んー、ここ、人の顔に見えない?
彼らが惑星セルンに接触したのは軌道ステーションから出発して四日後の事だった。作戦は予定通り行われ、三人とも無事に防御圏を抜けることが出来た。
ヒコザは手動で探査艇を高度八百メートルまで降ろし、マザーを再起動して自動運転に移行させた。
以前の調査に同行し、既に適応外と認められていたオスカル空尉を自然睡眠から普通に起こす。例の頭痛に耐えられなかったティファラはヒコザが投薬を行い昏睡させた。こちらは抗体を打ち、覚醒させる。
「面白いものは無いわね」
空撮を見ながらオスカルは科学者らしからぬ感想を言ってのけたが、実際、地表の光景は予想通り月と酷似したものだった。隕石群で霞んだ星空と地平線まで続く灰色の瓦礫。それだけだった。大気無し、水流の跡無し、文明の痕跡無し。
電波は阻害されて届かないが形式的な定時報告を送信して、詳しい調査のため着陸体制に入る。
ガス噴射で船体を平地まで移動し、降下。探査艇の足を伸ばす。全て予定の範囲内だった。垂直着床に入る。
三、二、一、タッチダウン・・・、していない?
沈み込む感覚が止まらない。海抜がマイナスしていく。何故だ?沼か?下面カメラは着陸脚が白い砂にタイヤを引きずった跡を映し出している。船体が何かの影に入る。プラズマの再噴射を試みる。機関が沈黙している!バーナーが埋まったのか?唐突に計器盤が赤転し、続いて暗転した。ヘルメットの全天モニターが消える。メーデー、メーデー。送信機も落ちている。宇宙服の電源は生きているが、船のマザーへのリンクは切れた。ヒコザは自分の呼吸が荒れている事に気付いた。ガスが混入したのだろうか。手動で送気を停止しようとしたが間に合わず、彼はそのまま意識を失った。
気がつくとヒコザは身を起こして周囲を見渡す。
ガスを吸った後そのままコンソールに突っ伏していたようだ。宇宙服の生命維持装置はグリーン。ヒコザはオスカルとティファラのヘルメットを外し、頬を軽く叩いて起こす。何か不平を述べているが、特に問題は無いようだ。ヒコザ自身も空腹以外は身体に怪我や異常は感じない。ヒコザの腕時計はゼンマイ切れで止まっていたので、尋ねるとオスカルは形の良い眉を上げながら凡そ二日後の日時を答えた。
艦橋室は真っ暗だ。探査艇の微かな脈動音の他に物音は何もしない。宇宙服の充電は充分で、上着に装備されたフラッシュライトは灯いた。観測窓から白っぽい天井が見える。ここは巨大なトンネルのようだ。
ヘルメットを被り直し、船外に出ると真っ先に探査艇の船首が土砂に埋もれているのが目に入る。どうやら我々はトンネルの崩落に巻き込まれたようだ。船はプラットフォーム状の構造物に乗せられていた。大きさはテニスコート程しかなく、探査艇の後部が大きくはみ出している。トンネルの地面には幅の広い金属のレールが四本敷かれており、このプラットフォームはその上を走行する貨車になっているようだ。
船内に戻り動力室で船のスタンバイ電源を入れる。水素炉はアイドリングに戻っており、暴走の危険は無さそうだ。マザーは寝覚めの悪いタイプで、復帰までしばらく時間が掛かる。船の点検はティファラに任せ、その間にヒコザとオスカルはアサルトライフルを手に周囲の調査に向かった。船首の補機類は潰れて壊れていた。この崩落で船殻にダメージが無いことを祈りながら、二人は暗闇を進んだ。
トンネルの壁は発泡性のあるコンクリートのようだ。壁面を調べるていると、さほど遠くない地点に扉が見つかった。金属製の扉で、ご丁寧に手動の与圧ロックが付いている。取っ手の位置と扉の大きさに若干の違和感が有ったが、開けるとトンネルと並行して作られた作業道だった。明かりも枝道も無い。真っ暗だ。しかし当面の危険は無さそうなので探索はそこで中止し、船内に戻ることにした。
キャビンに集まって状況を確認する。ティファラの調べでは船体を取り巻く大気は呼吸可能。通信は出来ず、どこからも連絡は無い。船殻と動力は無事だった。簡易検査では船の気密は保たれているとのことだ。
船の乗っているプラットフォームの床材は軽金属を黒く塗装したもので、船のバーナーが噴出する高温には耐えられそうに無かった。つまり航空機や航空船舶の着床や離床を想定した軍用列車ではなく単なる貨物車ということだ。車輪回りはやや光沢のある金属で、レールの幅を除けばその構造はテララのありふれた地上列車の架台と同じだった。見える範囲にモーターの類は見当たらない。土砂に埋もれた前方に機関車が連結されていたのだろうか。復旧したマザーに崩落箇所を調べさせたが、瓦礫の下に熱源やガスその他は無く、無人操作だったようだ。
やや前のめりに傾いた船内で地上服に着替えてから口糧を食べ、三人が落ち着くとオスカル空尉が口を開いた。
「我々は捕らえられた可能性がある。取り急ぎ危険も無さそうなので行動の前にテララ連邦セルン先遣隊臨時議会の発足を提案する」
ジャイロは停止し天測も出来ない。この時点でもう現在位置を見失っています。
埋もれている動力車を調べる事が出来れば航続距離の推定や、移動してきた距離が割り出せたのかもしれません。
ヒコザの腕時計は祖父から貰った物で、デザインは古かったものの自動巻きの上物で稼働時間が二十六時間でした。実際に腕時計で時間を確認する事は稀でしたが、祖父に「良い大人が腕時計くらいせんと!」と言われ身に着けています。
オスカルの腕時計は一般的なソーラー電波で、研究内容の都合から複数の時計チェックが必要な場合のサブとして使用していました。ティファラは腕時計をしていません。




