丸投げって言うのよねいいけど
「興味が有るかね、小さき魔神よ」
目前で行使された高度な次元魔法。興味が無いはずがない。しかしヒコザは断る。
「ありがたいお申し出ですが奥様、私は既に師事しています。いずれご縁がありましたら是非に」
「師匠の名は」
「ジェガン師です」
「指輪の大将か、心得た。この話はいずれ、な。そも、これから大変だろう?」
「ええ。お客さんで有ると良いのですが。ならず者でなく」
「それも試練であろうよ。どのような結果であれ、この世界はお主を支持するよ。さて、我らは引っ込む。ではな」
夜の森に消えてゆくグレイスと護衛の背を見送ると、ヒコザは地面に空いた大穴を覗き込む。水素機関であるヒコザ達の艦と異なり一般的なガスタービンの甲高い唸り声が響いている。微かな衣擦れに振り向くと気配の薄い鬼っ子…いや、小柄な精霊が一枚の紙を両手で差し出していた。
「お連れの方から。長はヒコザ様に一任すると」
なんとなく解ってはいたが、やはりそうなるか。マヤのメモにはその背景が書かれていた。
「現在の所大きな被害が無かった為精霊部族は艦艇及び乗員に関与せずその全てをミレニア帝国に委任。帝国はこれを受諾し当面の対応に当たる全権をオハラ・ヒコザに委ねる。」
内容はエイトゥーラ、つまりこちらの言葉とテララの標準語両方で書かれ、帝国と精霊の両方の長のサインが入っていた。当たり障りのない範囲で今後の事とか話しといて?とは言っておいたが、マヤは仕事が早いようだ。
限定的とは言え権利を得たヒコザは、取り敢えず最悪の事態を防ごうと戦闘艦に声を掛けた。これに飛ばれて戦闘行為に移られては堪らない。
「ハローハロー。生存者がいるか?」
戦闘艦は黒に近いグレーで、穴から下、五メートルほどの所に艦首が見えていた。これも万能艦のようで、自己改修機能による掘削機の増設が見られた。恐らく全体の形状も前面投影面積を減らすべく細く長く変形させ、列車のように連結して地中での行動を実現しているのだろう。ビーム兵器の砲口はカバーされていて、すぐに撃たれる様子は無かった。
少し待ったが返事は来なかった。AIが行動を掌握しているなら結論は一瞬で出る筈だ。つまりまだ中には生存者がいる。それも複数いて、恐らく議論の真っ最中。ヒコザは先程書類を持ってきた精霊を呼び、長へ伝令を頼んだ。
・戦闘艦が戦闘を続行する場合ヒコザが魔法の泥で埋める
・この世界に不利益を与えない事、テララには帰れない事を納得の上で受け入れる
・生存者の身柄は異邦文化保護局に引き渡す
・五十人分の検疫と居留のための場所を確保してほしい
型は古いが軍用の航宙艦。AI制御なので無人でも行動は可能だ。活動内容にも依るが空間の確保より生命維持の為の物資の確保に制限があるので最大で五十人と見積もった。
ヒコザは腕に嵌めたエレメンタルデバイスがオフになっているのを確認し、穴の縁に座ると目を閉じた。地面を感じ、そこから、ゆっくり意識を、土に浸し、染み込ませ、土という土、岩という岩を、掌握した。
感じてみると戦闘艦はやはり細長く、地面に対して斜めに浮上したようだった。こちらの準備を怪しまれぬよう艦の周りを少し残し、そこより外の土を岩盤のように固定した。動きが有れば艦と艦が掘削して進んできたトンネルの隙間を泥で埋めて固めてしまえばいい。加速する余地がなければ簡単には飛べないのだ。もちろんそんな事はしないで済めば良いのだが。
穴を瞬時に閉じられるようにその縁を昔の写真機の絞りのように細工していると、戦闘艦から返事があった。
「誰だ、おまえ」
怯えたような、訝しむ声が外部拡声器から聞こえた。
情報をなるべく与えないように気を使っているのだろう。しかしそれはお互いが未知の存在である場合に有効だ。そもそも銀河標準語で返答している時点でアウトだ。そして未知の存在にコンタクトを必要な程、逼迫した状況であると晒している。
「君らの先輩だよ。武装解除したまえ」
「質問が、ある」
「条件を飲めば答えよう。よく聞いてくれ」
ヒコザはまだ草案の段階だと断ってから、先程村長に言伝てた内容をそのまま伝えた。概ねの方針としては悪くない筈だ。
そしてしばらくの沈黙。
待つ間、ヒコザは岩石の「絞り」を増設し、この地上から艦首までの五メートルの深さを七層の岩石でぴったり閉じる事ができるように改良して、密かにその完成度に惚れ惚れした。これほど滑らかに動作すれば、唐突なミサイルの発射も防げるはずだ。駆動回路も造り付けたので魔法的なトリガーを渡せばヒコザ以外でも作動させることができる。同時にトンネルの外周すぐ外側に大量の泥を生成し、瞬時に注入できるよう経路を整えた。退路側は巨大な岩石が丁度有るのでそれを落とせばいいだろう。もっとも、念入りに埋めてもこの規模の戦闘艦の火力が有れば脱出は可能だろう。だが今は時間稼ぎと、こちらが侮れない存在であると知らしめることができればそれでいい。
さてどうするだろう。切れる上官がワンマンで仕切っている場合。数人で話し合っている場合。AIが無人艦を操っている場合。いずれにしても軍艦であれば先の条件を飲む選択肢は無いだろう。艦を離れ個人として異世界で生きていくことになるのだ。決して故郷に戻ることはできず、自分を守る国家という後ろ盾が無くなるのだ。
まずは周域の制圧。殲滅機でなくとも適当な無人機で辺り一帯を支配下に収め、住民がいればそれを拘束。その上で現地を調査、その後の作戦を立てる。そんな所だろう。
この世界がテララと対等に話し合えるだけの力を備えるまで、こちら世界の存在を知られてはならない。
自分の手でこの世界を滅ぼすつもりなのか。オスカル空尉とティファラには、そう言って納得して貰った。
ヒコザはウエストバッグから水筒を出し、喉を潤すと、元の場所に仕舞った。元の世界で買ったチタン製の水筒だ。装備は少しずつ現地の製品に入れ替えているが、口元の使い勝手が馴染めず水筒は替えていなかった。自分もまだテララを捨てきれていないのだと、ふと思った。いや、まて。それでいいのだ。自分はテララの人間だもの。
短い電子音の後、戦闘艦のハッチが開いた。宇宙服姿が三人。大きな荷物を背負い両手を上げている。三人が外に出るとハッチは閉じた。取り敢えず無人機は出て来ないようだ。五メートルの穴はほぼ垂直なので、どうやって上がろうか戸惑っているようだ。ヒコザは絞り機構の羽を一枚ずつ螺旋に繰り出し階段状にすると、それを足場に三人はゆっくりと上に上がってきた。
階段は一つの段が七十センチもあり、ちょっとしんどい。最後の段でヒコザが手を貸すと、内二人は妙に軽かった。挨拶しようと振り向くと戦闘艦から振動音が聞こえた。
一番背の高い宇宙服から焦りを隠せない男の外部音声が聞こえた。
『早く離れないと!爆弾で制圧するつもりだ!』
「わかった。ナバロンさん!彼らを頼む。さぁ、あの大きい人に着いて行って下さい」
『ああ、では後でな』
三人が走り始めるとヒコザは戦闘艦に警告した。
「今すぐ活動を止めるんだ!こちらには交渉の準備が有る!」
タービン音は更に甲高くなる。まずい!離陸する気だ!
埋めるか?本当に?
躊躇うヒコザに後ろから女性の声が掛かる。
『船に生存者はいません!』
ヒコザは絞り機構を閉じ、艦後方の岩石を落とすと準備していた泥を高圧でトンネルに注入した。
そして叫ぶ。
「全員退避!いそげ!」
委任状を受け取ってすぐにヒコザは殲滅機を埋めています。動かれては困るので。
この戦闘艦のAIはあまり賢くなく、とりあえずの行動指針しか立てません。
うるさい人間達が出て行った→自由だ→高空に退避→爆弾で制圧だ、くらいな感じです。
宇宙戦艦と戦闘艦は区別していませんが、宇宙戦艦と言えばあの超弩級戦艦を思い浮かべるものです。
独自性は大切ですが読み辛くてはいけません。少し考えて、機会を見て直すかもしれません。




