミレニア帝国の異邦人保護局本庁へ預けると早々に姿を消していたのだった。
マヤはバックパックから自分のカップを取り出し、無言でヒコザがテーブルにしていた倒木に置くと、ヒコザが座っていた岩に、彼を半分押しのけ並んで座った。
「ええ、ありがとう。オスカルさんも会いたがっていたわよ」
「空尉が来れたのか。頼んでおいてなんだが、白石砦が良く出したな」
「そりゃもう、凄い人数でガードしてるわね。砦の精鋭と文官、ついでに司令官まで来ちゃったわ」
「は?何してんだ」
「帝都の騎士団なんかもう大騒ぎよ。城が落とされる戦力とか」
「しないだろう。宮殿には君みたいなのがごろごろしてるんだし」
「オスカルさん、大切にされてるのね」
「そのようだ。ありがたい」
「新しい三人も、ああいう風にここでの生き方を見つけられると良いのだけど」
「それは彼ら次第だ。そしてそれは僕も同じだ」
「今のままでも、いいのよ。あなたをエンドラと認める人も多いし」
「かもしれない。帝国に従順な姿勢を見せていれば、いずれ市民権も得られるだろう。でもそれだけじゃないんだ」
「私が剣を取れと言ったから?」
ヒコザは真っ直ぐにマヤを見つめた。
「そうだ」
「なら」
ヒコザは素早く指を一本立てた。
「もう一つ有る。前に天女様と戦闘になって異次元に飛んだと言ったろう」
「なんだっけ」
「金色のドラゴンになった話だ」
「ああ」
「で、その時からちょくちょく妙な記憶が断片的に戻ってね」
「はぁ」
「シング トゥ エイトゥーラ。歌うように話す。エイトゥーラは今僕らが話している言語だね。遥か昔、テララにおいて戦いに敗れたドラゴンが新天地を求めて海を渡った。辿り着いたのは今まさに海に沈もうとしている大陸だった。ドラゴンは悲しみ、その大陸に住まう生きとし生けるものを死にゆく運命から救おうとした。だが当時の神々は運命を変えることを許さなかった。そこでドラゴンは彼らをどこか遠くへ隠すことにした。隠し場所を宙の上に求めた彼はとある精神体に出会う。彼らはフォースと名乗り、非常に高い精神力と技術力を持っていた。彼らは他の優れた精神体と融合を繰り返し、自らを強化するのを目的として宇宙を彷徨っていたんだ。金色のそのドラゴンは無上に強力で融合相手としてこの上無かった。ドラゴンはこの大陸移転が彼単体では成し得ないと感じていたので、彼らの手を取る事にした。四つ有ったフォースの内、最も力の有ったフォースワンがドラゴンと溶け合い、暴れん坊のドラゴンが魔神へと昇華した。エンドラの誕生だ。彼は新たに手に入れた有り余る力を使いテララから最も遠い所、太陽の反対側に惑星セルンを作り、大陸を移した。エイトゥーラ、テララではアトランティスと呼ばれた大陸はこうして今ここに有る」
「星を作るとか、その」
「やはり難しかったんだろうね。その後維持管理に無理があって、現在のように夜が明けず、生命を危険に晒している。最近では侵入者まで許してしまった」
「それは分かったけど、あなたとどう関係があるの」
「この星を管理する場所へ行く。行って状況を見て可能なら正す。その為には神剣がこの手に無ければならない」
マヤはしばらくヒコザを見つめると、そのまま顔を近づけ、軽く頭突きをした。ヒコザは避けられなかった。
「痛いな!」
「それが一人で行った理由になるわけ?」
「いや、危ないじゃん」
「なら尚更よね。あたしに剣で勝ってから言いなさいな」
色々な意味で勝てそうになかった。
アトランティス大陸がプレートテクトニクスによって南下し現在の南極になった、そしてその表面が妙に平らなのはエンドラが削ってセルンに持って来てしまったから、という説です。
信じないでくださいね。




