握りこぶしと握手はできない
ヒコザの提案を受け、精霊達は村から離れた崖下の空き地で陣を張っていた。
直接報告せよとの達しが有り、ヒコザ達は精霊の長と重鎮らしき精霊達が集う天幕へ迎えられた。
「勝ち目が無いから逃げろと、そうおっしゃるか」
長である。先程別れた時より若干色味が薄い気がする。
「はい。かの人型無人兵器は単体での戦闘にて非常に強い力を持っています」
「あいわかった。ヒコザとやら、ご苦労じゃった。ここまでの働き、見事であった。街へ戻るが良い」
「お言葉ですが長様、あれらは我が眷属。私の力が及ぶ限り、皆様が避難する時間を稼ごうと存じます」
「よくぞ申した。しからば供をつけよう。主の連れは妾の供を」
「お気遣い感謝いたします。しばし御免」
ヒコザが陣の隅でナバロンと一緒に立っていたマヤの所へ戻ると、マヤはちょっと膨れていた。
「あたしも行きたかったのに!」
「そう言うな。戦士にも向き不向きが有る。長様と一緒に避難していておくれ」
どれ程剣の腕が立とうともビーム兵器に太刀打ち出来るものではない。マヤには事後の策を長と詰めるよう頼んだ。
汎人が知らぬだけで、近くには他の種族の村が点在しているそうだから、今すぐに、殲滅機の行動を止めなければならない。
ヒコザに着いて来た精霊はナバロンを含む六人で、これでチームらしい。聞くと、皆強力な戦闘魔法を身に付けていて、実に頼もしかった。ヒコザは魔法で泥の操作が出来ると伝えたが、これは控えめに受け流された。
「作戦と言えるか分かりませんが」
ヒコザが精霊たちを集める。
「相手は硬いので、熱して冷やすのはどうでしょうか」
「ああ、それなら」
ナバロンが得心して続ける。
「わしら青蓮一族の戦術にそういうのが有るですよ。それで戦った事は無いですが練習だけはしておるです」
「ほう。それは何と戦う用です?」
「一族は単に鉄人と呼んでいましたです」
なんでも、旧世代の戦時に敵側が鋼鉄のゴーレム的なものを投入して来たらしい。
非常に頑丈で、当時はその歩みを止められず、大きな被害が出たそうだ。
ただ、急激に冷却すると装甲が脆くなり、強く叩くと割れてしまう。
殲滅機の外装はチタンとマリナカ鋼とポンド麻繊維の積層装甲だ。硬さと靭性を兼ね備えた現代の鎧に魔法が通じるのだろうか。
「やってみましょう。叩くのは僕に任せて下さい。大ハンマーをお借りしても?」
近くで編成されていた、後詰になる別の部隊に挨拶をして、ヒコザ達は森へ向かった。
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低木が途切れぬよう慎重に路を選びながら、途中途中で精霊の長が付けた見張りに合図を送り、ヒコザ達は邂逅地点に近付いて行く。妙な視線を感じるが、今は目標に集中しなければならない。他の見張りか大きめの野獣だろうとして意識から切り離す。
ナバロンに現場指揮を丸投げしたが、作戦はとにかく短期決戦だ。そして一撃を入れたら逃げる。情報収集、もしくは船内で議論中であろう今、これと言った活動を見せず空中に浮いているだけの殲滅機など唯の的だ。これに高速で飛ばれると攻撃が当たらないし、高空から精密射撃や爆撃を受けると、防御法を持たない我々は逃げる間も無く全滅し作戦は失敗する。距離を置き待機する後詰の部隊の参考になれば良いのだが、それだけで戦闘は難しいだろう。一族が生き残るには逃げの一手である。
殲滅機は同じ場所に居た。やや高度を上げ、地上から二十メートル程の高さで戦闘艦が地面に開けた穴から少し離れた位置に浮かんでいる。
推進機の学習が進んだのか、プラズマの光が安定している。恐らく公証最高速度であるマッハ零コンマ九は確保しているだろう。両腕に見えるミニガンに弾倉が送られているのが見える。実弾は威力が高いが重量が嵩むので一般には陸戦機にしか搭載されないが、規格外の出力を実現した最終殲滅機に少々の重量増は問題にならなかった。しかし重力の異なるこの地では実砲の実射を伴うキャリブレーションは必須だ。辺りを見る限りその痕跡は無い。初撃は恐らくビーム兵器だろう。
ナバロンが散開の合図を出した。
草を揺する音も立てずチームは散って行く。
ヒコザは大木の陰に座り突入の合図を待つ。
無人機なので警告はしない。
何の前触れもなく殲滅機が真っ赤な炎に包まれる。複数人による火炎魔法だ。
殲滅機から斜め下方に虹色の火線が走り、そのまま機体が旋回し円を描く。荷電粒子砲だ。
間を置かず風の音が響くと急冷により機器に影響が出たのかぐらりと揺れ、高度が落ちる。
ナバロンがヒコザを見ながら殲滅機を指差す。出番だ。
ヒコザはおもむろにハンマーを空中に放り投げると、同時に駆け出した。
狙い違わず上空から落下したハンマーが殲滅機の頭部に直撃する。
ヒコザは飛び上がり、殲滅機の眼前に躍り出ると同時に跳ねたハンマーを掴み、空中でそのまま振り下ろす。
巨星タイタン由来の怪力と、重力操作によるハンマーの増速により威力を増した一撃で、殲滅機の頭部が砕け散る。
衝撃で落下した殲滅機を待ち構えていたナバロンが、これまた巨大なハンマーで殲滅機を打ち据える。
チームが森から出て集まってくる。そこには頭部と胴体を大破した殲滅機が横たわっていた。
だが一人足りない。メンバー全員が大声を出し、探し出し、駆け寄ると彼の右足が失われていた。
直ぐ側には大きな円を描き地面が深く抉れていた。あの時の荷電粒子砲を受けたのだ。
ナバロンが叫ぶ。
「すぐに居留地へ戻るぞ。わしの背に掴まれ」
「待たれい、猛き精霊よ」
「汎人? 何者か」
「グレイス・ヤンケと言う。桜扇の魔女と呼ばれている」
そこに立っていたのは多数種、つまりは汎人で齢四十程の女性。森を歩く格好では有るが大きな荷物は持っていなかった。
「精霊の治療には心得が有る。この桜扇に任せては貰えまいか」
「そちらの物騒な奴は?」
「クローゼス、出ておいで」
木陰から見覚えのある黒装束が姿を現す。ヒコザが先刻プラ弾で撃った暗殺者だった。
ヒコザが射線を確保し鋭い視線を送ると、観念したように座り込む。戦闘の意思は無いと言う事だろう。
「ナバロンさん、頼んでみても良いのでは」
「長の言葉もありますじゃ。お願い申す、グレイス殿」
「あい分かった。しばし待たれよ」
グレイスが無くなった足に手をかざすと、猛烈な光が迸り、辺りを埋め尽くした。
軽いめまいを感じつつ光が消えるのを待つ。すると、かなり色味が薄いが彼に足が戻っていた。
「間に合って良かった。これは次元に穴を開ける力の応用でな。精霊のようにあちらとこちらを跨いでいる存在をちょっとだけ引き込む事で実体を取り戻すのだ」
振り向いたその目はヒコザを確と捉えていた。
「興味が有るかね、小さき魔神よ」
ここで借りたハンマーはバトルハンマーではなく杭を打つための土木ハンマーで、かなり重量の有るものです。
これを持ったままですと高く跳べないので、先に投げておいて敵の眼前でキャッチアンドストライクしました。




