エレメンタル・デバイス
程なく沼から泥の円柱がそそり立った。両手で抱えきれないほどの太さだ。重さで言えば何トンも有るだろう。
「圧縮の魔法だ。四方から掛けると面倒だから円にした。やはり粘性が有ると掛かりやすい」
「うわー」
聖都は別として、王都の宮廷魔術師でもここまでの重量は圧縮出来ない。せいぜいが一人か二人の身動きを取れなくする程度。
泥の柱は成長を続け、周りの木々より高くなっている。
ヒコザが両手を左右に広げ、風を仰ぐような動作を始めた。
泥の柱が更に増える。縦に十本、それが二列。二十本の柱が沼の中心に向かって並び立った。テララに有った西欧の古代神殿のようだ。
「見ての通り僕は土系の魔法使いらしい。大きな質量を操作するのが専門だね。そして火や水や風はからっきしだ。その土魔法使いが他の魔法を使えるようになる、魔法の腕輪がこちら」
ヒコザは懐から銀の腕輪を取り出して見せる。装飾品の腕輪よりリストバンドに似ていて、幅が広かった。表面には継ぎ目が走っており、何らかの装置が組み込まれているのが見て取れた。
「エレメンタル・デバイスと名付けた。動作実験は済んでるけど、今日は高出力に耐えるか試したい」
左腕にそれを填めるとヒコザは左手を突き出しながら右手を後ろに引き停止する。
何拍そのままだったろうか。すっと何気ない動作で左手を引き、返すように右手を突き出すと二十本の泥の柱が炎に包まれた。炎はかなり強かったが、それでもマヤには泥が乾燥するとは思えなかった。
ヒコザが一瞬口元を綻ばせる。
妙な、甲高い音が柱から聞こえる。
ヒコザが右手を上に払うと炎が一瞬で消え去った。
「炎は余録だな。電磁波を振動させて加熱した」
「電子レンジみたい」
「そういうこと。試験結果は上々だ。さて、ここからはトライだ。少し下がるぞ」
「いやちょっとこれマズいのでは業界的に」
ヒコザは荷物から機械加工用の保護メガネを取り出し、マヤに渡して掛けるように言った。
「破片が飛んでくるかもしれないだろ」
マヤにはかなり大きめだったが、言われた通りにメガネを掛ける。
それを見て何やら満足したヒコザは柱に向かって左手を突き出し静止する。
「うん、さすがに無理か」
「何したの」
「天女の法力を試したんだ。やはり僕には使えないようだ」
「誰それ」
「もっとすごいのが有る。行くぞ」
ヒコザは右手の指を二本だけ立てる。
「駄目か。うーん」
「今のは?」
「僕の左手、色が違うだろう。これさ、曰く付きなんだ。僕は当時、雷神と戦って剣で口から喉を貫かれて負けたんだ。その時勢いで雷神の左手をパクっと食べちゃったんだよね。それがこれ」
「はい?」
マヤが固まっている。
「変な顔するなよ。ワンダが言っていたろう、その左手は魔力を持っていると。居なかったっけ?」
「居たけど、どこからそんな話が出てきたの」
「この町の地下に湖が有ってね。いや凄いんだ綺麗で。そこで天女様に会ったんだ。その時思い出した、気がする。だけどそれは君の言うエンドラとは関係が無いよ」
「何か見ちゃった訳か。ふうん、その時あなたどんな姿だった?」
「東洋系のドラゴンだ」
「蛇っぽいやつ? エンドラは人型だから別の存在かもね」
「そういう事。ふむ、もう少し練習したかったんだけど、何か来たみたいだ」
森の下草を踏みしめる音が微かに聞こえる。
「これは、逃げ切れないかな」
「そうなの?」
「認知されて実体化する系だと思う。精霊とか、そういうの。この森の中なら、どこにでも現れるんじゃないかな」
「ご用向は何かしら」
マヤが腰の剣に手を掛け、鯉口を切る。
森の中から姿を現したのは、二体の鬼だった。ヒコザもマヤも、こういった異種族の類別に明るくなく、未知の生物との邂逅では、つい、何か似ているものになぞらえてしまう。しかし性質までそうであると、例えば牙があるから凶暴だとか、武器を持っているから人を襲うとか、思い込まないように気を付けていた。唯、今までの経験では、武装した亜人は概ね敵であった。
鬼達の身の丈は汎人よりやや高い程度。二体とも屈強な体つきをしていて、目だけがギョロリとしていて少しだけ愛嬌を感じだ。粗末な革の衣を纏っているが不潔感は無い。それぞれ幅広の片手剣を抜身で持っているので、実体は持っているのだろう。であれば剣が通じるし、さもなくはヒコザは今腕輪をしているので、魔法で焼き払うことも可能だろう。
「あいや待たれい、お客人」
右側の鬼が流暢に声をかけてくる。
「突然で申し訳ないがの、少し話を聞いておくれでないかい」
「かような汎人に何か御用でしょうか、猛き精霊方」
ヒコザが一歩前に出て話を受ける。
「わしはこの森に住まう青蓮一族のコロン、こっちがナバロン。厄介事が有ってな、主らの意見が聞きたい」
「分かりました。僕は白石砦のヒコザ、こちらはマヤです」
「かたじけない。村の外れでな、数日前から地面の下から妙な音がしてな。それがちびーっとずつ大きくなってくるんじゃよ。地魔の類なら対処のしようもあるが、此度は相手の正体がさっぱり掴めぬ。主らに心当たりが無いかと思うてな」
「ここでも聞こえていますか? 何も感じませんが」
「いや、ここでは聞こえん。我らの村は近くだて、良ければ一緒に来てくれんかの」
「わかりました。連れは返しても?」
「待って、私も行くわ」
「遅くなるかもしれないよ」
「平気よ。それより森が心配」
「そうか。危険だと思ったら避難するんだよ」
「では、こちらへ」
鬼たちは軽い足取りで森に分け入っていく。ヒコザは腕輪を外し振り向くと沼の底を操作して泥の柱をそっと沈めた。
ここでの精霊はもともとの体に質量を持たないものとして定義付けられています。
無認可と言えど辺りの森を支配しているのでヒコザは礼儀を尽くしています。この場での人類代表だからです。
彼らは何通りかに姿を変える事が出来ます。一応これが最も社交的な姿のようです。
妖精は妖精として生まれてくるのでこれらとは区別されます。




