森へ逃げよう
「魔女を責めるな、とおっしゃる?」
オウセンの手のものと思しき戦闘集団を退け精霊の駐屯地へ辿り着いたヒコザ達は、巨大な天幕の奥で精霊の長と面会していた。
低めのテーブル越しに座った、ともすれば透けそうな面立ちをした少女が、ヒコザの双眸を捉えたまま頷く。
「うむ。今では桜扇の魔女などと呼ばれておるがな、あの山に流れ着いた頃はまだ年端もゆかぬ子供であった。汎人の理など我らに関わりのないことだが、あれも難儀でのう」
「はぁ」
「詳しくは本人にでも聞くが宜しかろう。そもそも我ら、お主らと境など持たぬ。全ては泡沫の夢じゃ」
良く見ると吹き替え映画のように口の動きと言葉が合っていない。それでいて紡がれる言の葉は涼風に揺れる硝子の鈴のように胸に染みていく。
「精霊様がそうおっしゃるなら。では、我々は現場に向かいます」
「すまぬな、良きに計らえ」
天幕を出ると相変わらずの夜の森であるが、杭の先や木々の枝端が薄っすら発光していて歩きやすい。幻想郷は植物の葉が発光していたが、ここでは一面何か光る粉末を空から撒いたように見える。姿は見えないがそこかしこに気配があり、こちらを見て面白がっているような声というか、それっぽい波を感じた。コロンやナバロンのようにしっかりした実体を持っていない精霊は、あのように漂っているのだろうか。
「ちなみにマヤ、ここって帝国から見ると誰の管理なの?」
「んー、地図上では国有林ね。誰かといえば皇帝の管理」
「ふうん。じゃあ気楽だな」
マヤは皮肉めいた笑みを浮かべるが、何も言わなかった。
森林被害にマヤが過剰な反応をしたのはそういう理由かと納得していると、前方の草原に人だかりが見える。人と言っても人型の精霊だ。大きさや背格好が、なんというか、バラエティー豊かだ。全員男性のようだ。皆武装していて、武器や鎧もまちまち。組織された兵には見えないが、何れも強力な気配を放ち、仮にも敵対しないほうが良いだろう。コロンもそこで待っていて、ヒコザ達に手を振った。
ヒコザは軽く会釈を返すと、やや遠目から集団に声を掛けた。
「皆さん初めまして、白石砦のヒコザです。こちらはマヤ。ここですか?音というのは」
コロンと話し込んでいた細身の精霊がやや緊張した面持ちで迎える。
「わざわざ遠くまでご足労お掛けします。護衛官のアールシュです。聞こえますかね、低く響くような」
ヒコザは屈んで耳を澄ますが音は聞こえなかった。ただ地面についた手のひらに振動を感じたので、腹ばいになり草原に耳を付けた。そして奥歯のコントローラーが内蔵する振動センサーも音を拾った。珍しく髪の中から眠そうにチトセが這い出してきて、空いている方のヒコザの耳を引っ張る。重要案件のようだ。ヒコザは起き上がってバックパックからバッテリーパックを取り出し、チトセの前に差し出す。チトセは満足げにバッテリーを貪り、消費した電力で演算を行った。だが手元にメモ帳が無かった。チトセは音声出力を持たないので、どうやって結果を受け取ろうか考えていると、奥歯のコントローラーがカチッと鳴った。チトセは嵌合センサーを逆作用させ、モールス信号を送ってきたのだ。
「ここんこんこ、ここん、ここんこんこ、ここん」
「パパは止しなさいパパは」
その情報はヒコザの想像通り、最悪のものだった。
「この下にいるのは、宇宙戦艦です」
+++
精霊の駐屯地へ戻ると早速に会議が設けられた。少女のように見える精霊の長と数人の実体を持つ戦士たち、そしてヒコザとマヤである。
「まず皆さんに謝らなければなりません。この下に居るのは我々世界の船です。非常に能力が高く、戦闘力に溢れていて、しかも自力で行動できます。軍用ですから、もし命令を受けていたら、皆さんを攻撃する可能性があります。過電流砲も装備していますから、実体を持たない皆さんでも攻撃を受ける可能性があります。数刻の内に上がって来ると思います。この地から早急に避難を」
長が手元の書類を束ねながら聞きかえしてくる。
「船が意思を持って攻撃してくると言うのか? 地下から?」
「水に浮かぶ船ではなく、もっと怪物的なものとお考え下さい。決して侮らぬよう」
「承知。しかして何者か?」
「機関音から中型の戦闘艦と分かりました。これの製造は凡そ八十年前、先の大戦時です。この種類の戦闘艦は全て解体されています。その筈が、稼働しているのですから、まともな素性ではありません。もちろん友好的な対応が望ましいのですが、とにもかくにも安全第一と考えます」
「疑問は増えるばかりじゃ。お主は何者か」
「あー、そうですね、うん、まあその、私も船で乗り込んだ者です」
「ああ、それでか。お主にカーストが無い訳だ」
「はい?」
「言い方は悪いがな、偉い偉くないの違いがわかるのだよ、普通」
「普通、つまり汎人を見るとわかってしまう何かが有るのですか?」
「そうだ。悲しいかな、それは持って生まれた血筋なのだろうな。かと言ってそれを元にどうこう思わん。秩序のため、そうなっていると考えよ」
「そうですか。私にはわからないのですが」
「そこじゃ。ほれ見てみい、そちらのマヤ殿。これはヤバい。まじヤバいくらい偉いやつじゃ。ここは精霊の地であるから気にしないふりをしておるが、本来そんな相手ではない。であろう?」
「恐れ入ります」
「ヒコザ殿はこの娘を恐れておらん。暴力的なまでのカーストに恐怖を感じていないのじゃ。ヒコザ殿自身を見ても上とも下とも取れん。お主はカーストの無い世界から来たのじゃ。つまりは異世界人じゃな」
「そうなのですね」
「で、その世界は何と申す」
「テララと呼んでいます」
「え」
「は?」
「お主、もしかして重力魔法が使えたりしないかい」
「いえ、そのようなことは」
「本当に?」
「は、はい」
「本当かなー」
「・・・・。」
「まぁよかろう。それにしてもお主、知見があるならどうにかならんかの」
「あいにく、僕は船と話す道具を持っていません。盗まれてしまったのです。離れて目視確認の後、すみませんが、我々も離脱します」
その日の夜半、精霊族の撤退が済んでしばらく後、最も音が大きかった地点の地面が灼熱して吹き飛んだ。
三百メートル程離れた高台から匍匐した状態でヒコザとマヤとナバロンが監視していた。
仰向けに寝ていたヒコザが俯せになり空いた穴に目を凝らす。
「まずは船種の確認だ。我々の船という可能性も無くはない。それから戦闘の意思を確認する。どこの船なのか、目的は何か。知りたいところだけど、まずは接触を避ける」
「うん、ほんと、誰なんでしょう」
「そもそもこの世界への侵入を統合軍に断る必要は無いからね」
「うん」
「で、これか。逃げよう」
ヒコザ達は匍匐のまま後ろを向き森へ向かう。
穴から飛び出したのは身長二メートル半の人型兵器で、軍用にも関わらず、パールホワイトの機体色をしていた。プラズマの光を吹き出しながら、それは空中に浮かんでいた。
「型は古いが海軍が積んでいた最終殲滅機だ。軍艦本体以上に戦闘力の有るボットで、使用には制限がある。彼らはここが戦争協定の範囲外って認識をしているね」
「殺傷兵器なのね?」
「そうだ。きっと碌でもないやつに違いない。和平的な性格なら、殲滅機なんかで偵察する筈がないんだ」
「あれはどこの国の兵器なの?」
「もちろん超神聖合衆国だ。あの殲滅機は全部で八機しかない。そのうち前向きにツノが生えているのは空母オスカーゴードンに積んだ初号機だけだ」
森へ入った三人は立ち上がり、全力で走った。
ツートントンと書くとかわいくないのでこんここんとしました。
そうするとツー(長点)がスイッチでは再現できないのでは、と指摘されそうですが、その通りです。
ここではスイッチを高速でオンオフし振動させる事で長音を再現、とします。
後で気付いたんですけどね。
因みに作者は無線の免許を持って居ます。




